004 入学式なんて無かった
ワクワクダンジョン探索から2年。
俺はついに15歳となり、目出度く冒険者学園へと入学することになった。
俺は実家を泣く泣く出て、学園内の学生寮へと引っ越してきた。
両親の存在は非常に有り難く、俺がレベリングをしている間に家事炊事をしてくれていた愛すべき存在だ。こんなことを自然と考えてしまう俺を見捨てずにしっかり愛し、育ててくれたことは感謝している。
父親が俺の入学を一分一秒でも早める事ができないかと各所を回っていたことや、母親が俺の居ない間に引っ越しの算段を立てている事を踏まえた上で、いつの日かしっかり親孝行してやろうと思っている。
だからその内、絶対に帰省してやるから覚悟して待っていて欲しい。
そんな素晴らしき家族との思い出を胸に、入学式を全力で無視して学園ダンジョンに侵入していたら、学園を取り締まる風紀委員の方々に確保されてしまった。
今まで何度もすり抜けてきたせいか、彼らも学習して俺の行動パターンから対策を練っていたらしい。それにしたって入学式の警備を放棄して全人員をダンジョンの壁内に伏せて置くとか頭おかしいと思うんだ。
寄ってたかって魔法で追い立てやがって! 山狩りじゃねぇんだぞ! 人を何だと思ってやがる!! 俺は無実だ!! 弁護士を呼んでくれ!!
「君にその権利はない」
清々しいまでの人権無視に俺は抗議をしながらも、彼らが担いだ棒に両手両足を縛られた状態でえっちらおっちら運ばれていく。
ふと気がついたがこの体勢、三半規管を鍛えるのに向いているのではなかろうか? ほら、身体を揺らすと何か経験値稼ぎ始めたし。おぉ、新トレーニング見っけ。暫くやってみよ!!
「お前もうちょっと大人しくしろ!」
「うるせー! いま忙しいんだよ!! 黙って連行しろ!」
「お、おま、お前が言うな!? ちょっと、何でそんなに笑顔で揺れてるんだお前!? こわっ、怖いよお前!!」
「うほーほほほ、やっべ楽しくなってきた。頑張れば一回転出来るんじゃね? なぁちょっと左右しっかり持っててくれよ?」
「何なんだこいつ! 頭おかしいんじゃないか!?」
「くそ、早く風紀委員長のとこに運ぶぞ! 頭がおかしくなりそうだ!」
この楽しさがわからないとは、これだから経験値が視界に映らない奴はダメなんだ。
しかし俺は君らに構う暇など無い。ついに三半規管のレベルを上げる手段を見つけてしまった以上、生徒指導室までの間に可能な限りのレベリングをしなければならないのだ。
……いや、三半規管のレベルってなんだよ? 初めて聞いたわそんな言葉。でもレベルはレベルだし、あるなら上げるに限るか。よーし! パパ、次は二回転しちゃうぞー! それ、ぐーるぐる!
そんな調子でレベリングしていたら生徒指導室に投げ込まれた。人がレベリングを楽しんでいる時になんて酷いことを、親の顔が見てみたい。
「君が噂の少年か」
声の主に目を向けるとそこには一人の女子生徒が居た。
肩口辺りで切りそろえた黒髪に白の花飾りの付いたカチューシャを身につけ、その可愛らしい小顔には凛と輝く大きな瞳が備わっている。
ともすれば美しいよりも可愛らしい、美人というより美少女と言える彼女はその容姿に反する鋭い眼差しを俺に向けていた。
純白の制服を内側から押し上げている胸元には青色のリボンが巻かれており、その色が冒険者学園における上級生であることを示している。
「私の名前は
「アオちゃん!」
「馴れ馴れしい」
「はい」
姿勢を正して床にちょこんと正座する。さすがの俺も原作キャラを前にして巫山戯るつもりはない、今まで以上に真面目な対応を心がけなければ何に巻き込まれるかわかったものではないのだから。
風紀委員長『
原作ゲームに登場するヒロインの一人であり、死した『剣聖』と呼ばれる伝説の人物から薫陶を受けた女剣士。
可愛い系の外見ながらその振る舞いは凛とした美人のようなものであり、そのギャップがまるで背伸びをしているようにも見えるという魅力を持った女子生徒だ。
原作主人公と出会った時のキャラとしては『剣聖』の薫陶を受けながらも、継承できた技が少なく。その理由を追い求めながら、彼の残した手記から最終奥義である「斬火爛漫」を修得せんと鍛錬をしている。
その過程で学園の剣聖に関する資料を閲覧するために風紀委員として活動、結果として見事にその長までに上り詰めた……という背景を持っている。
そんなストイックな彼女だが所詮はヒロイン。
主人公と関わる内に自分が剣を手にした理由を思い出し、剣聖の技ではなく自分の技として「斬『花』爛漫」を編み出して、そこに至るきっかけとなった主人公に好意を抱くという……まぁ流れとしてはベタな展開を辿って正式に仲間になる事となる。
つまり何が言いたいかと言うとレベリングには関係ないイベントしか持ってない人物なので、俺としてはさほど興味がないということである。
「すみません。レベルの存在を知る前ならいざしらず、今では貴方とお付き合いしたいとは思えないです」
「人の神経を逆撫でするのが得意なようだな。だがこれまでのお前の所業、学園の秩序を守るものとしてもはや放って置けないんだ」
「はい?」
「ダンジョンへの不法侵入、実習室からの窃盗。ダンジョン内での爆発物使用に未発見領域の報告義務の不履行。他にも上げればキリがない」
なるほど。俺の普段の行いが積もりに積もって牙を向いてきたというわけか。
であれば甘んじてそれを受けるというのが潔い紳士の行いと言えるだろう。背筋を伸ばしてしっかりと檜垣さんを見つめて、至極真面目な声色で俺は宣言する。
「不法侵入は認めるがそれ以外は証拠でもあるっていうのかよ!!!」
「お、お前……!?」
紳士は紳士でも三枚舌英国面紳士スタイルだがなァ!! 真正面から罪状を踏み倒してやんよ!!!
