048 擦れ違う二人

 レベリングというのはキャラクターを育成するための行動である。

 天内が知る限り、その目的はざっくり言うと『強くするため』だろう。

 ゲームが現実となり自分自身がキャラクターとなったこの世界におけるレベリングとは『自分を強くするため』の行動だと言える。


 強くなりたい。


 男なら誰しもが一度はそう思うもので、天内もその気持ちには強い共感を覚える。

 なにせ元の世界とは違い、ここはレベルというシステムにより上限はあれど、強くなれることが保証されているのだ。

 その頂に挑戦しようと思う事は決して咎められるようなものではない。


 天内にとっての問題は、桜井がそのレベリングの為に点だ。


 天内は主人公として、そしていちプレイヤーとして原作は遵守すべきだと考えている。

 何故なら天内は、『主人公天内 隼人』のような超人ではないからだ。

 そのため『彼』のような正義感は無いし、使命感から剣を手に取るような事はできない。

 秀でた何かを持っている訳でもない自分にできることは、『誰かの模倣』に他ならず、原作知識があったとしてもより良い結果を生み出せるなど欠片も思っていない。


 天内と『天内 隼人主人公』は別人で。

 天内が『天内 隼人』に成ることはできない。


 だから天内は原作を遵守することに拘る。

 原作の流れを守り、そのレールから外れなければ、どれだけ犠牲が出ようと、苦しい戦いに身を投じる事になろうとも、その先には必ず大団円ハッピーエンドが存在するから。


「でも今の状態だとまともなレベリングに励めないから歌姫連中ぶちのめそうとしてんだ。良ければ手伝ってくれ」


 桜井の言う言葉から考えるに、彼はきっと下級生の状態で挑戦することが出来るダンジョンで満足できない状態になっているのだろう。

 原作を進めるために鍛錬もほどほどに他者との交流を深めていた天内と違い、その時間のぶんまでレベリングに当てているとすれば……自分の倍。現実的な数字としてレベル40~50程度にはなっているのではなかろうか?


 もしそうだとすれば実力的には物語中盤に踏み込んだところ。

 壁外クエストも受注可能になるレベル帯が、低レベルダンジョンに押し込められている現状は望むところではないだろう。


「(だから、『黒曜の剣』……物語のボスに目を付けたのかコイツ……!)」


 敵を倒せば経験値が得られる。これはこの世界の絶対の法則だ。

 敵とは魔物のみならず、人間だろうとなんだろうと『敵』でさえあれば経験値が入ってくる。

 当然、その敵が強敵であればあるほどに倒した時に入手できる経験値の量は膨大なものになるだろう。


 物語のボスとは人々に害を成す存在が殆どであり、もしも倒せたならば本来ボスが引き起こしていたであろう犠牲を減らすことができるかもしれない。

 しかし、天内にはそれを受け入れることは出来ない。

 『予定調和』から外れた行動は、必ず因果応報としてより最悪の結果をもたらして来るのが世の常だと確信しているからだ。


 犠牲が減るかも知れない? そんなものは楽観的に過ぎる。

 むしろ経験値が欲しいから等という短絡的な理由で敵の戦力を削ったとすれば、原作よりも追い込まれた相手の行動が読めなくなってくる。

 もしも『黒曜の剣』の計画が前倒しになったならば、その時に奴らを止める戦力を用意できるか、そもそもその場面に居合わせることができるのかさえわからない。


 だが少なくとも『原作通り』に進めるならば、相手の戦力も行動のタイミングもその全てを知った上で準備と対応が出来る。

 そこで『天内 隼人』として振る舞うことで、確実に保証されたエンディングへと向かうことが出来る。


 原作に干渉する事は結果として最善になるかもしれない、しかしそれが最悪になることだってある。

 ただ一つ確かなことは、それを繰り返せば繰り返すほどに『原作知識』という圧倒的優位性が崩れていく点だ。


 そんな状態で『主人公』の皮を被っただけの人間自分が、『黒曜の剣』と戦い抜くことが出来ると思うほど、天内は自惚れてはいない。


 故に天内は彼の行動を受け入れることが出来ない。

 世界の『流れ』に沿わず、目の前の自己利益のためだけに、未来エンディングに繋がる確かな道標を破壊するその行動を、天内は許容することが出来ない。


「それは、どうしてもやらなければならないのか? 他にあるだろ、もっと上位のダンジョンに挑むとか!」

「まぁ、それも考えたんだけどな。やっぱり一度にガッツリ稼ぎたいんだよ。そう考えるとたっぷり溜め込んだ連中が居るところから頂戴するのが効率的だろ?」

「継続的に稼ぐなら狩場のほうが効率的じゃないのか!?」

「そりゃそうなんだが……レベリングする上で細々とした事を意識したく無いんだよ。ココらへんはもう好みの問題だろうけど、俺は可能な限り一度に多くを稼いで早めに終わらせたいタイプなんだ」


