105 特級のバグ、万能の塊


 翌日。

 学園とその周辺を舞台とした総当たり戦において、ユリアが天内と遭遇したのは学園内の訓練場であった。


 訓練場は小型のコロシアムといったところで、普段はここで戦闘や魔法の訓練が行われている。

 また時にはそれらに関する実演講義なども行われるため、訓練場を囲うようにひな壇状になっている座席が併設されている。

 しかし今この場に居るのはユリアと天内、そして赤野と誘拐騒動時が起きる前に既に桜井に買収されていたため今の今まで快眠を貪っていたエセルだけだった。


 それに関して天内が文句をつけるつもりはなかった。

 そもそも桜井に促された不眠不休のレベル上げ後、徹夜明けの彼にエセルを追求する気力が残されていなかった。


「目の下、クマが酷いな。大丈夫かい?」

「あー……ポーション飲んでれば、問題ない」

「ダメな人間の反応に見えるけれど」

「むしろ動いてないと今にも眠りそうだし、徹夜明けで少しハイになってるから逆に戦ってた方が楽かな……」


 気付け代わりに飲み干した毒消しポーションを適当に投げ捨てる。回復効果ではなく、その強い苦味を求めてのことだった。

 横目で見れば座席に座る赤野も毒消しを片手に船を漕いでおり、時折ハッと気がつくように覚醒しては苦味を求めてポーションを飲み干すのが見える。


 それを見て天内はふと思いついたようにレベリング中の桜井の様子を思い出した。




 それは桜井の先導によって辿り着いた39層のボス部屋でのこと。

 辿り着くまでに1時間近く全力戦闘を続けていた天内と赤野は既にヘトヘトの状態であったのに対して、桜井はまるで疲れを見せないケロリとした様子でペラペラと話しかけてきていた。


「39層のボスである『産卵樹エッグ・マザー』は2ターンに1度、2体の『果実チャイルド』を落とす。現実だと20秒毎に2体の魔物が追加される上にゲーム時代と違って敵の総数に上限が無いから手早く始末しないと大量の『果実』に囲まれる羽目になる……がそれはどうでもいい! 重要じゃない! なにせ俺達の目的はレベリングであってボス攻略ではないのだ! であれば普段は忌々しい雑魚呼び系ボスであっても、半永久的に敵を供給してくれる素晴らしい召喚装置に早変わりってもんよ!」

「おい、ちょっと待て。少しでいいから休憩を」


 天内の願いに耳を傾けることもなく桜井はボス部屋を押し開くと意気揚々と入り込んでいく。

 扉の先には床から生えた巨大な茎の先に、ラフレシアの様な大きな花を咲かせ、その中心からハエトリソウのような頭部を伸ばしている植物型の魔物がいた。


 『産卵樹』と呼ばれるそれは桜井の入室を認識するとその頭部を振り回し、投げ捨てるように口の中から『果実』を吐き出す。

 酸性の粘液に塗れたそれは着地と同時に身体を震わせ、球体のような身体から蔓の四肢を伸ばし母親と同じ食虫植物の頭部を生やす。


「クルェェェェ!!」

「で、こっからが肝心なんだけど」


 怪鳥の如き奇声を発してベシャベシャと足音を立てて迫りくる果実達に対して桜井はボス部屋の扉の下に道中手に入れていた木材を差し込み固定すると、彼は果実を十分に引き付けてから後ろへと飛んだ。

 すると奇妙なことに果実達はピタリと歩みを止めて、威嚇の奇声を発し続けるだけの置物となった。


「仕様なのか、こいつらボス部屋から先には一歩たりとも出ようとしないんだよな。だからこうして扉を開いた上でボス部屋から出るとこうして動きを止める。けれど視線は通ってるからこちらを認識し続けて果実は扉のところまでやってくるし、産卵樹は20秒に2体の魔物を吐き出し続ける。おぉ! 素晴らしきかなこれこそ天然の経験値トラップ! しかも果実のような雑魚でも今のお前らより設定レベルは上の37だから経験値もそこそこ手に入るはず!」


