ショタと眠る
一枚しかない毛布に二人で包まって、座り込む。……正直に言おう。こんなにショタが近いと緊張する。ショタに触るのはショタコンとして本当はNGなので、本当に吐血しそう。今日散々触っておいて何言ってるんだって感じだろうけど、流石に同衾はちょっと……ボーダーラインぶっちって崖下落下真っ逆さまみたいなものだから。
あと、それから。……何がいい匂いする。駄目だショタの匂いを嗅ぐのは人間として駄目だ!! あと、私臭くないよね!? 平気だよね!?
(あぁあああ……! 駄目だ、寝れない。無理。むしろ永眠しそう。安らかに永眠できそう。やっぱり、ショタが側にいると心が豊かになる。そう、ショタは天使であり世界であり希望。愛しい。でも無理。本当に無理。ショタコンとしてここまでショタが近くにいると色々と無理……っ)
今日出会ったばかりのショタと同衾するショタコンが挙動不審になっていると、途中から意識さえしていなかった天使の猫耳がペタンと伏せられているのが分かった。猫可愛い。いやショタは猫じゃない。でも私は猫派。心底どうでもいい。駄目だ頭が回らない。
「レイ」
「はいぃ!」
「……声が大きい」
ごめんなさい。割りと本気で嫌そうな声色だったので、ちゃんと声のボリュームを絞って謝罪する。近くで大声出されたらそりゃ嫌だよね。ごめん。でも今いっぱいいっぱいで。
「野宿は辛くないか?」
「野宿自体は平気です」
ただ、ショタが私の腕の中――そう、腕の中だ。毛布を二人で使うなら、肩を寄せ合ってだと思ったのに。何を血迷ったか、ナハトは私の腕の中にいる。ちゃんと、足の血流が滞らないように気も遣ってくれている。
本音を言うと、そこで気遣うくらいなら横にいてほしい。本当に、ショタコンの前でそういうことしないで欲しい。私の心の花畑が満開通り越して空にまで花が舞うレベルなんですけど。本当に。無理。死ぬ。安らかに死ぬ。いや駄目だ馬鹿。今死んだらナハトのトラウマまっしぐらだから死ねない。
「野宿以外につらいところが、あるか?」
「あっ、いえ、えっと、あの」
「……そうか。毛布が小さくて、ごめんな。もし嫌なら、オレは毛布がなくても平気――」
「――風邪引いたらどうするんですか! ちゃんと温かくしないと駄目なんですよ!? 夜は冷えるんですからね……っ!」
馬鹿。私が馬鹿。でも、私の辛さ(という名の興奮と喜び)よりもショタの体調と快適さの方が重要だ。だから、平気。心頭滅却すればショタの匂いもまた無臭。私という人間の気持ち悪さがそろそろ天元突破しそう。
「レイ」
「はい?」
「……寝るまで、話でもしていていいか?」
「いくらでも話してください。ナハトの話なら、下らなくてもちゃんと聞きますよ」
真剣そうな声色だったので、迷わず受け入れる。ナハトから、苦笑の気配が伝わってきた。ごめん。でもこれが私だ。
「……本当は、さ。野宿でよかった、とも、思うんだよ」
「そうなんですか?」
ぽつり、ぽつりと。ナハトが言葉を紡ぐ。子守唄のように優しい音で。でも、眠らないでほしいと伝えるように小さく震えながら。
「ああ。オレは、多分、怖いんだ」
「何がですか?」
一拍だけ、彼が息を小さく吸って吐いた。それは、躊躇いだったのだと思う。私に伝えるべきか否かを思考する、その一瞬。彼は私に気づかれないように隠れて、強く拳を握っていた。相手がショタでなかったら私も見逃していた。気づかれたくないなら、気づかなかったふりをしよう。それでも、目にだけは焼き付ける。
「オレが、本当に、レイにとって足枷でしかないと気づかれることが」
そんなこと思わないのに。という言葉は、ナハトの心にはきっと届かない。私は平和な現代日本で生きてきた軽薄かつ軽率なショタコンで。ナハトが抱えてきた絶望も悲嘆も何も知らないから。
でも。
私にも言えることはある。誓ったのだ。ナハトとずっと一緒にいる、と。約束は守るものだ。誓いは果たすものだ。だから。口にするべきはきっと。
「……もしも、村の人たちが、ナハトにひどいことをするなら」
教会にいたころの夜。闇が怖いと怯える子供を抱き締めるのは、いつも、一番お姉さんな私の役目だった。その時のことを思い出して、でも、いつもよりもずっと柔らかく。私はナハトを世界から覆い隠す。
「それくらいなら……ずっと野宿でも、いいんだよ」
苦笑の気配。うん。それでいいよ。ナハトは信じなくていい。ただ、私が馬鹿なこと言っていると思ってくれればいい。
でも、本気だ。嘘なんて一つもない。
私を見つけてくれた。私を助けてくれた。私を。……こんな、私を。
必要として、くれた。
彼がショタ、だからではなく。それだけではなく。いやそれもあるけど。ショタじゃなかったらそもそも話さえしてなかった可能性もあるけど。そうじゃなくて。
私が必要だと。利用するためだとしても、利用すると宣言した上で私を必要としてくれた。
だから、私はナハトが大事だと。多分、今日出会ったばかりの子供に向けるには些か凶暴に、私はそう思う。
知らなくていい。気づかなくていい。ただ、世間知らずなお人好しの戯言だと思ってくれればいい。
「レイは、オレに甘いな」
「はい。とびっきり」
ひとりはいやだ。さみしいのはいやだ。わたしをひつようとして。わたしをひとりにしないで。なんでもするから。いらないっていわないで。たたかないで。どならないで。うまれてきたことがまちがいだったなんて、いわないで。
ああ。愚かな子供が泣いている。
頭の裏側で、私が殺した幼い過ちが泣いている。
「だから、心配しないでください」
この世界に一人ぼっちの私は、ナハトに縋らないと生きていけない。だから、本当は。見捨てられるのを恐れるのは私で、足枷でしかないと気づかれることに怯えているのも、私。
「ずっと一緒だと、言ったじゃないですか」
世界から、この小さくて美しい少年を隠すように。私は毛布で彼を包む。奪わないで。奪わないで。私の手には他に何もない。
帰る場所はないの。帰りたいとは思っちゃ駄目なの。欲しいものもないの。願うほどこの世界に望みもない。ただ、この子が愛しい。それだけだ。それだけでいい。
抱え込む温かさと、一日歩き通しだった疲れのせいで、私の瞼はすぐに重くなる。空の色も。火の赤も。木々のせせらぎも。私の生まれ育った場所と同じなのに、どうしてこうも遠いんだろう。
ただ、この体温だけが、鮮明だ。だから。
ああ、今日はきっと、悪夢なんて見ない。
そんな気が、する。
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