第2話 beside you

「月が綺麗ですね」


 学校からの帰り道に突然、そんなことを言われたから驚いた。今日、授業でI love you.をそう訳した人がいるって聞いたばっかだし。

 もしかして、こいつもわたしのことを?なんて思って横を見ると、わたしの方なんか見ずに、空を見上げていた。

 なんだ、違うんだ。と残念に思って空を見上げると、確かに綺麗な月が空に輝いていた。


「あの、その……」


 わたしが何も言わないでいると、何かを言い始め、それでも途中で止めた。


「ん?」


「ううん、何でもない」


 聞き直しても、答えてはくれない。まぁ、実際、こいつの言うとおり、何でもないんだろうな、そう思って、月を眺めながら歩いていた。


 よく周りからはこいつのことをわたしの回りを回っている月みたいなやつ、そんな風に言われているのを知っている。でも、実際はわたしが月。

 わたしはこいつがいないと、一人でどこまでも走っていってしまう。いつも、それを引き留めてくれるのがこいつ。危なくなる前に、ちゃんと戻ってこられるように、って。

 だから、なのかな。気付けばこいつがわたしの帰る場所になっていた。好きになっていた。


「美月、危ない!」


 そんなことを考えていたら、突然、そんなことを叫びながら、わたしのことを抱き締めてきた。

 え?何?動揺していると、目の前をトラックが走り去っていった。よく見ると、赤信号。もう少し、前に出ていたら、わたしは……。


「どこ見てんだ、死にたいのか!」


 運転手が怒鳴っているのが聞こえる。そのせいで、もう少し前に出ていたら、こいつが止めてくれなかったら、そんな考えが頭をよぎって、何も言えずに固まってしまった。


「本当にすみません」


 すぐ後ろから必死に謝っている声が聞こえる。

 何で?どうして?悪いのはわたしじゃん。あんたは何も悪くないじゃん。ただ、巻き込まれただけで……。

 運転手はまだ悪態をつきながら走り去っていった。それを見ながらわたしは、


「もう、わたしのことなんて放っておけばいいじゃん。そうすりゃ、あんたも楽でしょ」


 思ってもいないことが口から出てきた。


「今だって、あんたは何も悪くないのに、必死に謝って、バカみたい。金魚のふんみたいにいっつもわたしの後ばっか付いてきてさ。いい加減、もう、うんざり。あんたは一人で勝手にやってよ。わたしだって一人の方がせいせいするし。はっきり言って、あんたは邪魔なだけだから」


 顔が陰っていくのが分かる。

 違う。こんなこと、言いたいんじゃない。こんな顔、させたいんじゃない。


「もう、放っておいて!」


 こいつの曇った表情に耐えられなくなって、わたしはそう言い捨てて立ち去った。


 もう、今度こそ嫌われた。本当に離れていっちゃう。嫌だ……。嫌だ。嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ。

 でも、全部、わたしが悪いんだ……。

 あんなこと、言いたくなかった。本当はずっと、側にいてほしかった。でも、わたしは迷惑をかけてばっかだし、絶対、いつか、見放される。

 そんな日が来るのが嫌で、怖くて、不安で……。

 なのに、口から出た言葉はそれとは真逆で……。

 もっと、素直になれたら、あいつとの関係も今は違っていたのかな……。

 後悔と悲しさから涙が溢れそうになる。それを堪えようと、空を見ると、綺麗な月がわたしを優しく照らしていた。

 最後の一言を言い終わった後、何故かあいつも優しく、微笑んでいたような気がした。

 そんなはず、ないのに。あんな、ひどいこと言って……。

 堪えきれず、涙がこぼれ落ちたとき、腕を捕まれた。

 あいつのはずなんかない。そんなはずない、のに……。わたしはつい、期待をして振り返ると、そこには……


「美月、その、僕は美月が嫌じゃなければずっと側にいたいって思ってるから」


 相変わらず、優しく微笑んでいるこいつがいた。


「嫌だ、って、言ってんじゃん……」


 いい加減、素直になれよ、わたし……。今なら、まだ、間に合うから。ごめん、って、一言謝れば、きっと、許してくれるから。こいつなら、きっと……。


「ねぇ、本当に嫌だったら美月は何も言わずに僕のことなんか置いていくよね?だから、僕からのお願い。本当に嫌になるまでは側にいさせてくれないかな?」


「勝手に、すれば?」


 これでまだ、側にいてくれる、そう思ったら安心して、涙が止まらなくなった。

 そして、気付いたら、わたしはこいつの腕に包まれていた。


 今はまだ、これが限界。いつか、ちゃんと素直になれたら、わたしの気持ち、伝えなきゃ……。

 好きだ、って。

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