 「まぁこれでユリアに安全に勝てるレベルまで上がるかと言われると無理だとは思うが」、と付け足しながら鞘に収めた剣で果実の頭を挑発するようにペチペチと叩く。

 それでも果実達は絶対にボス部屋から出ること無く扉付近に溜まっていく。

 部屋の奥で機械的に新たな果実を吐き出し続ける産卵樹からは格上のボス特有の恐ろしさは欠片も感じなかった。


「そう言えば休憩したいって? いいぞ好きなだけすればいい。ただこの扉を開いている間は果実は吐き出され続けるし、ゲームと違って出てきた果実は誰かが倒すか飢え死ぬかしない限りは消えることはない。産卵樹は無作為に見えて屋内の空いてるスペースに向けて果実を吐き出すから、部屋が果実で埋まれば今度は扉の先に果実を吐き出す。すると扉の先もボス部屋認定されるのか一斉に果実たちが溢れ出すぞ! ちなみに果実は5日くらいは動き続けるから放置すると学園祭後に発覚するのは間違いなしだ!」

「お前それやらかしたんだな?」

「ちなみに風紀委員にバレると一人でフロアを始末して回る羽目になる。そこそこに楽しかった」

「駄目だこいつ!」

「更に加えると本来であれば学園祭中はダンジョンに立入禁止なので、もはや何があろうとも俺達は一蓮托生だぜ!」


 グッと親指を立てながら鞘に収めた剣を突き出してくる桜井に天内は呆れてため息を吐いた。

 武器や魔法を使いたいと言っていた天内の要望を聞き入れた上で剣で安全に魔物を狩れる状況を整えたのだろう。


 感謝すべきはずなのに、態度と行いのせいで素直に感謝が出来ないと思いながらも、疲れで重たくなった腕を持ち上げ剣を受け取る。

 そして慣れないながらも引き抜いた剣を構えて天内は果実に斬りかかり、赤野も植物型魔物に効果の高い炎魔法を唱え戦い始めた。



 戦い始めて2時間と少し。

 天内と赤野は休憩をしようとするたびに桜井によってボス部屋内部へと投げ込まれ。

 必死にボス部屋から逃げ出してきてはポーションを投げつけられ戦線に復帰させられまた戦い続けるを繰り返した。


「ねぇ……なんか果実が出てくるペースが落ちてない……?」

「ハァ、ハァっ。え、なんだって……?」

 

 その戦いの中で赤野が産卵樹が果実を生み出すペースが落ちていることに気が付き、天内がゲーム時代とは違い産卵樹が果実を作って吐き出すのにも体力を必要としていることを見つけ出した。


 現実において体力は無尽蔵ではない。

 ポーションやローテーションを組むことでそれを誤魔化している天内達と違い、魔物は体力が底を尽きる瞬間まで動き続ける。


 この調子なら程なく果実の殲滅スピードが生み出すペースを上回る。

 そうすれば残るのは体力を失った産卵樹だけであり、ボス討伐の目も出てくる。


「は、隼人! この調子なら!」

「ゼェ……ハァ……あぁ、やっと終わりが見えてくる!」

「ママー! 新しいポーションよー!」

「桜井くん!?」

「クルェェェェェエエエエエッ!!」


 と、思っていた矢先に背後から産卵樹に向けてポーションを投げ込む桜井。

 投げつけられたそれを産卵樹は器用に咥えて飲み干すと、元気な奇声を上げて産卵ペースを取り戻す。


「お前なにやってんだ桜井ィ!」

「馬鹿が! 俺がそんなことを承知してないとでも思ってたか! 確かに産卵樹は2時間半ほどでその体力を切らすがこうやってポーションを与えてやれば活力が元に戻り更にレベリングを続けられるんだよ! 流石植物ゥ! 疲れ知らずのお母さァん!! 俺はレベリング止めねぇからよぉ……お前らも……止めるんじゃねぇぞ……!」

「隼人、アイツ中に投げ込んじゃって」

「了解!」

「おま、何をする!? 今の俺は糸しか無いんだけど!? ぬぉわあああああ!?!?」


 疲れから思考能力が低下し、行動が感情任せに短絡的になり始めた二人の手によって桜井は産卵樹へと投げ込まれる。

 まさか自分の行いで仲間に裏切られるとは思っていなかった桜井は産卵樹が伸ばす蔦に絡め取られ――敵に保護された。

 そして敵に保護されその花びらの上に立った桜井が先程の慌てっぷりが嘘かのように胸を張って、褒美を与えるように産卵樹にポーションを与える。


「いや、なんでだよ!?」

「なんでもなにも自分の有利になる要素を得ようとするのは魔物も人間も変わらねぇ! これが現実とゲームとの違いだ天内!」

「完全に人類を裏切った植物使いの絵面になってるけど!?」

「ハッハッハァ! 多分、今の俺は『餌を供給してくれる餌』みたいな扱いだからこの手元のポーションの切れ目が縁の切れ目、無くなり次第捕食されるのはきっと俺だぜェ! 手元に剣も無いから最高にピンチって奴だァ!」

