006 つまりレベルを上げれば良い
俺のレベルは57。
しかも上限は80まで上昇している……この意味がわかりますか?
わかってほしいのレベル57というのは原作ゲーム中盤の折返し地点を過ぎた時期くらいのキャラクターレベルであるということ。
原作において8月頃に正式加入する檜垣 碧のレベルは40であるため、少なくとも今の時期の彼女にレベルという点では間違いなく負けていないだろう。
では、レベルで負けていないならば、何故俺は彼女にあっさり敗北してしまったのか。
「ステータスで負けてたら反応自体出来てなかっただろうし、それは無いだろうな……」
反応は出来ていたし、彼女の動きもしっかりと認識できていた。地力で言えば間違いなく対等か、俺のほうが強かったはずだ。
であるとすれば敗因は『経験』にあると考えるのは自然では無いだろうか?
襲いかかってきた相手に普通に剣を抜こうとした。懐に入り込まれとっさに手で払いのけようとした。
その時に足を動かし飛び退いていたならばどうだ? 壁があろうが窓があろうが、やろうと思えば突き破ってあんなにも無様に負けることは無かったのではなかろうか? それらの判断が出来ていれば逃げるなり抵抗するなりできていたのではなかろうか?
ゲームのようにモーションパターンの決まった魔物は一方的に始末することが出来るが、人はそうではない。
どうやらこの世界は原作のようなターン制バトルではなくアクションバトルを採用しているようで、唯のRPGからアクションRPGへと変貌しているみたいだ。それならそうと早く言ってくれれば良いのに……許さんぞ世界め。
だが根本はやはりRPG。少々アクション要素が追加されたところで結局はステータスと情報が物を言う。
ならば俺が出来ることは変わらない。今までどおり手持ちの情報を総動員して全力でレベルを上げ続けるだけだ。それがちょっと報復っぽい行いと繋がるかも知れないだけだ。
俺のような人間性の低い一般的小市民が、ただ泣き寝入りすると思っているならば、それは間違いだという事を教えてやろう。
俺が怒らせた人間は数いれど、俺を怒らせた人間は貴方が初めて……この責任はしっかりとって貰います!!
頭で算段を立てて数日、それから病院を退院して一週間。
俺は冒険者ギルドへと足を運び、一部の高ランク冒険者のみに許されているラウンジへと一人乗り込んだ。周囲の視線を物ともせず、用件を確かめようとしてきた冒険者をガンスルーして目的の人物の前に立つ。
大仰な光沢を放つ皮のソファに腰掛けたその人物は、俺の腰の数打ち剣を見て手にした酒を飲み干すと酒気を帯びた苦い息を吐き出した。
今まで見てこなかった、目を向けてこなかったその人の様子に新鮮味を感じながらも俺は飽くまでも自分の都合と用件だけを突きつける。
「見つけたぜボーナスおじさん。ちょっとレベリングすっから俺が死ぬまで付き合ってくんない?」
『剣聖』と呼ばれた男、佐貫 章一郎は笑みを浮かべて立ち上がる。俺は迷わず眼の前のテーブルを蹴り上げ視界を奪い、剣を振るう。
如何なる理屈か、蹴り上げたテーブルを潜り抜けて懐に入り込んできた『剣聖』は拳で刃を弾き、俺の首を片手で掴み窓の外へと投げつける。
「――がッ!?」
窓から斜め上に投げられた俺が咄嗟に腕を交差させると、車にでも衝突したかと錯覚するような衝撃が走る。
それは俺を追って窓から飛び上がったおじさんによる飛び蹴りによるものであり、俺はそれを防御の上から受け、蹴り飛ばされ、数百mの距離を吹き飛ばされて大地を転がる。
そこは見慣れた河川敷。俺とボーナスおじさんが出会った場所で、俺は土埃の中から剣を支えにゆっくりと身体を起こす。
「うえっ、ぐっ……ごほっ!」
「いきなり乗り込んできて随分と無礼だが、まぁ今ので手打ちにしといてやらぁね。坊主にそれを求めるのは間違ってるようにも思えるし、のびのび自由にやるのがお前さんらしいだろうて」
