033 だからここは理想郷
「なー、アオちゃん」
「なんだ桜井」
「アヌビス神に言われた副賞、特に何も欲しいもの思いつかないのだけれど。アオちゃん何か欲しいものある?」
「お前の命」
「視線外したまま即答するの止めて?」
退院して一ヶ月の時間が経った。
無事に問題なく動けるようになった俺は
檜垣もまた鍛錬のために俺に同行しているのに対し、アイリスはカウンセリングの為に『ニブルヘイム』のトート神に会いに行っている。
「(積み重ねていた記憶が無くなったことで、記憶と精神がバランスを取るために幼児退行が進行してる……だっけか。記憶が人格を形成するって本当だったんだな)」
アイリスの主治医であるトート神が言っていたことを思い出しつつ、俺は手首を翻し、そこから伸びた『糸』を操って魔物を斬り裂いてみせる。
これは俺が新たに手に入れた戦闘スキル、『
『
『糸繍』は攻撃力自体はそこまで高くない反面、敵に持続ダメージを与える効果や『拘束』などの速度低下のデバフを与えたり、逆に自分の速度を上昇させる技があったりと色々と応用の効く技が多い。
バビとの戦いでわかったが『火剣』は攻撃的に過ぎる技が多いので、ここは一つ別の手札も増やしておきたいと思っていたのだが、『糸繍』はその要望に答えられる素晴らしいスキルだと言える。
「(袖口にでも糸の束を仕込んでおけば、もしもの時に切り替えもできるな。練習必須だけど)」
そういう訳で『塔』の下層、安全マージンを確実に取ることが出来る場所で俺は魔物相手に糸をぶん投げてスパスパやっているわけなのだが、どうにも檜垣の様子がおかしい。
俺の知っている彼女ならば「お前は先生の火剣を捨てたのかァ!?」とかブチ切れながら襲いかかってくるかと思って身構えていたのだが、彼女も彼女で黙々と剣で魔物を切り裂き続けている。
まさかちょっとは友好的になってくれたのか? と思って今回の副賞を話題に声をかけてみたものの、返ってきた返事は殺伐極まるもので淡い期待は見事に打ち砕かれた。
そうなるともう俺としては完全に手詰まりになってしまうので、どうしたものかと考える。
「あのー、アオちゃん? いや、檜垣さん?」
「なんだ桜井」
「何か気になることとかあるなら早めに言ってほしいんだが? そうやって溜め込まれると、爆発した時に間違いなく俺に刃向けてくるという確信があってレベリングに集中し辛いんだよ」
「お前は……はぁ」
ため息と共に横から来た魔物を見もせずに切り裂くアオちゃん、絵面物騒すぎるでしょ。いや今更か?
しかし何だか呆れながらも話してくれそうなので、俺は糸を張り巡らせることで作り上げたトラップで魔物を寄せ付けないようにしつつ、彼女の言葉に耳を傾ける。
暫くの間、
「現世に戻れる事になったとは言え、戻った後が憂鬱でな」
「そうか?」
「お前と違って私は風紀委員長という立場がある。その立場を私欲で利用した上に、お前と私闘を引き起こして、しかも挙句の果てに死んでしまったからな……どんな顔して戻ればいいのやら」
「人付き合いのある人は大変だねぇ」
「初日から登校拒否してる奴は言うことが違うな」
「お前に襲われたせいで行きたくても行けなかったんだが?」
今更気にしてはいないが、ファンタジー世界のお約束でもある魔法系の授業には出たかったし、ダンジョンに入るための戦闘授業も出ようと思っていた。
まぁ入学前に抜け道見つけちゃったので、後者に関しては行く理由なくなったから頭から消えてたけど。
他にも学校の授業を進めることで手に入るスキルやアイテム、イベントには魅力的なものが多い。現世に戻ったらそっちにも手を付け始めるか。
「それはそうと、嫉妬で人殺しに走って起きながら、今更になって恥だのなんだの言い出しても手遅れだろうし、気にするほどの事でも無いでしょ」
「それもそうか」
「…………え? マジでそれで流しちゃうの? 嘘だろ?」
仮にも秩序側の人間なのに、よくそれで風紀委員長とか名乗れるな。
そこまでサラッと流されると、逆に清々しくて好感持っちゃいそうになるわ。
今後、何かあったら「いつか絶対やると思ってました」ってマスコミに証言することにしよう。
「まぁ、少しだけ気が楽になった。そこで、恥を忍んで一つ頼みがあるのだが」
「頼み?」
「私に、先生の一閃を教えて欲しい」
周囲に居た最後の一匹を斬り殺した檜垣が、真剣な目で俺を見据えた。
おじさんの技、『偽称・剣聖一閃』。
あれを使っているのが許せないと殺しにかかってきた時から、どんな心境の変化があったのかは知らないが、今では知らない仲でも無いし今回の一件は色々と協力してもらえたので教えることは吝かではない。
吝かではない……んだけどなぁ。