「不法侵入は認めるさ、現行犯だし一切の反論はしない。だがしかし、実習室からの窃盗だとか爆発物がどうのこうのだとかに関しては俺は全面的に否定する!」
「そんな事が通るとでもっ」
「じゃあ何で風紀委員は今の今まで『捕獲』という手段を取り続けたんだ? 檜垣さんの言うこと総てが事実であるという証拠があるのであれば、
俺が言うのもなんだが、不法侵入も窃盗も爆破も立派な犯罪。証拠があるならば騎士団に通報すれば言うまでもなく俺は捕まっていて然るべき行いなのだ。
しかし初めて不法侵入してからこの日まで俺は捕まることも無ければ厳重注意さえされたこともない。家に帰るまで追跡されたこともないし、そもそも証拠は残さないように徹底していたのだ。
これもボーナスおじさんから教わった歩法の簡単な応用である。監視カメラが存在しない世界で視線誘導も合わさった移動技を身につけておくと何かと便利ですわ。
「舐めてもらっては困るな、証拠はある。しかし我々としても騎士団沙汰になるのは不都合だ、だからこそ穏便に済ませる為に」
「なるほど、つまり檜垣さんが証拠を握り潰して騎士団をこの一件に介入させないようにしてたのね」
「……何を、馬鹿な」
「少し考えればわかるでしょ」
最近、第三層の敵出現ポイントを土砂で潰し、魔物の湧き位置とスピード調整して出現した敵を真正面から順番に斬り殺していく「トラップシステム with 俺」を主催したことは記憶に新しい。
これまでの行いを踏まえたら
しかし、今回の風紀委員総出による確保作戦を見るに騎士団が介入している様子は見受けられない。
となれば上がっている声を止める存在が居たはずであり、そんな事ができるのは活動の最終決定権を持つ風紀委員長に他ならないだろう。
「証拠があるなら騎士団に突き出して無いとおかしい。無いから現行犯で捕まえるしかなかった。その上で『証拠がある』と言うならば、どんな理由かは知らないけど犯人が俺だと認識した上で『檜垣さんが私情で騎士団への通報を止めていた』って思えてしょうがないんだよ」
「何故私がそんなことをしなければならないんだ?」
「いや、だから知らないって言ってるでしょ。ただまぁ、そうだなぁ……」
そう言いながら俺は立ち上がり檜垣さんへと一歩詰め寄り視線を合わせ、彼女の瞳の奥に根付く感情を逃さぬようにとしっかり見据えて口にする。
「嫌われる理由はわかりますけど、『恨まれる』理由まではサッパリなんですよ。まどろっこしい事せずストレートに言ってくれませんかね?」
この部屋に連行され彼女と視線を交えたその時から。
恨みの籠もった視線を向けられ続けていた事実に俺は内心小首を傾げ続けていたのだった。
暫く無言で見つめ合い続け。
彼女はついに観念したかのように、そして自分の中に溜まった熱を冷ますかのように、その赤い唇から長く細い息を吐き出すと扉の方へと歩き出した。
そして廊下覗き、周囲に誰も居ないことを二度三度確認した彼女は俺を逃さぬように……いや、邪魔者が入らないように扉の鍵を音を立てて閉める。
「恨む、恨むか……そうだな。だから私は無理をしてでも君に会いたかったのだろう」
風紀委員の仮面を脱ぎ捨て、檜垣 碧という個人の本心が俺へと向けられる。
どこまでも私情を突き詰めたその様子に、俺は罪状への追求から話を逸らせたことに内心喜んでいたのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます