第九十三回 ……で、そのまま、


 二人揃って、病室の外へ行っちゃった。その二人とは、もちろん瑞希みずき先生と、もう間違いなく千佳ちかのお母さんと思われる人。……確か『千尋ちひろさん』という名前の人だ。


 それが証拠に、


「ねえ、あの人って、千佳のお母さん?」


 と訊く、もちろん本人に。ガタガタと怯えている様子の千佳だけど、「うん」と、返事をしてくれた。……でも、この怯え方、普通ではないと、言葉にはしないけど……ここにいる誰もがそうすると思うけれど、――きっと薄々とは思っていることだろう。


 願わくば、虐待でないようにと思うばかり。


 ……あっ、それは大丈夫。恥ずかしながらも裸の付き合い。温泉に行った時、千佳の身体にそれらしき痕跡、傷跡はなかった。……でも、見えない傷、心の傷はどうだろう?



 グスッ……悔しいけど、本人しかわからない。


 千佳の気持ちを重んじるなら、もうこれ以上は入れない。傷を広げてしまう。頼れる大人、瑞希先生が千尋さんを道連れに、席を外してしまって……ぽっかり穴が開いてしまったような光景、ここにいる表情たち。未来みらいさんもどうしていいのかわからない様子で、とても気まずい状況に伺える。――でも、でもね、……勇気が、勇気が囁いたよ!


 一歩を、それに匹敵する一言を踏み出すこと。



『――フォルテッシモ! それは今でしょ!

 まさにこの時まことの時、喜びの歌、奏でるよ!』



「千佳、明日から新学期だね」と声をかける、僕から。


「……でも僕、行けないよ。まだ入院してなきゃなんないし……」と、俯く千佳。


 でもでも「そんなの、関係ないない。僕たちが此処に来るから。可奈かなも、瑞希先生も連れて来るから。それでね、そこから千佳の新学期が始まるんだよ」



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