第2話 騎士

 初めて第3区画から出る。

 過去に別の区画に出ようと思ったこともあったっけな……。

 だが、行く宛ても身分も無い奴が他の区画でやれることもなく、第3区画から来たとバレればどんな仕打ちを受けるかわからないリスクを考えると、ここで生きた方がまだ生きやすいと感じ動くことができなかった。


 

 だからこそ、初めて出る区画にちょっとした感動と好奇心、街並みや風景に心が躍る。街の人含め全てのものが新鮮だった。


「少し……俺には眩しいな」

「そのうち慣れるわよ」

「……ありがとな」

「ん? 何か言ったかしら?」

「なんでもねーよ、いこうぜ」


 歩みを進める2人。

 

 第2区画は賑やかな城下町と言った所で、人がこんなにいるのかと驚いた。市場などで商人や市民達が生き生きしている。


 そして今いる第1区画、ここは群を抜いて風景が違う。

 立派な屋敷や高級店が立ち並ぶ中、その奥地には一際目立った城があった。

 貴族とか王とか無縁だったし、これからもないだろうさ。

 ここは第2区画程賑わっているわけではないが、ちらほら人も見かける、というか各屋敷どんだけでかいんだよ……と、考えていた時だった。

 通りから一台の馬車がこちらへ向かってきて、目の前で停止した。


「お嬢様、お迎えに上がりました」


 いかにも執事という、黒の燕尾服を着た白髪の老人が語りかけてくる。


「お待たせいたしました」

「いいえ、寧ろ少し時間より早く着いてしまったのだけれど、流石ね」

「とんでもございません、はて……お嬢様、そちらにいらっしゃる方は?」

「私の大切な客人よ、屋敷まで連れていくわ」

「かしこまりました」


 そう言うと執事は、手慣れた動作で馬車のドアを開き始めた。

 俺の格好をみて、てっきり止められるかと思ったんだが、それだけシロナへの信頼があるのか、はたまた警戒するに値しないのか判断されたのか分からないが、ありがたく素直に乗っておこう。


「ここから少しかかるわよ」

「そうか」 


 そこからシロナの屋敷まで移動を開始した。

 割と馬車に乗っていたがシロナとの会話は殆どなく、何やら真剣な表情をしており窓の外を眺めている。

 長い時間そんな状態が続いていたが、急にシロナが叫ぶ。


「決めたわ!」

「うぉ!? なんだ急に!? 」

「ちょっとね、後でわかるわ」


 急にわけのわからん。

 など思っていると、長らく揺れていた馬車がようやく止まった、やっと到着したらしい。

 執事がドアを開け外へ出る、そこに広がっていた風景は、ただただ広い庭園だった、整えられた草木、噴水や銅像が立ち並んでいる。


 しばらく歩き庭園を抜けると大きな屋敷が現れた、屋敷まで馬車を使えよって思ったが、金持ちの考えなんて俺には理解できないのでスルーした。


 玄関先まで歩いていくと、一人のメイド服を着ている少女が目についた、ピンク色の髪をしており、二つ結びが特徴的である。箒を持っているところを見ると、どうやら掃除をしてたらしい、あちらもこちらに気づいたらしく、パタパタと走ってくる。


「おかえりなさいませ! シロナお嬢様! お怪我はされませんでしたか?」

「ただいまミル、何とか無事だったわよ、こいつのおかげでね」


ミルと呼ばれたメイドがこちらを見てくる。


「なるほど……貴方なんですね、初めまして、こちらでメイドをしております、ミル・ハピネスと申します」


さっと、丁寧なお辞儀をし、二つ結びをしているピンクの髪がピョンと跳ねる。


「何がなるほどかわからんが……クロトだ」

「クロト様ですね、この度はシロナ様をお守り頂きありがとうございます」

「いい暇つぶしにもなったし構わねーよ、こっちの区画にくる良い経験になったしな」

「やはりあちらの区画の方なのですね、何はともあれクロト様にもお怪我がなくて良かったです」

「……そうか、お前も俺を見て何も反応しないんだな」


 見た目はさることながら、俺が第3区画にいたことに大した反応がない上に、真っ先にシロナの怪我の心配をしたという事は、シロナが第3区画に行くことをこいつは知っていたのだろう。

 普通なら第3区画から来た奴にいい顔はしない、すぐ追い出そうとするだろう。

 ましてやお嬢様が危険な場所へ行くというのに止めないとは変な奴だ。


「人は外見で判断してはいけませんから! あ! 外見だけで見るならクロト様はイケメン度100%で大変好感が持てますね」

「前言撤回お前いい奴だわ」

「??? ありがとうございます?」


 ミルへの好感度が10上がった。


「ところでミル、お父様はどちらに?」

「旦那様は書斎にいらっしゃいます」

「わかったわ、ありがとう、行くわよクロト」

「へいへい、メイドさんもまたな」

「はいっ! これからも よろしくお願い致します」

「??? お、おう」


 やっぱり変な奴かも。



 シロナと一緒に屋敷の中へ入る、外観から見て予想はできるが、中も広い。おかえりなさいませ~とか言いながら、沢山のメイドと執事が頭下げて待機してそうなそんな屋敷の入口。この気持ちわかるよな?? 

