第3話


 辺りの風景が紅葉に彩られてきた中学二年生の秋のある日、違うクラスの男子からラブレターを貰った。運命の人の登場だ。なぜなら彼は未来の私の夫になったからである。でも夫になる以上に、彼を媒介にして大きなプラス材料が生まれた為、私にとっては両親や祖父母に匹敵する貴重な人になった。尤も彼も私と同様に地味な生徒で、放課後の帰り道にその手紙を渡される迄、私には全く面識の無い男子だったのだが、父に似た痩せ型に私は親近感を抱いた。

「僕、ずっと君が好きなんだよ。だけど来月に東京へ引っ越すことになってしまって、これ必ず読んでね」

 

 後年わかったことだが、どうも私の前から姿を消すのがきっかけで、勇気ある行動にでれたらしい。彼の家族が千葉のマイホームを売って、東京の実家に引っ越したのは父親の勤める会社が倒産したからだった。それは切ない理由である。彼以外にも似たような経済的事情で、マイホームを手放して引っ越していく生徒がそこそこ現れていたのだ。

 

 そして私が自分の生きている世界に漠然とした恐怖感を抱きはじめたのも中学生の時期である。私が小学生の頃、両親は世界が終わらなくて良かったと言ったが、そんなに安心して大丈夫なの?テレビのニュース番組で目にする海外の映像には、戦地のものが増えてきているような気がした。湾岸戦争やユーゴスラビア紛争、特にバルカン半島での空爆の報道には恐怖を覚えた。大規模な空爆は一九九九年の六月にほぼ終了したが、ひょっとしてノストラダムスが予言した空から降って来る恐怖の大王って、このことじゃなかったのかしら?しかもそれから数年後、二十一世紀になって突然大空を切り裂くようにして大規模なテロがニューヨークで発生した。私は未来に、それも私だけではなく両親や祖父母や好きな人を含めた未来に不安と恐怖を感じた。それは漠然としたものではなく、大海を運航する船の進路の前方に巨大な動かない氷山が現れたような衝撃だった。怯えて戦慄した私には呼び水があったように思う。それは母方の祖母が体験した第二次世界大戦の東京大空襲の記憶だった。

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