「教えられるものなら教えても良いんだけど……アレはなぁ」
「何か問題があるのか?」
「いやあれ、基本に忠実に『斬る』ってだけの技だから教えるも何も無いんだよ」
『剣聖一閃』の正体は基本に忠実に斬るという行いが余りにも高いレベルに至った結果、技に成ってしまったと言うシンプルに修練の極地にあるものだ。
普通の斬撃との違いと言えば『込めた力を
なのでそれを覚えたいと言われても「とにかく剣を振れ」としか言いようがない。
言っちゃなんだが、俺でさえボーナスおじさんに剣の振り方を教わり、それを長年人付き合いさえもぶっちぎって継続し続け、その上で死ぬ気の真剣稽古でその太刀を浴び続けてようやく『
俺は檜垣とは鍛錬に費やした時間の桁が違うのは間違いないし、覚えた後でも集中と『溜め』が必要な難易度の高い技なので一朝一夕で身につくものじゃない。
そんな技を通常攻撃であらゆる方向から連続で打ち込んでくるボーナスおじさんやっぱすげぇな! 今度また遊んでもらおう。
「とにかく無駄を省いて剣を振る、わからないなら斬られて感覚を掴む。斬られた感覚から、どういう斬撃だったのかを想像して剣を振る。これしか言えねぇ」
「そうか……先生は流石だな。あぁ、全く何処まで高い場所に居るのだろうか。それでも私は――ッ!」
「ヒートアップするのは良いけど他所でお願いします」
「っとと。すまない。だが、剣を振り続ければいつの日か辿り着けるものだという事だけでもわかったのは僥倖だ」
そういった檜垣は肩の力が抜けていて、まるで憑き物が落ちたかのような自然体だった。
「私はずっと先生に憧れていた。あの『一太刀』に憧れ続けていた。でも、憧れで剣を振り続けていて、私はそれを欠片も理解しようとしてなかった。今のお前の話でやっとあの『一太刀』がどういうものかを知ったのがその証拠だ」
「……」
「私は憧れていただけだった。お前は理解して自分のものにしようとしていた。私は先生から最も遠い場所でただ足踏みをし続けていた……馬鹿なものだ」
檜垣が背後に迫る魔物を振り向きざまに斬り捨てる。
そして彼女は俺に背を向け顔を逸したまま、ポツリと呟いた。
「本当に、馬鹿だった」
努めて平静を装う声に、注視すると僅かに震えるその肩。
俺には彼女の中で渦巻く想いは理解出来ないし、察することも出来やしない。
それでも知り合いとして、同門として言えることがあるのであれば、それは唯の客観的事実だけ。
そして彼女が『メインキャラ』であると知っているからこそ、俺だけはそれを確信を持って言える。
「俺にも出来たんだ、お前にも出来るから安心しろ」
「……何を」
「純粋に才覚の差の話だよ。俺はお前と出会うまで、自分の『蛇焔』で出せた蛇の数は3匹までだった。対して、お前は俺が見たこともない9匹目を出してみせた。お前と俺とじゃ鍛錬に費やした時間が何倍も違うのに、だ。少なくとも才能と技量で言えばお前のほうが上だろ」
「だが!」
「だが? やり続ければ辿り着けるって俺が証明してんだろ?」
それが出来ると証明されたならば、どんなに不格好で
俺と違って素質も才覚も兼ね備え、しっかりとしたテクニックも身に着けているならば、理屈さえわかれば出来ないほうがおかしいだろう。
ましてやここは『ゲーム』の世界。
現実と違い、努力は経験値として積み上がり続け、積み上げたそれはどれだけ時が経とうと減ることはない。
今まで非効率的なレベリングをしていたとしても、スキルの取得ラインには確実に一歩一歩近づいているのだ。
『
これがこの世界の
そこさえ見失わなければ、嘆き悲しむ理由なんて欠片もない。
その考えは傲慢だって?
当然だ、大多数のプレイヤーは
むしろゲーム世界の中で生きるなら、これくらい傲慢なのが丁度いいだろう。
「今の立ち位置を自覚したのは良いと思うけど、
「…………」
「技の理屈が理解できたなら、後はそれを目標にして、覚えられるまで
俺の言葉に振り向いていた檜垣が、俺の言葉に呆然としていた。
そして一度目を伏せると、何度目かもわからないほどによく見せた『呆れ』と共に乾いた笑いを漏らした。
「あぁ……うん。お前はそう言うだろうな。お前のそのスタンスはいっそ清々しい、本当に……脱帽するよ」
「褒めてるのかそれ?」
「褒めてるよ。だから一度だけ言っておく――ありがとう」
彼女はそう言うと「帰る」と呟き出口へと向かっていく。
俺は彼女に何を感謝されたのかわからず、小首を傾げて「深く考えてもしょうがないか」と結論付けると、日が変わる直前までレベリングを続けるのであった。
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