032 アフターケア?

 その後というか、後日談。


 原作では起こり得なかった神々のドリームチームを相手にして、全盛期以下のバビ・ニブルヘイムが勝てるはずもなく、戦いが始まってから10分と持たずにバビは討伐された。


 奴は最後の最後まで自分の非を認めず、呪詛を吐き散らしながら文字通り『消滅』。

 これにより長きにわたる夜空の王に纏わる問題は終わりを迎え、流石の俺も緊張の糸が途切れたのかその場で意識を失い、目が覚めるまで一週間もの時間をベッドの上で過ごすことになった。


 その間に今回の後始末は神々が行ってくれており、アイリスの救出やバビ討伐の功労賞ということで俺と檜垣は現世への復活を約束された。

 加えて俺に関してはさらなる褒美として、「望むものを与えよう」という実に太っ腹な副賞が付いてきたのだが、正直欲しいものが浮かばないので現在は保留にしてもらっている。


 ちなみに切り飛ばされた左腕がどうなったかと言うと、なんかくっついてた。


 何でもアヌビス神の友人である魔術の神『トート』や名もなき無辜の亡霊たちが、切り飛ばされた俺の左腕(魂)を拾い上げ、その力で接合してくれたらしい。

 その際に幾人かの亡霊たちが腕を繋げるための接合材として俺に取り込まれたらしく、目が覚めた時に視界の端には鍛えた覚えのないスキルの獲得ログが表示されていた。


「オメーみたいな我のクソつよ野郎に取り込まれるって、自意識の消滅と同義みてーなもんなんだけどよー。それでもあのクソ野郎に一泡吹かせてくれた礼に力を渡してやりてぇって言うんだよ。ま、悪影響とかねーし精々アイツらが満足しそうな使い方してやんな」


 ……とは俺の主治医のトート先生のお言葉。

 つまりはシナリオクリアによるボーナススキルの獲得だな! ということで納得した俺はだらしなく顔をニヤけさせて、見事「うわ、キモ」というお言葉を頂いた。

 意識が戻ったばかりの患者のメンタルを考慮するのも必要だと思いますよトート様? 貴方が女だったら割と真面目に凹んでたんですけど???


 まぁそういう訳で諸々の厄介事は意識がない内に終わりを告げて、今やのんびり療養生活。

 元々4ヶ月(現世の時間軸で4日)ほどかけてポイントを集めて、復活得点と交換してもらおうと思っていたところで恩賞を得てしまった為に、割と真面目に手持ち無沙汰なところがある。

 正直、『冥府』に来てたった数日でここまでの騒動に巻き込まれるとは思っていなかった……いや、予測しろってのが無理だろこれ。


 来週までは絶対安静ということでベッドの上から動くこともできないので、やれることと言ったら編み物くらい。

 後は今まで手に入れたスキルの状態を纏めなおしたり程度なもので、俺は久々にゆっくりとした時間を過ごしている……のだが。


「う~~っ寒い寒い。失礼しますよ桜井さん」

「げっ、アイリスさん」

「む、なんですかその反応は。お見舞いに来た人に対して失礼ですよ?」


 そう言いながら「寒い寒い」と呟いて、アイリスさんがベッドに入り込みペタリとくっついてくる。

 その柔らかな触感と女性特有の甘い匂いが理性を揺らすが、彼女がこうなってしまっている事情を鑑みると正直なところ面倒くさいという感情のほうが先立って来る。


 記憶を失ったアイリス・ニブルヘイム。

 彼女はその際に肉体的にも精神的にも自分の何かが奪われていく感覚が完全にトラウマになってしまったようで、監禁されていた状況も相まって心も身体も『寒さ』に対する恐怖が根付いてしまったらしい。

 そのため人と触れ合い魔眼を通じて『熱意』を摂取していないとまともに生活するのも儘ならない状況に陥ってしまった。


 「じゃあ『熱意』を摂取すればいいじゃん」と思うのだが『冥府』の人間は死人が多く彼女が暖を取れる程の『熱意』の持ち主が少ない上に、持っていたとしても大多数が良からぬことを考えている犯罪者候補が大多数。

 そんな連中と四六時中居るのは大問題だろう。


 そこで白羽の矢が立ったのが俺と檜垣。

 アイリスさんが認めるほどの『熱意』の持ち主であり、加えて彼女のために尽力した俺たちであれば問題がないだろうという結論に至ったそうだ。


 俺としては檜垣に四六時中くっついていて欲しいところなのだが、アイリスさん的には俺が一番『熱意』が高いらしく、日中はまだしも夜は俺で暖を取りたい等と誤解を招きかねない発言を堂々と宣言。

 それを聞いた檜垣が悪意にまみれた笑顔でアイリスさんの判断を支持して、「何かあれば私が殺します。いや、私にさせて下さい!」と周りを説得して回ったせいで夕暮れ時になるとアイリスさんが病室に現れ、俺にひっついてくるようになってしまった。


 追加ヒロインだけあって美人のアイリスさんにくっつかれるのは一般的な思春期男子として唆るというか危ないものがあるのだが、事情が事情な上にアイリスさん自身がまるで疑いなく身を預けてくるのだから、その信頼に対する誠実さだとか男性の本能だとか編み物やり難くてレベリング効率下がるだとかで…………とにかく悶々として面倒くさいのだ。


「どうしてこうなっちゃったんだかなぁ……?」


 原作でのアイリスさんはこんなトラウマとか別に抱え込まず、主人公との別れ際にまで普通に接してくれて、最後の最後に「貴方の優しい『熱意』にどうやら私もあてられてしまったようです」とか適当に普通のヒロインムーブしてたはずなんだけどなぁ?


「桜井さん、寒いのでもうちょっと熱くなってくれますか?」

「んな無茶な」

「寒いです、寒いんです。お願いします」


 ベッドの中で俺の腰に抱きつき懇願するように見上げてくるアイリスさん。

 室温的には問題ない暖かさのはずなのだが、どうにも心の寂しさ……『寒さ』は少しのことでも過剰に反応してしまうらしい。

 回された腕から伝わる震えにため息を吐きつつ、俺は編み物を取り出し黙々とレベリングを開始する。

 少しすると段々とその作業に熱中しはじめ、アイリスさんの事が気にならなくなってくる。

 まだまだ走り始めたばかりの編み物道、現世に戻るまでにはこれで小銭稼ぎぐらいできるようになってやる……!


 そんな事を考えて黙々と毛糸を編み込む俺の『熱意』に満足したアイリスさんはそのまま穏やかな寝息を立て始めた。

 俺も暫く編み物を続け、毛糸が無くなる頃にアイリスさんが眠っていることに気がついて。


「これ、どうすりゃいいんだよ……はぁ」


 今後の対応に頭を悩ませつつ、とりあえず今日もアイリスさんに抱きつかれたまま眠りについた。

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