001 桜井 亨はモブキャラである。

 ゲームを原作としたこの世界はジャンルで言えば一応ハイ・ファンタジーと呼べるものだ。


 外壁の外側こそ人知の及ばぬ魔物だらけの弱肉強食世界だが、基本的に舞台となる内側は少し古めの現代社会に魔法を混ぜ込んだ程度の世界観となっている。

 主人公プレイヤーは魔物を打ち倒し、その資源を持ち帰ることで人類の生存圏を守る冒険者を目指し、国立冒険者学園に入学。仲間との交流を得て、何か悪い連中ぶっ飛ばしてやべー計画を防ぐというありきたりな物だ。

 そのどっかで何度も目にした気がする王道過ぎる世界観とストーリーは爆発的な人気こそ無かったものの、「古き良き」を求めていた客層に少なくはないヒットを引き起こした。かくいう自分もその口だ。


 で、そんな世界に転生した俺は特別なポジションかと言われると別にそうではない。


 生まれは極々普通の家庭であり、「桜井 亨さくらい とおる」という名前も珍しさの欠片もない。

 加えて言えば原作キャラやそれに僅かでも関わる名有りキャラクターに「桜井」という名字は存在せず、名実ともに「モブキャラ」と言って差し支えないだろう。


 つまるところ、原作展開なんてガンスルーしてレベリングに励めるということだ。


「世界の危機も国家の危機もヒロインの危機も、知らぬ存ぜぬ無視してOK! そんな事は原作連中に任せておけば何とかなるだろ!!」


 いくら前世の記憶を持っているからと言って俺は自分を特別視することはない。

 元々争いのない世界に住んでた底辺小市民もやし野郎だったのだ。でしゃばった所で痛い目に遭うのは火を見るより明らかだろう。

 それに俺の心はもはやレベリングに捕らわれてしまっている。そのために幾つかのアイテムは拝借するつもりだが、大体はエンドコンテンツ用の物なので原作展開に何ら影響することはないだろう。


 俺はレベル上げしてるから危ないことは任せたぞ諸君!!!


 心が軽い、清々しいことこの上ない。

 大体、ゲームオーバー以外ならハッピーエンドを迎えるような物語に何で一々干渉しに行かねばならんのだ。丸く収まることが確定してるなら、放置一択で好きに生きるのがまだ健全だろう。


「ヒロイン達みたいな美少女に関われるのは嬉しいけど、女の扱いなんぞわからんし、嫌われるか引かれるがオチだしな」


 現実世界でモテない奴が生まれ変わってモテるようになるなど烏滸がましいとは思わんかね?

 そもそも自分磨きをする時間もレベリングに注ぎ込む腹積もりなので、そんな奴がモテるわけがないのである。よし理論武装完了、一人ぼっちでも護身は完璧だ。


「今日も元気だ身体も軽いしレベルを上げるぞウッヒョホーイ!」


 そんな調子で今日も今日とて木刀片手に家を飛び出す。目的地は少々離れた場所にある河川敷だ。

 なんと素晴らしいことに、この世界は「鍛える」ことに関する目的意識を持ってそれに沿った行動が出来ればそれだけで経験値が入ってくる。

 例えば「スタミナを上げよう」と意識しながらジョギングするだけで一歩ごとに経験値が入ってくる反面、「目的地に着く」ために全力疾走しても欠片も経験値は入ってこない。つまりあらゆる行動の目的を自分を鍛えるためであると意識付ければ生活しているだけで経験値が入ってくるのだ。


 経験値が入ってくるとどうなる? 知らんのか、レベルが上昇する。

 ではレベルが上がるとどうなる? 教えてやろう、経験値稼ぎを続けられるんだ。


「最高かよ……」


 思わずポツリと呟いてしまうほどにこの世界のシステムは最高に最高を重ねて生クリームでトッピングした上に芸術点評価を与えて入賞するくらいにはベストオブベストだ。

 もう何言ってるのかわからないだろうが、つまりレベリング最高ってことだ。


 経験値を稼ぎレベルを上げて、レベルが上がれば次のゴールへ向かって経験値稼ぎを楽しめる。レベル上限なんてものがなければそれは終わりのないウロボロスの輪の如き永久ループ。「レベルを上げる」という作業自体を楽しんでしまえる俺としては正しく常時悦に入るようなもんである。

 そのうち、レベル上限を取り払うアイテムを取りに行こうとは考えているが今はまだ実力が足りない。現状見えるレベル上限は50であり、経験値稼ぎを初めたばかりの俺はやっとレベル5へと至ったばかりだ。


「1つ上がるごとに必要経験値もアホみたいに増えるからな、現状のペースから考えたら8年後の学園入学時期くらいにカンストするくらいだな」


 最初のレベル上限解放アイテムは学園に所属しないと取りにいけないため、とりあえずの目標としてみれば順当なところだろう。

 くそ、3歳くらいの時に気がつけていれば4年分の稼ぎロスを生むことはなかったのに……!


 そんな悔しさをバネに俺は今日も今日とて木刀を振り続けるのであった。

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