第55話 三村義人 取り調べ(三)

午後1時、三村容疑者を乗せた護送車を、高瀬・中野両刑事が前後から挟むように、二台のジープに分乗、ものものしい警戒の中倉敷署を発った。


国道2号線を一路東へ、午後4時過ぎ姫路署に到着した。


所定の手続きを終えた後、翌6月20日、午前9時より、昭和19年1月15日、午前2時過に発生した「佐川清正」行方不明事件に関する事情聴取が本格的に行われた。


「これより『佐川清正候補生』に関する事件に付いて取り調べを行なう!古い事件だが思い出し答えるように!三村!佐川清正さんを知っているな!」


「昨日も言いましたが、私の教育隊の中にそれらしき人が居たのは覚えている」


「ではその人と、お前の関係は?」


「私達、基幹要員が教育隊で教えていた新兵の『士官候補生』でした」


「その佐川候補生が行方不明になった日時、お前が最後の目撃者だと確認している。その時の様子をきかせて呉れ」


「私が最後の目撃者?最後かどうか分かりませんが、確か吹雪の訓練中、伝令に選ばれた『佐川士官候補生』は初めての演習場なので『青野ヶ原駅』に行く近道を教えてやった記憶があります。この目撃者のいない一人になった時間帯を利用しての逃亡、又は事故に遭ったものと今も思っていますが?」


「逃亡?事故?端的に聞くが!その佐川候補生を、お前が何らかの理由で殺したのと違うのか?

お前に疑いが掛っているのだ!身に覚えがないのか?」


「私が殺した?とんでもない!身に覚え等ありません!何も知りません、逃亡で行方不明と聞いていますが?何かの間違いと違いますか?私が殺したなんて?」


「間違いだと?こら、ここは警察だぞ!確証があって調べているのだ!いい加減な事を言うな!

お前が犯人だと、名指しして、投書が来ている!これでもシラを切るつもりか!」


「犯人?私が?それに投書なんて…?いい加減な事を言わないで下さいよ!」


「こいつ!未だにとぼけやがって!お前が吐かなくても、我々は動かぬ証拠を握っているのだ!」


「証拠!何のですか?また誘導尋問ですか?昨日も傷害事件と言いながら、その話は棚に上げ、この話ばかりでしたね。一対私が何をしたと言うのですか?証拠、証拠と言って何の証拠ですか」


「それでは教えてやろう!遺体が出てきたのだ。あの『演習場の井戸』の中からな。三村!これでも知らないと言うのか!」


「井戸から遺体?それが佐川と何で分かるのですか?それと私が犯人だと?」


「おい、三村!そこまで言わすのか!今まで名前も知らないと言っていたお前が、すんなり佐川と言っているではないか!おい、いい加減にしろ!警察を甘くみるな!」


「先程投書が来ていると聞いたが、誰からの投書ですか?どうせ又、かまをかけているのでしょう?」


「かまをかける?今名前は明かせないが、当時のお前の部下からだ!心当たりがあるだろう?」


「私は殺ってないので、心当たりありません?」


「何だと、殺して無い?ここまで来てまだ隠そうとしているのか?今手紙の内容を教えてやるから、その出来事をしっかり思い出し被害者身内に謝る気持ちがないのか!」


「被害者に謝る?何の出来ごとですか?又作り話か、どうせ根拠のない手紙でしょう?」


「それでは今から手紙を読むから心して聞け」



犯行訴えの手紙の内容


「昭和19年1月15日早朝行われた、夜間訓練を思い出したのでお知らせいたします。


当日深夜の青野ヶ原台地は、終日激しい雪が降っていました。自分は訓練上(赤軍の隊員)で昨夜から、本日未明に掛けて行われた夜間戦闘訓練中、敵情監視の任務を受け、部隊前方100m前後の地点で、単身歩哨の任務に付いていました。


その場所は、病院を南に見て間道から500m程東北に入った不整地帯で落葉樹が生い茂る場所でした。


翌日、佐川候補捜索の折、同僚が調査した病院北側の二ヶ所の井戸から、かなり離れた場所だったと記憶しています。


当夜、目測、7~80m前方雪明りの草むらに二人の人影を発見、敵(青色)の出した斥候と思い暫く様子を見ていたが『敵発見報告が最優先』と考え後方部隊に連絡の為、その場所を急ぎ離れた時、後ろで『バシャ』と大きな音がしました。


しかし昨夜以来降り続く雪が、松の枝よりおちた音と思い、気にも留めずにいました。


そして終戦、どの街も戦災を受け失望と怒りが渦巻いいました。

また働く場所もなく、秩序の無い不安な日々を過ごす事に気が奪われ、佐川候補失踪事件に付いても記憶から消え失せ、今日迄忘れ過ごしてきました。


当時、あの音に付いてなぜ疑問を持たなかったのか、又なぜ同僚に話さなかったのかと悔やまれます。

もし話題になれば、捜索隊が拡大捜索を行いこの井戸を突き止め、早期に解決しただろうと思います。


演習終了後、佐川候補の不在を知り、広範囲な捜索が行なわれたが、捜索に参加した候補生達は初めての演習場で地理的に不安要素多く、其処に井戸があるとは誰も知らなかったと思います。


捜索結果報告で、病院付近の井戸も二ヶ所詳しく調べたとの事です。


しかし今考えればこれとは別に、第三の井戸があの近くにあったのではないのかと考えました。


又あの寒さの中、割れた氷が数分で元どおり氷結したと思われます。

その時刻は、昭和19年1月15日、午前2時10分前後でした。


最近の新聞で、演習場の井戸の中より印鑑発見の報に接しました。


この記事を見てから、あの時の音が耳元から離れず日々悩み過ごしています。


理由はわからないが、佐川候補が誤って井戸に転落した予感がするのです。


この記憶が捜査上、何かの参考になればと思い筆をとりました。

よろしくお願い致します」

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