072 転生者のよしみ
学園の案内など建前でしかないだろう。
そんな予想は大当たりで、手早く各所の案内を済まされた俺は適当な空き教室で天内と対面している。
「素振りをしながらでいいから話がしたい」という彼の提案に、こいつ俺への理解が早くない? と思いながらも、素振りをしていいのであれば話くらいは聞いてやろうと思った次第である。
「まずオペラハウスでの一件について。脅すような真似をしてすまなかった」
軽く頭を下げる天内に俺は驚きから思わず剣を取り落しかけた。
許すも何も謝られる覚えなど無いのだが、ともあれ自分の非をここまで素直に認める人物に出会ったのは人生で初めてだったからだ。
まさか自分で過ちに気がついて誰に言われずとも謝れるなんて……これが人間性の違いだとでも言うのか……!?
「その上でお前と話したいことがある。聞いてくれないだろうか?」
て、低姿勢っ!? しかも頭下げたままだぞこいつ!?
俺の焦りを代弁するかのように早まる素振りの腕をとにかく落ち着けようとして十数秒。
その間も頭を上げることのなかった天内に俺は上ずった声でとりあえず話は聞くから頭を上げてくれと伝える。
顔を上げた天内の瞳の何と真っ直ぐなことか。そのイケメンフェイスも相まって何故か後光まで見えてきそうな気がしてくるのだ。
ともあれ俺の勧めで適当な席にお付き頂いた主人公様の前で、俺は失礼ながらも素振りをしながらそのお話を聞くことにしたのである。
「まず、これからの話しをする上でもう一度俺のスタンスをしっかり話しておくよ」
「一度聞かなかったっけ? 原作遵守するとかなんとか」
「理由とかまで話さなかっただろう? そこも含めてだ」
そう言って天内は何故自分が原作遵守に拘るのかを語り始めた。
このゲームにおける『天内 隼人』はまごうことなき主人公だ。
物語的に言えば彼が居なければこの先で待ち構える数々の困難を乗り越える事が出来ず、彼の存在なくしてハッピーエンドは存在しない。
なぜなら主人公やその仲間たちの力が無ければ、解決できない問題や敵が多いからだ。
だと言うのに、『
主人公とはその精神性があってこそ主人公として成り立っている、持っている力はあくまでも付属品であり、力があれば誰もが主人公になれるのであれば物語というものは成立しなくなってしまう。
その重要な中身が変わってしまった時点でもはや自分は正常な主人公とは言えない。
そして主人公が正常でなければ、その物語にもまた異常が発生する。そうなれば原作のようなハッピーエンドに至ることができなくなる可能性が高い。
「ハッピーエンドってさ、どんな結末だろうとそれはこのゲームを作った人達がハッピーと銘打つ程には幸せな結末なんだ。特に王道的なストーリーであるフロンティア・アカデミアなら犠牲者も殆ど出ない」
「つまるところ、ただでさえ自分という異常がある中で好き勝手に動いたら、原作との乖離が激しくなって余計な犠牲者が出るかもしれない。だからお前は正しい筋書きをなぞってハッピーエンドに至りたいってわけか」
「その乖離の被害が俺だけなら気にしなかったんだが。放置すれば国を守る壁が破壊され、魔物が雪崩込み、多くの人が死んでしまう」
天内はそう言うと少し気が抜けたかのように吐息を漏らし、肩の力を抜いて顔をやや俯かせた。
「俺の実家は穀倉地帯でさ。沢山の水を外から引っ張らなきゃならない関係で外壁のすぐ近くにあるんだ」
父は朝から晩まで畑の世話をして、母は家の中で子供の面倒を見ながら手作りの焼き菓子を振る舞ってくれた。
村長は村にある数少ない書物で文字と計算を教えてくれて、村で一番の老婆は様々な冒険譚を暖炉の前で語って見せてくれた。
農地を守るために在駐している騎士団の面々もまた優しく、日々の鍛錬や世界の常識、冒険者学園への入学手続きなど何かと面倒を見てくれた。
農地に住む人々全体が協力して子供を育み、一つの共同体として成り立つ平和な村社会。
ゲーム時代には要所を除いて殆ど描写されなかった日々の営みとそこから注がれる愛情は、天内の中に人々への愛着を持たせるには十二分なものがあった。
