第3話 あざらし転生の経緯


『ワタシはとある神に仕えし、きのこの胞子。神の眷属であーる』


 目の前に現れた毛玉は粛々と名乗った。

 厳かなる低音ボイスにごまかされそうになるが、ちょっとどころかだいぶ待て。毛玉がわんこなら、全力の待てだ。ステイが有効能力になれよ!


『え、ちょっと。きのこの胞子が神の使いなの? 胞子でしょ、きのこの』


 文章を置き換えたからと言って、威厳が出ることはなかった。

 なんかひらひらとした白いワンピースの袖をまくり、頭を抱える。癖なようなものである。どんなおしゃれな服を着ても、つい袖をまくってしまうのは。

 そして、私が今いる空間は宇宙っぽいのに、ワンピの裾が踊るような風は吹いているらしい。


『日本は八百万の神がおわす国です。そういうのもありでしょう』


 開き直りか? それは、開き直りというものだろう⁉ 八百万の中でもキノコ胞子が眷属な神さまなんていないでしょうに! 私が日本史マニアというか神マニアなら速攻で突っ込めたのに、無念でならない。

 動揺する私をよそに、毛玉は面倒くさそうに宙を見上げた。毛の間から見えている、瞳孔が開いた猫みたいな目が、ね。


『ワタシの主が最近キノコ狩りにはまっていましてねー。ちょっとした手違いで、転生属性のあるキノコを落としちゃったわけですよぉ』

『なに気軽に、うっかり書類についてたフセン落としてきちゃいましたーみたいなノリで言ってんじゃないですよ!』


 くぅぅぅ。このノリ、のんびりした同期を思い出す! えぇ、拾いますとも、私はそういうの拾うけど、自分のミスは拾ってもらえない運命ですよ‼

 私の叫びに、毛玉はごろんとわずかに転がった。人でいうならば、首を傾げたというところか。むかつく具合にもふもふ毛がうねった。


『まぁまぁ、だから本来ならささっと適当なところに魂を振り分けるところ、こうしてワタシが出てきたわけですしー』

『ちょっと待ってよ。適当って雑の適当じゃなくって、適材適所の適当だよね⁉』

『ソウデスネ。チョウゼツ、イソガシイ、カミサマデモ、チャントスル』


 絶対違う。いっそ清々しい位の棒読みだった。超絶って部分に嫌みを感じたよ。

 近くに浮いていた惑星っぽいのに腰を下ろす。腕を組んで睨んでみても、毛玉は左右にころころ揺れるだけだ。そして、ぴんと一本毛を立てて数秒後、にやりと奇妙な口を見せた。こここ怖すぎるんですけど! 貴方、本当は悪魔でしょ!


『神様、特別にごめんなさいするそうですよー。何個か転生の要望聞くそうですー』


 だっ大丈夫だろうか。普通、お願いを聞くのは「たったひとつ」だろうに。何個かっていうアバウトさにブラック企業の面接しか浮かばない。就活している時、実際あったわ。


 ただし、叶えるとは言っていない。


 的なやつでしょ。わかってるよ。でも……でも、言うのはただだ。惑星から、よっせっと飛び降り、毛玉の前に立つ。馬鹿にするように揺れていた毛玉が、ぴたりと動きを止めた。


『私、あったかい家族が欲しいの。家族や自分を大事にする、自分になりたい』


 胸元を掴んで、過去の自分を振り返る。思えば、私の方が家族を思っていなかったのかもしれない。どうせ妹の方が可愛いんでしょって、どうせ私なんていなくても同じでしょって。大切にされなくて、当然だ。今なら、そう思える。


『うん、わかった。家族だねーで、あとはー?』


 おっ? 本当に何個でも聞いてくれるみたいだ。

 ならばとせっせと指を立てる。


『せっかくなら魔法がある世界だよね。チートじゃなくてもいいから、ステータス画面が出せて、異世界感が楽しめるくらいのオプションは欲しいかな!』

『最近流行りのやつねー。うちはそういうのも対応してるから大丈夫―。自分のと各種特性が表示できるやつでよかったですかー。あと、なんかある?』


 返ってきたのは、本当に軽い調子の声だった。コンビニで言われる、「●●ポイントカードはお持ちですかー」に似ている。最近は「お持ちだったらお出しください」って言ってくれるので、いちいち生真面目に答えなくて済むのがありがたい。

 じゃなくって。肩がずるっと落ちたのは別として、あとは――。


『私、もふりすとになりたい!!』

『もふりすとー?』


 いえす! 生前の私はとにかく可愛いもふもふが大好きだった。が、これも因果だろう。種別に関係なく、私は動物毛アレルギーだったのだ。近づくと、とにかく咳とくしゃみ、それに蕁麻疹じんましんが出てしまうのだ。

 あぁぁ。ネコカフェに行くこともできず、ふくろうカフェの前を急ぎ足で通り過ぎたのが懐かしい。動画の子猫や子犬、ひよこたちにどれだけ癒され、同時に涙をのんだか!


