第12話 刀

「大した怪我がなくてよかったです……生徒達に何かあればお給……いえ、大変でしたね」

「あんた今給料って言おうとしただろう」


 先程の騒動から駆けつけたサースにある程度の事情を説明する。するとあわあわと慌てながら生徒が無事な事……? に安堵しているようだ。そういう事にしておこう。


「しかし何故ミス・ハートフルとアンティークさんがここに?」

「あ、あの空中に放たれた爆発を見て緊急事態と判断し、私がフルと一緒にここに駆けつけたのです」

「実際危なかったわよ〜」

「そうだったんですね……よい判断です。流石はハートフル家ですね、おかげで私も怒られずに済みそうです」


 本当に助かったと言わんばかりに大袈裟に言うサース。

 

「しかし何でこんな所にアンデットが出現したんだ? それにあの大きさと装備、俺達じゃなければ殺されていたぜ?」

「それは私にもわかりません、この森を選択したのも下級しか出ないと分かっていて選びましたし、そもそもアンデットが日中に出る事すら稀ですからね」


 うーんと悩みながら話すサース。


「第一それほど大きなアンデットが、そんな装備でいる事自体がまず変です……偶然ですかね?」

「偶然ねぇ……。あ、それとシロナを狙っていたように感じたな」

「ミス・シュヴァリエールを?」


 リーフも同じ事を思っていたようで、うんうんと頷いている。

 それを聞いてフードの下で何やら考察しているサース。


「……わかりました。取り敢えずこの件は学院長に報告しておきますので、皆さんはこのまま学院に戻って下さい、再び現れたとしても貴方達なら大丈夫でしょう。私は他の生徒と団体で戻るよう指示をしてきますので」 

「わかりました、じゃあみんな行きましょうか」



 サースの指示通り来た道を戻ろうとしたとき、俺は背後から微かな殺気を含めた視線を感じて咄嗟に振り返った。

 しかしそこにはサースしかいなく、特に変わった様子はなかった。


「……。気のせいか」

 

 俺は念のため広い範囲を警戒をしながら戻る事にしたが、それは杞憂に終わり無事学院へと帰り着く事ができた。

 んー何か引っかかる感じがするな……。




 学園へ戻る途中、フルは思念でリーフに話しかける。


「―リーフちゃん、今回の作戦……―」

「ーええ、私も状況をあの時見てびっくりしたけど、まさか一撃で倒せるとは思ってなかったよー」

「―あくまであの時は、次の回復呪文までの足止めをしてもらうだけの予定だった……そうよね?―」

「―その通りよフル。だけどまさか倒しちゃうなんて……弱っているとはいえ、あの大きさのアンデットを打撃で倒せるものじゃないよ―」

「―魔法が使えない代わりに凄く鍛えてるみたいね……彼いいわぁ♡―」

「―程々にね、それともう一つ。彼全く弱点が見当たらなかった……というより何もわからなかった―」

「―え!? リーフちゃんのサイドスキルでもわからなかったの!?―」

「―私も初めての事だからわからないけど、本来なら『魔法使用不可』とか出てもおかしくないんだけど……―」

「―彼、色々と謎よね……この前はランスちゃんにやられたって聞いたんだけど、今日の動きを見るからにわざとみたいね―」

「―シロナちゃんが選んだ騎士だから何かあるとは思ったど、面白いね―」

「―あんらぁ~♡ 気になるの? リーフちゃんもお・年・頃・ね♡―」

「―そ、そそそんなんじゃないよ!?―」


 怪しい目でクロトが見ていたのを二人は気づいていなかった。




 学園に戻り、数日が経った。

 サナナラの森での1件はひとまず森への立ち入りを禁止にし、野外での活動は必ず先生と生徒、騎士同伴で行われるようになった。

 シロナが狙われていた事に関してはまだ判断材料が少ないので一先ずはこのままということだ。

  

 そして学院が休みのある日。

 俺は特にやることもないのでいつもの自主練を終えた後部屋のベッドでくつろいでいた。

 シロナは友達と遊んでいるそうなので1日フリーってわけだ。

 

「さて……どうすっかね」


 ここ数日考えていたことがあった、以前の森での1件の出来事である。

 初めてアンデットと対峙したが、魔物を一撃で崩せなかったのは初めてだ。大抵は急所を狙えば仕留めることは容易だからである。

 だが今回はアンデット。今まで打撃系が確かに効きづらい相手もいたが、あそこまで効果が薄い事は初めてだった。大きさも原因とは思うが。

 魔法しか効かないゴーストが出なかっただけでもラッキーと思うべきか……。

 一人なら問題ないが、今までと状況が違う。護りながらとなると、打撃メインだけでは辛い場面も出てくるだろう。かといって魔法は俺には使えない……。

 

 対策を考えているとコンコンと部屋のドアがノックされた。

 