「ゲームでのバッドエンドでは破壊された壁から入り込んだ魔物たちに人々が蹂躙され、その後の描写も無く物語は終わりを告げる。もしかしたら騎士団の人々が何とかするのかもしれないけれど、バッドエンドの犠牲者の中にあの人達も含まれてしまうんじゃないかと思うと……嫌だった」
見捨てられなかった。ゲームキャラだと割り切り、無視する事ができなかった。
そして自分の手には「主人公である」という手札があった。
だから天内は主人公を騙り、主人公として動き始めた。
天内 隼人には成し得ないことであっても、『
主人公が原作を遵守するならば、世界の流れが変わること無くハッピーエンドに到れると信じたから。
「だから俺は原作通り動いて、原作通りのハッピーエンドにたどり着きたかったんだ」
「あー……でもそれ、もう殆ど頓挫してるよな?」
「おかげさまでね。というのは冗談で、十中八九、黒曜の剣にも転生者が居る可能性が高いと考えてる。だから同じ転生者としてこれからの事についてちょっと話しておきたいと思ったんだ」
そう語る天内が浮かべた笑みからは疲れのようなものが見え隠れしていた。
それもそうだろう、彼の語るところによれば天内は主人公を演じ続けてきたのだ。
普段の自分とは違うと思っているキャラクターを演じ続けるのはきっとかなりのストレスなのだろう。
「(てか、もうちょい自信持てば良いのに)」
天内の思想だの考えだのは置いておくとして、俺が気になったのは彼の自己評価の低さだ。
確かに原作主人公と今目の前にいる天内 隼人は別人なのだが、彼の話を聞くとその素朴な善性は原作主人公とあまり違いはない。
原作主人公、天内 隼人。
キャラネームを変更できる関係上、あまり多くの台詞は無くそこまで強い個性は無いのだが、ゲーム中に発生する選択肢からはその善性が見え隠れしているキャラだ。
困ってる人や理不尽な目にあっている人には出来得る限り手を伸ばす。その上で顔も知らぬ誰かのためではなく、自分の大切な人のために戦いに向かう。
人よりも少しばかり勇気があり、自分の善性に誇りを持っている普通の好青年。
他に特質すべき点と言えば、ちょっと存在がバグか? と疑うほどに作中に登場するあらゆる戦闘技術と魔法に加えてその他技能に対する適正に満ち溢れており。
戦闘中に相手が使ったスキルを確率とは言えその場で身につける天性のセンスを持っていて。
なんなら冥府で戦ったバビも、黒曜の剣の幹部連中や大ボス含めてしっかり準備すれば単独で撃破可能で。
ラスボスの倍は強い壁外に存在するエンドコンテンツエネミー、特撮番組に出てくるような怪獣と見紛うほどに巨大な魔物でさえも運は絡むが単独でブチのめせる逸材という程度だ。
ちなみに仲間も含めてガチ育成すればエンドコンテンツエネミーは3連戦くらいはやってやれないことはない。
……後、全員して最初からレベル上限が100だ。
「テメーらのその才能の高さ指先だけでも良いからちったぁ俺にも寄越せよクソが!!!!!!!!!!」
「な、なんだ急に!?」
「人がよー! 上限解放するためによー! 女装と接客してよー! チクショォォォ!!」
「落ち着け、落ち着けって! どうしたんだよ急に!」
閑話休題。
ともあれ、結局のところ原作主人公も今いる天内も「大切な人が傷つくのを見たくない」というのが戦う理由だ。
如何に主人公を騙ろうとも、そこが同じであるなら人間としては立派なもの。
しかも実際にその肉体は万物の才覚をこれでもかと詰め込んだ主人公そのものなのだから、胸を張って行動すれば自ずと結果はついてくるはずだ。
だからそんなに自分と主人公は違う、自分として行動をしたら間違いなく最悪な方向に進んでいくなどと悲観しなくても良いのではないだろうか?
……あ、駄目だ。檜垣やアイリスとの一件思い出すと、思うがままに行動したら良いとか、俺の場合は口が裂けても言えねぇ。
よし! これに関してはノータッチで話を進めよう!
