第13話 黒姫
『どうした? 何をぼーっとしておる?』
突然喋りだした刀。あまりにも唐突すぎる現象に一瞬脳がフリーズしていた。
おそらく黒姫の声? で少し正気に戻ると、とりあえず意思疎通できそうなので返答してみる。
「えっと……黒姫さんですか?」
『なんで急に敬語になっとる? まぁいい。如何にも! 我が黒姫であるぞ!』
偉そうだ。刀なのにすっげー偉そうだ。
そもそも何で幼女の様な声をしているのか。そして何故年寄り口調なのか疑問が沢山あるが……。
「あ、ああ少し混乱していてな、えっと……カタナってのはみんな喋るもんなのか?」
『いいや? 極めて特殊じゃろうな』
「そ、そうなのか、俺の数少ない常識が崩れなくてよかったよ」
『変な奴じゃの』
寧ろこの状況を冷静に判断できる奴を教えてほしい。
一先ず一番気になっていた質問を黒姫にしてみる。
「さっき契約完了って言ってたが……」
『そうじゃそうじゃ! お前さん全っっ然声が届かなくて、どうしようかと思っておったぞ』
「声? 今聞こえているぜ……?」
『それはお前さんが血を我に与えたからじゃ、それ以前にお前さんの魔力を通じて話しかけておったが、全く通じん! どういうことじゃ!』
「あーそれは俺に魔力自体がないからだな」
『魔力がない?? 馬鹿な事を申せ、赤子でさえ魔力そのものはあるぞ?』
「まー俺も特殊な奴ってことさ」
『難儀な奴じゃの~まぁいい。話は戻るが先程、偶然にもお前さんが我に血を与えたことによって契約完了されたのじゃ、その証拠に声も聞こえるし少しは扱いやすくなったじゃろ?』
混乱して気付くのに遅れたが、先ほどまで感じていた重さが無くなっており、まるで羽のように軽かった。
しかし、急に契約と聞かされているこっちの身にもなってほしい。
「いきなり契約とはな」
『声が通じんお前さんが悪い。なに、契約と言ってもそんなに難しい事ではないぞ、単に妖……こっちで言う魔物を斬ってくれればいいだけじゃ』
「そんなんでいいのか? 毎晩血を捧げろ~とか生贄を~とか言ってくるかと思ってたぜ」
『我を何だと思っておるんじゃ?! 血が必要なのは契約の時だけじゃ!……まぁいい、魔物を斬ってくれればそれだけ魔力が我に入ってくるからの、食事の様なものじゃ』
「まぁ俺としても斬るものを探していたから別にそれはいいんだが……なら、代わりに黒姫は何をしてくれるんだ?」
『我を使用する事を許可しよう!!』
「拒否で」
『しかし呪われて外せない!』
「……」
『……嘘だからの?』
「まじでびっくりしたからな!? まぁいい、ちゃんと斬れるなら問題はない。少しおまけが憑いているようなもんだろ」
『うまい事言うの、お主』
「なんで分かるんだよ……」
『とりあえず主様……と呼ばないといけないの。よこれからよろしくなのじゃ!』
「主ねぇ」
姿は刀のままだが、嬉しそうな声で話す黒姫。
「そういえば、何で俺なんだ? ここに来るまでに魔力持ってそうな奴が沢山いただろ?」
アリスが持ってきたとなると、それまでにいくつもの人の手に渡ってきたのは想像できる。
『素質がなければ我を使うどころか、魔力を全て吸い取られて廃人になる恐れがあったからな、見極めておった所で主様に会ったのじゃよ』
「……さらっと恐ろしい事言うよな」
『なんじゃ~最初は綺麗って褒めてくれておったのに~……安心せい、何故かはわからんが主様は大丈夫じゃよ。魔力その物がないのに我を使えるなんて、可笑しい話ではあるがな』
「お、おう? よくわからんがそれはよかった」
『その代わり普段は寝させてもらうからの。主様の魔力がない分、常に起きていては肝心な時動けないからの』
「寝るってどういうことだ?」
『こういうことじゃ』
黒姫がそう言うと、持っていた刀が突然消えてなくなった。
「消えたぞ!? どこにいったんだ?」
『ここじゃよここ』
消えた黒姫の声が急に右耳から聴こえてくる。それも、もの凄く近くに。
まさかと思い俺は部屋にある鏡を見て自分の右耳を確認すると、小さな三日月型の黒いイヤリングがいつの間にか付いていた。
『本来ならば消えることも可能なんじゃが、主様が魔力が使えない事を考慮してこの姿になったのじゃよ、この状態の時は我から話しかける事はあまり無いと思ってくれ』
「わかった。しかし常に持っていなくていい分便利ではあるが……急に刀が出てきたら怪しまれないか?」
『何を事言っとる、騎士は見習いであっても契約しておれば、武器収納の魔法くらい使えるぞ?』
まじか、知らなかった……確かに、他の騎士はいつ武器を持ってきたのだろうとは思っていたが、あまり他人に関心がなかったもんでそこまで気に留めてなかったんだよなー。
「なんだ、ならいつ呼び出しても大丈夫ってことか」
『我に感謝するがよい』
「へいへいっと、後は何が出来るんだ?」
『魔力を使用しているものをある程度は切る事が可能じゃ、これは主様の力量次第じゃが……いや、心配なさそうじゃの。後は魔物に対してはよく斬れるぞぉ〜』
「それはすげぇな……」
魔法を斬れるとなると軌道を逸らすことも可能と言うことだ。色々試してみないとな……。
