046 邂逅する二人


「あ、桜井さんこっち。こっちです!」

「一体何してたんだお前は」


 夜になり、オペラ会場で合流した二人は何やらドレスで着飾っていた。

 周りを見れば赤や青や黄色など色とりどりのドレスを着た人々でごった返しており、男性もまた何やらオシャレなスーツを着ている人々が多い。


 アイリスはその褐色の肌に映える背中の大きく開いた純白のドレス。

 檜垣は何時ものカチューシャを外して髪をまとめ上げ、落ち着きのある青のドレスを身に纏っている。


 二人共まるで映画祭に参加する女優のような華やかさだと言うのに、対する俺は学生のフォーマルスーツこと学生服の出で立ち。

 どうにも場違い感が拭えないものの、武器やら何やら仕込むには慣れた服装が一番だったし、学生服ならばどんな状況でも許されるだろう。


「なんと言うかどうにも1人学生服ってのは場違い感が……待て、なんで両脇を抱える」

「何か身体が一回り大きく感じるのですけれど、何故ですか桜井さん?」

「何を仕込んでいる。出せ」

「わぁ両手に花だ!」


 畜生、離せ!! 今夜は俺にとって一世一代の大勝負なんですよ!!

 戦闘不可避だからありったけの準備してきただけなんですよ!!

 ほら、二人も『透過』の特性付与コーティングを施してきた武器渡しておくから持って持って。

 まさか『透過』なんてレアな特性が付与できる錬金術師がに居るとは思わなかった。

 原作ではクリティカル率を上昇させる効果を持つ『透過』特性だが、現実化したこの世界では実際に透明になるのだから凄いものだ。

 流石に装備して激しく動かしたら透過が剥がれ落ちるけど、持っていないと危ないだろうから遠慮しなくていいよ!


「何を起こす気だ」

「いや、起きるのがわかってるから備えてるだけだっての。二人は自衛してもらえれば後は俺が何とかするから」

「……何が起きるんですか?」


 アイリスの声が一段低くなりその視線が真剣味を帯びる。

 振り返れば檜垣もまた同様の視線を俺に向けており、事情を話さねば梃子でも動かないと言わんばかりの様相だ。


「『冥府』の時から気になっていたんだ。お前は何かと不自然な知識や情報を持っている」

「不自然って、そうか?」

「ただの一般人が何故死後の世界の事を知っているんだ。私でさえ知らなかったんだ、不自然だろう」


 いや原作ゲーム追っかけてた人間なら『冥府』の存在とか基礎知識じゃ……あぁそうか、そう言えば現実でしたねここ。桜井くんうっかり!


 そんな馬鹿な態度は許さないと檜垣の視線が語っているので、俺は自分の知識の出処を言うべきか否か迷い始める。

 正直、言った所で信じてもらえるなど欠片も思っていないし、伝える意味があるのかとも思う。


 原作ヒロインである『檜垣 碧』。

 追加コンテンツヒロインの『アイリス・ニブルヘイム』。


 前者はもはや原作のキャラからはかけ離れた拗らせっぷりを見せている状態だし、後者に関しては追加コンテンツが出自であるために、原作の流れには居ないとしても問題のないキャラクターだ。

 なので原作の存在を伝えたところで彼女たちになんら利益は無いし、知ったところで原作の流れに影響があるかというと……原作キャラとの乖離具合からして、ぶっちゃけあんまり影響は無いのではないかと思わなくもない。


 さらに言えば、今から起きるであろう騒動を全力で利用しようと考えている俺に、もはや原作の話の流れに対する配慮は毛ほども存在しない。

 快適なレベリング環境のためには致し方がないことだと割り切ってさえいる。


 つまり俺としては原作の事を隠し続けて不信感持たれるよりも、パパっと話して笑い飛ばすくらいで良いんじゃねと思うのだが……内容が内容なだけに信じてもらえる気がまるでしない。

 だがオペラの時間は刻一刻と迫ってきている。うじうじ悩んで無駄な時間を過ごすよりかは、素直に話した上で後は任せるくらいで良いだろう。

 そう考えた俺はとりあえず予防線だけは張っておいて、そこで引くならばそれでいいやと思って口を開くことにした。


「とは言ってもなぁ……いや、言ってもいいんだけど間違いなく信じてもらえないだろうし。知った所でお前らにとって何の意味も無いぞ?」

「意味があるかどうかは私が決めることだ」

「んと、何の話なのかよくわからないんですけれど……私は桜井さんが言う事ならとりあえず信じますよ?」

「前々から思っていたんだけどアイリスの俺への好感度ってどっから湧いて出てきてるの? 妙に高くない? 大丈夫?」

「話を逸らそうとするな」


 段々と檜垣の声色が低くなり始めたので、俺は観念して知識の源泉、原作の存在を話す事にした。

 とは言え大勢の人間が居る場所で話すわけにもいかないし、そもそもここは人の流れがあるオペラの出入り口。

 他の通行人の邪魔になるのでとりあえず少し離れた場所に移動しようと提案する。


「場所が場所だし手短に話すぞ。色々省略するから細かい部分は後で聞いてくれよ?」

「わかった。あそこの路地でいいか?」

「周りに人が居なければ別にどこでも」

「何か、ドレス姿で路地裏に行くのはちょっとドキドキしますね」


 脳天気な感想を口にするアイリスが腕を搦めて来たので微妙に歩き辛い。

 対する檜垣は絶対に逃さないとばかりに俺の腰と肩に手を添える連行スタイルを取っている。

 おかしいな、両手に花のはずなのに気分は現行犯だ。


「なぁ! ちょっと!」


 そんな俺達の背に声がかけられ、俺達は全員して何事かと振り返り――俺はその人物を見て僅かに驚いた。


 そこに居たのは紺色のドレス・スーツを見事に着こなした1人の青年。

 その髪は眉に被るほどの長髪ながら、何箇所かの毛先が物理法則に逆らった跳ね方をしており『正しく主人公』とも呼ぶべき髪型を形成している。

 加えてその下にはゲームの顔となるキャラクターであるが故に、普遍的な『格好良さ』を詰め込んだかのような端正な顔立ちが用意されていた。


 一言で言うならば『イケメン』。絵に書いたような好青年。

 だがその実、彼はあらゆる武器に対する適正を持ち、才能も兼ね備え、この世全ての魔法と戦闘術を覚えることが出来る、世界に祝福されし反則スペックの塊。


 それが主人公。

 それが天内 隼人。


「君が……桜井 亨だよね?」


 そんなこの世界の主人公様は急いでこちらまで走ってきたのか、荒い息と共に肩を上下させていた。

 彼は檜垣でも、ましてやアイリスでも無く俺に対して声をかけてくる。

 そんな彼の背後から駆け寄ってきているのは、原作における幼馴染ヒロインの赤野 玲花か。


「少し君と話をしたいんだけれど。いいかな?」


 天内 隼人は軽く息を整え、柔らかな笑みを浮かべて、そう言った。

 兎にも角にも本来関わりを持つことが無いであろう主人公の登場に、俺はさてどうしたものかと眉間にシワを寄せるのであった。

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