047 歯に衣着せぬバカ
「今ちょっと立て込んでるんでー」
「そうか。じゃあ何時なら開いてるか教えてくれないか?」
磨きに磨かれた対人スキルから放たれる、オブラートに包んだ『関わりたく無いです』という言葉を物ともせずに追撃してくる我らが主人公こと天内 隼人。
男に迫られても何にも嬉しくないので早々にお暇したいと言うか、檜垣たちの対応に戻りたいのだが、どうにも彼は彼で嫌に真剣な表情で簡単には逃してもらえなさそうなご様子。
「じゃあ6年後くらいで」
「あ、始めまして。俺は天内 隼人と言います。ちょっとばかり彼を借りてもいいでしょうか?」
「連れの人間から了承得ようとするお前の見切りの速さすごいな」
コイツ速攻で外堀埋めようとしてくるとか、その対人スキル何処で覚えてきたの?
良いレベリングスポットあるなら俺にも教えて欲しい。
それはそうと俺が会話に乗ってこないと見るやいなや、檜垣とアイリスに矛先を向ける天内に対し、檜垣は俺にチラリと視線を向けてくる。
俺はその視線に含まれた意図を正確に汲み取ると「絶対に関わりたくないでごじゃるぅぅ!!」と言わんばかりの表情を返す。
イメージとしては顔面のパーツ全てを中央に寄せたようなしわくちゃ顔。
この状態で首を横に振り回せばどんな相手にも嫌がっていると伝わる完璧な……おいなんだ『芸術:キモ顔』って。何処で使うんだよこのスキル、流石に要らねぇよ!!
それはそうと俺の意図がしっかり伝わったのか、檜垣は小さくコクリと首肯すると天内へと向き直る。
檜垣は何と恐ろしいことに人々をまとめる立場にいる風紀委員長。当然、俺なんかよりも遥かに高い対人スキルを有している。
そんな彼女の手にかかれば如何に原作主人公と言えども観念して帰る他ないだろう。
なるほど、これが同門故の絆というものか。
こういうフォローをしてくれるのであれば対人スキルも中々に有用じゃないかアッハッハッハ!!
「好きにどうぞ。私達のことは後で大丈夫だ」
「テメェ何裏切ってんだよぉぉぉぉ!!!!」
「余りにも顔が気持ち悪くてしばらくお前と関わるの嫌になった」
「助けてアイリスさん!! 妹弟子が反抗期なの!!」
「先に行ってますからオペラグラス借りてきて下さいね」
「アイリスまで見捨てるキモさだったの俺!?」
取り付く島もないまま置いていかれる俺に無言で目を向ける天内。
俺は壊れた人形のようにキリキリと音を立てながら首を動かし、天内へと向き直る。
「…………キモかった?」
「……まぁ」
「そっか」
流石にちょっと凹む。
「ちょっと隼人! 急に走り出してどうしたのよ……ってこの人確か例の……二人共どうかしたの?」
送れて合流した赤野 玲花が微妙な雰囲気を漂わせている俺たちを見て小首を傾げた。
天内は俺と二人で話をしたいから先に行ってくれと彼女に伝えると、赤野は怪訝な顔をしながらも「じゃあ、失礼するわね」と初対面の俺にも一声かけてオペラ会場へと向かっていった。
何処ぞの裏切り者とは違って良い子じゃねぇか畜生。
まぁ、見捨てられてしまったものはしょうがない。
今度アイリスの家に泊まった時にでも檜垣の枕元で朝まで素振りし続けることで手打ちにしてやろう。
「それで、こんなキモい男にイケメン主人公さんは一体全体な~~~んの用事ですかい?」
「拗ねるなよ……ちょっと君に確認したいことがあったんだ。聞いてくれるか?」
「お前と同じ転生者ってことか? そうだけど」
俺の言葉に不意を突かれたかのように天内は硬直した。
まさかこいつ、自分が俺と同じ転生者だと気が付かれてないつもりだったのか?
