ショタと側にいる方法
「……っと、もう行ったな?」
「ナハト!!」
一人で彼等を見送ってから数分後のことだ。座って帰りを待っていると、木陰から姿を表したナハトが、私に声を掛けてきてくれた。わぁい、ナハトだ! 数時間ぶりのナハトだ! 歓喜の笑みを浮かべる私に苦笑を向け、ナハトはそっと私の横に腰を下ろす。
「もういいんですか?」
「ああ。知りたいことは聞けたし……もう大丈夫だ」
「知りたいこと?」
あの日常会話のどこに、そんな重要情報が……? 私は内心で首を捻った。そんな私を見て、ナハトは指を立てながら説明してくれる。
「ここがどこか。と、アイツらが何の種族か。あと、……いや。その二つだな」
ナハトは、三本目の指を立てようとして――何かを思い直したように二本に留めた。それから、なんだか複雑そうな顔をする。例えるなら、嫌いな科目の抜き打ちテストを知らされたような顔だ。また新しい表情だ……可愛い……。心のシャッターを切りまくる。心のアルバムに永久保存しなきゃいけない表情がまた増えてしまった。生きるのって、楽しい。
「しかし、蛇種か。厄介だな」
「厄介なんですか?」
本気でうんざりした雰囲気を醸し出し、ナハトはそっと嘆息した。厄介とは思わなかったけど、ナハト的には何か思うところがあるのだろうか。
しかし、瞳孔や牙の感じから、なんか蛇っぽいなぁとは思っていたけど。本当に蛇種だったか。私の勘も捨てたもんじゃないね! 特に役立ってないけどね!
「ああ。見た目がオレよりも人間に近いだろ? ああいうのはさ、オレみたいな……なんというか、耳や尾に分かりやすく獣相が出ている相手を見下すことが多いんだよ」
「獣相ってなんですか?」
「ん……、ああ。説明してなかったな。オレの耳や尾とか、さっきの奴等の瞳孔や牙。それから、服に隠れて鱗もあったな。そういう、人間ではない生き物の特徴のことだ」
なるほど。頷いて、ナハトの猫耳を見る。辺りを警戒しているのか、耳はどんな音も聞き逃さないようにピンと立っていた。可愛い。撫でたい。駄目だショタ相手に不敬だわ。
「だから、あそこで姿を見られると困ったことになりそうでさ」
「それで隠れてたんですね……って、じゃあ村でも隠れるんですか?」
それは嫌だなぁ。寂しいし、辛いし、何をどうしたらいいか分からなくて頭がパンクしそうだし。うっわぁ……ナハトに頼り過ぎじゃない? この女。大丈夫か私。思い返すと、最初から駄目だったわ。もうこれどうしようもないな。これからもナハトに面倒をかけ続けることが確定した。
私が己の無能さに震えていると、ナハトは小さく首を横に振る。
「レイの側にいないと不安だからな。それは止めておく。……って言っても、それはそれで大変そうだけどさ」
「ナハトが隣にいてくれるなら、私はどんな苦労だって厭いませんよ!!」
「急に元気になったな」
そりゃあね! ナハトが隣にいてくれるなら百人力むしろ百万人力くらいあるからね! 心の栄養補給は万全だ。やはり、初対面のショタも可愛くて素敵でいい子だったけど、ナハトは格が違う。生きる糧と言っても過言ではない。それに。
「さっきまではやっぱり……ナハトが隣にいなくて、寂しかったんです」
ショタは二人もいたけど。ナハトも見守ってはくれていたけど。それでも、なんだか落ち着かなかった。あの子達も実に素晴らしいショタだったし、私のショタコン魂は確かに震えていたけど。それはそうとして、ナハトがいないと緊張するっていうか、心許ないっていうか。
「そうか……悪いことをしたな。これからは、できる限り隣にいるよ」
「そ、そこまで神妙に受け入れる必要もないんですけどね!」
明らかに考え込んでしまったナハトに、心配しないよう言い含める。全然納得していない顔をされてしまった。だよね! 今朝の私を見てしまったらもう、何言ってんだコイツとしか思えないよね!!
「側にいるために、隣にいるために、は」
低く、小さな声で呟いて、ナハトは軽く目を細めた。
「はい?」
「なあ、レイ。レイはさ、オレのことを下僕とか奴隷とか従僕とか、そういう存在として扱いたくないんだよな」
「血を吐きますね」
真顔で言い切る。想像だけでちょっと吐き気がした。喉の奥が酸っぱい。無理。地雷。そこそこクレイジーな返答だったけれど、ナハトは頷いて、だよなぁとだけ呟いた。私に対する理解が深い! 素敵!
