057 実力差

「ハァ……! ハァ……! クソ!」

「は? マジかよ、あの歌姫様なに負けてんだよありえなくね?」


 周りの暴徒が気を失い倒れていく中で、天内はボロボロの身体に鞭を打ち、奥歯を噛み締めヤンと対峙していた。

 相手にも少なくはないダメージを与えたものの、そもそもの体力差が桁違いのためかヤンは快調とは言わないものの余力を残しており、対する天内は気を抜けば今にも倒れてしまいそうな有様であった。


「(レベルの差が、ここまで、キツイなんて……!)」


 天内がこの世界に生まれ落ちて今まで、自分の倍かそれ以上のレベルを持つ相手との戦いはこれが初めてであった。

 それは当然、彼がレベル上げをする上で安全マージンを取り続けていたことや、そもそも高レベルのダンジョンを探索することが禁じられていた為であり、その点において彼が責められる道理は無いだろう。


 だが今回、格上との戦闘経験の薄さが裏目に出ていたのは否めない。

 レベルの違いによって発生するステータスの違い、それが現実的にどれほどの違いを及ぼすのかを天内は実感できていなかった。

 そしてその性能差は、原作における相性差やこれまで培ってきた戦闘技術を総動員してなお厳しいものと言わざるを得なかったのだ。


「お前らが抵抗するから、ロザリオは片方しか取れなかったし、歌姫負けちまって時間切れだし。厄日じゃねぇか、ふざけんなよ」


 ヤンがこれみよがしに血の付いたロザリオを手に取り揺らしていた。

 それの本来の持ち主であるエセルは天内の背後で汗を浮かべながら、皮一枚で繋がっている左手の傷口を右手で抑え込んでいた。


「返して……それは、私の……ッ!!」

「戦利品は奪われるほうが悪いだろ? 悔しかったら守りきれなかったボーイフレンドに文句言えよ」

「ふざけるな! 御託はいいからそれを返せ! そしたら見逃してやる!」

「アッハッハッハァ! 粋がるなよ! 見逃してやるのは俺の方だろ?」


 ヤンは二人を嘲笑し、大きく笑った。

 相性差のせいか格下ながらも戦いにはなっていた相手だが、一度その戦法が崩れてしまえば脆いもので、目の前にいる二人は満身創痍と言っていいだろう。

 対する自分は魔人としての力のみしか見せておらず、これまで集めてきたアイテムの数々は未だ1つとして見せていない。


 明確過ぎる戦力差は目の前の二人もわかっている。それでもなお健気に声を上げる姿が滑稽すぎて仕方がなかった。


「とは言え時間切れだし、今日はここまでにしておいてやるよ。セットものはしっかり揃えないと気がすまない質だから、その内また遊びに行くわ」

「逃げられるとでも……!」

「おっとこれ以上ワガママ言うならこの女の子殺しちゃうよ?」


 ヤンが腕を伸ばし、倒れ伏す暴徒たちから1人の少女の頭を掴んで天内の前に突き付けてきた。

 その少女とは天内の幼馴染であり暴徒となっていた『赤野 玲花』であり、ヤンは彼女の喉元を手にした剣で軽くなで上げる。

 それだけのことで天内もエセルも動くことができなくなり、唯一出来たことと言えばただ強く睨みつけることだけだった。


「クソ――ッ!」

「お友達のこと気が付かないとでも思ってた? 視線でバレバレなんだよお前。もしもの時は盾にでもしようと思ってたけど、そこまでするほどお前ら強くなかったから笑っちまったよね。さ、しっかり諦める言い訳は作ってやったんだから大人しくしていろよ?」


 もう、何も出来なかった。

 異形の身体に赤野 玲花を抱きとめたヤンが、ニタニタと笑いながらその場を離れていく。

 二人はそれをただ見送る事しか出来ず、ヤンがエントランスに続く出入り口を破壊し先に消えたことで、やっと天内は弾かれたように駆け出すことができた。


「玲花ッ!!」


 出入り口の残骸を蹴り砕くほどの勢いでエントランスへと乗り込んだ天内の目に、ホールの中央に投げ捨てられた玲花の姿が映った。

 天内はすぐさま玲花に駆け寄り抱き上げると周囲を見回し、ヤンが完全に逃走したことに苦し紛れの舌打ちをした。


「畜生。何も出来なかった」


 予想を外し、状況に翻弄され、実力差があるとは言え魔人を相手に完敗とも言えるこの結果。

 自分が積み上げてきた努力がまるで通用しなかった事で、苛立ちにも似た悔しさが天内の中でグツグツと煮え滾って行く。


 玲花を一旦エントランスのソファに横たえ、エセルを連れに戻る。

 チラリと見えたステージの上には桜井の姿は無く、目的であるルイシーナを倒したことでオペラハウスにいる理由が無くなったのだろうと推察できた。


「くっ……いや、それよりも」


 その瞬間に湧き上がった衝動を抑え込み天内はエセルの下へとたどり着く。

 彼女は席に座り回復魔法をかけ続けていたのか、血色は悪いものの止血は済んでいた。


「ごめん。守りきれなかった」

「仕方ないわ。格上相手によくやった方でしょ。生きてるだけ儲けものよ」

「ロザリオが……」

「……取り戻すわ、必ず。当然その時は無料で手伝ってくれるわよね?」


 気取るように笑みを浮かべたエセルに毒気を抜かれた天内は、彼女に肩を貸してエントランスへと向かう。


 エントランスに座り込み、彼女の手当をしながら暫く。

 ドタドタとした喧騒と共にエントランスの出入り口から騎士団の面々が乗り込んでくるのが見えた。

 それを以て、天内はひとまずこの騒動が終わりを告げたと考え息を吐く。

 そして騎士団に保護された彼は、心中に張り詰めていた緊張の糸が解けていくのを感じ、ゆっくりと力を抜くのであった。

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