 まぁ実際はそんな事はなく、中には人の気配はなかった、レッドカーペットを通りそのまま歩きながらシロナに声をかける。


「お前のお父様ってどんな人なんだ?」

「そうね……威厳があり、第2等級魔法使いでもあるわ」

「第2ってすげーな、教員クラスじゃないか」


 魔法には等級で実力が分かれている。

 数字が若いほど実力者ということだ、第2という事は相当な使い手だろう。


「そうね、だから怒らせないように頼むわよ? それと、その名前だと不便でしょうから、今日からクロト・ムラマサって名乗りなさい」

「ムラマサ? 変わった名前だな」

「ええ、東方で用いられる名前らしいわ。詳しくは私もわからないけど、体術を主に使うらしいわよ、クロトにぴったりじゃない? そこから来たってことにしておいて。それなら簡単には区画の事はバレないと思うわ」


 そう言うと、ある一室の扉前で停止し、シロナがドアを叩く。


「お父様、ただいま帰りました」

「そうか、入っていいぞ」


 そう言われシロナは扉を開くと、高級そうな書斎机で本を読んでいた途中と思われる、これまた高級そうなスーツを着ており、50代後半か60代代前半であろう、整った髭が特徴的な男性がこちらを向いた。


「おかえりシロナ、探し物と言ってたが何か……ん? 男性は何かね?」


 俺を観察するように怪しい目で見つめてくる、まぁ当然の反応だよな。


「この方は私を悪漢から助けてくれたの!」

「クロト・ムラマサだ」

「変わった名前だな……まぁいい、ムラマサ君。礼を言うぞ」

「気にするな」

「……なかなかお前は肝が据わっておるな、格好がボロボロなのも気になるがまぁいい、シュヴァリエール家当主、オーガス・シュヴァリエールだ」

「よろしくな」

「あんたもそこまで我を通せるのはすごいわね……」

「テれるぜ」

「気持ち悪いわよ」


 失敬な。

 そこでオーガスがおっほんと咳込む。


「ともかく、娘の礼もある、今日はゆっくりしていきなさい」

「その前にお父様、お話が」

「何だいシロナ?」

「私の騎士が決まりましたわ」

「おおぉ! それは喜ばしい! お前のサイドスキルの影響とはいえ、なかなか決まらなかったものだから心配したよ」

「ご心配お掛け致しました」

「よいよい、して、どの貴族の騎士なんだい?」

「ここにいるクロトです」


 シロナが俺を指さしてくる、そして俺はさされた方向に顔を向ける。


「誰もいないぞ」

「あなたよ! あなた!」


 初耳である。

 別に嫌とかそういう訳ではないが、さすがに俺の直感でも予想できなかった。


「……なんの冗談だい娘よ?」

「私は本気ですわ、お父様、何でしたらお父様のお力で確認なさってもよろしいですわ」


 そう言うとオーガスはシロナの目を見つめる、1.2秒見つめるとため息をついたように話した。


「どうやら本気の様だな……」

「ええ、クロトに決めたんです」

「いくら決まらなかったからとはいえ、こんな無礼な……一応聞くが、どこの貴族だお前は」

「俺か? 東方から来た、だから貴族なんてものはない」


 詳しく探られてはボロが出ると思ったのか、シロナが口を出す。


「そ、そんなことより、こいつもお力で確認してみては!?」

「?? そうか、まぁどちらにせよ確認はするつもりだったが」


 怪しそうな目で俺を、あの時と同じように見つめてくる。

 シロナと似た人を見透かすような瞳。

 正直おっさんと目を合わせるなんて気持ちの良いことではないが我慢する。

 おそらくサイドスキル持ちなのだろう。


「……ん? おかしい何も見えんぞ」

「でしょう? 私も最初驚きましたわ」

「なるほどな……確かにこいつならシロナも大丈夫そうではあるが……だがしかし……」


 またもや俺を見つめるおっさん。

 貴族でない事と俺の見てくれを見て不安がっている様子だ。

 まぁそれはそうだろうな、見えないというのは相変わらず訳がわからんが。


「色々と聞きたい事はあるがまぁいい……クロト、お前は何か特技はあるか? 得意系統でもいいぞ」

「魔法は使えん、強いて言うなら体術と直感と言ったところだ」


 そう言うとオーガスは首をかしげながら、不思議そうに言った。


「何を馬鹿な事を言っている、魔法は誰でも使える、子供だって魔力をもっているぞ、常識だろう」

「そう言われてもなぁ……」


 魔法が行使できないのは本当だ、魔力その物がないらしい。その為に今まで地獄のような思いをしてきた……といっても出来ないことを説明しようがないんだけどな。


「おまけに体術など、魔法の前では無力だ」


