第3話☆Clair de lune/un autre
大学に進学したのも何となく。周りがそうしているから。
この会社に就職したのも特に理由はない。適当に何社か受けて最初に内定が取れたのがここだっただけ。
今まで23年近く、そんな風に適当に生きてきた。けれど、これからはそんな生き方を変えようと思い始めた。
そう、思わせてくれたのは俺を指導してくれた一人の女性、田中先輩だ。
先輩は綺麗で、優しくて、仕事もできて、だから、気付けば恋に落ちていた。そして、生まれて初めて、この人となら生涯を共にしてもいい、そう思うようになった。
けれども、歳は離れているし、先輩にはたまに子供扱いされるし、この恋は叶わないんだと思った。
会社の飲み会、先輩はいつも嫌そうにしていた。表面上はいつも通りだけれど、内心では早く帰りたそうにしていた。
だから、酔い潰れた振りをして先輩を二次会から逃がしてあげることにした。
先輩の肩に捕まりながら、話しかけていても何も反応はなかった。それどころか、俺の事をいないかのようにゆっくりと歩いていた。
「せんぱぁい、聞いてますかぁ?」
「はいはい、聞いてるよ。何?」
何度目かの言葉でようやく反応が返ってきた。
「あぁ、ここまで来たらもう大丈夫ですよね?」
そう言って先輩のの肩から離れてまっすぐと歩き始めた。
「え?」
先輩は驚いたような表情になった。本当に俺が潰れていたと思ってくれていたのだろうか。少し、申し訳ない気にもなった。
「先輩も気付きませんでした?酔ったの、演技なんですよ。先輩、二次会に行くのが嫌そうだったんで、連れ出してみました」
「はぁ、それでむやみやたらにわたしに抱きついたりしたわけね?セクハラで訴えてあげようか?」
「え?あ、すみません!本当、そいうつもりはなくて……あ、でも、実際、してしまったのは事実だから、その、どんな罰でもうけます。責任とって会社を辞めろ、って言うなら明日、辞表を出します。本当、すみませんでした」
言われてから気付いたけれど、本当に先輩の言う通りだ。俺にはそんなつもりはなかったけれど。だから、必死に謝ったけれど、何故か先輩は少し笑っていた。
「冗談。エロ部長だったら訴えたけど、松本くんなら許す。むしろ、若い子に抱きつかれてご褒美?そんな感じだから気にしないでね」
「ありがとうございます」
「あ、でも、調子にのって何回も抱きついてきたら許さないからね?松本くんだって、わたしみたいなおばさんなんかじゃなくて、若い子の方がいいでしょ?」
「そんな、先輩は全然おばさんなんかじゃないですよ」
「……ありがと」
詳しい歳は知らないけれど、多分、一回りくらい上なのだと思う。けれど、おばさん、だなんて俺は全く思わない。
でも、きっと、先輩からしたら俺はまだまだ子供なんだろう。だから、きっと、告白をしても叶うわけない。
隣を歩く先輩を見ていると、少し、胸が苦しくなった。
どうしたら先輩は振り向いてくれるのだろう、そんなことを考えていたら、先輩が文字通りの意味で振り向いて俺の方を見た。
急に間近で先輩の顔を正面から見てしまって、恥ずかしくなって視線を反らしてしまった。そして、その先には綺麗な月が輝いていた。
たしか、昔の有明な人がI love youをこう訳したんだっけ、と思って
「月が綺麗ですね」
と、月を見ながら言ってみた。伝わるかどうかは分からない。
「何それ?告白のつもり?」
先輩は笑って、冗談でも言うかの様だった。
「え?あぁ、そんな告白もいいですよね、風流があって……」
だから、俺は今初めてそれに気付いたかのようにそう答えるので一杯だった。
でも、もし、俺が「そうです。告白です」って答えたら先輩はどう答えたんだろう。受け入れてくれたのかな。
もし、そうだったら……。
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