104 生粋のドマゾなの?
見守るのも飽きてきたので新しい鍛錬方法を考える。
糸を使って木に身体を固定すれば何かにぶつかることもなくまとめて鍛錬できるかと思ってやってみたが、どうにも経験値の入りが悪い。やっぱり身体が横になってるせいか?
やはり遠回りこそが最大の近道、地道なレベリングが最終的には最大効率に繋がるのかも知れない……などと考えながらレベリングしていると赤野に声をかけられたので木から降りる。
「で、どうよ? 終わった? ならきっとお前ら疲れてるだろうし一息入れるか」
「……俺が言うのも何だけど、さっきまで一番ボコボコにされてたやつが何で一番元気なんだ」
「ポーション飲んだし。それにお前と違って精神的なダメージなんら発生してねーもん」
「こいつ」
「ほら、準備はしてやっから適当に座ってろ」
俺はそう言って事前に用意していた野営セットを持ち出して休憩を取らせることにした。
これは元々、学園入学時にレベル上げに熱中しすぎて家に帰れなくなる場合を考慮して用意していたものだ。
だがアイリス達と別荘に住むようになったせいで時間が来たら誰かしらに首根っこ掴まれて連れ戻される生活を続けていたので、野営セットは完全に物置の肥やしになっていたのである。
それがこんな形で日の目を見ることになろうとは思っても見なかったぜ。備えあれば憂い無しってやつだな!
違うか? 違うかも……まぁなんでもいいや。
「やっぱ少しでも不安要素があるなら他人を利用するなり押し付けるなりして
みんなで囲う焚き火の暖かさに反して、向けられる視線の冷たいことよ。
しかし学園祭が始まってから一番みんなのために行動をし続けているのだから、ちょっとばかりマウントを取って上から目線で好き勝手言うくらいのご褒美はあっても良いだろう。
天内が涙も心境も色々と吐き出してなんだかんだ落ち着いた頃にはオヤツの時間も良いところ。
とりあえず疲れ切った身体には飯が必要だと思い、俺は野営セットから簡単な調理道具を持ち出して簡単な軽食を取ることにした。
「桜井くんって意外と料理できるんだね」
「本格的なのは何もできねーよ。挟んで焼き上げるだけだから誰にでもできるわ」
ちなみに軽食は俺のお手製ホットサンド。
食パンに干し肉と玉ねぎとチーズをしっかりプレスするように挟み込んで、後はフライパンを使って適当に焼き上げるだけ。
外はカリッと、中はチーズでとろっとろ。
食感と風味を玉ねぎで誤魔化してやれば、後は何が入っていても割と食えてしまう不思議なレシピである。
ちなみに今回は他に入っているのが干し肉だけなので問題ないが、虫系を入れた際にはサンドの断面と他人の口元は見ないようにするのがオススメだ。
触覚とか足とか、そういうのがチラリと……ね?
嫌なことを思い出したので白湯で流し込んで忘れることにする。
『剣聖』のおじさんは偶にそういうイタズラを仕掛けてくることがあるとだけ言っておく。
「ふー……さてと」
なんだかんだで一段落、ほっと一息ついたところでこれまで殆ど無言だった天内に視線を向ける。
俺の視線に気がついた天内は白湯の入ったコップを横に置き、俺をしっかりと見返してきた。
実際に向き合ってみると今まで身に纏っていた雰囲気と何かが変わっていることに気がつく。
なんというか、憑き物が落ちたというか、自然体になったというか。
ともあれその内心までは判断できないので俺は天内に幾つか問いかけることにした。
「で、どうなの。良い感じになった?」
「質問がふんわりしすぎてる……まぁ、幾らか吹っ切れたよ」
「じゃあユリアぶっ殺せる?」
「質問内容がジェットコースター過ぎる」
気持ちが沈んで吹っ切れてないのが問題だったのだから、それが解決したなら相手をぶっ殺す気で戦えるかどうかを聞くのは自然じゃない?
