043 ド直球デンプシー

 こいついきなり何を言い出してるんだ、今度はどういう拗らせ方をしたんだ?

 おじさんとほぼ絶縁状態になったから俺に乗り換えようとしてんのか? いや流石にそれは無いだろう……。


 そんな事を考えつつ、俺は座り込んだ彼女の上から冷たい視線を注ぐ。

 とりあえず何を思ってそんな事を言い出したのかくらいは聞いてやろうと、その発言の真意を問いただすことにした。


「なるほど。俺が何か燃え尽き症候群っぽくて覇気にかけるから心配していたら、おじさんからデートに誘ってヤることやっちまえばなんとかなると諭されたと」

「はい」

「でも異性をデートに誘ったことなど無いし、知識はあれどその手の事は経験は無いし。でも俺に金稼ぎの協力を遠回しに拒否されているのだから、もうそうなると自分にできることはこれしか無いんじゃないかと思いつめたわけで」

「うん」

「テンパった結果、もう勢いで言ったれと決意して出てきた言葉が「私を抱け」、と」

「はぃ」


 ふむ、檜垣にこう思われるまで覇気に欠けていたとは、治療費が心身に及ぼす悪影響は想像よりも早く表層化してしまっているようだ。

 このままだとレベリングの為にかなぐり捨てた世間体が、心の墓場から蘇ってしまうかもしれない。

 そうなったら俺は金を稼ぐために剣を振るう一般的冒険者になってしまうだろう。これは大変なことだ、やはり早めの借金返済を心がけねば。


「それはそれとしてお前を抱くとか率直に言って無理」

「わ、私の外見は好みじゃないとかそういう……」

「いや外見云々じゃなくてお前が無理」

「!?」


 まさかどストレートに拒否されるとは思っていなかったのだろう。

 檜垣は俺の声を聞いて勢いよく顔を上げた、その目は驚愕に見開いて理解できないとばかりに揺れていた。


 確かに檜垣は美少女だ。スタイルだって良い。

 それは原作でヒロインに抜擢される程なのだから間違いはないし、現実となったこの世界の中でも自分の容姿が優れている自覚を持つくらいの生活はしてきたのだろう。

 だがしかし、それとこれとは別問題。ぶっちゃけ檜垣を女性として見れるかと言うと俺には無理だ。


「だってお前、容姿による加点以上に性格諸々のマイナスが酷いんだもの」

「マイナスが酷い」


 確かに何か償いをしたい、俺を元気づけたいという気持ちはありがたい。その心意気は買うさ。

 でもお前、性格的には滅茶苦茶執着するタイプだしお世辞にもまともな人格とは言えないじゃん。


 昔な? 俺の友人にお前のような執着心の強いタイプの女性と付き合っていた奴がいたんだ。

 そいつは執着心が行き過ぎて四六時中友人について回り、事あるごとに口を挟んで自分と反りが合わない彼氏の友達の陰口を叩きまくった上、交友関係を断つべきだ相応しくない等と言い出すまでになった。


 それに反論すると「私は貴方のためを思って」だとか「私を捨てるの」とか言い出して、最終的に別れることになった時も自傷をしてでも引き留めようとしてくるわ、別れた後に連絡先変えたのに調べて復縁迫ってくるわ、ストーカー化するわと……それに巻き込まれたりもして色々大変だったのだ。


「で。お前、間違いなくそういうタイプじゃん」

「心外だ!? 私はそんな女ではない!」

「じゃあ仮にお前がおじさんと付き合えたとするよ? となるとまず四六時中ついて回るだろうし、事あるごとに「話があるならまずは私を通せ」と言い出すだろ? それでいておじさんから苦言を言われたら「私は先生のために」だとか「捨てないで」とか絶対言い出すでしょ?」

「え、あ。えぅ」

「良いか檜垣。まずそもそも償いだ何だので身体を差し出すのはそもそもどうかと思うし、そんな事をする時間があるならば組手相手にでもなってくれたほうが俺は遥かに嬉しい。だって経験値が入るからな。わかるか? 経験値が入るんだ。その方が何億倍も良いに決まってるだろう」