「わかった、とりあえず一度試しに使ってみるか」
『そうじゃな、我も主様と契約して大体のポテンシャルは把握できるが、実際にどこまで出来るか見てみたいしの』
「そんなのもわかるのか……ま、大したことないだろ。刀とか初めて触るし」
『馬鹿言え、主様が大したこと無いならそこらへんの騎士など雑草以下になるわ』
「雑草って酷いな……」
『事実じゃ、さてどうするんじゃ?』
「そうだな……できれば学園内で済ませたいが……」
学園外に出る事は可能だが、その場合申請がいる上に、シロナにも事情を説明せねばならない。今あいつはお友達とお楽しみ中だしな。
「お! そういえばあいつが使えそうだな」
俺はとある人物を思い出したのである。
「で? それが僕なわけ??」
学園の中庭で大きく太った体格の騎士らしい男が、ペロペロと何かカラフルで大きな飴を舐めている。
そう、野外実習のときのデブ騎士だ。
土属性が得意と言っていたのを思い出して呼び出したのである。
「そういうこった、少し頼まれてくれないか」
「大事な話があるって聞いたのに、何でクロトの手伝いをしないといけないんだよ」
心底面倒そうな顔をしているデブ騎士。このままではすぐ帰りそうな雰囲気だ。
「俺は知り合い少なくてな。それにこの前、お前シロナ見捨てて逃げたろ?」
「ちちちち違うよ! あれはお嬢様の安全を第一にしてだね」
「俺は別にどうだっていいが、シロナはいい気分しないよなーお前のお嬢様に対してどういう印象を持つかなー」
「ぐ、ぐぬぬぬう」
「協力してくれたらシロナに良いように伝えてやるんだけどなー」
「わかったよ! やればいいんだろ!!」
観念したようにがっくりと項垂れるデブ騎士。
勝った。シュヴァリエール家万歳。
「それで、ここらに石の柱を幾つか立てればいいんだっけ?」
「ああ、それと一つは強化魔法で硬くしておいてくれ」
「注文が多いなー今回だけだからな!」
渋々と土魔法で柱を作り強化し始めるデブ騎士。中央の柱には、何か透明な壁に包まれた様なエフェクトが発生し、強化されていることがわかる。
そう簡単に傷が入りそうにない感じだ。
「終わったよ、もう帰っていいよね」
「ああ、とりあえず1時間くらい経ったら戻ってきてくれ、中庭を元に戻してもらわないといけないからな」
「ほんっと君は面倒なやつだな!!」
流石に中庭に幾つもある柱をそのままにしておくわけにはいかないだろう。
デブ騎士はしぶしぶ承諾し、項垂れながら学院の中へと戻っていった。
それを見届けると、俺は黒姫を呼び出し刀を実体化させる。するとすぐ黒姫の声がした。
『何かかわいそうに感じるぞ……』
「いいんだよ、これで逃げた事はチャラにしてやるんだから、あいつもその事を気にしてたみたいだしな」
『(……意外と優しい? のかの)』
俺は中庭に立てられた幾つもの柱を見渡す。
どれも同じ長さと太さをしており長さ4m程だろうか、太さも大樽3つ分くらいの大きさだ。その中央には強化された柱が一本立っている。
「とりあえず軽く撫でてみるか」
俺は刀を構えつつ、素早く前へと飛び出た。
*
「ったく、シュバリエールお嬢様の騎士じゃなかったらあんな奴!」
手に持った飴を舐めつつ悪態を吐きながらデブ騎士は、言われた通り1時間程経った後、柱を立てた中庭へと向かっていた。
全く何のために柱なんか立てたのか、元に戻すこっちの身にもなって欲しい。
1日6食食べる僕は忙しいんだぞ! デザートのデザートが待っているというのに!
色々と文句が浮かんでくるが、中庭に到着した瞬間、その考えは全て消え去った。
「一体……何があったんだ……」
予想だにしなかった光景に、思わず持っていた飴を地面に落としてしまう。
地面から柱まで、全てに何かに切られた……いや抉り取られたと言ってもいい様な跡が無数に付いている、それも一定方向だけではない。
上下左右あらゆる角度から斬り込まれた跡。石で出来ているというのに柱の中心部分までその傷は及んでいる。
それだけではない、真っ二つに割れているもの、五等分にされているもの、柱から地面まで抉れている物等、無数にあった柱は、どれも原形を留めていなかった。
「風魔法でも先生が使ったのかな……でもここまで切れる物なのかな……」
など考察していると、ひとつだけ無傷の柱を見つける。
そう、強化してあった柱だ。
「嫌がらせも込めて、ありったけの力で強化してやったんだ! 流石にこれは大丈夫だったね!」
そう言い、柱に触れた瞬間だった。
先ほどまで傷一つないと思われていた柱が中央部分から斜めに二つに割れ、ゴゴゴゴと柱の重量感を示すような低い音を立てながら滑り落ちる。
それを見たデブ騎士は思わず尻もちをついてしまう。
そうだ。今日は疲れていたんだ、まだ2食しか食べでないからきっと失敗したに違いない。
「うん、僕は騎士だ。お嬢様みたいな魔法使いじゃないしこんなこともあるさ」
考えることをやめた。
時間はかかったが中庭を元に戻し(草がない部分はそのままだが……)大人しく3食目と4食目を同時に食べたのであった。
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