「実はお前も疲れてるだろ?」

「隼人、もう面倒くさいから諸共燃やしちゃいましょう」

「……だな」




 39層を攻略した後も二人は何かと桜井に振り回され続けた。

 眠りこけたり気絶しかける度に叩き起こされ、どれもこれもがろくでもない体験ばかりだった。

 しかしそのお陰でゲームと現実の違い、混ざりあったことで起きる弊害、見えていたはずなのに気が付いていなかった沢山の事に気が付かされた。


「(後、俺と玲花以上に叫んで動いて体力使ってたはずなのにケロリとしてた桜井はやっぱりおかしい)」


 二人が戦っている間も暇を見ては素振りや歩法の練習をして。

 なんなら自ら魔物寄せの香水を被ってダンジョンを駆け回って魔物を引き連れてきては天内達にぶつけつつ、取りこぼした魔物をひたすら狩り続けていた桜井の姿を脳裏に浮かべながら天内はそう思った。


「貴重な体験をしたと見える。疲れ切ってはいるけれど、肩の荷が下りたような……そんな雰囲気を今の天内くんから感じるよ」

「お陰様でね。そのことについて姫様が一枚噛んでたのも聞いたから、手加減は期待しないでくれ」

「勿論、それを望んだのは私なのだから遠慮は無用だ!」


 楽しげな笑みを浮かべるユリアに対して天内は眠気と疲れを飛ばすように一度大きく背を伸ばし肩を回して身体を解し始める。

 回す肩からバキバキと音を立てながら、彼は目の前にいるのが王族であることも気にせずに語りかける。


「錬金術師の弱点は長期戦にある。それは戦いの起点に素材を必要とするからだ」

「そして人一人が運べる物量には限界がある……かな? それがお望みならば付き合おうとも。長く長く私と渡り合える相手との戦いは想像しただけでも心が踊るよ」

「いや、悪いけれど疲れが酷くてそんなことはできない。そういうのは桜井とやってくれ」

「……やはり、無理が祟ったかな?」


 ユリアは天内の言葉に僅かな悲しみを見せた。

 彼女としては満身創痍ではなく全力全開の天内と戦いたかったが、同時にその望みを押し付けることに後ろめたい気持ちも感じていた。


 なにせ彼を追い込む一因となり、桜井と結託して天内を追い込むことを良しとしたのは彼女自身なのだ。

 だからもしも天内がまた今度戦いたいと言うのであればそれを承諾したし、なんならスカウトの件も有耶無耶にしても良いとさえ思っていた。


「それなりに。でも、不思議なことに今の俺は貴方に負ける気が欠片もしないんだ」

「へぇ」


 ユリアが音も立てず腰に吊り下げているグリップを握り、黄金の鎖を刀身へと錬金する。

 天内はそれを認識しつつ、ゆっくりと拳を構えた。


 身体は疲れ切っている。

 しかし腕の重みも足の鈍さも丁度いいほどに整っていて、五感に関しては冴え渡っている。


「(本当に、桜井には世話になったな)」


 桜井の破天荒っぷりに振り回される中で天内にとって一番の収穫は自身の身体がどのようなものなのかを再確認できたことだろう。


『いいか天内。お前はちょっと主人公の身体っつーのを舐め過ぎだ。お前の身体はこの世界に生まれ落ちた特級のバグ、万能の塊。設定でも作中でも散々言われてたのにお前はそれを全然分かっちゃいねぇ』


 思い出すのは凄まじい嫉妬の目線で語りかけてくる桜井の言葉。

 ダンジョンで手に入れた片手剣を持ち、休憩とは名ばかりの素振りを共にこなしながら向けてきた言葉だ。


『俺が1つのスキルを極める間に、お前は8のスキルを極める事ができる。だから武器も魔法も使うってんなら全部同時に育て上げて、全部を同時に扱えるようにしろ。俺から剣を学んで、赤野から魔法を学んで、お前の格闘術を混ぜ合わせて新たな技術オリジナルに昇華させろ。お前ならそんくらいできるだろ』


