002 名も知らぬボーナスおじさん!

 4年の年月が経過し、3歳の時に世界の素晴らしさに気がつけなかった経験値ロスをやっと打ち消せた今日このごろ。

 歳も10を超えて木刀から刃を潰した数打ちへと進化を遂げたことで、俺のレベリングはさらなる進化を遂げていた。ちなみにレベルは23になった。


 そんな俺は今日も今日とて勉強に運動にをぶっちぎってレベリングに励んでいる。

 両親も俺の幾度と無く行ったレベリングプレゼンテーションに心折れて、最近ではカウンセリングに向かう回数も減ってきた。適度に良好な関係を築けていると言えるだろう。


「お~う、坊主。今日も飽きずにやってんな」

「あーッ!!! その声はボーナスおじさん!!!」

「その名称なんとかならんのか?」


 名前を覚えても経験値入らないし……、と半分冗談はともかく。


 4年もレベリングを続けていればそれに興味を引かれた物好きな知り合いも数人出来るようで、俺に声をかけてきたボーナスおじさんはその中の一人だ。

 月に一回ランダムな確率で遭遇できるこの人。腰に古臭そうな剣を携えたボーナスおじさんは剣術を修めているらしく、俺の素振りを矯正して経験値効率を上げてくれる上に、時折「お前、これできるか?」と様々なスキルを教えてくれる素晴らしき御仁だ。


 このゲーム、スキルを覚える方法は大きく分けて3つある。

 1つがレベル上昇による自動取得。これはキャラクターの基礎能力を底上げする汎用的なスキルが多い。

 2つ目が技能書・秘伝書等のアイテムを使用することによる修得。剣スキルや斧スキル等の武器種別に関わるスキルが多い。

 そして最後が口伝・継承イベント等のNPCキャラクターから「教わる」ことでの取得。手に入るスキルは多種多様であり、同じキャラクターから教わる場合でも友好度やイベント内容によって取得できるスキルが変化する。


 通常、3つ目のイベントでの取得は必要ステータス及び武器熟練度が一定ラインを超えた状態で対象キャラクターとの交流を深めなければ発生しないものであり。かつその発生条件は基本的にシークレットとなっているものが多い。

 しかも強力なスキルもあれば温泉鑑定スキル等という何処で使うのかもわからないスキルまで幅広く取り揃えている為、ゲーム攻略をする時は誰がどのような条件でどのようなスキルを教えてくれるかを覚えていることが必須とも言える。


 ところがどっこい。

 このボーナスおじさんは遭遇率こそランダムな為に積極的に出会うということができない反面、出逢えば高い確率で何かしらのスキルを教えてくれるのだ。


「今日は……そうさなぁ、何か覚えたいもんとかあるか?」

「経験値効率上がるやつかレベル上昇時にステータス上昇に補正掛かるやつとか」

「毎回言われてるが、経験値だのレベルだの若いもんの言葉はよくわからんなぁ。とりあえず歩法の一つでも教えてやるか、お前ならできるだろうて」


 ボーナスおじさんの……というかこの世界の人類の欠点は視界に経験値が映らないことだ。

 ゲーム世界の住人のくせに全員チュートリアルもしてないし付属の説明書も読んでいないらしいのでゲーム用語が殆ど通じない。度し難いことだ。

 

 だが俺はそんなことでは怒らない。なにせそんな欠点をカバーして余りあるほどに有益なのがこのボーナスおじさんだから。

 なにせ素振りを初めた当初、取得できる経験値が「+1」だったのに対し指導を受けた今では一振りで「+25」の経験値取得できるようになったのだから。

 

 25倍やぞ、25倍。オンライゲームの課金アイテムでもここまで無法な倍率を有してはいないだろう。

 その上でスキルまで教えてくれるのだからその無法っぷりは他の追随を許さないチートっぷり。

 そのうち世界から配信停止か弱体化されるのではなかろうかと睨んでいるものの、その様子は一向に感じられない。運営セカイはよ仕事しろ……いや、やっぱりしなくていいから毎日遭遇させてほしい。