 桜井は天内の言葉に対してやや申し訳なさそうに語る。

 その様子が、彼も彼なりに友好的に接してこようとしているのだと天内に伝えてくる。だからこそ天内は苦悩する。


 私利私欲であれど、彼もまた無駄に他者と争うようなことはしたくはないのだろう。

 きっと『強くなることが楽しいからそうしたい』という求道者であり、その力を無闇矢鱈に振る舞うつもりはきっと無いのだろう。


 根は善性、されど天内にとっては『邪魔者』でしかない。


 しかしだからといって排除しようとするのは、天内自身の倫理観が許さない。

 邪魔だから排除する……等という行いを選べる人間の未来は破滅しか無いと確信しているからだ。


「……俺としては原作を乱すようなことはして欲しくない」

「原作は遵守したいってことか、どうにもぶつかり合うな」

「連中を倒すのは別に今日じゃなくても良いだろう? 例えば壁外には物語には関係のないフィールドボスも居るし、そいつらでも稼ぐことはできるはずだ」

「ゲーム時代ならそれでも良いんだが、奴ら言うほど美味く無いし。現実的に行き帰りの事も考えると時間対比効果がどうにもな。それこそ普通のレベリングに効率負けするから本末転倒なんだよ」

「俺はストーリーボスを倒す順番や時期を乱したくないんだ。俺も稼ぎには協力するから順々に倒してくれないか?」

「今更4月最初のボスなんて一銭の価値もないだろ……言っちゃなんだがアイツただのゴブリンシリーズだぞ?」


 取り付く島もないとはこの事か。

 彼も彼なりの考えを持った上で行動しており、それを崩す情報や材料が天内の手札に存在しない。

 苦虫を噛み潰したかのような顔を浮かべる天内に、桜井は頭をボリボリと掻きながらため息をつく。


「というか、もう原作イベント前倒しになってるんだから。順番やらなんやら気にするだけ無駄だと思うんだが」

「……は? どういうことだ?」

「今日のオペラ。間違いなく9月に起きるはずのイベントだぞ。放置すりゃ中の人間の大半がルイシーナ・マテオスと愉快な魔人達の眷属にされるだろうし……」

「違う! 俺は聞きたいのは何で原作イベントが前倒しになってるかだ! 俺は何もしてないのに、どうしてそうなってる!? お前がなにかしたのか!?」

「いや、なにかした覚えはまるで無いけど。実際にそうなってるしなぁ」


 突如としてまくし立てるように叫びだした天内に、桜井は困ったように眉をひそめた。


 守り続けていたはずの予定調和がすでに崩れているという情報に天内は混乱し始めていた。

 もし彼の言葉が真実であるならば、レベル20と言う低レベルの状態で物語中盤に出てくるボスに挑まねばならなくなるのだ。

 当然、勝てるわけがない。


「(待て、よく聞くとコイツだってよくわかってなさそうな口ぶりじゃないか。ということは口から出まかせ……いや、下手に原作知識を持っているせいでオペラ会場とルイシーナの存在をイコールでイベントと決めつけてる可能性のほうが高い)」


 加えて言うならば9月のイベントでは『主人公たちが偶然にもオペラの当日券を入手し、会場へ向かうことになる』という前イベントも発生する。

 当然、天内はそのようなイベントを体験した覚えは無いし、本日自分が参加する事になったチケットはエセル・タイナーから入手した事前予約のチケットだ。


 また、調べたわけではないが当日券の存在も天内は見聞きした覚えはない。

 歌姫ルイシーナというトップアーティストが出演する舞台で、当日券があるのであれば、いくらオペラに興味がない天内であろうとその話題をどこかしらで耳にしていてもおかしくないはずだ。


 オペラ、ルイシーナ、当日券。

 この3つが揃っていたならば天内も流石に可能性として考慮していたが、そうでないならば疑う根拠には欠ける。


「(やっぱり、今回のオペラが9月のイベントのそれだとは思えない。大体、普通本来の計画を半年近く前倒しにすることなんて無いだろう)」


 与えられた情報の中から自身が納得の行く筋道を立てたことで平静を取り戻した天内は、自分を落ち着けるように一度深呼吸をした。

 そしてクリアになった思考で桜井の『思い込み』を逆に利用してやろうと考え口を開く。


「わかった。今回は俺が譲ろう」

「お?」

「今の俺には今回のイベントが9月のそれだと断定できる情報は無いけれど、もし仮にそうだとするなら一大事だ。その時には君の邪魔をすることはせず……そうだな。人々の避難だとか戦う上での協力はするよ」

「おぉ、話がわかるなお前」

「だが、もしも今回のオペラがそのイベントとは関係のない普通の公演だとしたら俺の方に道を譲ってもらう。ルイシーナを襲うようなことはせず、ダンジョンで気長に稼ぐ方向にシフトして欲しい」

「事が起きて、9月のイベントだと確定するまで何もするなってことか?」

「そうだ。騒動が起きる前に君が暴れだしたら、俺は『主人公』として君の『敵』に回ることも考えなきゃならなくなる。その時点で君は言い逃れの出来ない『悪人』という立場になるからな。その選択肢が完全に潰れるだけでもメリットだろう?」


