第14話 前期試験

「さて! そろそろ前期試験の時期になりました!」


 学院生活に慣れてきた頃。

 いつもの朝礼時にミノリが元気そうに伝達事項を伝える。ようやく先生っぽく見えてきた気が……しなくもない。

 

 どちらかと言うとミノリの事は先生というより友達と言った方がしっくりくる感じで、皆お互い名前で呼んでいるくらいだ。

 そして突然の発表に教室内はざわついていた。


「ミノリ先生が担当するのー?」


 学院生の一人が質問する。同じことを思っている人も多いらしく、皆興味深い様子でミノリの反応を待っているようだ。


「ん~私も担当しますが全員を、というわけではありません。今から説明していきますね」


 その言葉と同時にミノリが杖を取り出し軽く上に振ると、前期試験という文字が魔法板の上に浮かび上がってくる。


「まずこの前期試験ですが、学院生と騎士、ペアで行ってもらいます。えっと、同時に試験が行われると思ってください」


 魔法板にお嬢様? らしき絵と騎士のような絵が浮かび上がる。少しデフォルメされていて人形みたいだ。


「試験内容は後ほど発表しますが、調達任務や護衛任務、討伐任務だったり、ペアによって様々です。採点基準や方法は皆さんには内緒なので、最後まで気を抜かず頑張ってくださいね!」

「先生はついてこないんですかー?」


 また別の学院生が質問をする。


「それは内緒ですっ! もしかしたらずっと側にいるかもしれませんよ~」


 脅かす言うミノリ。だが教室内全員、可愛いという印象しか持たれないだろう。皆の目が心なしか生暖かい。

 それに気づいたミノリは、おっほんと大げさにせき込むと話を続ける。


「というのもですね、先程説明しましたがペアによって試験内容が変わるので、採点する方も変わる可能性があるという事ですね!」


 再度ざわつく教室内。どれも初めての試験に心躍っているようだ。


「あ、言い忘れていましたが、残念ながら試験に不合格になったペアは、試験後にある前期休暇、全て補講になっちゃいます……それと、試験結果も学院内に張り出されるので、頑張ってくださいね♡」


 教室内が先程とはまた別の意味でざわついた。嘘だろー! ペアで補講なの!? など、どれも悲しい雄叫びである。


「はい! では試験内容を別室で発表していきますので、名前を呼ばれたら隣の部屋に来てくださいね」


 そう言うと、一組目の名前を伝えて、一緒に教室から出ていくミノリ。


「試験ね~大変そうだな」

「何他人事みたいに言ってるのよ、クロトも頑張りなさいよね」


 大丈夫かしら……と俺の隣で呟くシロナ。

 普段だと魔法関連の試験になってしまうとお手上げだ。しかし今回は騎士とお嬢様のペアなのでどうにかなりそうではあるが……。


「ま、気にしても仕方ないだろ」

「そうだけど、シュヴァリエール家として補講は許されないんだから……。あと休暇がなくなるのは嫌じゃない……?」


 もじもじと言うシロナ、それが本音っぽい。

 俺からすると、休暇があろうがなかろうが予定等はないのであまり関係ないんだが、そんな事言うと面倒になりそうなので黙っておく。

 そんな事を話していると、ミノリが俺たちを呼び出した。


「次はシロナさんとクロト君どうぞ~」

「はい! ほら、クロトいくわよ」


 二人で席を立ち隣の部屋へと入る。

 部屋と言っても準備室みたいな所で、両サイドには何かの魔法具が色々と入った棚があり、中央に机が一つと、その前には椅子が二つ並んでいた。


「はい、ではそこに座ってください」


 にこにことした表情でミノリが言うと、俺とシロナは言われた通り机の前に座る。

 俺たちが席に着くと、机に置いてある紙をめくり確認しながらミノリは話し始めた。

  

「ではお二人の試験内容を説明しますね……えーっと商人の護衛任務……ですね」

「護衛……ですか?」


 シロナが不思議そうにな表情で答える。


「はい、アーツの商人からの依頼みたいですね。本来ならば街で護衛を雇うみたいですが、今回特別に学院の試験に協力してくださるとのことです」


 商人がわざわざ手慣れた護衛を雇わず、学生を選ぶのか……。

 恐らく、学院生のお嬢様に取り入ろうとかそういう魂胆だろう。なるほど商人らしい。

 続けてミノリが説明を始める。


「アーツで協力してくださる商人の方と合流し出発。直ぐ近くにあるアトラク山脈へと向かいます。そこを越えるとフォセットの街へと到着すると思うので、恐らく1日もかからないでしょう」

「商人……というと馬車がありますよね」

「そうですね、資料を見る限り……馬車に、商人の方が1名です。馬車の中身は主に食料と魔法具だそうです。他に何か質問はありますか?」

「商人の等級を教えてくれ」


 最悪の場合自衛してもらう可能性もある。少しでも知っておきたい。

 