 本当はチートおじさんと呼びたいところだが、反則チートという言葉には負の意味も込められてるので皆も親しみを込めてボーナスおじさんと呼ぼう。

 ボーナスおじさんの協力が無ければレベルが上昇する度にアホみたいに増加する必要経験値をここまで早く満たす事はできなかったのだから。


「(そう言えばこの人、原作ゲームで見た覚えないんだけど……居たらゲームバランス崩壊するしあっちだと削除されてんのかな?)」


 そんな考えが頭をよぎるが、恩恵を受けているならば文句を言うつもりなど何もない。というかレベリングの役に立つのであればなんだって良い。


「ボーナスおじさん時間が勿体無いから取り急ぎオナシャス! ボーナスおじさん! オナシャス!!」

「はいはい、そう急かすな急かすな。元気だわなぁ、お前さん」





 ボーナスおじさんこと、佐貫さぬき 章一郎しょういちろうが桜井 亨を見かけたのは偶然の事だった。

 剣術においては一家言を持っている彼からしてみれば、桜井の行っていた素振りはあまりにも不格好であり、我流のものであることがすぐさま見て取れた。

 その上で彼が特に目を引いたのは剣を握る桜井がどこまでも楽しそうに木刀を振っていたことだ。


 人類は外壁の内側でしか生きることが出来ず、人が武器を手に取る理由は往々にして『生きるため』だ。

 かつて魔物の大量発生により壁内へと侵入を許してしまった時、冒険者であった章一郎の両親はそれに立ち向かい人々の盾となりその命を失った。家族を失った章一郎は施設へと引き取られ、将来の糧を手に入れるために剣を手にした。


「楽しそうだねぇ……」


 章一郎は桜井の姿を見てふと思う、剣を振るうこと自体に楽しさを見出したことはあったかと。

 笑顔とともに振り続けるその姿を見て考え、そういった想いというのはついぞ無かったと結論を出す。

 章一郎の剣は生きるためのものであり、人生を豊かにするための『手段』でしか無かった。今まで出会った冒険者達も往々にして同じ結論を出すに違いない。


 だからこそ……だろうか?

 嬉々として剣を振るい、一振り一振りに歓喜の笑みを浮かべる桜井の姿は章一郎がついぞ手にすることが出来なかった『情熱』を宿しているように見えた。

 人は自身が持ち得なかったものに憧憬を抱くものであり、章一郎もまた桜井のその姿がとても尊いものに感じていた。


「なっちゃいねぇな坊主」

「うん? どちら様?」

「通りすがりのしがない冒険者だ。お前さん、剣は我流だろ。そんな振り方してっと、身体に変な癖がついちまうぞ」


 章一郎は気がつけば桜井に話しかけていた。

 自身すらも驚くほどにスラスラと吐き出されるアドバイスを桜井は至極真面目に、そして興味深そうに聞いていたのが印象的だった。


 これが章一郎と桜井の出会い。

 そして月に一度のたまの休日に気が向いた時、章一郎は河川敷へと足を向けるようになった。


 交流を深める内に章一郎は自身の技を彼に教える事にした。

 多くの人間に教授を願われながらも断り続けていたそれを「教えてやろう」と思ったことを、章一郎は少年の持つ情熱に当てられ、彼の剣の中に自分の何かを残してみたいと思ったからだと気恥ずかしくも自覚していた。


 桜井は不器用ながらも今までずっと基礎を積み重ね続けていたのだろう。

 彼は章一郎が教えた技を次々と身につけ、一月もすれば実践で使えるほどに習熟を済ませている。その消化の速さに章一郎は毎回驚かされていた。

 しかしその反面、一定のラインを超えると途端に伸びが悪くなっていく事から桜井の才覚にも気がついていた。


「(言っちゃなんだが、平凡。大成する器とは思えんが……)」


 それでも章一郎は、偶然の出会いを果たしたこの少年に自分の技を受け継がせる事を決めていた。

 『生きるため』に身に着けた技の数々を『楽しむため』に振るうその姿を見ることが、『剣聖』佐貫 章一郎がようやく見出した楽しみだった。

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