 そう断言する桜井の根拠は天内の持つ身体が『全てのスキルを覚えられる主人公の身体だから』というゲーム時代の設定だけだった。

 現実とゲームの違いを突き付けてきた人間がそれだけを根拠に断言しているというのに不思議と説得力を感じたのは、きっとその言葉の中に迷いも疑念も何一つ含まれていなかったからだろう。


『お前がやれると思った全ての事にその身体は応えてくれるだろうよ。吹っ切れたんならその体はお前が貰った祝福チートなんだから、使わないと損だろ』


 桜井のことだからその言葉の裏に間違いなく利己的な考えがあるとわかっていても天内にとってそれは先達者の金言であり、自身に武術を教えてくれた地元の騎士たち以上に自身が目指す先をハッキリとさせてくれた。


 期待されているわけではない。

 ただそれが当然のことだと言われたから、やって見せてやるという反骨心に『主人公の身体』はどこまでも応えてくれた。


「お前にそこまで言い切られて『出来ませんでした』じゃ……格好つかないしな。やってやるよ。やってみせるさ」


 そして天内は新たな力を手に入れる。

 それは原作主人公でさえ持っていない天内だけの、確かな努力の結実。


「『神士聖装』、『聖闘派』、『剣術』、『火剣』、『炎魔法』」


 元々有していた神士聖装と聖闘派。

 剣術と炎魔術は指導を受けることで覚え、火剣はダンジョンで桜井が使っている場面を”見て”覚えた。


 それだけでも通常のスキル獲得条件から外れている異常性を発揮した上で、天内は更にその一歩先へと踏み込む。



「『我流合成カスタム・リビルド――雷帝拳らいていけん』」



 複数スキルの特徴を任意で選び取り1という暴挙。

 ゲームの時代には存在しなかった、天に選ばれたものだけに許された創始の御業。

 この時代に同様のことをできる人物と言えば、それこそただの斬撃を技にまで至らせた『剣聖』佐貫 章一郎ぐらいであろう。


 肩の付け根から指先まで、足の付根から爪先までを覆う金色の籠手と具足。

 絶えず迸る雷が天内の周囲を生きているかのように巡り、侍る。



 自らの拳を眼前で打ち合わせる。

 衝撃と共に雷は弾け、ゆっくりと離す両拳の先に帯電する焔の刀身を形成する。


 巡る雷を身体に取り込む。

 バチバチと音を立てて髪は逆立ち、肉体のあらゆる動作速度を上昇させる。


 侍る雷を背に集める。

 それは収束と共に幾本もの雷霆となり、空間が罅割れたかと思わずにはいられない不定形の翼を形成する。



 天内の身体がフワリと大地から離れた。

 ユリアが見上げる彼の風貌はもはや一学生に収まるものではなく、叙事詩に聞く雷神の如き人間離れした姿。

 それが発する威圧感に、それが向けてくる視線に、彼女は笑みを浮かべて胸が高鳴っていく。


「おぉ……! おぉ! おぉおおッ!!」

「持久戦なんて選ばない。というか、疲れでそもそも長続きしないから……全身全霊の短期決戦で貴方に挑む」

「是非に! 是非とも! あぁ、今日はなんて素晴らしい日なのだろうかッ!!」


 立場が逆転した。

 試すつもりが挑む側へと移り変わったことで、ユリアの心中にかつて無いほどの歓喜が溢れ出す。

 ことここに至って手加減は無用。それどころかこちらも全身全霊で応えなければなるまいと心が叫ぶ。


「さぁ、さぁさぁさぁ! 戦いを、闘争をッ! 私との語らいを! 楽しませてくれ天内 隼人ォ!!」


 ユリアがバサリと上着を脱いだ。

 コルセットと肌着、晒された引き締まった肉体美は大凡淑女に似付かわしくない王族の女性として許されぬ姿。

 しかし彼女はそれを惜しげもなく晒し出す。そして彼女は脱いだ上着全てを素材として錬金する。


「『換金、黄金大砲。即応展開』ッ!』


 戦闘型錬金術師、ユリア・フォン・クナウストの使うスキル『換金術』は素材の価値に比例して完成する物品の性能が高くなる。

 刀剣であれば切れ味が増し、盾であればより強固に、砲門であればより破壊力が高まっていく。


 王族の身に纏う衣服はどれだけの価値があるだろうか?

 そこに文様を描く金糸は? 添えられた服飾品は?

 そもそも使用されている原料に希少性に与えられた金銭的価値は?