あ、もしかして例えに出したのがユリアだったのがまずかった? まぁ仮にもいきなり王族ぶっ殺せるか聞かれたらそれもそうか。
じゃあバルダサーレとか……ヤン・ランとか……後は誰だ? 黒曜の剣の連中? 七篠 克己は是非ともお前に手を汚して欲しい。
「桜井くん、もうちょっと段階を踏もうよ」
「時間もったいないじゃん……」
「しっかりと言葉にして気持ちに整理を付けたいから少し付き合ってくれ。頼む」
なんかそこまで言われると自分が悪いことをしているような気分になってくる。
しかし言葉にすることで考えをしっかりさせるという点には同意できた。
「今日はここまで経験値稼ぐぞー!」と朝一で叫べばそれを達成するまで何が何でもレベリングを続けようと思えるのと同じようなもんだろう。
俺の場合はそれをやっておかないと制限なくレベリングを続けるためにアイリスに言われて自作ブレーキを作成しているようなものなので、前に進む意思を固めるそれとは性質が真逆ではあるが。
「そうだな……今更遅いとは思うけれどもう原作がどうのこうのなんて言える状況じゃないし、主人公を取り繕うのはやめるよ。やりたいと思ったことを素直にやっていきたいと思ってる」
「ふーん」
「後は……正直、戦いに対する忌避感は拭いきれてない。だから、戦闘スタイルを変えようと思ってる」
「ふーん」
「今の戦い方は想定していたのが黒曜の剣のことばかりだったし。人を傷つけるなら、自分も痛みがわからないといけないと思って素手にしていたから。これからは武器や魔法を使うことを考えて……聞いてるか?」
お前、そんなに生粋のドマゾなの? とか思ってるけど聞いてる。
相手を傷つけるから自分も傷つく必要があるとか理解し難い。何かそういう宗教にでも入って誓いでも立ててるのかってレベルだ。
誰かを傷つけるならば自分は可能な限り無傷で反撃を受けないアウトレンジから一方的にマウント取り続けて高笑いし続けるのが最高の環境だと思ってる俺とは正反対である。
え? じゃあ何でお前の戦闘スタイル近接タイプなのかって?
レベル上げって基本的に持久戦だから「たたかう」コマンド連打で相手を殺せるほうが何かと都合が良いんだもん。
俺には魔法の才能も無いから遠距離攻撃となると弓矢になるし、となると矢のリソース管理で時間も荷物も思考も持っていかれるので面倒極まるのだ。
「心機一転でスタイル変えるのは良いんじゃないか? 俺としてはお前の徒手空拳技能を捨てるのは勿体ないとは思うけど」
「そうか?」
「殴り合ってわかったけど、純粋な素手での殴り合いならアイリス以上なのは間違いないし。アヌビス神と似たりよったりじゃないか?」
『魂撃』を習得する上で俺は冥府でアヌビス神からその手解きを直々に受けていた。
当然、その鍛錬の中には実戦形式の組み手もあった。現世に戻ってきてからも剣術優先とは言え日に一度はアイリスを相手に組み手は必ず行っている。
『魂撃』を磨き上げるための組み手と『打撃耐性』を育てながら耐え忍ぶことを前提にしたこの戦いは状況的にかなりの違いはあるものの、天内の動きや虚を突いて打撃を叩き込む戦闘の組み立て方は高いレベルにあることは確かだ。
明確に優劣付けれるわけではないけれど、剛拳のアヌビス神と柔拳の天内みたいな?
「まぁそんなことはどうでもいい。一朝一夕で変わるようなもんでもないし、ぶっちゃけ今重要なのは目前のユリアだ」
「だよねぇ。明日の総当りでユリアさんの個人賞の入賞を阻止しないと隼人が暫く学校から離れちゃうし、桜井くんとの約束も果たせなくなっちゃうし」
俺の言葉に赤野も同意の声を上げる。
だいぶ寄り道と遠回りをしてきたがそもそもの本筋は天内が発生させたユリアイベントを乗り越えるために強くしてくれというのが元々の約束だ。
しかしただのレベル上げをするには時間が足りなかったので競技妨害の搦手に走ることにしたのが回り道の発端。
そこから天内自身の問題が浮上したのでこうして荒療治に手を出す羽目になった。
「とりあえず気持ちが切り替わったなら、何にせよやるべきことがまず一つある」
「やるべきこと?」
「おう、気持ちが切り替わり心機一転を目指すということは、今の天内は精神的に0に戻ったようなものだからな」
そしてどんな形であろうと
ユリアとの戦いだけではなく今後の戦いも踏まえるならば、これは天内にとって間違いなく必要なことだ。
俺は立ち上がりズボンに付いた土を払い落とした後で、体をほぐすように背伸びをして肩を回す。
