第3話 Clair de lune
会社の飲み会はいつも憂鬱だ。
上司からの愚痴の嵐や、セクハラ紛いの……ううん、違うかな、ほとんどセクハラの言動。
いい年なんだから、そろそろ結婚か、って、お前はわたしの母親か!?お母さんにだって、さんざん言われてるけど、仕事ばかりしてきたせいか、そんな話、わたしにはありませんよーだ。
それに、何?最近エッチしてるのか、だって?うるさい!黙れ!今度、録音して訴えたらあのエロ部長、首になるかな?
「せんぱぁい、聞いてますかぁ?」
現実逃避をしていたら、そんな甘い声が耳元から聞こえてきた。実際はずっと何かを言っていたのは気づいていたけれど、意識しないようにしていただけ。
「はいはい、聞いてるよ。何?」
「あぁ、ここまで来たらもう大丈夫ですよね?」
そう言って今までわたしの肩につかまってフラフラに歩いていた彼は、急に離れてまっすぐと歩き始めた。
「え?」
「先輩も気付きませんでした?酔ったの、演技なんですよ」
彼は少年のような、屈託のない笑顔をわたしに向けた。それだけでわたしは……。
「先輩、二次会に行くのが嫌そうだったんで、連れ出してみました」
「はぁ、それでむやみやたらにわたしに抱きついたりしたわけね?セクハラで訴えてあげようか?」
「え?あ、すみません!本当、そいうつもりはなくて……あ、でも、実際、してしまったのは事実だから、その、どんな罰でもうけます。責任とって会社を辞めろ、って言うなら明日、辞表を出します。本当、すみませんでした」
本気で謝ってる彼の姿に思わず笑い出しそうになってしまった。
「冗談。エロ部長だったら訴えたけど、松本くんなら許す。むしろ、若い子に抱きつかれてご褒美?そんな感じだから気にしないでね」
「ありがとうございます」
「あ、でも、調子にのって何回も抱きついてきたら許さないからね?松本くんだって、わたしみたいなおばさんなんかじゃなくて、若い子の方がいいでしょ?」
「そんな、先輩は全然おばさんなんかじゃないですよ」
「……ありがと」
彼はそう言うけれど、そんなことはない。彼から見たらきっと、わたしはおばさんだ。まだ、22歳の彼。対してわたしは36。一回り以上も違う。
こんなわたしが彼を好き、だなんて言ったら迷惑かな?
隣を歩く彼を見ると、一瞬目が合ってすぐ、視線を反らされてしまった。
それが少し、寂しかったけれど、一瞬でも目が合ったのが嬉しかった。
「月が綺麗ですね」
と、突然彼が言ったからわたしはドキッとした。一瞬、告白かと思ってしまったから。
けれど、彼は空を、月をまっすぐに見ていた。
「何それ?告白のつもり?」
必死に冷静な振りをして、言ってみた。そうです、だなんて言われたら……、だなんてあり得ない妄想をしながら。
「え?あぁ、そんな告白もいいですよね、風流があって……」
そうよね、告白なんかじゃないわよね。でも、もし、これが告白だったりしたら、わたし、死んでもいいわ。
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