106 今回の反省点

 総当たり戦が始まってから早3時間。

 今頃、みんな潰しあいを頑張ってるんだろうなーと俺は窓の外を見てボンヤリと思っていた。


「桜井さーん、ご飯ですよー」

「うーい」


 簀巻きにされた身体を芋虫のように動かしてえっちらおっちらとリビングへ移動する。

 扉を開くのに口を使わねばならないので衛生面が気になることや、二足歩行と違って地を這う形になるので時間も体力も余計にかかるのが難点ではあるが1時間もあればやってやれないことはないのだ。


「はい、桜井さん。あーん」

「あーん」

「……桜井、お前それでいいのか」

「しょうがないだろ、手足を縄で拘束されてるんだから」


 俺はそう応えながらアイリスが作ったハンバーグを食べる。

 ジューシーな食感と共に口の中に広がるのは赤唐辛子とハバネロをかけ合わせて濃縮した特製激辛ソースだ。

 もう肉の旨味などは欠片もわからないし、口の中の痛点がこれでもかと刺激されて飲み込むに飲み込めない。

 しかしそのまま放置すれば味覚がバカになると思わずにはいられないので飲み込む覚悟を決めるしか無いといった一品である。


 うん、平静は保ってるけど食べ物使って感情を表現してくる辺りアイリスの怒りはまだ収まっていないようだ。


「(まぁ……完全にやらかしたわけだし、甘んじて受け入れるしかねぇわ。クッソ辛い)」



 俺が何でこんな拷問じみた仕置を受けているのかと言うと、お察しの通り「天内覚醒イベント茶番劇作戦」をアイリスに知られたからである。



 徹夜のレベリングを終えて総当たり戦の受付に意気揚々と向かったところ、受付には仁王立ちするアイリスの姿。

 「お、これはやばいな」と思って逃げ出そうとしたところを申し訳無さそうな顔を浮かべた檜垣に確保され、敢え無く俺はアイリス宅へと連行されたのである。


 そこでどう言い訳したものかと考えていたところでアイリスが俺に飛びつき大泣きを始めたのだ。


「びゃあああああああ! ざぐらいざああああああああん!!」

「え!? 何!? そのリアクションは想定して無い! どういうことだ答えろ檜垣ィ!!」

「ざぁぁああぐぅぅらぁぁいざああああああああん!」


 先程まで受付で仁王立ちしていた怒り心頭の姿は何処へやら、止めどなく溢れ出る涙と嗚咽に俺は驚きつつも受け止めるしかなく。

 あやすにしても謝るにしても何がなんだかわからないままなので俺は檜垣に助けを求めることしかできなかった。


「いやぁ……まぁ、私も全く気が付いていなかったから同罪なんだが……作戦内容がトラウマに直撃したというか……」

「はぁ?」


 アイリスの泣き声をBGMに話を聞いていくと、俺は納得と共に自分が完全にやらかしてしまったことに気が付かされた。


 というのも今回の茶番は箇条書きすると「他人の大切なものを奪い取り、それを脅かすことで相手の心身を変化させる」という具合に書き表すことができる。

 それを踏まえた上でアイリスの経歴を思い出すと、彼女は「ある日突然犯人に拉致され、心身を脅かされ、洗脳されかけた」という事件の被害者。

 アイリスは本当にギリギリ一歩手前で救出することはできたが結果として記憶喪失・幼児退行・トラウマ化という三重苦を背負うことになり、その治療のために俺と檜垣を信頼して環境の変化を求めて現世にやってきているのだ。


 そんな彼女にこんな作戦を聞かせてしまったとしたら……トラウマ発症不可避なもんで、結果としてこの大泣きに繋がっているわけである。


「(信頼してる相手がトラウマ作った相手と同じようなことし始めたらそりゃ怖いわなぁ)」


 まぁそういうわけで完全にミスった俺は潔く反省。

 アイリスを宥めた後はそりゃもう平身低頭で謝りまくり、今日はこうして身体を縛って過ごすことにしたのだ。


 何で身体を縛るかって? そうでもしなきゃ無意識の内に素振りとレベリングを始めてしまうからです。

 そう、つまり今の俺は『』という土下座と切腹を超えた最高かつ最大級の誠意を表現しているのだ。


「前々から事あるごとに土下座したせいで桜井の頭の価値が下がった結果だな」

「喧しいぞ共犯者。おめーもちっとは反省しろ」

「私は既に風紀委員長の職を辞任してきた」

「それは私に対する誠意の見せ方じゃないですよね檜垣さん?」


 瞬く間に切り返された檜垣は数秒の硬直の後で静かに立ち上がると、おもむろに俺の部屋へと赴き不法侵入者用の罠を自主的に踏み抜いて上半身を糸で拘束された状態で戻ってきた。

