第15話 前期試験Ⅱ
城下街から出発し、試験が一応? 開始される。
商人は馬を引き、俺たちは言われた通り馬車の中で寛いでいた。
俺もシロナも最初は馬車の窓から外を眺めていたのだが、シロナの方が先に飽きたらしく、俺に話しかけてくる。
「何もしなくていいというのも退屈ね」
「いいじゃねぇか、俺は毎日でもこうしていたいぜ」
「相変わらず呑気なものね……。そういえば、こっちに来てから無属性の事とか学院のことで忙しかったから聞きそびれていたんだけど……」
「まてまて、此処でそんな簡単に無属性の事話していいのか?」
「少しの間魔法で遮断してるわ。外の商人に聞こえないわよ、念話で話す内容でもないしね……それでクロトに聞きたいんだけど」
「何だ?」
「クロトは第3区画でどういう生活をしていたの?」
「どうって言われてもね……」
「第3区画のことは知っているわ、身をもって体験もしちゃったしね……。だからこそ聞きたいのだけれど」
シロナの目が真剣になる。これは冗談などで返せそうにない雰囲気だ。
「学院生活での事よ、態度はまぁこの際置いといて……その他ね。急に第3区画から連れてきて色々心配だったのだけれど……食事は何故か他の貴族と謙遜ないくらいに綺麗に出来てるし、学業もこなしてる」
「いやいや、そんなこと……」
「普通はできないわよ?? 第2区画の人でも殆どは出来ないことをクロトは出来ている。第3区画の貴方が」
「……」
「ずっと気になっていたのだけれど、なかなか聞く機会がなくって……」
「そうか……ってもそんな大した事はないんだけどな」
俺は両手を頭の後ろに組み、床に寝そべる。
「俺には両親がいない。いない……というか、わからないと言った方が正しいか」
「どういうこと……?」
「小さい頃の記憶が無くてな、気がついた時にはもう第3区画にいたんだよ。両親の顔も全く覚えていないって変な話だろ?」
「クロトも記憶が……」
「ああ、その時俺の目の前にいたのが、じじぃ……ま、俺の師匠みたいな人だ」
「師匠?」
「育ての親みたいなもんだな、ちっとばかし過激すぎる教育だったがね……」
本当何度死んだと思ったことか。……あまりここを詳細に話すと変な心配をかけるしやめておくか。
「まぁそこは置いといて、その師匠の教育の一環として勉学にマナー……一通り学んだってわけさ」
「……こう言うのも失礼かもしれないけれど、第3区画にいるのマナーや勉強をするって少し変ね」
「ああ、普通はそう思うだろ? 俺もここで生きていくのに、そんないらないだろって思ったんだけどな」
第三区画でマナーなんて学んだ所で一生使う事はないだろう。寧ろ盗みの技術一つ会得した方がまだ有意義だ。
「俺も気になって聞いてみたんだが『人として生きていくことに必要な事です』だってさ。おまけに殺しも窃盗も絶対に許可しないと来たもんだ。当時の俺にとっては理解不能だったぜ……」
「え!? じゃあ食事とかどうしてたの?」
「毎度師匠が用意してくれた。どう見てもあの区画じゃ手に入りそうにないものばかりだったな。この時ばかりはマナーってやつに感謝したぜ」
「不思議ね、なぜそんな人がクロトと一緒にいたのかしら……」
「わからん。聞いたところで何も答えてくれなかったしな、殆ど謎だよ」
「クロトのお師匠さんか……なら感謝しないとね!」
「なんでだ?!」
確かに食事等は用意してもらっていたのは有り難いが、その他に関しては殺意しかわかなかったぜ。
「だって、その師匠さんのお陰で悪者にならなくて済んだってことでしょ?」
「確かにそうかもしれないが……」
グレーな部分が結構あるけどな。
「ならいいじゃない。きっとその師匠さんが居なかったらこうやって出会えなかった」
「そんなもんかね~」
「きっとそうよ。それで、後は…‥」
それからは他愛もない質問ばかり受け、その答えにシロナは色々な表情を見せていた。
一通り話すと、何かすっきりしたような表情で俺を見つめてくる。
「そう……話してくれてありがとう。まだ聞きたいことは沢山あるけれど、これからゆっくり聞いていくことにするわ」
「そうか」
「ええ。それに、サイドスキルに頼らず話すことっていい事ね、クロトと話すと何か落ち着くわ」
「特に特別な事は何もしてないんだがなー」
「クロトはそれでいいのよ」
「そうか」
落ち着くなんて言われたのは初めてだ。
自分からしても、どう見たってそんな感じには見えないのにな。ま、悪い気はしないけどさ。
「お嬢様方~そろそろ山脈に着きますぜ~!!」
話を丁度終えた所で、商人から声がかかる。
山脈のふもとに到着したようで、馬車が一旦停止する。
「それじゃ、俺は降りて後ろから付いていくわ」
「私もじゃあ一緒に――」
「お前は中でゆっくりしとけ、一緒に登っても体力が持たないだろう。いざとなったら出てきてもらう」
「……わかったわ、それじゃ、お言葉に甘えるわ」
シロナからよろしくね、と声をかけられて俺は馬車から降りる。
山脈と言ってもそこまで標高が高いという訳ではなく、気候もよく見晴らしがいいので特に危険な場所はなさそうだ。
商人は俺が降りたことを確認すると、ゆっくりと馬車を進める。
緩やかな道から段々と登るにつれて道も狭まってきているが、今の所魔物に出会うこともなく、順調に進んでいる。