『とにかく、もふもふできる体になりたいってこと!』

『んー、よくわかんないけど、もふもふな動物がいっぱいなとこに生まれたいってことでOK?』


 あまりに軽い同意を求める言葉に、やっぱり冷や汗が出るが……言ってる内容に間違いないもんね。

 もふもふ動物に囲まれて生活とか幸せすぎる。なにがいいかなぁ。猫、しかも子猫は鉄板だよね。あと、犬。猫に限らず、わんこも大好きだ。特に柴犬とか日本犬最高。あと、アライグマに。バンビはちょっとモフ度が足りないけど愛らしいし、あー楽しみだ!


『おっけい、おっけい!』


 ぐっと親指を突き出す。


『じゃあ、いっきまーす!』


 毛玉の頭から伸びていた毛が体に巻き付いてきた。ぐいっと強く引かれて、力の限り毛玉にぶつかった。痛い、すこぶる痛い。


『おふっ』


 なんて声があがったのは、まだ良い方だ。ぶつかった毛玉の毛は、剛毛だった。例えるなら長毛種の子猫の毛かと思ったら、ナイロンだったってぐらいがっかりする硬さだ。


『詐欺だ!』

『さもありなん。それが世界の理だ』


 悪夢のごとく、剛毛に埋もれていく中聞こえて声は、やけにきりっとした声だった。



◇◆ ◇ ◆ ◇


 回想終了。


 そんなわけで、私はあざらしに転生したのだ。って、あの化学繊維のまがいもの毛玉め‼ もふりすとの意味を理解してなかったんじゃないか!

 もふりすととは、もふもふを愛するもふもふする人のことだ。決して、自分を抱きしめてその毛並みにうっとりしたいナルシストのことではない。


「あぁー!」


 平たい手で頭を抱えて、もふーっとうっとりする。これが、タテゴトアザラシの赤ん坊のホワイトコート。ひとつひとつの毛が繊細で、まるで指の先をくすぐる産毛のようだ。時折まざる雪も優しく、ぽよんと跳ねかえりそうな勢いがある。さらりと流れ落ちる雪は砂糖化粧のようだ。

 うん、これはこれでいい。つい数秒前にナルシストかとは言ったが、存外悪くない。

 大体、魔法最先端なステータス画面のくせに、スマホのSiriちゃんみたいに音声反応できないのが今時どうかしているのだ。


「ぐぐぅぅぅ」

「うんうん。あなたもそう思うでしゅよね」


 ぽんと平たい手がぶつかったのは、極上もふ毛だった。はぁぁぁ、これなに。よくよく見ればクリームがかって見える毛の下には、ほどよくしまった肉。筋肉最高!

 うっとりと顔をあげると―――。


「ぐぁぁぁ!!」

「ひぎゃぁ!! しろくまさーん! 私、おいしくないでしゅよー!」


 この期に及んでも心にダメージを受ける発音だ。本当に、つらいよ。

 今まで吐いたセリフの中で、一番説得力がない言葉だろう。今の私は牛皮顔負けにおいしそうな体をしている。

 相変わらず頭上に浮くステータス画面には『Very dangerous』と表示されているじゃないか。そんなこと文字で出されなくとも知っとるわい! この役立たず!


「たしゅけてー! お代はもふ毛で!」

「この借りは高いぞ」


 鈍器の音が響いた後、可愛い少年の声が聞こえた。あいにく耳も塞げない私なので、よく聞こえる。

 けれど、幸い目を瞑ることはできていたので、ゆっくりと瞼をあげる。視界に映ったのは、しろくまさんの大きなお尻と――。


「おぬし、聞いとるのか」


 大きな帽子をかぶって、中華風なのか西洋風なのか判断が付かない服に身を包んだ……子狐もふしっぽを揺らす少年だった。

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