第5話

「お坊ちゃん、お嬢ちゃん、良い感じだね」

 私と彼は新宿の地下街を仲睦まじく歩いていた。私たちに声をかけたのはホームレスだった。多分、父よりも幾分か年上だろう。中学時代は文通が主体だった私たちの交際も二十一世紀になって高校時代に入ると月一回のデートに代っていた。橇のように変形した段ボールを引き摺るこのホームレスの伯父さんに悪意は全く感じられない。


「……昔は従業員百人以上の会社の社長だったのに、今では家族からも見放されてこの有様さ。平成の不況はまだまだ終わらないね」

 空爆で焼け焦げたような襤褸服を纏ったホームレスの伯父さんが溜息混じりに独白すると、私たちの背後から今度は全く別の伯父さんが現れた。一種独特な印象の人だ。品の良いスーツ姿で財布から一万円札をさっと抜き出しホームレスの伯父さんに手渡した。ホームレスの伯父さんは拝むように両手を合わせてその場から立ち去っていった。


「君には彼女がいたんだね。可愛くて良い子だ。きっと君たち二人は結婚するよ」

 私たちの前に残った新しい伯父さんは何と私の彼と旧知の間柄だった。その伯父さんが独特なのは、野太くて低すぎるのに優しい声と、肌が黒人種そのものの黒さなのに、彫の深い端正な顔立ちは白人種そのものであるという奇異な個性だ。そこには少し中東のイスラム教徒の印象も被さっており、9.11の米国同時多発テロ事件のせいで偏見を持たれてしまったイスラム教の匂いを感じた私は少し戸惑いを隠せないでいた。

「ありがとうございます。そんな未来が来たら僕は嬉しいです」

 将来の配偶者の答えに安心した私は彼の左腕に自分の右腕を重ねた。それは私もそうなのよ、という意思表示だった。このどこか奇妙な雰囲気を漂わす人物との出会いを契機に、あの空飛ぶ円盤は私の記憶から暫く消えて無くなってしまう。そして不思議な伯父さんは何の見返りも求めずに私たちをサポートしてくれる人だった。

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