044 パチリと嵌ってバカ起動

 朝から出掛けて買い物だとか観光名所だとかレジャー施設だとかを歩いて回る。

 和気藹々としている檜垣とアイリスの背を見て、俺は正直悶々とした気持ちを抱えていた。


「れ、レベリングしてぇ……」


 デートと言うか、二人が遊びに出るのに付き合わされてると言ったほうが正しい道中。

 楽しいかどうかと言われると楽しいが、レベリングの悦楽に比べると秒でレベリングの方が楽しいと言えるほど。

 いやまぁ、レベリングをこの世から取り除いたら結構楽しいとは思うんだけど……レベルの無い世の中とか何処の地獄だマッハで自殺しそう。


 「お前、美少女二人と遊んでおきながら何をふざけた事を言ってるんだ」と思う人も居るだろう。

 確かに原作ヒロインの二人は当然ながら容姿端麗、アイリスに至ってはその露出度の高い服装も相まって特に目立っている。

 街角を歩く度に男が振り向くような状態でナンパを仕掛けてくる奴が一人も居ないのは、隣を歩く檜垣が風紀委員長として名が知られているからであり、彼女が居なければ女遊びに慣れた連中がスクラムを組んでアタックを仕掛けてくるのは間違いないだろう。


 ただあくまでもそれは外見だけに限った話。

 内面を知る俺としてはそんな浮ついた気持ちを抱くのが難しいのだ。


 だって片や憧れ拗らせて初対面から殺しにかかってきた女で、片や親御さんに世話を頼まれた精神疾患抱えてる病人だぞ?

 なんというか、いつ何が起こるか気が気でない。

 どれだけ態度が柔らかくなろうと、平静を保てるようになろうと、根本的に抱え込んでいる物があると知っているせいでどうしても一抹の不安が頭をよぎり警戒心を高めてしまうのだ。


 申し訳ないとは思う。

 ただ何処にでも居るような一般的モブキャラ野郎の俺にとって、強烈な体験とはどうしても尾を引いてしまうものなのだ。


 とりあえず少しでも気を紛らわせようと、俺は彼女らの少し後ろを歩きながら簡単な着替えを繰り返す。

 先程居た古着屋で大量購入した服や小物類を取っ替え引っ替えすることで『変装』スキルの経験値が貯まり、変装状態で彼女たちに意識されないまま後ろを付いて行く事で『隠密』スキルの経験値が貯まることに気がついたのだ。