そして軽く深呼吸をした上で眉をひそめていた天内に立ち上がるように促すために手をのばした。
「ほら立てよ。0に戻ってやり直すなら、新しくなった自分に慣れるためにもまずはレベル上げが必要だろ」
それはステータスではなく、言うなれば心のレベリング。
自分の成長と変化を確認するための慣らし運転のようなものだ。
天内はやや呆然とした後で軽く笑って俺の手を取って立ち上がると、今度は天内が赤野に向けて手を伸ばした。
その手を取って立ち上がった赤野は何やら楽しげに笑みを浮かべて「ふふっ」と笑い、天内も彼女につられて笑みを深めた。
俺はそれを見てこの調子なら問題無さそうだなと感じて満足気に頷くと、これからの予定を声に出す。
「んじゃ明日の競技受付開始まで13時間とちょっとあるから不眠不休でレベル上げだな!!」
地上に戻る時間も踏まえた試算を胸を張って伝えると今までの笑みはどこへやら、愕然とした表情を向けてくる二人に俺はおかしなことでも言っただろうかと小首を傾げた。
そして即座に赤野の手を取り逃げ出そうと駆け出した天内を『糸繍』を使って確保すると、そのまま奴を引きずりながら31層に続く階段を下り始める。
「待て! 桜井、待ってくれ! せめて赤野だけでも見逃してくれ!」
「そんな! 隼人だけ置いていくなんて!」
レベリングをするだけのことで何をそんなに恐れる必要があるのか、これがわからない。
どちらにせよ旅は道連れ世は情け、レベル上げに情けは無用。
よって道連れのみが残って二人とも強制連行だ安心して欲しい。
「不眠不休はおかしい! しかも想定が13時間連続ってなんだよ!」
「でもそれくらいしないと試運転にならなくね?」
「調子を確かめるだけなら小一時間もあれば十分だろ!?」
なんだぁ、テメェ……新技なり調子確かめるなりするのに5~6時間は普通かかるだろうが……ッ!
またそうやってそうやって俺に才能マウント取ろうってのかッ!? あぁん!?
「何でそこでキレるんだよ!?」
「あ。さっきはああ言ったけれど、私は桜井くんについて行くわ。それだけの無茶ができるのも今のうちだけだろうし」
「いや無茶とかそういう次元じゃ」
「入学した時にも言ったじゃない。『学生の内に失敗しておくのも経験』って。実際、慣らす上で自分の今の限界がどこまでか把握するのも必要なことでしょ?」
俺もそういうこと言いたかった。
「私は強くなりたい。強くなって隼人にもエセルちゃんにも追いついて、追い越したいの。ほら隼人もさっさと立ち上がる! じゃないと二重の意味で置いていっちゃうよ!」
「言われてんぞ天内」
「くっ……あぁもう! わかったよ! 行くよ! 行くから、もう糸は解いてくれ!」
うむ、よろしい。そういう思い切りこそがレベル上げの第一歩になるのだ。
まぁ安心してくれ。レベリングとは本質的に勝てる相手に勝ち続けることが肝心なのだ、しっかり監督はしてやるから真面目にやれば生傷もそう負わないはずだ。
「わかっちゃいたが怪我する前提なんだな……」
「眠気吹き飛ばすには背後から奇襲されんのが一番だからな」
「それお前がやってくるってことだよな? やっぱり13時間不眠不休はおかしいよな? 休憩あればそんなことしなくて済むよな!?」
「うるせぇ、散々手間かけさせやがったんだから俺のストレス解消にちったぁ付き合えや」
「まさかそれが本音かお前!? ってうおっ!? フォレストコング!?」
「ボケッとしてんなよ、もう31層に居るんだぞ! 視界に映ったら初動を見抜いてカウンターで素っ首叩き落とせ!」
「俺は素手なんだが!」
「手刀でやれや!」
「ちょっと二人とも前からなんかいっぱい来てる! 十匹以上居るわよ!」
「今さっき濃度6倍にした『魔物寄せの香水』使ったからそりゃ群がってくるわな」
「このクソ甘ったるい臭いの原因はそれかー!!」
俺と天内はワーギャーと言い合いを続けながら迫る魔物を蹴散らしつつ、合間合間に赤野の魔法による援護を貰いながらもダンジョンを下っていく。
目指す階層は39層、制限時間は13時間と少し。
長時間に渡るレベリングは天内から迷いを捨て去り、今までの失敗を思い出に変えるのに十分なものだったらしい。
天内 隼人の拳は以前よりもずっと速く、鋭く、振り抜かれていた。
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