第4話

 私は祖父母のことをグランパ、グランマと呼ぶ。ずいぶんとハイカラな呼び方だが、物心がつく前から母がそのように習慣づけてくれていたのだから仕方がない。この祖父母との特別な思い出は私がまだ未来の夫と出会う少し前のことだ。


「・・・グランマはグランパよりとんでもなく怖い目にあってきたからな・・・。ニューヨークで起きた9.11のテロも大惨事だったが、もしイラクで戦争が起きたら生き地獄だ」


 私が夏休みや冬休みを利用して、佐倉の自宅から小田原の母の実家へ遊びに来た時、グランパとグランマはどこかのタイミングで、戦時中の記憶を語って聞かせてくれることがある。グランパは旧満州の生まれで終戦後に中国大陸から引き揚げてきた為に、東京大空襲を経験してはいない。だからグランマの恐怖をグランパは知らないのだ。旧満州で暮らしていた頃に少年だったグランパは、赤いレンガ造りの広い洋館に住んでいた。中国人やロシア人の家政婦も雇えるくらいに裕福だったらしい。そんなお坊ちゃん育ちのグランパは、戦争に負けて初めて日本人に召使のように扱われていた異国人のプライドを傷つけていたことに気づいたという。子供ながらに大人に対して横柄で偉そうな態度だったことをグランパは後悔していた。


「・・・あと一週間か二週間、戦争が長引いて終わらなかったら、グランマはきっと空爆と飢えで死んでたわよ・・・」


 もしグランマが少女時代に戦死していたら、母も私もこの世に存在しないことになってしまう。最初から何もなかったかのように。母も私も無の白紙だ。


「防空壕から外へ出たら、そこら中でたくさん人が死んでてね。ごろごろと死体の山になってたの。だから地面が揺れるくらいに大きな音を轟かせて、空から飛んでくる戦闘機が本当に怖かったわ。今でも私は大きな音がダメ」


 私たち三人は、丘の上にある小さな家から砂浜まで降りてきて、東の水平線から昇ってくる太陽を待っていた。グランパがそうしようと決めたのだ。この時間帯だと二人の白髪や皺もほとんど目立たない。


「グランマは一度、ここでUFOを見たと言ってたじゃないか?」

「そうそう、だけどあの時はグランパも一緒に此処にいたのよ」

「ああそうだった。わしには何も見えなかったがね」


 この時、私はまだUFOを見たことを誰にも話してはいなかった。なぜか、どうしても自分以外の人に話す気になれなかったのだ。祖父母はお互いに少し機嫌をそこねたような雰囲気でUFOの話をしていた。グランパは科学者のような物言いで未確認飛行物体をグランマの錯覚だと断定しているような感じだ。


「・・・まあ、どうでもいいけど。あのUFOには恐怖を全く感じなかったのよ。それはきっと、宇宙人が人類よりも優れていても、私たちをただ観察してるだけで、介入してこないからなのね」

「なるほど、グランマの言う通りだな。もしUFOに乗ってるのが人間だったら、侵略してくるに決まってる」


 二人がいつもの仲良しに戻った時、空には燃えるような朝焼けがはじまっていた。大海原にも空の鮮やかな色彩が見事に反映されている。中学生になったばかりの私は心がどんどん広く大きくなっていくのを感じる。こんな美しい自然の中にいるんだから、どんな嫌なことも忘れられる。


「人類も宇宙人のレヴェルに心が進化できればいいよね」


 グランマのその言葉に私は勇気づけられた。それからグランパが口を開いた。


「壮大な美しい世界じゃないか。これは人と競争して勝って大成功した大金持ちになっても、決してお金では買えないんだよ。そして、どんなに落ちぶれて貧乏になっても、此処に来れば、これをまた見ることはできる」


 私は反射的にグランパに抱きつき、幼子のように泣いていた。中学校に入学して、この夏休みまで私にはちっとも友達ができなかった。そして無視されてイジメにもあっていたのだ。ひょっとするとグランパはそんな私の現実を察知していたのかもしれない。母から聞いた話だと、グランパも終戦後に帰国してから少年時代にイジメにあっていたらしい。きっとそうだ。だからこの朝焼けの世界を私に見せたかったのだ。






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