041 気味が悪い

 学園内に幾つかある食堂の一つ。

 木製のパーテーションで区切られた席にエセル・タイナーは座っていた。


 テーブルを挟んだ対面の席には、友人でありパーティメンバーでもある天内 隼人とその幼馴染の赤野 玲花が並んでおり、幼馴染の少女はややむくれていた。


「いやぁ、ごめんね急に呼び出しちゃって。せっかく二人で遊んでたのに」

「構わないよ。火急の用件だったんだろ?」

「むー」

「今度何か埋め合わせするから……」


 その言葉に顔をプイッと背ける玲花に苦笑する天内。

 対面に居るエセルからは玲花の口元が僅かにニヤけているのが見て取れた。

 それだけ構ってもらえるだけでも幸せに思う感覚はエセルにはわからなかったが、やや悪いことをしたなと僅かばかりの申し訳無さを感じた。

 しかし伝えるべきは伝えなければならないし、特にあの男のことに関しては早めに伝えなければならないと自身の勘が告げている。


「それで、実は天内に依頼されてた件なんだけど」


 エセルはちらりと一瞬、彼の隣に座る玲花を見た。

 その視線に気がついた天内は小さく首肯した。


「彼女も知ってるから大丈夫」

「そうなんだ。じゃあぶっちゃけると、例の「桜井 亨」が目を覚ましたよ」

「あー……そうか。それで、彼はどんな感じだった?」

「その前に一つだけ聞くけど、天内はアイツと会ってなにかするつもりなの?」


 エセルの問いかけに天内は眉をひそめた。

 彼にしてみれば相手が自分と同じ転生者なのかどうかを確認したい、そしてどういうスタンスなのかをハッキリさせたいという目的があるものの、それを原作キャラである彼女に言うことは憚られた。

 転生者や原作の存在を知られた場合の反応がわからないと言うのもあるし、それを伝える事で今の関係が拗れて協力を得られなくなるのも嫌だった。

 だがエセルの問いかけは真剣味を帯びたものであり、これに答えないというのも誠実では無いだろう。


「ちょっと会って確かめたい事があって。彼が俺の知る奴なのかどうか……それが知りたい」

「昔の知人か確かめたいってこと?」

「そんなとこ。桜井 亨って名前はありふれてるけど、それが同年代ともなると気になって」

「うーん? 桜井なんて名前の人、知り合いに居たっけ?」

「玲花。女に女だけの関係があるように、男にも男だけの関係があるんだよ」

「そう言われると納得するしかないわね」


 結局、天内は誤魔化さない程度に言葉を濁す事にした。

 言っていること自体は事実でありながら、その具体性を示さない発言にエセルはそこはかとなく怪しさを感じたものの、入学して出会ったばかりの相手に踏み込みすぎるのも失礼だろうと思いひとまず納得した。


「そういう事ね。アイツと会って何か変なこと考えてるようなら手を引かせて貰おうかと思ったけど……天内に限ってそんなことは無いか」

「エセルがそこまで言うような相手だったのか?」

「狂人一歩手前の変人というか、一言で言うと『気味が悪い』って感じかしら?」


 エセルは顔をしかめながらも病室での一件をなるべく客観的に語りだした。


 初対面のはずなのに目覚めた瞬間から自分が守銭奴であることを知られていたこと、それを利用して話のペースを掴まれたこと。

 自分に向けられた言葉の数々が意味不明ながら、自分がやりそうな金儲けの被害者だと言わんばかりの態度。

 その上でただのイカれた変人かと思えば、自分が誰かに雇われて桜井を監視していた事を見抜く観察力と推理力。


 それらは総じてエセル・タイナーという人物を深く理解していなければ出来ない立ち回りだと言えよう。

 初対面の相手を目覚めてからものの数瞬でそこまで理解できるものなのか? という疑念もあり、エセルの印象としては『関わりたくない気味が悪い奴』というものだった。


「私としてはなるべく関わりたく無いけど、人によっては放置するのは不味いって考える人も居そうかなって。多分、風紀委員長の檜垣先輩もそう考えて直接会ったんじゃないかしら? 少し会っただけの私がこの印象なのだから、しっかり対面した檜垣先輩はもっと深い所を覗いてしまって争うことになったのかも?」

「そうか、そんな奴か……」


 天内は桜井が転生者であり原作ゲームを知る者であることをほぼ確信した。

 そうであるならばエセルが受けた印象も、彼女を見ての行動にも納得が行くからだ。


 だがその分、彼の中で桜井への警戒心も上がっていた。

 少なくとも彼は自身の持つ知識による影響を考えておらず、また最善とは言え実行すれば変人と扱われても文句が言えないような行動と言動を取る……つまりは世間体を気にせず我が道を行くタイプだと考えたからだ。


 天内は悩みのタネが増えた事に息を吐いて背もたれに体重をかけた。

 その様子を見てエセルが何かを察したかのような表情を浮かべたが、天内はそれに気がつくことはなかった。


「(嫌な予感が的中した……って感じねこの様子だと)」

「とりあえずわかった。後は俺一人で会ってみるよ」

「無理しなくていいのよ? それこそ嫌な奴なら関わり合いにならない方が良いと思うけど」

「そんな奴じゃないと願いたいけど……まぁ、男には退けない時もあるってことで一つ。本当にどうしようも無くなったら頼るさ」

「じゃあとりあえず契約満了ってことで! 報酬金頂戴? 後、ここ奢って?」


 良心から心配しておきながら、次の瞬間には手のひらを返すかのごとく銭ゲバ化するエセルに天内は乾いた笑みを浮かべた。

 そういうところが人に好かれない部分だと言ってしまいたかったが、下手に彼女の背景を知っているだけに同情心から言葉を飲み込んでしまい、代わりに出てくるのは愛想笑いばかりだ。


「私、エセルのそういうところが人に好かれない原因になってるんだと思うの」

「ちょっと酷くな~い? 誰も彼もお金って大事にするでしょ? 私はそれが人より少しばかり愛情深いってだけでさー、心外だなー!」


 それはそうと、そんな事情はまるで知らない赤野 玲花がストレートにそう言った。

 エセルはその言葉にわざとらしく『傷ついた!』とジェスチャーを交えつつ返しながらも、玲花とのやり取りを楽しんでいるように見て取れた。

 天内は何だかんだ言いながらも二人が仲良くやれそうならば問題ないなと考えつつ、自身の財布の中身に思いを馳せるのであった。

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