そして馬車が3つほど並ぶくらいの崖道へと差し掛かった。
(ルートを先に確保していた、と言うのは本当みたいだな、このまま無事済めばいいが……)
など思考していると、馬車からシロナが下りてこようとしていた。
走行中の馬車から器用に飛び降り着地する。
「やっぱり一人で中にいても退屈ね、折角だし私も歩くわ」
「そうか、何ならおぶってやろうか?」
「……お願いしてくれたらやってくれるのかしら?」
「断る」
「知ってた、何かクロトの事段々わかってきたわよ……」
やれやれといった表情をするシロナ。
生意気な奴め、本当におぶってやろうか。
そう思った瞬間だった。
先程まで一切なかった不審な気配を察知する。
俺は冗談帯びていた表情から変わり、目を閉じ辺りを警戒する。
「上か……、魔物か? いや、これは人間特有の気配だな……。数は……4、いや5か」
急に態度が変わった事に驚いたのか、シロナが不思議そうに尋ねてくる。
「急に真面目な顔をしてどうしたの?」
「シロナ、いつでも詠唱できるようにしておけ」
「えっ!? それって……」
「お客様がいらっしゃるみたいだ」
「……わかったわ」
そう返答したシロナも辺りを警戒し、いつでも魔法を撃てるよう集中し始める。
「商人のおっさん、少しばかり面倒な事になりそうだから馬車の中にいてくれ」
「何を? この高さだぞ? 辺りには誰もいないじゃないか、それにルートも確保して――」
「死にたくなければ引っ込んでろ」
「ひぃぃ! わ、わかったよ!」
商人は急いで馬車の中へと入っていく。
これで多少は動きやすくなったが……。
避難させる状況を見て心配になったのか、シロナが話しかけてくる。
「ねぇ、本当に何か来るの?」
「間違いない。此方を観察するような感じだな、魔物じゃなくてこれは人間の動きだ」
「……野盗!?」
「そんな所だろうが……」
俺とシロナは素早く動けるよう、気配のする馬車の後方へと距離を取る。
しかし何か違和感があるな。野盗にしては気配遮断が上手い。相当手練れの可能性もあるが。
試しに俺は気配のする方向へと威嚇程度に殺気を飛ばす。
「……!?!?」
それに気づいたのか俺たちの目の前に、上から5つの影が落ちてくる。
上から落ちてきたにも関わらず、風の呪文だろうか? ふわっと風が舞い全員何事もないかの如く着地した。
目元まで隠れたフードに、どれも皮の服と全員同じ格好をしており、いかにも野盗と言った感じだろう。
そしておそらくリーダーと思われるであろう男が口を開く。
「ほう……奇襲するつもりだったんだがな……俺達に気づくとはやるじゃないか。それにあの恐ろしいほどの殺気、思わず飛び出てしまったよ」
「今まで散々そういう輩とは対峙してきたからな~。その中でも一番だぜあんたら」
「お褒めに預かり光栄だよ。さて、無駄話はここまでにしておいて、月並みだが……荷物と有り金置いていきな」
その言葉と同時に野盗達が武器を構え始める。相当な手練れの様で無駄な部分がない陣形になっていた。
(リーダー含めダガー2人に斧が1人……後は魔法使いが2人ってとこか……。優先はシロナと商人、ついでに荷物と考えると――)
俺は思念でシロナに話しかける。
「――俺が奴らを引き付ける、その間お前は一旦馬車まで下がれ。そして魔法で壁を作って馬車と俺達を分断させろ――」
幸い一本道だ、前方からは他に気配もない。辺りは崖になっているので、壁を作れば少しは時間が稼げるだろう。
「――そんな! それじゃクロトが! ――」
「――この程度何とかなる。寧ろお前らがいた方がこの人数に対応できない――」
「でも!!」
「お前はお前の役割を果たせ」
「――……っ! わかった……。危なかったら無理やりでも壁を壊すからね! ――」
思念を終わり俺は野盗へと返答する。
「あー悪いんだが、護衛任務中でね、成績の事もあるし渡せないんだわ」
「ならば少し痛い目を見てもらう事なるな」
ダガーを構えたその時だった。
「よし! いけ!!」
俺は正面を向いたままシロナに叫ぶ。
「っ無理しないでね!!」
指示通り素早く馬車の近くに戻るシロナ。
(足も竦まず走れるなんて大したお嬢様だ)
それを一瞥し再び正面を見据える。すると野盗は武器を構えたまま動く様子はなかった。
「てっきりお嬢様を追いかけて行くかと思ったんだがな」
「野盗と言っても我々もやり方というものがあるからね」
「そうか、律儀なこった。あそこの奴ら問答無用で襲ってたけどな」
第3区画なら背を向けた瞬間すべてを失うだろう。数で勝っているならなおさらだ。
など考えていると、俺の後方にズゴゴゴゴと地響きのような音と共に、通路全てを塞ぐ大きな壁が現れる。
(思ったより早かったな)
走りながら詠唱していたのだろう。この状況の中で行動しながら詠唱ができるとは、シロナの優秀さがわかる。
おかげで魔法か何かで飛び越すか、破壊しない限り突破は難しいだろう。
「なるほど……分断したか。しかし結果、君一人になったけれど大丈夫なのかい? 見たところ武器は持ってないように見えるし、魔法も第3等級以上とは思えないけど」
「心配どうも」
俺は両手を掴み上にあげ背伸びし身体を軽くほぐす。
「それじゃ、はじめようか」
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