「何で、わかったんだ?」
「第一に檜垣でもアイリスでもなく俺に話しかけてきたこと。第二に俺がお前を『イケメン主人公さん』と言っても何の反応もせずに会話を続けたこと。それだけありゃ十分だろ?」
コイツが真の原作主人公である天内 隼人であるならば、檜垣と知り合いかどうかでまずはその動きが変わる。
仮にコイツが檜垣と知り合いならば、見かけた時に檜垣に挨拶をしてその後にアイリスへと、そして最後に思い出したかのように話題を向けるのが自然な流れだ。
なにせ原作ゲームにおいて主人公の視界には常に美少女が存在しており、背景やイベントシーン以外で俺のようなモブキャラが映ることはないのだから。
逆に知り合いでは無いのならば、「何か綺麗な人が居るな~」とイベントCGの一つでも発生させて嫉妬した赤野に頭を叩かれた上で、話しかけることもせずにオペラ会場に向かうだろう。
どちらにせよ『俺を目的に話しかけてくる』って事はない。
なのでそうしてきた時点で天内の皮を被った『誰か』だと疑わざるを得ない。
そして第二に俺が『イケメン主人公』と言った時にそれをスルーした点も怪しい。
確かに原作の天内 隼人は俺らプレイヤーの目線から見れば超絶ルックスのイケメン野郎なのだが、彼は自分の容姿を『没個性』と断言しており、若干のコンプレックスもあるのか容姿を褒めるセリフに対しては必ず謙遜の言葉を入れるような奴だった。
だと言うのにコイツは謙遜せず、ありのまま『イケメン主人公』という言葉を受け入れて会話を続けようとしてきた。
もはやその自然体な振る舞い自体が違和感でしか無く、俺はコイツが同じく転生者ではないかと考えたのだ。
まぁ、『「モブキャラポジに転生! 実は主人公も転生者でした!」みたいな小説はネットで探せばゴロゴロ転がってるから今回の一件も似たようなパターンじゃね?』と思ったというのが根拠の7割近くだが黙っておけば有能感出せるだろ!!
「どうやら腹の探り合いとかは無駄みたいだな」
「特に時間のな。俺、さっさと会場行きたいから早く用件言ってくれる? 素直に答えるからさ」
「だったら有り難い。端的に聞くけど、君は……桜井はこの『フロンティア・アカデミア』の世界でどう生きるつもりなんだ?」
「どう生きるって……哲学的なあれか? 宗教勧誘とか始まるなら帰るけど」
「違う。原作に対するスタンスとか、最終的に何を目標にしているかとかだよ」
あぁ、プレイスタイルのこと聞いてるのねコイツ。
もうちょっと単語の比重をゲーム用語側に寄せてくれれば話しやすいのに。
とは言えそういうことならば彼がしつこく食い下がってきた理由もわかる。
本来このゲームはオフライン、1人で遊ぶための世界だというのに2人のプレイヤーが同一世界に存在してしまっている状態だ。
プレイヤーが複数存在するならば当然ユニークアイテムやイベント要素は取り合いになってしまうし、プレイスタイルが相反する相手ならば戦って排除するしか選択肢が無くなってしまう。
それは彼にとっても本意では無いのだろう。
近年、様々なゲームがオンライン対応の対戦ゲーム前提になりつつある状況で、好き好んでオフラインのソロプレイを選ぶ人間は積極的な争いを好まないタイプが多い。実際に俺がそのタイプなので彼の気持ちはよくわかる。
「(お互いのプレイスタイルを伝え合って、譲れるところとそうでない場所を決めるための話し合いを求めてるんだなコイツ。檜垣にも見習って欲しいところだ)」
え、ノータイムで襲いかかるのは俺にだけだって? まさかまさかご冗談を。
あれが彼女の本性なのだから、きっとこれまでの活動も概ね交渉(物理)及び協議(物理)とかだったのだろう。間違いないね。
それはそうと天内の誠実な対応には好感を抱くところだ。
なので俺もまた彼に対してしっかり対応してやらねばならない。
どうせ俺のプレイスタイルなんて競合引き起こすものでもないしな、隠し立てすることでもないから全ぶっぱで問題ないだろう。
「そうだな。俺の目的はレベリングで、原作なんざどうなろうと好きにすれば良いと思ってる。でも今の状態だとまともなレベリングに励めないから歌姫連中ぶちのめそうとしてんだ。良ければ手伝ってくれ」
俺は好意を持って満面の笑みと共にそう言った。
しかしそれを聞いた天内は何やら目を見開き、段々と表情が暗くなっていく。
その様子は何時かの檜垣のようで……え、何で? どっかに怒る要素あった?
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