 俺は座り込む檜垣の前に屈み込んで視線を合わせると――



「というわけでそんなことはしなくていい。お前に女としての魅力は感じないし、俺は見えている地雷を進んで踏み抜くほどアホでも間抜けでもないんだ」



 ――肩に手をおいて、しっかり断言した。



「ぉ……おぉ、う、うわあああああ!!」

「うぇあ!? 危ねぇ!?」


 突然弾けたように檜垣が抜剣して刃を向けてきた。

 彼女が抜き放った剣をとっさに弾くものの自分の剣が手から弾け飛び、俺は即座に手首を翻し射出した糸を周囲の木々に絡めて自分の体を持ち上げる。


「いきなり何しやがる!!」

「そこまで、そこまで言われて引き下がれるかぁ! 見えてる地雷だのなんだの言われて引き下がれるかぁ!!」

「実際に現在進行系で爆発してるじゃねぇかこの地雷女!?」

「また地雷だとぉ! こうなったら意地でも抱かせてやる、いや抱いてやるぅぅ!!」


 ただ事実をぶつけてやっただけなのに意味がわからないキレ方をして襲いかかってくる檜垣。これは暫く収まりそうにない。

 であれば仕方がない、檜垣が落ち着くまで『糸繍』のレベル上げも踏まえて相手をしてやろう。俺の糸使いとしての実力を見せてやるぜ!!


「『糸繍ししゅう』――『始末しまつ:毛弾撃ち』!」


 俺は周囲に張り巡らせた糸を蹴って飛んで、糸を振るう。宙を舞う糸は拳大の弾丸を形成し、次々と檜垣へと撃ち出されていく。


「その程度ぉ!!」


 しかしそこは流石風紀委員長。

 檜垣はほぼ全方位から迫りくる弾丸を斬り、躱し、受け流す。一度の動作で3つ以上の弾丸に対処するその姿はまるで踊っているようにも見える。


「『糸繍』――『縫い上げ:蜘蛛の巣、始末:毛弾撃ち、始末:ほつれ裂き』!」


 俺はその間も糸による射撃で粘着性の設置罠へと誘導したり、斬撃で彼女の動きを制限しながら、弾き飛ばされた剣を回収しに向かう。

 『糸繍』は大きく分けて敵にダメージを与える『始末』と、状態異常やバフ・デバフなどで敵味方のステータスに影響を与える『縫い上げ』の二手に分かれるスキル群となっている。

 そして『糸繍』が『火剣』のような他の攻撃スキルと違うのは、二手に別れたスキルをそれぞれパズルのように組み合わせることで様々な効果を発揮できるという点と、他の行動に合わせて追加で1つの『糸繍』スキルを発動することが出来る点だ。

 特に後者の利点についてはソロ戦闘でありがちな手数不足を補強するにはもってこいのメリットであり、アイテム回復をしながら糸の斬撃で邪魔されないように牽制するなどの行動ができるようになる。

 反面、『糸繍』スキル自体の攻撃力はそこまで高くないので物語の終盤直前あたりからは火力不足に陥ることが多い上に、バフ・デバフ能力に関しても純粋な支援スキルよりもステータスへの補正値が低いこともあり、次第に使用頻度が下がってしまうのが原作における難点だった。

 だがしかし、誰かとパーティを組むつもりがないソロ専の俺にとっては、痒いところに手が届く素晴らしいスキルなのである。


「火剣――『逆さ導火』!」

「ちょっ!?」


 そんなことを思い出していると、檜垣が火剣を発動した。

 放たれた炎が糸を伝わり、糸同士を繋ぐ結び目から別の糸へと燃え広がっていく。

 周囲に展開していた糸は次々と燃え散っていき、加えて言うなら糸を巻きつけていた木々にも延焼し始め、ってオイ!?


