第四章 レベルバカと学園の主人公

069 レベルバカの初登校

 5月。

 入学式やらオリエンテーションが終わり、クラス内におけるグループ分けもほぼ終了している頃。

 俺は満を持して、というかやっとこさ学園に初登校することとなった。


「俺、入学してから教室にさえ顔だして無いのか……。てか学生寮にも行った覚え無くないか?」


 俺は4月からの怒涛の思い出を振り返りながら、ポツリと呟く。


 初日に檜垣に襲われて、そこからおじさんと特訓して、レベル上げしながら檜垣と相打ちになって。

 冥府でレベル上げして説教されて、なんだかんだでDVクソ親父ぶちのめして、そのまま冥府でレベル上げしてから現世に戻って。

 戻ってきたら借金返済の為に怒られない金稼ぎを考えて、ルイシーナとバトって拠点諸共吹っ飛んでまた入院して。

 その後、レベル上限を90まで引き上げるために学園に登校しないでオカマバーのサブクエストをこなして、その中で何故か女装した上で接客する羽目になったり……。


「……おかしいな。こんなに多くのトラブルに巻き込まれる予定は無かったんだが」


 一体全体俺が何をしたというのか。本来ならば今頃学園で様々なことを学び、魔法の一つや二つを覚えているはずだったのに。

 だが過去を振り返っていても仕方がない。経験値も入らない行為に時間を費やすのは無駄と言っていいだろう。


 そんなこんなで学園到着。

 クラス割りを知らないので、早速唯一知っている風紀委員の部屋へと木刀片手に乗り込んでいく。

 案の定、風紀委員達は俺と檜垣が和解した事を知らないようで。入室した途端にアチラコチラから俺を取り押さえようと風紀委員達が襲いかかってきた。


「壁を背にすれば相手にすべきは三方向のみ、そして後は迫る相手をしっかり対処すればパーフェクトな戦術、ってオイッ!? 俺の射程リーチ外から魔法撃ち込んで来るんじゃねぇ!? それでも風紀委員かテメェら!」


 そんな一騒動がありつつも彼らが魔力切れを起こすまで攻撃を凌ぎ続けた結果、魔法攻撃のダメージを低減させる『抗魔力』スキルを獲得できたので今日はきっと良い日になるだろう。

 そしてなんやかんやで騒動を聞きつけてやってきた檜垣に呆れられつつも、無事に生徒名簿から割り当てられたクラスを確認。これでやっと登校することができるようになった。


「クラスの連中に迷惑をかけ……いや、まぁ、う~ん……」


 相変わらず人を何だと思っているのだろうか。人畜無害な俺をもっと信じて欲しい。

 でも何かあったら速攻でお前の名前出すから秩序維持頑張ってくれ風紀委員長!


 そんな騒動がありつつも、俺はなんとか教室へと辿り着いたわけである。


 一月も遅れてやってきた新入生がクラスに馴染むにはどうすればいいか? 答えは『人付き合いをめっちゃ頑張るしかない』だろう。

 そんな抽象的な答えしか出てこない辺りに俺の対人能力の低さが見て取れるが、元々人間関係なんぞ放棄している俺としては可能な限りお互いに干渉されない関係を築きたいものである。


 ではそのために何をすれば良いのか?

 知らん、わからん、行き当たりばったりで考えるしか無い。


 何か言ってくるならその時はレベリングの素晴らしさを語れば良いし、何も言ってこないならレベリングを続ければいい。

 俺にとって学園とは授業も含めてレベルを上げるための場所だ。今更社会の縮図だのなんだのに興味は無いのだ。


「というわけで後ろの扉からこっそり入るか」


 教室の前方から入って一々目立つ真似をするのは季節外れの転校生だけだ、同じ季節外れであろうと俺は同じ新入生。

 しれっと混じって、しれっと授業を受けて、何食わぬ顔で帰れば良い。


「(話しかけられたら陰キャっぽくどもりつつ、「む、むもまっ、前、前から居ま、したっ」とか言えばいいだろ。それを繰り返していればこちらに関わってくる奴は居なくなるはず。よしっ!)」


 完璧な計画と共に俺は静かにゆっくりと扉を空けて入室する。

 鍛え上げた歩法スキルにより足音を完璧なまでに消した俺は、生徒の誰にもバレること無く侵入に成功する。

 運がよいことにどうやら今の時間帯は授業中のようで、何だか訝しげにこちらをチラチラ見てくる教師を除けば、生徒は全員俺に対して背を向けている。

 これはまさしく好都合、教師が何も言ってこないならば後はしれっと席に座るだけだ。




 ……ところで、俺の席はどこだろうか?