 そう言うと、椅子に座っていたオーガスが席を立ち、こちらを向く。


「まぁいい、簡単な試験だ、私の攻撃を凌いでみせよ。それができれひとまずは認めよう」

「お父様!?」

「安心しろ、室内でもあるし大した魔法は使わんさ、当たり所が悪かったら暫くは動けんだろうがな」


 まだやるって俺言ってないんだが。

 ……まぁそんな流れじゃないよなと思いつつ、シロナに尋ねる。


「お前、俺が騎士でいいのか?」

「そう決めたわ、ちょっと不安だけどね」

「まだ会って間もない上に、身分すら怪しいぞ」

「ちゃんと理由があるわそれは後で話すけれど……。それにミルも言ってたしね」

「なぜそこでメイドが出てくる」

「それもまた後から話すわ、それとも嫌なの?」

「いいや、俺からしたら願ってもないが、最終確認だ」

「そう、それでやれるの?」

「まぁせっかくこっちの区画に残れるチャンスだ、認められる為に頑張りますか」


 俺はオーガスに向き直す。


「話は終わったかね??」

「ああ、いつでもいいぜ」

「よろしい、強化されている部屋とはいえ、あまり荒れるのは好みでないので一撃で終わらせるぞ」 


 外出てやれよとは思ったが、手早く片づけたいらしい、舐められているのか知らないが好都合だ。

 オーガスは腕を前に突き出し呪文発動されると思われる動作を見せた。


「いくぞ小僧、フレイム……む!? どこだ!?」


 魔法発動を中断し狼狽えるオーガス。

 それはそうだろう、目の前にいた相手が急に消えたのだから。

 俺は無詠唱魔法と即座に判断。発動タイミングを直感で察知し、瞬きした瞬間、素早くオーガスの背後を取り首元に手刀を突き付けていた。


「ここだよ、実戦ならここで終了だな」

「今……何をした」


 オーガスの指輪の宝石から、輝き始めていた翠色の輝きが小さくなっていき、やがて消滅した。


「別になんて事はない、おっさんの背後に素早く回っただけさ」

「それにしては速すぎる、やはり魔法を使えるのではないか? 似たような動きは見たことあるが……それも東方の技か?」

「まぁそんな所だ」


 俺は手刀を納める。自分で言うのもなんだが、この動きをできる奴なんてそうはいないだろう、オーガスは見たことあると言うが、きっと魔法か何かに違いない、というか魔法使った方が鍛えるより断然効率がいいしな。


「油断していたとはいえ、見事だ」

「おっさんこそ詠唱なしで撃とうとしてただろう、すげぇよ」

「その態度は気に入らんがな」


 そう言うとオーガスは書斎の椅子に座りなおす、そして勝負を見終わったシロナが話しかけてくる。


「クロト……あんたやっぱりすごいわね」

「俺からしたら魔法使える奴の方がよっぽどすげぇよ」

「私からしても大分あんた変わってると思うわ、見えないし」

「だから何なんだそれ」

「そうね、説明しないとね」


 シロナは書斎に座ったオーガスに話しかける。


「お父様、クロトを騎士に……お認めになられるということでよろしいですか?」

「ああ、約束だからな、今は認めよう。ただし何か騒動があればそれなりに対処させてもらうぞ」

「構いませんわ」

「よろしい、ああ、服とその髪を整えてあげなさい、その格好のままという訳にはいかんだろう」

「ありがとうございます、ほらクロト行くわよ」


 シロナがバシバシと俺の背中を叩いてくる、心なしか嬉しそうにみえる、一応挨拶はしとくか……


「世話になる」

「お前にも礼儀はあったんだな」



 シロナが丁寧にお辞儀をした後、二人で書斎から出た



 書斎からでるとミルが廊下で待機していた、あれからずっと待っていたらしい。


「お疲れさまでしたクロト様、シロナ様の騎士になられたのですね」

「そうみたいだな、って聞いてたのか」

「そんな所です」

「ミル、クロトに屋敷の案内と部屋に案内してあげて、私は先に部屋で休むわ」

「かしこまりました、クロト様、お疲れでしたら先にお休みになられますか?」

「いや、このまま案内してくれ」

「かしこまりました、ではご案内いたしますね」


 ミルと歩きだした時背後からシロナが呼び止める。


「クロト、後でそっちの部屋に行くから」

「わかった」


 返事を聞いたシロナは一旦自室へと足を運んで行った。

 それを見たミルが語りかけてくる。


「やっぱりこれからも、よろしくお願いします になりましたね!」


 こいつも何かあるな……でもなんか楽しそうなんだよなぁと思いつつ屋敷と部屋まで案内された。

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