「ん? 誰だろうな?」


 シロナだろうか? 俺はベッドから起き上がりドアを開く。

 すると見覚えのあるウサギのようなカチューシャと何やら年季の入った長い木箱を持った青年が立っていた。アリスとランスである。

 何やら得意げな表情をするアリスと、見るからに面倒そうな顔をしているランス。


「いたいた、クロト・ムラマサ!」

「あー、槍の嬢さんか」

「何その槍の嬢さんって? ていうか言いにくいわねムラマサって」

「ならクロトでいいよ」

「あらそう? 助かるわ、それでクロトとシロナに用があったんだけど、シロナはどうも出かけているみたいね」

「あー、そうだろうな」

「だからクロトの所に来たってわけ、どちらにしろ貴方が使う事になるだろうから丁度良かったけどね」

「俺が使う??」

「そ、前にお詫びの品を持ってくるって言ったでしょ?」


 そういえば初めてアリスに会った時、そんなことを言っていたような気もする。


「というわけで……ランス、渡してあげて」

「ほらよ、少し重いから気を付けな」


 ランスはぶっきらぼうに長い木箱を渡してくる。


「おう、ここで開けてもいいか?」

「お好きにどうぞ」


 俺はそれを受け取ると、重りでも入っているのかと思うくらいずっしりとした重量感を感じた。お言葉に甘えて俺はその場で箱を開封してみる。

 そこには恐らく鞘に入っているであろう、剣? らしき物が丁寧に包まれていた。早速鞘から刀を取り出す。

  

「……綺麗だ」


 真っ先に出てきた感想はそれだった。

 よく使用される真っ直ぐで両刃の剣とは違い、斬ることに特化されたような片刃で反りがある刀身。

 その傷一つない刃はすべて黒く輝いており、持ち手と思われる部分は黒と赤い糸の様な物で、芸術品の如く丁寧に編まれていた。


「お父様が送ってきてくれた東方の武器でカタナ? って言うらしいけど、どうも普通の剣と違って細くって……ランスはいらないって言うし」

「こんな細いもん使えませんぜお嬢? それに俺には自慢の槍がありますから」

「……という具合でね、鑑賞用にするのも勿体なかったし、クロトが東方から来たって聞いてたし丁度いいかなって」

「本当に貰っちまっていいのか?」

「ええ、お詫びの品って言ったしね。飾られるよりいいと思うわ、私のサイドスキルで見た限り相当な物よ、その剣」


 どうやらアリスのサイドスキルは物の何かが見える様だ。価値か強さなのかわからないが、そういうならその辺の物とは比べ物にならないだろう。

 そこまで武器に詳しくない俺でも相当な価値があるとわかるくらいだ。


「あとそのカタナ、黒姫って言う名前らしいわ」

「ふーん、剣に名前がついているのか。ま、いい名前なんじゃないか?」

「私が付けたわけじゃないけどね、お父様もこれを偶然入手したときに言われたらしいんだけど『名前』が大事な物らしいわ。珍しいわよね」


 愛着がある奴は剣に名前を付けたりはする物もいるが、最初からついているのは珍しい。


「ま、ちょっと訳アリらしくて、何やら夜な夜な女の子の声がするとか、ひとりでにカタカタ動くとかあるみたいだけど」

「そんなもんを寄越すな」

「ま、良い物には変わりないから! というわけで今後ともよろしくね~」

「……まぁいいさ」


 アリスとランスが去って行こうとするが、俺はとある事を思い出した。


「忘れてた、ちょうどいい機会だ! おい~槍使い」

「ん? 何だ俺の事か?」


 ランスがこっちに戻ってくる。


「ちょっと後ろ向いてみ」

「何なんだよ一体……」


 律儀に後ろを向くランス。

 そして俺はランスの尻に向かって、足を大きく振りかぶり、前方へ蹴り上げた。


「いってええええええええええええ!!!」


 廊下で絶叫するランス。ある程度抑えた方だが、相当痛かったらしい。尻を両手で抑えている。


「何すんだ一体!?!?」

「この前いい夢見れたからお返し」

「わっけかわんねぇよ!?? いい夢なんだろ!?!? ったく勘弁してくれ……」


 ランスも実技の事があるからだろうか、それ以降何も言わず、とぼとぼと去って行った。

 アリス達が去っていき、俺は扉を閉じると刀の入った木箱をテーブルの上へ置いた。


「さて……俺もカタナってやつは初めて見るが……」


 箱から取り出し色々な角度から黒姫を眺める。

 ずっしりとした重さだが、決して折れる事がないような力強さを感じる。


「丁度武器か何か使おうと思ってたんだ、色々試してみるか」


 打撃だけでなく、斬ることに特化したものが欲しかったので好都合だった。

 この重さには慣れが必要だが、大剣やハンマー程はないのでさほど時間はかからないだろう。


「とりあえず一番は切れ味からだよな……っと」


 どこで試し切りをするか考えていると、無意識に軽く刀身に指を触れていたようだ。いつの間にか指から血が刀身を伝って鍔まで滴り落ちていた。

 それに気づいた俺は、血を拭き取ろうと身近にある布を取ろうとした時だ。


『待っていたぞ!! 契約完了じゃな』


 普段そこまで驚かない俺がビクッ! とした瞬間であった……。

 なんと、奇妙な事に刀から女の子の声がしたのである。


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