 前々から何かある度に俺が土下座をしまくっていたせいで、同じことをしてもアイリスに反省の意がちゃんと伝わらない状況だからこその苦肉の策である。


「檜垣さん、あーん」

「それ辛いぞ」

「承知の上だ。あーん。…………グッ、ごふ!? むごふごッ!?!? んぐ~~~~!?!?」


 檜垣が激辛ハンバーグに苦しみテーブルに突っ伏したことである程度の溜飲が下がったのかアイリスは小さくため息をついた。


「はぁ……桜井さんもう二度と、二度と今回のようなことはしないで下さい。ことの善悪だとかは別にして私は桜井さんが……その、あの、お父様みたいなことをするのが。そうなってしまうんじゃないかって怖くて、嫌です。ごめんなさい」


 自らこうして言及することさえ苦痛なのだろう、アイリスは小さく顔を歪めていた。

 しかし彼女が謝る必要なんてどこにもない。今回彼女が感じている苦痛諸々は完全に俺に非があるのだ。

 だからこそ謝るべきは俺であり、頭を下げるべきは俺であり、誠意を見せるのは俺の方である。


「何でアイリスが謝ってるんだよ、俺が悪いんだからアイリスが謝る理由ないだろ。多少は人間性が向上してるなとか思ってた途端にこんなことをやらかす俺を指差して『この愚か者めが!』とキレて頭ぶん殴るくらいは許されるぞ?」

「そんなことしません」

「じゃあ他に何かしたいこととか無いのか? 償いっつーのもアレだが、やりたいことがあれば付き合うぞ?」


 アイリスは俺の言葉に腕を組んでウンウンと唸りながら悩み始めた。

 やりたいことが思い浮かばないのか、それともやりたいことがありすぎて絞り込めないのか。

 ともあれ俺は彼女が何を言おうとも付き合う腹積もりなのでゆっくり悩んでしっかり答えを出して欲しいところだ。


 あ、今なら俺に巻き付いた縄を勢いよく引っ張ればベーゴマごっことかできるけど。

 そこでぶっ倒れてる檜垣も合わせれば人間ベーゴマバトルを楽しむことも可能だ。

 どう? やらない? あ、そう。


「じゃあ……本当に、本当に一つだけお願いします」

「なんだ?」

「今後はもうちょっと人道に配慮した手段を考えて下さい」

「あ、はい」


 まぁある意味俺の外付け常識回路のような存在でもある彼女がそう言うのであれば、俺も手段を選ぶ余裕があるならばなるべくの配慮をしよう。

 正直、「人道に配慮……?」といまいちピンとこないところはあるが意識しておくだけでもきっと変わる部分があるだろう。


「いまいち理解してなさそうですね……全く」


 気の抜けた返事を返した俺を見て、アイリスは呆れたようにため息をついた。

 そして俺の口に激辛ハンバーグを手早く突っ込んで飲み込ませると「よいしょ」と担ぎ上げてリビングのソファに座らせる。

 一体何をするつもりだろう? などと考えていると、彼女は自室から毛布を持ち出すとソファに横になりその頭を俺の膝の上に横たえた。


ふぁいひふアイリス?」


 激辛ハンバーグの辛さのせいで口内から喉奥まで全てが熱されたかのような痛みに襲われている状態では疑問の声もまともに発音できやしない。

 それでも俺の意図は伝わったのか、膝枕状態になっているアイリスは俺をジーっと見上げると「してやったり」と思わせるような悪い笑顔をニヤリと浮かべる。


「私はちょっと疲れたので暫く休みますから、その間は動かないでくださいね?」

「ふぇ?」


 そう言うやいなや、彼女はプイっと顔を背けて額を俺の腹部にグリグリと押し込んだかと思うとそのまま静かに寝息を立て始める。

 これにどんな意図があるのかはよくわからないものの、これはきっとアイリスがやりたいことなのだろう。

 であればやりたいことがあれば付き合うと俺の方から言った手前、釈然としなくとも受け入れるべきなはずだ。


「(まぁ、俺も昨日の誘拐から一睡もしてないわけだし。このまま寝ちまうか)」


 そう意識すると疲れがどっと押し寄せてくるもので、合わせて眠気も湧き上がってくる。

 俺は身体を脱力させてゆっくり目を瞑り、眠気に身を委ねるのであった。




 なお口内がジクジクと長く痛み続けるせいで全く眠ることができず、水を求めようともこの状態では動くことさえできず。

 ついでに檜垣も自分で上体を拘束したせいで水を汲む事ができないため、身体をくねらせて何とか水差しから水を飲もうとして盛大に失敗していた。


 床に広がっていく零れ落ちた水を前に膝から崩れ落ちる檜垣と荒く呼吸することで少しでも口内の刺激を紛らわせようとする俺。

 なんともまぁ無様な姿を晒す俺達の苦しみは三時間後にアイリスが欠伸と共に目を覚ますまで続くのであった。

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