045 運命の流れ

「オペラ?」

「そうそう。あの歌姫ルイシーナ・マテオスのオペラ講演会。うまい具合にチケット取れたからさ、玲花との埋め合わせにでもどうかな?」

「埋め合わせにオペラって……そういうのって玲花の趣味じゃないと思うんだけど」


 天内はエセルから差し出されたチケットを見てそう口にした。

 そもそも天内と玲花は地方の出身でありオペラとは縁がなく、『』と言われてもそのありがたみがピンと来なかった。


 加えて言えば、生前の天内は学校で学ぶ文化教養の一環として二度ほどオペラを見に行った事はあった。

 しかしハッキリ言って面白みも何もなく只々退屈だった記憶しか無い。その経験が彼のオペラに対する意欲を薄めていた。

 そのため、彼が「そんなものより二人で遊びに出掛けたほうが万倍良いのでは」と思うのは必然であり、渋い反応を見せるのも当然だった。


「(それにルイシーナ・マテオスって言えば『黒曜の剣』の幹部の1人だし。何かあったら今の俺じゃ逃げるのも難しいしな……)」


 時期が4月の為、十中八九表家業のオペラ歌手としての仕事でしかないのは間違いない。

 しかしルイシーナ・マテオスといえば原作でも屈指の強敵であり、彼女の配下である三人の魔人を同時に相手にする9月のイベントでは何度も辛酸を嘗めさせられた覚えがある。

 時期的に見てそんなイベントが発生するタイミングではないとわかっていても、なるべくは近づきたくない事もあり、天内はエセルの提案に乗るつもりは無かった。


「ちっちっちっ、地方出身の女子がまず最初に憧れるのがオペラなんだよ天内。女子の間では話題のオペラを見ていれば『箔』ってのがつくものなのよ」

「はぁ」

「あーもう! 乙女心がわからない奴ねー! 気になる男の子とちょっと大人な雰囲気を楽しめるデートスポットに憧れない女子なんて居ないのよ!」

「と、言われてもなぁ……玲花が本当にそれが見たいって言うなら行こうとは思うけれど、オペラって埋め合わせに自分から誘うようなものじゃ無いだろ?」


 どうにも乗り気じゃない天内の反応を見て、エセルはこれ以上は無駄だと悟り手を引く事にした。

 その渋々と言った様子に天内も申し訳無さを感じたが、今ここでその話に乗るつもりも無かった。


「とりあえず候補の一つとして上げてみるよ。気遣ってくれてありがとう」

「そう言って後から頼ってくるなら割増料金貰うからね? 覚悟しなさい」

「転売屋みたいな事は止めろ。多方面から怒りを買うぞ」

「なんで急にそんなマジ顔になるのよ……まぁ友人相手にそんな事しないわよ」

「友人相手じゃなくても転売は止めろッ」

「わ、わかったわよ! 何をそんなに怒ってるのよ……なんか怖い」

「あ、いや、その……ごめん。ちょっと嫌なこと思い出して」


 不意に『朝から限定グッズの為に店舗に並んでいたが、前に居た数人に大量購入され完売、後日それらがネットオークションに大量に流されていた』という生前の記憶を思い出したことでつい声を荒げてしまった天内は、謝罪代わりに持っているアイテムの一つを渡すことにした。


 それはどんな相手にも固定値でダメージを与える使い捨ての魔法石であり、値段にして500ゴールドにも満たないものだが、下級生の立場から見ればクエスト一回分の報酬とほぼ同価値のアイテムである。

 当然、エセルがそれを断る理由は無く。むしろ粘り強い交渉術により最終的に3つ渡す羽目になったあたり、天内はエセルの性根の悪さを見たような気がした。






「ということでダメでしたー。残念だったね玲花ちゃん」

「む、むぅぅ~。隼人の分からず屋~!」

「男子でオペラに乗り気になる奴なんて正直あまり見たこと無いし、当然の結果だとは思うけどねぇ」


 エセルは天内から拝借した魔法石を手のひらで転がしつつ、二人のやり取りを隠れて見ていた玲花に苦笑した。


 元々玲花はオペラに一種の憧れを感じていた。

 それは地方出身だったが故に、『オペラ』というものが上流階級の娯楽であるという幻想を抱いていたからだ。


 薄暗いホールに響く音楽にドラマチックなストーリー、描かれるのは自分とは無縁と言える世界の数々。

 特に歌姫ルイシーナ・マテオスの演じる亡国の姫による、愛憎混ざった感情を表現する独唱曲アリアは、一度聞けばそれを目的に二度三度とこぞって来場してしまうほどのそれはそれは素晴らしいものであると評判である。


 そんなオペラを隼人と二人並んで鑑賞できたとするならば、それはどれほどロマンチックなシーンだろうか。


「でも自分から誘うのは何だか柄じゃないし、天内の方から誘ってくれたほうがロマンチックで嬉しいから私を利用して裏工作しようとして……見事玉砕したと」

「言うな~、言うな~!」

「いやもう素直に自分から誘いなって。天内も玲花が行きたいなら行くって言ってたじゃん」

「でもなんかそれって負けた気がするじゃない!」

「気がするも何も今まさに負けたじゃない」


 ストレートに事実を指摘された玲花がヘナヘナとその場に蹲る。

 エセルとしてはこのまま捨て置くのも一つではないかと思ったものの、見捨てる益よりもある程度励ましておいたほうが長期的に見てより良い利益に繋がると考えたので片手間ながらに慰める事にした。


「大体、玲花はアプローチの仕方が下手。下手なのよ」

「下手って……」

「良い? こういうときはね」


 こうして玲花はエセルの薫陶を受け、最終的には彼女から天内へとチケットが渡り何とかオペラデートの確約を得ることに成功する。


 その様子を見ていたエセルは二人して面倒なカップルだなと思いながらも自分用に取っておいたチケットを眺め、天内に転売を止めろと言われたことを思い出し、「後で転売がバレて不興を買うのも面倒だし、勿体無いから自分も見に行くか」と歩き出したのであった。

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