第2話 新家
「これはでかすぎでしょ」
薫子は、とある家の前に立っていた。辺りは暗くて、明かりは電灯のみ。それでもこの家のでかさはわかる。そもそも普通の家だと考えていた私が馬鹿だった、と彼女は頭を押さえた。敷地からして大きい。周りの家の敷地面積の二倍ほどはあるだろう。下手したら三倍かもしれない。家自体も異常で、三階であり、それでいてめちゃくちゃ広い。おかしいだろう、と薫子は思った。
「いや、本当はここじゃないんじゃ……」
ということはなく、この家が今日から薫子が住む家だった。
「荷物は昨日既に届いているって言ってたし、寝ちゃお」
そう言って、家に入っていった。
「中は中でこれまたすごいな」
外から見たよりも広い。薫子に合わせたのだろう、家具は普通だ。それには安堵した。
部屋を見て回るのは明日にしよう、と二階に上がって、これまた驚いた。
「部屋が二つだけ?」
明らかに一つ一つの部屋が大きい。
「ここで驚いてどうするんだ、私。今までお屋敷にいたんじゃない。そういえば、ベッドが既に用意されてるんだっけ。どの部屋だろう」
まずは、二階に上がって一番奥の部屋から見よう、薫子はドアを開けた。
「……一発で見つけてしまった。なんかこういうとき、一つ一つ部屋を開けていってツッコんでいくというアニメでありそうな場面ではなかったのか」
オチは、三階全部が薫子の部屋という……薫子はそれを想像して、この部屋で良かったと思った。
「ベッド!!」
叫んだ。部屋に入ってすぐ、叫んだ。ベッドを呼んだ。呼ばずに入られなかった。
「でけえよ! お屋敷のベッドよりは小さいけど、普通の家では大きいよ!」
ああいや、ここは普通の家じゃなかったんだっけ、と薫子は思い返した。これでスッキリしたと言わんばかりに、ベッドにダイブする。ふかふかだーと薫子は思った。そして口にした。
「てか、部屋広いな。ま、でもいいか。すごいありがたい」
その一言を最後に、薫子の意識は、暗い闇にのまれていった。
「ん、ふぁ……」
薫子が寝返りをした。コロコローと。コロコローと。右に左にまた右に左に。しまいには、ガゴン、と床に落ちた。
「むにゃむにゃ」
それでも眠り続けていた。
「はっ!」
急にガバッと起き上がった薫子は、置時計を手に取った。そして顔が、青ざめた。
「や、やばい! 寝過ごした! 彩花さんに怒られる! あ、でもそんなことでいつも怒らないな、うん」
さて、着替えますか、と立ち上がって、自分が床で寝てたということと、こここがお屋敷ではないことを理解した。
「ああ、そうだった。今日からここに住むんだった。なんか、寂しい」
お屋敷でメイドを含めてすごい人数と暮らしていたのが、今や薫子一人。
「一人暮らし初の朝──って、もう昼か」
春休みだからなのか、時間は既に十二時を回っていた。
片付けをしなくちゃと着替えようとする。
「そうだった。私、メイド服のままだった。奥様の話によると、メイド服の十着は既に家に運んであって、昨日見せた残り十着のメイド服は今日届くらしい」
誰かに説明するかのように呟いた薫子は、とりあえず顔を洗ってこようと部屋を出た。二階にもトイレと洗面所がある。そこで顔を洗うと部屋に戻る。
「夜はよく見なかったからわからなかったけど、段ボール多いな」
さて、メイド服を探して、片付けをしちゃいますか、そう言ったのだった。
昼食を摂らずに片付けをしていたら、五時過ぎになった頃に終わった。メイドをしていたからだろうか、すぐに終わった。掃除も込みでだ。定期的に掃除はしていたみたいだが、細かいところにごみが沢山あり、大変のなんのって、そう言いながらも楽しんで掃除していた。
「うーむ、やはりメイド服は落ち着く。だから普段は、メイド服しか着ないにしよう」
いやだって、と誰かに言うように呟いた。