 教室では40人程度の生徒たちが席に座って前を見ている。見渡す限り空席というものは無く、俺が座れそうな席が無い。

 席は自分で用意するスタイルなのだろうか? いや、一般的には用意されているものと見て良いはずだ。


「(であれば何故俺の席が存在しないのか)」


 考えられる可能性は一つ。俺が一月もの間、音信不通で登校してこなかったからだろう。

 檜垣の力で俺の学籍がしっかり存在しているのは確認が取れているが、書類上存在していようともそれが認知されていない以上は幽霊部員のようなもの。

 居ないものとして扱われ、無駄なスペースを省くために席が片付けられたと考えれば納得がいく。


 さて、どうしたものか。

 今は授業中。無理に声を上げれば真剣に聞いているクラスメイト達に申し訳ない。


 原作ゲームにおいて『授業』は自分のステータスを磨き上げたり汎用的なスキルを入手したりと、レベル上げとは違うが重要な要素だ。授業を受けているかどうかは最終的なキャラ性能の優劣に直結する。

 加えて現実化したこの世界においては学問もまたスキルとして扱われているようで、今の俺のようにただ言葉を聞き流しているだけでも僅かだが経験値が入ってきている。


 これが意味するところは、経験値が貯ればそれはスキルとして昇華されるということ。

 そしてスキルとして成立したならば、そこにスキルレベルが生まれ、レベル上げが出来るようになるということ。


 邪魔できない。これは邪魔できない。

 俺自身がレベル上げのために動いているのだから、他者のレベル上げを邪魔するなど本末転倒では無いだろうか?

 彼らはこの一月の間に様々なスキルを身に着けたに違いない。そして今、スキルを磨き上げるために授業を通じてレベル上げに励んでいるのだ。

 そんな所に、突如として謎の人物が現れ「自分の席を用意して下さい」等と要求したらどう思うか?

 しかもその人物は曰く、確認を取らねばならないほどの幽霊学生であり。簡単に「ハイそうですか」と認めるわけにはいかない。

 本人確認が取れるまでどれくらいの時間がかかるのか。その上で席を用意する為にどれだけの授業時間を削らねばならないのか。


 俺ならそれらを天秤にかけた上で、間違いなくそいつを窓から投げ捨てる。

 いや、廊下だ、廊下にしておこう。窓は流石にアイリスに怒られる。でもバレないなら窓から投げ捨てる。


「(ここは一度撤退して、まずは職員室に言って事情説明だな。そこで指示を……指示、を……)」


 ふと、思考が止まる。

 今、何か大切なものをスルーしかけたような気がする。


 俺はその大切な何かに対する手がかりを求めるように教室を見回し……視界の端にそれを見る。

 それは毎日毎分毎秒チェックし続けているシステムメッセージであり、そこには今この状況において俺が得ている経験値取得のメッセージが流れている。



 ――『温泉鑑定』+2。おめでとうございます、『温泉鑑定』スキルLv1を取得しました!



 脳内に鳴り響くファンファーレと共に、この教室から外に出る選択肢が消失した。

 取得したのは『温泉鑑定』というどこで使うのだかまるでわからないスキル。

 だが、だがしかし、取得してそこにスキルレベルがあるならば育てずには居られないのがこの俺の性というもの。


 俺は即座に頭を切り替え、聞き流していた内容を記憶の中からほじくり返して脳内再生を始める。

 同時に現在進行系で入り込んでくる教師の話も一言一句違わず耳に入れ、脳内再生されている記憶の中の講義に組み込み一連の会話の流れやその内容を再現する。

 それに合わせ取得する経験値も上昇しはじめ、また真剣に授業を聞き始めたことから原作における授業の効果としてステータスの一部が微増する。


「(メモ帳があれば内容を記録して反芻することで経験値増やせたかもしれんが、無いものはしょうがない! こんなスキルの経験値を得られる場面なんてそうそう無いだろうから今のうちに稼げるだけ稼いどかねば!)」


 首から上を教師に対して全集中。空いた体で素振りを開始。

 木刀の風切り音はもはやほぼ無音に等しく、前方から届く教師の声を聞き取る事に何の支障もない。


 授業を受けながら、新スキルの経験値を稼ぎ、剣術スキルも上昇させていく。加えて他の生徒の邪魔をしない。


「(これが、これが俺の一石二鳥どころか三鳥を得るパーフェクト生徒スタイル……!)」


 そのあまりにも素晴らしい授業態度に我ながら惚れ惚れしつつ、俺は授業終了までその体勢を貫き通すのであった。

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