視界が明滅する。痛みに思考が鈍化していく。
それでもなお、俺は求めていた敵から視線を逸らすこと無く、眼前の『剣聖』を見据える。
「それで? 今度はどんな面白いことを思いついたんだ坊主?」
「げふっ、ごほっごほっ……あ~? いや、あれだよ、キャラクターレベルを優先してたから疎かになってた部分のレベル上げ」
「またなんだかよくわからん用語を使うなぁ」
「気にしないで、ボーナスおじさんにやってほしいのは一つだけだから」
「というと?」
キャラクターレベルは十分。足りないものは戦闘経験。
安全マージンを取るために、求めるものは『追加スキル』と『スキルレベル』。
先程大地に叩きつけられながらも生還したことで獲得した『衝撃耐性』のメッセージが、痛みと共に泡のように視界を揺蕩う『耐久+1』の文字列が、俺に元気を与えてくれる。
鳴り響くファンファーレに今にも小躍りしてしまいそうになり、漏れ出る歓喜が笑みを作る。
自己都合と悦楽に塗れた純粋な笑顔のままに、俺はボーナスおじさんへと剣を突き付け要求する。
「満足するまで襲い続けるからいつも通り戦ってよ」
「死んだらどうする?」
「大丈夫大丈夫、気にしなくていいよ。色々と用意してきたから」
ますます笑みを深める俺にボーナスおじさんも笑みを浮かべ、身の丈ほどもある大太刀を片手で背中から引き抜き、力を入れずにダラリと下げる。
心底愉快な者を見るようなおじさんを見て、やっぱりこの人は俺にとって剣聖ではなく『
俺の内心に沸き立つ喜びを伝えてボーナスおじさんと分かち合いたいと思うものの、これ以上頬が上がりそうにないのが残念で仕方がない。
数打ち鉄剣を右手に、左手には今までの貯金をはたいて大量購入したHP全回復ポーションを持つ。
頭に巻くのは不屈の
この装備アイテムは『自身のHP上限を大きく上回るダメージを受けた際にHPを1だけ残して耐えきる』効果を持っている。
おじさんの実力は未知数だが、仮にも『剣聖』。ゲーム本編で死亡しているとは言え、伝説の人物であるならば俺との実力差は天地ほどの差があるだろう。
ならばたった一撃が致死へと至るという前提でアイテムを揃え、俺が多少なりとも戦闘経験を身につけるまで俺をサンドバッグにし続けてもらう。
本気の『剣聖』を相手に、不屈の鉢巻と回復アイテムを駆使して戦い続けるデッドレース。これを乗り越えれば俺はきっとさらなる強さを手に入れていること間違いなしである!
「――死んだらリトライはプレイヤーの特権。激強ボスはゲームの花ってなァ!!」
ヒィィハァァァ!! 今日も明日もレベリング!! スキルレベルをカンストさせるつもりで全力投球!!
一度受けたら飽きようがキツかろうが疲れようが腰を痛めようが俺が満足するまで付き合ってもらうぜおじさぁぁぁぁん!!
「ウィーヒヒヒヒ、ヒャッハーッ!!!」
身体を斬り刻まれながら、腕を、足を切り飛ばされそうになりながら。回復アイテムを惜しみなく使い続け、身体中を通り抜ける二十の斬撃の内一つでも多く受けれるようにと剣を振るう。
剣と剣が合わさったならば、火花と共に視界散るのは『経験値』。それを見た俺は我慢できずに笑みを深め、ついには大きく笑い出す。
あぁ楽しい。あぁ! 楽しい! 飛び散る血潮が気にならなくなるほど、魂の奥底から活力が漲ってくる!
「うひっ、ごほっ、うひょぉ! レベルが、レベルが上がるにょぉおおお!!」
「はっはっは。楽しそうだなぁ、坊主」
「そりゃもう!!」
完全に正気を失った笑い声を上げる俺と、愉快そうに剣を振るうボーナスおじさん。
その戦いとも言えない程に一方的な暴力の嵐は、日が落ちてなお続くのであった。
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