二章 2-2

     *     *     *


 集会所でセルカは、去年の「花の娘」だったという女性と引き合わされた。既に打ち合わせを始めていたフロルティア祭実行委員によると、当年の「花の娘」の世話は、先代がするという決まりがあるという。

「エレナよ。よろしくね」

 セルカよりも三つ四つ年上に見える彼女は、にこりと笑んで片手を差し出した。それを握り返しながらセルカも挨拶を返す。

「セルカです。よろしくお願いします」

「急な代役で大変だろうけど、頑張ってね」

「ありがとうございます。でも、やっぱり、わたしよりも相応しい人が……」

 怖じ気づくセルカの言葉をかき消すようにエレナが片手を振る。

「何言ってるのよ、町長が選んだんだからこれ以上の人選はないってことでしょ。町長だって以前に、今年の『花の娘』アベリアちゃんのお父様なんだし」

「やりたい人がやったほうがいいと思うんです。いっそ広く募集して」

「あのね。今から代役を募集したら、大喧嘩になってお祭りどころじゃなくなるわよ」

「え……」

 それは盲点だったとセルカは目を瞬いた。イベリスはセルカに気を遣って代役を持ってきてくれたのだと思ったが、公募すると応募が殺到して収集がつかなくなるからというのも理由の一つかもしれない。

「大喧嘩までは、大袈裟では?」

「あら、『花の娘』をやると恋が実るって言い伝え、知らないの?」

「知ってます、けど……迷信じゃないでしょうか」

「うふふ。あたしは実ったわよ」

 悪戯っぽく言って、エレナは大きなお腹を誇らしげに撫でた。もうすぐ生まれるのだろうと、セルカも眼を細める。

「おめでとうございます。臨月ですか?」

「ええ。今日か明日にも生まれそうだからって、祭のお手伝いを旦那に反対されたんだけど、次の代のお世話までが『花の娘』だと思ったから」

「優しいご主人なんですね」

「そうなのよ、いい人なのよー。でも、最近忙しそうでね。役場で働いてるんだけど、うちには寝に帰ってくるだけみたいなんだもの。疲れが溜まってるんじゃないかと心配になるわ。でもね、君の顔を見たいから帰ってくるんだなんて言われたらね、うふふふふふ」

 堂々と惚気のろけて、エレナは照れ笑いをしながらセルカの肩を叩いた。その幸せそうな姿に、セルカもなんだか嬉しくなる。

「セルカちゃんも、いつもと違う姿を見せて、ぐっと気持ちを引き寄せたい人の一人や二人、いるでしょ?」

「え……や、い、いませんよ、そんな人」

 咄嗟に相手の顔を思い浮かべてしまって、慌てて否定したが、頬に血が集まるのがわかって恥ずかしくなる。エレナがにまりと笑った。

「ふふ、そういうことにしといたげる。―――アベリアちゃんは急病だから仕方ないけど、残念だったわね。『花の子』も二人、病欠の子が出ちゃったの。風邪でも流行ってるのかしら」

 子どもも病欠と聞いて、セルカはますます心配になる。同じ病でも子どもは重篤になりやすい。

「その子たちは大丈夫なんですか?」

「さあ……、大丈夫だと思うけど、詳しいことは聞いてないわ。孤児院の子たちは元気?」

「ええ、今のところは」

「それならよかったわね。せっかくのお祭りに病気じゃあ可哀想だもの」

 無意識だろう、エレナはお腹を撫でる。

「エレナさんも気を付けてくださいね。元気な赤ちゃんを産んでください」

「ありがと。さて、それじゃあ始めましょうか」

「え」

 やはり自分が「花の娘」なのかと、セルカは最後の抵抗を試みる。すると、エレナは呆れたような笑みを浮かべた。

「もう諦めなさいって。……まあ、セルカちゃんの気持ちもわからなくはないけどね。目立ちたくないんでしょ?」

 不意に図星を同時に突かれて、セルカは真顔になってしまった。エレナはセルカよりも年上なのだから、十年前のことを覚えていても不思議ではない。セルカの身の上に、何が起きたのかも。

 妙な沈黙が落ち、今から否定するのもおかしく思えて、セルカは小さく首肯して声を潜めた。

「もう、両親の財産や土地やしきを取り返すつもりはありませんけど……わたしが生きていることが不安な人たちも、まだいると思うので」

「気にすることないわよ、セルカちゃんは何も悪くないんだもの。大丈夫、みんなわかってるわ。堂々としてればいいのよ」

「エレナさん……」

 これまで、エレナのように言ってくれる人はあまりいなかった。厄介ごとに関わりたくないいと思うのは当然だし、セルカも昔のことには極力触れないように、表に出さないようにしてきたので、話に上る機会は殆どなかった。

 だから、今のエレナの言葉はとても嬉しく感じた。

「……ありがとうございます」

「どういたしまして。というわけでこれが資料ね。口上とか衣装とかいろいろ書いてあるから、ざっと目を通しておいて」

「あ……えっと……」

 エレナがどこからともなく取り出した冊子を渡され、セルカは戸惑う。

「今から、明日行進するルートを実際に歩いてみましょ。もうフロルティア様の肖像画はできあがってるらしいから、花冠の場所も確認しないとね。夕方から予行演習があるの。そうだわ、採寸もしないとね。今年の衣装はアベリアちゃんに合わせてあるから、お直しが必要だもの」

「あ、あの……」

 口を挟む間もなく立て板に水のように喋ったエレナは、にっこりと笑んだ。

「やることはたくさんあるわよ、時間がないから急がないと。それじゃ委員さん、わたしたちは外に行ってきますね」

「はーい、気を付けて」

 実行委員たちに見送られてエレナに手を引かれ、セルカはあれよあれよという間に連れ出されてしまった。どうやら、もう腹を括るしかないらしい。

(ううう。……やるからには頑張ろう)

 セルカ一人のせいで祭を台無しにすることはできない。エレナの言う通り時間がないのだから、自分にできる限りのことをやろうと、セルカは一人、拳を握り締めた。

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