 天内は『主人公』として桜井を睨みつけた。

 真剣に、そしてなるべく威圧的に。


 物語において『主人公』を敵に回すということがどういうことなのか。

 それは絶対的な敗北を運命づけるようなものだ。


 天内にその素質は無くとも、彼の宿る肉体は紛うことなき『主人公』のもの。

 『フロンティア・アカデミア』において……いや原作ゲームに限らず大多数の物語において、主人公という存在ががどれほど強大なものかを知っているのであれば、この言葉は確かな脅しとして機能する。


「……まぁ、そう言われちゃそうか。それでお前が納得して、俺の邪魔をしなくなるなら好きにしろよ。ただし、自分が吐いた言葉を後で翻すなよ? 騒動が起きたらお前にも相応の負担をしてもらうからな?」

「わかってる。望むところだ」


 桜井の説得に成功したことで、天内は顔色を変えぬまま内心でガッツポーズをした。

 自分と彼の一見相容れないスタンスにどうにか妥協点を見つけることが出来た。これはまさしく僥倖と言えるだろう。


 だが、今後またこの様な利害の関係からぶつかり合う可能性も考えられる以上は、桜井に対して主導権を握ったまま話を終わらせなければならない。

 要は舐められないようにしなければいけないだろう。そう考えた天内はわざとらしく安堵のため息を付いて、周囲に漂っていた緊張感を解した。


「話が通じる相手でよかった。それじゃあ俺は先にオペラ会場に行くとするよ。玲花の事もだいぶ待たせてるだろうし、君もそうだろう?」

「誰かさんが話しかけてこなければその必要も無かったんだけどな」

「悪い悪い。でもお互いのためにはなっただろう? それじゃあ、また今度ゆっくり話そう」


 余裕を持って、そして勝利の確信とともに天内は歩き出した。

 今回の一件は非常に多くの収穫があり、天内はつまらないオペラよりもこの邂逅に万倍の価値を見出していた。


「……ふむ。戦う上での協力ねぇ」


 対して足取り軽く立ち去る天内を見送る桜井は、その背を見据えて意外そうにポツリと呟いた。


「アイツ、思ってたより話がわかるやつなんだな。」


 天内が口にした『戦う上での協力をする』という言葉を、桜井は『ルイシーナが有する部下の一部を相手にしても良い』と解釈していた。

 相手にしなければならない敵の数を減らせるならば、それは桜井にとって十分なメリットになる。

 なにせ今回の目的は誠に遺憾ながら、まっっっことに遺憾ながら経験値ではなく、『黒曜の剣』の構成員を倒したことによって得られる報酬その他諸々なのだ。

 金にもならない有象無象を押し付けるのも一つだし、ルイシーナの部下の1人を適度に追い詰めて貰うのも一つだろう。


「そこらへんは檜垣達にやってもらおうかと思ったけれど、あいつ割と強そうだし……イベント起きたらヤン・ランかヴァロフ辺りを相手してもらうか」


 加えてあの威圧感。

 桜井はそれだけで相手の強さを正確に測ることは出来ないが、あれだけ自信がある素振りをするならば、きっとレベルや装備も事前に整えているのだろうと考えた。


「俺ほどじゃないにしても、主人公だしきっと40~50ぐらいにはなってるよなー」


 自身と同じプレイヤーであるならば、入学前にレベル上げをしてスタートダッシュを決めない理由がないと言うのがその根拠であり、レベルがあるなら上げるのが当然のことだと桜井は考えていた。

 なにせ相手は主人公、自分ほどレベル上げに時間をかけていないとしてもその才覚レベル上限には10050ほどの差がある。行動で入手できる経験値も相応に格差があると考えていいだろう。


 むしろ桜井からしてみれば、今の時点でそれくらいのレベルになっていないならば、彼は今までの人生を一体何に注ぎ込んできたのかと疑問に思うほどだ。

 レベルこそが生きる目的である桜井に、そんな人生を想像することはまるで出来ない。


 それも踏まえて、少なくとも天内はレベル40~50には至っていると見ていい。そこにヒロインである赤野 玲花が加わったのであれば、部下の魔人の1人くらいは問題なく相手にできるだろう。


「後は状況次第で考えるか。魔人の内、誰かしらには会場から逃げてもらわないとだけど、脳筋クソトカゲは絶対に逃げないだろうし……やっぱヤン・ラン辺りだよなぁ」


 誰にも理解されない言葉をぶつぶつと呟きながら、桜井は天内の提案に乗ってまずは様子見をする方針を固める。

 どうせならば騒動が大きくなり、事件が周知されたほうが後々帰ってくる謝礼金等が多くなるだろうと言う下心もあった。


「クソ、おじさん相手じゃなけりゃ借金なんて全力で無視してたんだけどな……。はぁ、人に押し付ける分の経験値が勿体無い……あぁ、勿体無いなぁ……」


 桜井は天内の背が見えなくなってから、憂鬱な気分を切り替えようとして肩や首を回しながら歩き出す。

 元々急ぐつもりもなかった彼はそのままのんびりと入り口で檜垣とアイリスに渡すオペラグラスを受付から借り受け、二人の待つ2階席へと向かうのであった。

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