「服、半端ない数だったよ? すごいものまであったよ? なにゆえ、胸の真ん中が穴空いているブラなんて入れたの? それになんで、白ニーソと黒ニーソに、『全裸着用でお願いします』なんて紙が貼ってあったんだろ?」
これは全て鞠の仕業であることは、考えなくてもわかることである。そういう人なのだ。
「クローゼットが大きくてよかった。さすがに捨てるのは無理だからね」
変なものだからといって、人から貰ったものをおいそれと捨てようとはしない。それが薫子という人間だ。中にはまともな服もあったりしたので、それは着ようと彼女は思った。着るときが来るのかはわからないが。
「えっと、確か明日の零時にゲームの第二陣のプレイ開始だったはずだから……徹夜? 無理無理。寝ちゃうって。ゲーム内で寝ても大丈夫なんだっけ。説明書みよ」
暇になった薫子は、説明書を読み始めた。
「そういえば、アバターを作らないといけないんだったなぁ。……ん? リアルモジュール? へー、リアルの顔と体格を再現できるんだ。めんどーだからリアルモジュールでいいかな」
そこでひとつ、彼女は見落としている点があったが──それはいい方に向かっていく。
彼女は、説明書を読むのをやめ(飽きたのだ)、自分の部屋のベッドで寝たのだった。一日中睡魔に襲われている彼女は、高校の授業中にも寝るだろう──しかし、不真面目というわけではない。ただ、何時間寝ようとも眠いだけなのだ。徹夜したから眠いという人は多いが、薫子のような人は案外少ないだろう。病院で見て貰ったが、特に異常はなく、睡眠薬を服用すれば少しは改善するだろうと言われたが、効果はなかった。
「……ふみゃんにゃ…………あひぃ」
寝言なのかなんなのか、よくわからない言葉を呟きぐっすりと寝ている彼女のことを強すぎる女だとは思わないだろう。刑事五人を相手にしても圧勝するレベルの女子高校生。やはり、異常である。
「はっ!」
目が覚めた。いや、目は全然覚めていないが、意識は覚醒した。部屋が暗い。どうやら夜になっていたようだ。薫子は置時計を手にする。時刻、午前二時四十八分。ものすごく寝ていたらしい。
「……すごく眠い。寝ようかな」
と言いつつ、面白そうという感情に押され──てはなかったが(寝る方を優先するからだ)この時間にやるのもいいかもしれないと、ヘッドギアを被り、ベッドに横になった。
「あ、現実世界では一応、寝ていることになるのかな」
それについては、あっているとも言えるしあっていないとも言えた。本物の肉体(脳)は眠っているが、意識は、ゲーム内で活動している。その二つを考えると、どちらとも言えなかった。だがそれは、薫子にとって重要なことではなかったので、ゲームにログインした───
薫子が今やろうとしているゲームの名は、【Free F Game OnlineO】。
剣と魔法が飛び回る、ファンタジーの世界。
『勇敢なる冒険者よ、我を倒しに上ってくるがいい。百層で待っているぞ!』
魔王は、冒険者に言った。
───と、ログインするのをやめて、寝ることにした。明日でいいや、と。第二陣出陣開始から一ヶ月の間にやり始めればいいわけなので、明日やろうと考え直したのだ。それに、眠るのが優先だから、と彼女は言った。いつものことだった。
絶対、明日もやらないんじゃないかな。作者はそう思う! けれど、世界は裏切る。作者は運が悪いから。
高校の席替えで、前のほうの席になるのが当たり前になったほど運が悪い。一番初めは、出席番号順の席だから、作者は窓側の一番後ろの席だったんだ。けれど、席替えすると前になる。運が悪い。
……ていうか、なんの話をしてだよ、作者。
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