 日常風景の些細なところからレベリング要素を見つけ出す……これが次世代のレベリングに必要とされる能力である。その点、俺は完璧と言って過言ではないだろう。

 大レベリング時代の鍛錬王ことメッチャ・レベル・アゲルンジャーとはこの俺の事、後に続く者が居ないのが少々寂しいところだ。


「ん~色々周りましたけど最後はどうしましょうかね~?」

「なぁ桜井お前は……桜井? あれ?」

「あ、ごめん。化粧落とすわ」

「お前は私達の背後で何をやってたんだ……」


 何って、変装。

 付けまつ毛とか化粧セットちょっと使うだけで、人間って割と顔の骨格を騙したりできるもんなんだな。

 女装した時にオカマバーの人から勧誘食らったのはちょっと嫌な思い出になりそうだけど、あれはあれで貴重な体験と割り切ることにする。


「で、なんだっけ。夜にやること? 帰って素振りして寝る?」

「もうちょっと活動的になってください。後、周りにも目を向けるようにと散々『冥府』の方々に言われたじゃないですか」


 それを一番最初に言ってきたのはアイリスなんだが……まぁ記憶飛ばされたから覚えてないのも仕方がないか。

 とは言えやりたいことなんてレベリング以外にそうそう思いつくものではない。

 完全に俺の返答を待つ態勢になった二人に、どう答えたものかと視線を周囲に彷徨わせる。


「……あん?」


 ふと目についたのは掲示板に貼られた一枚のポスター。

 それは今日の夜に開かれるオペラの案内であり、スポットライトを浴びる女性オペラ歌手の姿が描かれていた。


「これって……あれ?」


 俺はポスターに近づき小首を傾げた。

 そこに描かれた女性は非常に見覚えのあるキャラクターで、彼女とオペラと言えば一つのイベントが記憶の中から蘇ってくる。


 しかし、記憶にあるイベントは主人公たちと敵対する組織『黒曜の剣』が本格的に動き出す9月に発生するはずのものだ。

 彼女の出演するオペラ会場で『黒曜の剣』が騒動を起こし、偶々見に来ていた主人公たちがその解決に尽力するというのが大きな流れ。

 そこで『黒曜の剣』がどれだけ国の中に根を張っているかをメタ視点でプレイヤーに伝えてくる衝撃の展開があるのだが……このポスターに書かれているオペラは単純に別口なのか?


「どうした桜井。急に黙って」

「オペラが気になるのですか? ちょっと意外ですね」

「まぁ、ちょっとな。なんと言うか……う~ん」


 俺が長考に入った事に気がついた二人が同じくポスターを見る。

 俺はそれに構わず睨むようにオペラのポスターを見続ける。

 それはどうにも埋めきれないパズルを前に、正解に繋がるピースを模索するかのような感覚で、何か一つが嵌まれば現状を打破できるという確信があるのに、その一つが見当たらないような悔しい状態だ。


「そんなに気になるなら見に行くか? 珍しいが、2階席の当日券もあるらしいぞ」

「私、オペラの事はよく知らないのですけど当日券って珍しいものなのですか?」

「当日券自体は珍しいものではないが、2階席というのが珍しいな。オペラの当日券なんて大体が舞台が見辛くて人気のない席や位置関係の問題で舞台が見えず、音しか聞こえない席を安く売るためのものが多いんだ」

「あぁ、だから2階席という舞台がよく見えるであろう場所が当日券になるのが珍しいと」

「そういう事だな」



「――それだ」



 欠けていたピースがバチリと嵌り、急速にゲーム時代の記憶が蘇ってくる。


 そうだ、珍しい2階席の当日券。

 主人公たちが『偶然』オペラを見に行く事になった決め手がそれだ。

 そんな珍しい当日券が二度三度と起きるわけはないだろう。


 オペラ、歌手の女性、当日券。

 2つだけなら偶然で済ませたが、3つ重なればそれはこのオペラが原作イベントであるという何よりの証拠になる。


 そしてこれが原作イベントであるならば、先を知る俺にとって最高の金稼ぎチャンスになり得る。


「よし! オペラ見に行こうぜオペラ!! 何処でも良いから先にチケット買っておいてくれ! 俺ちょっと準備するから!」

「待て、何故急に元気になった」

「悪いこと考えてるなら早めに白状してください」

「悪いことなど考えていない。むしろ正義の大義名分まであると自負するね。恥じ入ることなど何もない!」

「そんな事を言うやつは決まって悪事を考えているんだ。吐け」

「そういう決めつけって良くないと思います!! 良いからチケット買っておいてくれ! 頼んだぞ!!」

「あ、何処行く気ですか!? 待ちなさい!」


 いやぁぁぁだぷぅぅぅぅ!!!

 こんな大金ゲットチャンス逃す馬鹿が何処に居る!? 俺は全力でこの原作イベントの流れに乗じて借金返済してみせるんだ! 上手いこと行けば1億に近い金額が手に入るし、そのために大急ぎで準備しなきゃならねぇんだよ!!


 俺はアイリスと檜垣の制止の声を無視して駆け出した。

 目指すは路地裏の酒場に冒険者ギルド、それに加えてアイテム屋。

 必要なのはありったけの金欲とコネと有無を言わさぬ確かな情報だ。


「待ってろ『黒曜の剣』共……構成員に金蔓共を採用したのが運の尽きよ……ヒーィッヒヒヒヒ!!」


 取らぬ狸の皮算用。

 そんな言葉も頭から抜け落ち、俺は笑い声を上げて走り去るのであった。

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