 エセルが目を覆った上で泡を吹いて倒れるほどの金額がユリアによって綺羅びやかな黄金の砲身へと姿を変えた。

 それも一門どころか十にも連なる砲身がユリアの前方に展開され、その砲口全てを天内に向けられる。


 ユリアに許された、現状における最大にて最高火力。

 本来であれば広範囲にばらまくそれをたった一人、天内 隼人にのみ向ける一点集中運用。

 もはや訓練場が吹き飛ぶほどの圧倒的火力を以てユリアは天内に相対する。


 それを見て天内は冷静に判断する。

 今の疲れ切った身体では十ある大砲の内一撃でも受ければ間違いなく自分は沈むだろう、と。


 そもそも『雷帝拳』の全力稼働による魔力消費は尋常ではない。

 普段の数倍の速度で消費されていく魔力を鑑みて、戦闘を行えるのは保って3分と言ったところ。

 レベル差も踏まえてここまでしなければユリアには勝てないと考えてのことではあったが、実際に相対するとやはり現実は想像以上の実力差というものを感じてしまう。


 だから、更にもう一手を加える。


 もはや当たって砕けろ、今ある全力を全て注ぎ込み後の勝負を考えない。

 そんな決断と共に開示される天内の2つ目の力は桜井によって示された新たな可能性。

 ボンヤリとした情報だけが与えられそれを形にしてみせろと言ってのけた無茶振りに転生者としての理解が合わさり、不可能を可能にする身体がそれを形作る。


「(俺は主人公じゃない。俺は俺なんだ。姿形は同じでも、この世界に生まれ落ちたのは『天内 隼人主人公』じゃなくて俺なんだ。だから俺の力は、俺の想いのままに振るって良いんだ)」


 主人公という呪縛から開放された天内は自らをあるがままに肯定し、清々しい気持ちで魔力を更に練り上げ――言霊と共に奥の手を見せる。





「――『世界介入システムコマンド主人公補正ヒーロータイム』ッ!」




 彼は物語の主人公であることを止めた。

 彼は自らの人生を一人の人間として歩むことを決めた。

 だからこそ今度こそこの人生の主人公は自分以外に他ならないと、彼は世界に謳い上げる。


 垂れ流しているといっても過言ではない魔力の奔流に世界が応える。

 膨大な魔力という対価を得た世界が、天内へと向けてスポットライトを当てる。


 『主人公補正ヒーロータイム』は戦いの中で誰よりも多くの魔力を吐き出し続けることで、それを受け取る世界を味方に引き込む魔法である。

 この魔法はいつか来たる戦いを見据えて、桜井が第三の転生者である七篠 克己から聞いた話をもとに天内が作り上げたものである。


 前提として、原作ゲーム「フロンティア・アカデミア」における魔法は魔力を支払った対価として世界が提供する奇跡である。

 その世界を一時的にでも味方に引き込むことで、天内は世界からの寵愛と加護を受け取ることができるようになる。


 寵愛はその者が自らの力で傷つかぬように、向けられる魔法の一切を弱体化ないしは無効化する。

 加護はその者が誰にも負けることが無いように、劣る分を補う極大の身体強化を与える。


 『我流合成』による新スキル、そして『主人公補正』による身体強化。

 それら2つを合わせて天内は20レベル以上の差が存在するユリアと同等かそれ以上のステータスを得ることに成功する。

 しかしその対価もまた絶大。

 天内に残されている戦闘可能時間は15秒を切っていた。


 だが、15秒もあれば十分だと天内は確信していた。


「『全砲門、放て』ェ!」


 ユリアの号令と共に黄金大砲の砲口が幾重にも重なる爆音を上げる。

 綿密な弾道計算の上で一斉掃射された砲弾の嵐に身体をねじ込む隙など一つも無く、だからこそ天内は焔の刀身を宿した拳で血路を切り開かんと奥歯を強く噛みしめる。


 拳と砲弾が直撃し、挿し込まれた焔の刀身が砲弾を内側から爆散させる。

 訓練場の尽くが捲れ上がり破壊され、噴火したかのように土煙が大地より跳ね上がる。

 瓦礫が浮かび上がり頂点にて静止。

 次々と引き起こされる自由落下と大地との激突によって巻き起こる衝撃波が土煙を払う。


「――見事だ、天内くん」


 打ち払われ広がる景色の先で、雷神の如き青年は確かにその拳を姫の眼前に突きつけていた。

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