「んで、これからのことって言われても具体的に何を? 黒曜の剣も潰れたし、別に警戒すること無くないか?」
「潰れたと言っても倒したのはルイシーナだけだろ? 多分、逃げ延びた奴の中に俺たちと同じ転生者がいると思うんだ。そいつが怖い」
オペラハウス事件が4月に前倒しになっていた理由として一番可能性が考えられるのが黒曜の剣の中に俺達と同じ転生者がいたから。天内はその可能性が高いと考えているらしい。
そして国を害するようなイベントを前倒しにして成功させようとしてきたことから、自分とは敵対するスタンスにある可能性も高い。
「黒曜の剣のスポンサーの一人にはこの学園の教頭『ミリヤ・ヘイッキラ』がいる。逃げ延びた連中が潜伏する先として学園が選ばれているかもしれない」
冒険者学園教頭、ミリヤ・ヘイッキラ。
原作終盤で判明する黒曜の剣のスポンサーの一人であり、学生の質の低下を憂いて魔人技術を取り入れようとした中高年の女性キャラだ。
彼女はその立場を利用して物資や資金の一部を黒曜の剣に横流しをしたり、かつての教え子達との交流する中で行方不明になっても問題のない冒険者の情報を聞き出し、その情報を黒曜の剣に流していた人物だ。
黒曜の剣はその情報を元に冒険者を拉致し実験体にしており、ルイシーナの母親である女性冒険者が捕まった原因も彼女にある。
とは言えミリヤは数あるスポンサーの中の一人というだけであり、劇中での出番と言えば入学式などの各種イベントにおける顔出し程度。
終盤でスポンサーと判明した場面も、黒曜の剣を追い込む中で騎士団に逮捕された人物の一人として知らされる程度の存在だ。
確かに逃げ延びた黒曜の剣が彼女を頼って学園に落ち延びる可能性が無いとは言えないが、他に存在するスポンサー達の事を考えると断言できるほど高くはない。
「既に原作からこの世界は大きく変わり始めてる。その中で奴らとの戦いがあったなら」
「協力して欲しいってか?」
「できれば。原作知識を持った転生者が仲間に居ると思えると、心強い」
「時と場合による」
俺は天内の提案に即答した。俺と天内の中での優先順位はあまりにも違うからだ。
天内が大切にしたいものは、俺にとって欠片も興味が無いもので。俺の生きる目的であるレベル上げは天内にとって手段でしかない。
確かにこれから天内が紡いでいく
しかし、俺は誰かに協力する時間があるのであれば自分のレベル上げを優先したいのだ。わざわざ自ら関わりに行くような真似をするつもりはない。
だが黒曜の剣の行動次第で俺のレベル上げに支障が出るようであれば、その時は協力しても良い。
殴りかかるなら戦力が多いに越したことはないということを、俺は冥府で経験しているのだから。
「つーわけで、連中が俺のレベル上げを邪魔するようなことをするなら自主的に殴りかかるしその時は協力できる。でもそうでもなければ興味も無いからレベル上げをさせてもらう」
「そう言うと思ってた。とりあえずは敵対しないでくれるだけでも安心できる」
「まぁ、レベル上げの片手間にこうして話を聞く程度はしてやるよ。同じ転生者のよしみってことで」
俺にとって天内に全面協力するメリットは薄いが、かといって天内が敗北したらそれはそれで面倒な事になるだろう。
なので敵対しない限りは少々の融通くらいは効かせてやる。耳を傾けてやるくらいはしてやろう。
「ありがとう、それじゃあそろそろ俺は行くよ。午後は自由実習時間だからダンジョン探索やら自由授業やら好きにすればいい」
「あいよー。まぁ色々見て回るわ」
「それじゃあ何かあれば……普通に、普通に話しかけてくれ」
やたらと普通にを強調した天内が立ち上がり、教室を出ていった。
俺は素振りを続けたままそれを見送り、さらに少ししてから廊下に首を出して周りに誰も居ないことを確認すると室内に引っ込む。
そして脳裏に檜垣を筆頭とした何かとキャラの濃い面々を思い出しつつ。
「なんだろう、天内がまともな奴だとわかっただけで、ちょっと感動してる自分がいる……」
そうポツリと呟いて、まともな人間とのまともな会話と言うものを噛み締めたのであった。
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