042 え、いや、無理


「寒い寒い寒いです!!!」

「わかった! 俺が悪かったから! 合流遅れたのは謝るから!! ひっつくな邪魔くさい!!」

「邪魔って言ったぁぁぁぁ!!」

「もう好きにしていいから泣かんといて下さい!」

「わーい」


 くそ、離れてた時間が長すぎてトラウマ再発から加速度的に幼児退行してやがる! 扱いが面倒臭い、子供とか苦手なんですよ俺は!

 俺はいわゆる『おんぶ』の形でアイリスを背負い、帰路へと付いていた。行き先はアイリスの新たな住まいとなったログハウスだ。

 原作において大多数のヒロインは学園生なのでその住まいは学生寮なのだが、追加ヒロインである彼女は学園に入学させない限り寮に入ることが出来ない。

 そのため原作で彼女が現世に付いてきた場合、その住居は寮の裏手にある雑木林。そこに突如として建築されたログハウスにアイリスは住むこととなる。

 ちなみにこのログハウス、何故か男子寮の裏手に建設される。ゲーム世界だったら気にしなかったが、ここが現実世界になった以上は何かしら防犯設備を整えるべきではなかろうか?


「と言うわけで檜垣。アイリスのログハウスに引っ越してくれ」

「アイリスが女子寮に来れれば楽だったんだが、学生では無いしなぁ……ひとまずは私が泊まりに行くしかないか」


 俺は隣を歩く檜垣にそう提案し、彼女はそれを承諾した。

 寒がりアイリスの事だから一人にすると男子寮に住む俺の部屋に侵入してくる可能性があるので、ここは俺に匹敵する『熱意』を持つ同性の檜垣を付けたほうが無難だろう。

 ちなみに俺はレベル上げをすることで『熱意』が上がるが、檜垣はおじさんが登場する物語や絵などを眺めていると勝手にヒートアップしていく。

 傍から見れば推しのブロマイドを見て妄想に耽るオタクのそれだが、面構えは良いだけに微妙に絵になるのがズルいところだ。


「そうですねぇ。同性の檜垣さんでしたら安心できますし、私達二人で対処できない相手はそうそう居ないですし」

「だな。異性の俺じゃ安心できないよな、だからアイリスは檜垣が背負うべきだよな」

「そこは大人しく男の役目を果たせ桜井」

「この運び方だと経験値の入りが悪いんだよ……米俵担ぎにしていい?」

「止めて下さい。要救護者じゃないんですよ?」


 そうだね、救護じゃなくて要介護者だよね。

 と言うかそろそろ本格的にレベリングし始めないと落ち着かなくなってきたから、降りなきゃこのままアイリス振り回して歩き始めそうで怖いんだけど。


「仕方ないですねぇ……今は我慢します。後でまた熱くなってくださいね?」


 アイリスはそう言って俺の背から降りると「先に行って夕飯の準備してきます!」と言って駆けて行く。

 俺はその姿を見送りながら剣を取り出し、肩を慣らすように振り回しながら歩き出す。

 視界に表示される経験値は5~6と微量なものだが、やはり経験値獲得ログが流れていくのを見ると心が休まっていく。

 しかし、それはそうと治療費の事を考えねばならないのも憂鬱だ。これをどうにかしなければ、日々のレベリングにケチを付けられたような感覚がついて回る。


「……はぁ~。6300万かぁ。どうしたもんかなぁ」

「その、なんだ、私もお前と一緒にダンジョンやクエストで稼いでだな……」

「必要な時は有無を言わさず手伝ってもらうからいつまでもウジウジすんな調子狂うわ。しかしダンジョンとクエストか……うーん、俺まだ学園下級生だしなぁ」


 クエストという概念は多少はゲームに触れているならば細かな説明は要らないだろう。まぁゲームを進めながら達成できる仕事の一種だ。

 しかし冒険者にランクがあるように、学生にも大きく分けて実力と実績に応じた「下級生」「中級生」「上級生」という3つのランクが存在しており、受けられるクエストはそのランクに応じたものまでしか受注することが出来ない。

 特にゲーム序盤、下級生のクエストは報酬金が低い。平均報酬は500~600程度、最高金額で昇格認定クエストの2000ゴールドだ。

 目標金額まで何万個もクエストをクリアしなければならないことを考えると流石に別の手を考えなければならない。


「私とやり合える実力は持っているのだから、私の方から上級生への昇格を推薦しておこう。先生のお膳立てもあれば中級生の試験くらいは無視できるだろう」

「根本的な解決にはならんが、まぁ貰えるものは貰っておくか」


 ただ上級生になったとしても千回近くクエストをこなさなければならないし、一つ一つの難易度も上がってくるので数年単位で期間を見なければならなくなるだろう。

 ダンジョンで稼ぐにしても、それこそレベル上げの最中に金稼ぎという邪念が含む形になってしまうので想像するだけでもストレスが溜まりそうになる。

 これを選ぶのは本当に何も浮かばなかった場合の最終手段。できれば1ヶ月以内に返済し終えるのが理想なので、もっと他の手段を模索したいところだ。

 あ~、どっかに無限に金をくれる石油王とか居ないかなぁ~。


「……後、その、だな」

「おん?」


 唐突に歯切れが悪くなった檜垣に視線を向ける。檜垣はどうにもバツが悪そうな表情で口籠っており、何かブツブツと呟いては口をすぼめてを繰り返していた。

 なんだろう、一人で睨めっこでも始めてるのコイツ? それともお顔の体操? そういうのご自宅でやってくれませんかねぇ。

 何をしているのかわからないので放置して進もうとしたところ、勢いよく肩を掴まれる。

 やっぱり何か用事があるみたいだが中々言い出して来ない檜垣に俺の中で苛立ちが募り始め、それを視線で感じ取った檜垣は顔を真っ赤にしつつ消え入るような声でポツリと呟いた。


「その……後、だ。先生との一件は本当に感謝している。だからなんだ、私にもできることをさせてもらいたい」

「だからそれはその時に声をかけるって」

「今のお前には覇気が欠けている! 元気がない! いつものお前ならどんな小さな時間でも鍛錬を始めるし、歩いている最中にも素振りをし始めるはずなのに!」

「うん、まぁ、そう言われるとそうだな。でも今はお前のその変なテンションに困惑気味なんだけど」


 完全にテンパっている檜垣の声が雑木林に響き渡る。

 こいつは一体何を言いたいんだと考えながら視線を向けた時、彼女は真っ赤な顔を更に赤く染め上げながら意を決して大声を上げた。



「だから私を抱け!」



「いやお前何いってんだ」

「抱けば元気が出るんだろ!? さぁ抱け!!」

「え、いや、無理……」


 反射的に出てきたいつになく低い俺の言葉に、檜垣は僅かな硬直を経て大失敗したとばかりに顔を手で覆ってその場に座り込んだ。

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