「ちょっと檜垣さん!? 火剣を森の中で使うの止めろや!?」

「お前が悪い!! 炎で燃える軟弱な糸を使うお前が悪い!!」

「無茶苦茶言い始めたなお前! さては炎が思ったよりも燃え広がってテンパってるな!?」

「う、うるさい!!」

「あれ!? お前そんなにポンコツだったっけ!?」


 ついにはムキになり始めて急所を狙い始めてきた檜垣に対し、俺の動きもお遊びから実戦へと切り替わっていく。

 そして糸繍で戦うことで蓄積していく経験値と「最悪、アイテムで回復できるから即死以外なら大丈夫だろ」と言う悪魔の囁きに理性が敗北。

 テンションが上がって回りが見えなくなる俺に釣られるように、檜垣もヒートアップして更に意固地になりはじめ――


「ウヒョォォホッホイ! 魔物と人相手じゃスキル経験値の入りが違うなァ! もっと稼がせてくれよアオちゃああああああん!!」

「大人しく私に抱かれろ桜井ィィィ!!」

「貴方達はこんなところで一体全体何をしてるんですか!!」


 ――こうして俺らは様子を見にやってきたアイリスに二人して鎮圧されるまで、夕暮れ時の森林で殺し合いに興じたのであった。




 見事に鎮圧されてから数分後、ログハウスにて仁王立ちするアイリスを前に、俺達は仲良く並んで正座をしながら怒られていた。


「はぁ、なるほど、そういう話の流れで……。確かに桜井さんの『熱意』が弱まるのは私にとっても都合が悪いですし、元気づけるために遊びに出かけるのは良い案だとは思いますが。檜垣さん、流石にちょっとお師匠様の言葉を真に受けすぎですし、踏むべき段階をすっ飛ばしすぎてますよ」

「申し訳ない……」

「贖罪に何をすればいいか解らない、どうにか協力したいという気持ちは理解できますけれど、檜垣さんは少々1人で抱え込んで暴走しすぎです。私達はもう浅い仲では無いのですから、困ったときにはしっかり相談して下さい」

「あ、話終わった? じゃあ俺は汗かいたし先に水浴びでも」

「なに逃げようとしてるんですか! 自分は怒られないとでも思ってるんですか桜井さん! このおバカっ!」


 細かな傷でボロボロになった俺の頭をポコンと叩くアイリスは、やや不機嫌そうな表情で怒っていた。

 アイリスが夕食の準備してた所をほっぽりだして殺し合いを始めた部分に関しては俺も含めて全面的に悪いのは認めよう。

 でも俺はただ単に正論を言っただけであって、先に剣を抜いたのは檜垣です!! そこだけはハッキリ言っておきます!!


「いくら事実とはいえ言っていいことと悪いことがあるでしょう! もうちょっとオブラートに包んだ上で事を収めることは出来たはずです! 檜垣さんが溜め込んで爆発するタイプとわかっておきながら、それを引き起こすかのようにド正論をこれでもかと叩きつけて、女性としての魅力がない等と尊厳を踏み躙る人がどこにいますか!」

「えぇ、なんで俺がそんな配慮をしなくちゃならんのだ……」

「桜井さんはそういうところだと何度も言われてるでしょう! おバカっ!」


 アイリスがまたも俺の頭をポコンと叩く。

 痛みはないのだが『冥府』での経験もあって、アイリスに頭を叩かれると血の気が引いて冷静になっていく。まるで犬の躾のようだ。

 ちなみに檜垣はアイリスの無意識の追撃に完全に打ちのめされて静まり返っていた。まぁ、はい、俺もちょっと言い過ぎたかな、うん。


「今日は色々あったのでしょう? 自覚していない疲れが溜まっているから歯止めが効かなくなってしまうのです。とりあえず夕食を食べながら明日の予定を決めましょう、ね?」


 アイリスに促され俺と檜垣は大人しくテーブルに向かう。

 ボロボロになっていた衣服はゴミ箱に叩き込み、アイリスから貰った予備の学生服に袖を通した。

 なんでそんなものがあるのか聞いてみたところ、「そのうち絶対に服をダメにした状態で家にやってくると思ってたから」と返された。

 そんな所を信頼されると、髪の毛一本分くらいは我が身を省みるべきかと思ってしまう。


 そんなこんなで全員で暖かな食事を取りながら、アイリスは檜垣と共に明日の予定を組み始める。

 学外の名所や好きなお店、デートスポット等を檜垣から聞き出しては「そこに行きたい」「それをやってみたい」と楽しげに語るアイリスに、凹んでいた檜垣も段々と気力を取り戻し、食事が終わる頃には積極的に話に参加していた。

 俺もまた自覚のなかった疲れが出たのか、二人の会話を邪魔すること無く食後の編み物レベリングに大人しく励むのであった。


「それじゃあ明日は朝早くから出かけますので、二人共ちゃんと起きてくださいね?」

「わかった。桜井も寝坊しないように鍛錬も程々にするんだぞ?」

「う~い」




 …………あれ? 何かこれ泊まっていく流れ?

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