第百三十一回 想い人、傍らに。


「――叩いたね、

 僕のほっぺた、叩いたね」


 ……そっと、手を当てた。

 涙の濡れた感覚とは別に、ほんのり熱かった。


 それから、――痛い! と、脳は認識もした。見間違いや勘違いの疑念にも拘らず、すぐさま現実のものと認識させていた。なぜなら、……そうなの。


 それは、初めてのことだったから、


「パパやママにも、叩かれたことなかったのに!」

 って、泣き声で怒鳴ってしまった。可奈かなも……僕と同じく泣きそうなのに。



 それでも気丈な、

 その振る舞い、その二つの眼。


「……甘ったれの極みだね。親にも叩かれたことないのに、……あの日、病院で、千佳ちかのこと叩いたのね。一丁前に、……今の梨花りかを見たら、嘸かし怒るでしょうね。わたしと同じことするでしょうね……」と言いつつも、可奈の溢れる涙は、ついに零れてしまった。


 僕の、その発言の後悔の念、

 その発言後の、可奈の涙の方が、ほっぺたなんかよりも、もっと痛かった。


「可奈、僕は……」


「謝らなくていい、訂正してっ」


「えっ?」


「梨花、修正してよ。あなたがエッセイを始めた頃のように。……どれだけ励みだったと思ってるの? わたしの、あのスパルタママに、毎日毎日勉強勉強と、あと塾塾、習い事習い事とパワハラ続きで、息の詰まるような毎日。そんな中にあって、瑞希みずき先生に相談して……まあ、スパルタママの種類は違うけど、似たような経験を聞かせてくれて、そんな折に、あなたのエッセイの拝読を薦めてくれたのよ」――な、何と。



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