「えっと……第5等級ですね。あ、備考欄に『戦闘行為は無理』とありますね」


 それと同時に商人と思われる顔写真が入った紙を見せてくる。

 黄色の帽子をかぶった髭の生えたおっさんだった。いかにも商人といった感じだろう。


「……なるほど了解した」

「2日後、第2区画の城下街入口前で10時集合予定なので遅れずに来てくださいね、また何かわからない事や質問があればいつでも来てください」

「わかりました、では失礼いたします」


 シロナが挨拶すると同時に席を立つ。ミノリが頑張ってね~と手を振りながら見送っていた。

 廊下に出た途端、シロナが安心した様な声で俺に話しかけてくる。


「大した試験内容じゃなくてよかったわね~アトラク山脈なら出ても魔狼かスカルイーグルか……強くてもビッグベアくらいで、私たちで十分対処可能だわ」

「だといいがね……」


 以前あった森の1件もあるので用心に越した事はないだろう。

 

 


 そして試験当日の日がやってきた。

 指定された時間に俺とシロナは城下街入口前にやってきた、シロナと俺は普段通り学生服だ。

 辺りを見回すが前回来た時と同様、城下街の人々は活気を見せている。

 暫く入口で待っていると、写真で見た印象通り小太りの商人が馬車に乗りやってきた。

 俺たちに気づくと馬車を止め、いそいそと駆け寄ってくる。


「これはこれはミス・シュヴァリエール嬢クロト・ムラマサ様。本日はよろしくお願いいたしますねえ」


 黄色の帽子を脱ぎへこへこと自己紹介を始める商人。


「シロナ・シュヴァリエールです、こちらこそよろしくお願いいたします」

「よろしく」

「ささっ! お二人共中に入って! フォセットへは暫しかかりますが、ごゆるりと中でおくつろぎ下さい!」


 接待の様に馬車と案内する商人。俺たちは戸惑いながらも馬車の中へと進む。

 後ろから幕を上げ中をのぞくと、外装からはとても想像できない内装になっていた。

 床には熊か何かの毛皮だろうか、床全体を覆うほどの大きさの物が敷いてあり、その上にはどれも高価そうな小さなテーブルや棚、その中はワインやらお菓子やら、とても馬車とは思えない空間となっていた。


「あの…荷物の護衛と聞いていたのですが……」

「いえいえいえ! とんでもございません! お嬢様方は到着までごゆっくりとこちらでお休みになられて結構ですので!」

「え、ええ……ですが一応試験という事になっておりますので……」


 予想だにしていない展開に戸惑うシロナ。

 しかし商人は表情を崩さず満面の笑みで答える。


「存じておりますとも! ご安心なさってください! 結果はすべて満点とご報告しておきますので!!」

「は、はぁ……」

「今日通るルートも既に先の手の物が安全か確認済みです!」


 不安に思っているのかシロナが思念で俺に話しかける。


「――ちょっとクロト! いいのこれで!?――」

「――いいんじゃないか? 楽出来てよかったじゃないか――」

「――それはそうだけど……もしかしてこれも罠で試験の内だとか―」

「――それはないな、こういう奴はどこにでもいるもんだよ。心配ならサイドスキル使ったらどうだ――」

「――んークロトがそこまで言い切るなら……信じるわ――」


 思念を終え、俺は商人に詰め寄りひそひそと話しかける。


「いやー俺達としても助かるんだけどな、しっかし内装変えたり、ルート安全確保したり金が沢山かかっただろうな」

「いえいえ! 私としても勉強させていただくという事で!」

「で、いくらもらったんだ?」

「はて? 何の事でしょう?」

「さっき馬車に学院の証書と金袋がしまってあったぞ」

「馬鹿な!? あれはすでに預けて……! ……あ」

「結構ありそうだな。ま、こっちは楽出来ていいんだけどな」


 してやられたという顔をしている商人。まぁここまでしておいて無償という事はないだろう。

 ともかく試験の内ではないという事がわかったので、シロナは馬車でゆっくりさせておくのが一番か。


「兄さんやりますね~最近の騎士ってのはずる賢いもんなんですかい?」


 急に態度が変わる商人。これが素の姿なのだろう、こっちの方が俺からしたらしっくりくる。


「いいや、俺が特殊過ぎるだけだよ」

「そうですかい、これは本当に勉強になりましたな」

「それと俺は山脈からは念のため後ろを歩かせてもらう」

「へぇ? 別に構いやしませんが、さっきも言った通り安全確保はできてますぜ?」

「んーなんとなくな、気にしないでくれ」

「へい、まぁお好きになさってください、では出発いたしましょうか」


 商人はそう言うと馬車へと戻り、馬を走らせようとする。


「どうも嫌な予感がするんだよな~」


 俺の直感がそう言っていた。


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