「だけどさ、多分。この振る舞いを村の中でも続けると、オレは殺される」
「えっ、そ、そうなんですか……?」
「ああ」
私のせいで、殺されそうになるナハトを想像する。想像した。想像の中の私は、ナハトを庇って血に濡れていた。返り血で。なるほど、敵はすべて薙ぎ倒せ……と。
いやいや。流石に、私はショタコンなだけの一般女子高生だから、人を傷つけるのはなぁ。我が宗教の教えにも、人を傷つける時は己も同じ傷を負う覚悟でしろ、とあったし。うぅーん、謎にバイオレンス。
でも、まあ。ショタを殺そうとする相手に人権があるかって聞かれると、そこは疑問だし。うん。うん? 相手の人権を尊重しないならそれはもう己の人権を捨てたと解釈するぞ? 解釈違い? 知るか。
ふ、と。ふぅくんを刺そうとした女を思い出す。
あ、いける。殺意はある。武器と躊躇はない。私は多分、自分の中の信仰のために他を殺せる人間だ。今気がついた。やだ……神父様と同じ人種じゃん……。普通にやだ。なんで育ての親に似てしまったのか。しっかりしろ聖職者。私は聖職者じゃないけど。神父様の育て方が悪いんだよ。
でも、きっと。その場面で、覚悟を決めろと言われたら――私はできる。だから。
「私はナハトのために血を被る覚悟で、この手を血で汚す覚悟で進め、と」
「いや、どっちかというと血を吐く覚悟で進んでくれ。どうして殺そうとするんだ。どうしてそっちの方向に覚悟を固めようとするんだ。……本当にどういうことだよ。頼むから落ち着いてくれ」
あ、そっちじゃない? じゃあ、つまり……。
そこまで思考して、ざっと顔が青ざめるのが分かった。えっ、あっ、え!?
「――ナハトに傅かれて平伏されて敬語で話されるのを享受しなければならないということですか!!? 無理! 無理です! ごめんなさい許してください想像だけで今一瞬心臓が止まって花畑に立つシスターの姿が見えかけました!! シスターは生きてますけども!! 死ぬ! 無理!」
「レイならそう言うと思ったよ」
苦笑を深め、ナハトは小さく息を吐く。ああ、駄目だ。こんな顔をさせたくはないのに。私の我儘のせいで、こんな……でも無理だ。想像だけでもう吐き気がひどい。口元を押さえた。心より先に身体が拒絶してるの、ショタコンにしてもヤバくないかな。人間として駄目では……?
「でもさ。レイ」
ナハトが、目を伏せて、儚げに微笑んだ。息が止まる。心臓も止まる。急に人智を超えた美しさをぶつけてこないでください。普通に死にます。今一回心臓止まった! はいショタコン死んだよ! でもあまりの尊さに生き返った。不死鳥か?
「――オレは、レイの隣にいたいんだ」
肩が触れ合う距離だったということに、今更気がつく。それは、ナハトの手が私の腕に触れたからで。ついでに言うと、吐息がかかるような距離に顔が――っ!!?
私が死ぬ。っていうか心が死にそう。今日は私の命が軽い日だなぁ、あっはっははは。落ち着け。無理。無理でも落ち着かなきゃ、意識が向こう側に行ってしまう。そう、ショタの魅力でも考えて落ち着かなきゃ……っ!
ショタ。そう、最も魅力的なショタと言えば、目の前にいるナハトに決まっている。近くで見るとナハトの綺麗さが際立っていることがよく分かった。あの二人もショタだったけど、ナハトはショタの中のショタ……ショタコンである私からしてみれば神に等しいレベルの美しさだ。
賢くて可愛くて美しくて、何かもう一粒で一年くらい過ごせる完全食(とても美味しい)みたいな感じだ。どういうことだ。気が狂ったか、私。でも聞いて。ナハトの魅力を聞いて。この魅力を世界に知らしめたい。
造形美から始まり、仕草すべてに未成熟な年頃特有の無邪気な愛らしさがあり、性格は優しく声は澄んでいて何より私のことを必要としてくれている。何だこの生き物。神かよ。
……妙な方向に高速回転し始めたこの思考は、紛れもない現実逃避であった。分かる。自分でもう分かる。そして、そんなものは長く続かない。結論。
一拍。否、ほんの数刹那後。私は――壊れた。
「ま、えっあ、ぁ、あ! ちょ、離れ……っ! ま、ぁ、ひ、ぁあぁあああ!!」
「頼むよ、レイ」
「みみ、こ、……っいき!! やめ! ぁあひぇあ!!」
吐息がかかる距離どころか、耳に直接声を注ぎ込むような呼び方はやめてください。死にます。何? 何この状況。天国なのか地獄なのか判断できない。何この幸せな地獄もしくは絶望的な天国。
ナハトは自分の存在が私特効だという事実をどうか心に刻みこんでいただきたい。そして、軽率にこのショタコンを殺そうとするのをやめてください。死んでしまいます。
私の顔色が不味いことになっているのに気がついたのか、ナハトは少しだけ離れてくれた。よかった! 息ができる! 生きてる!!
「……ごめん、ちょっと近すぎたな」
「距離を詰めがちなナハトも可愛いですけど! 好きですけど! それはそうと! 私の息の根を丁寧に止めようとするのはやめてください!!」
あまりの仕打ちに、私は警戒を顕にして距離を取った。それを見て、ナハトは悪戯っぽく笑う。そんな顔しても! 私は許しませんからね! だけど可愛い!! 好き!
「ちょっと、レイの頭が回ってないうちに了承させてしまおうかと思ってさ」
何それ私の弱点を的確に突くとか賢すぎでは……? 私は恐れ慄いた。もしくは、私が分かりやす過ぎるのかもしれないけど。どっちだ。多分どっちもだ。
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