第54話 三村義人 取り調べ(二)

三村義人は昭和17年5月、北支戦線(今の中国北部)にて敵の大部隊に包囲され孤立状況の我が部隊を救援要請の為、連絡将校指揮のもと数名の隊員と共に夜陰に乗じ部隊から脱出した。


敵陣突破を敢行したものの隊員の殆んどが、敵弾に倒れ、唯一人生き残った「三村兵長」がその重大任務を果たし、友軍の来援により孤立部隊の救出ができた。


この輝かしい戦歴は当時の作戦上有名な話題となり各部隊に語り継がれ、後日この功績に依り「金鵄勲章」の受賞と、特別昇給で「2階級特進」の拝命を受け軍曹に昇進していた。


戦後この作戦で救出された部隊の一将校の縁故で、昭和22年3月、倉敷市水島町にある某大手企業に採用され。


三村は日頃の勤務も真面目で成績も良く前途有望視され、家庭に於いても夫婦円満、二人の子供も授かり幸せそのものだったが、今回突然の逮捕。


本人はもとより妻妙子の驚き悲しみは言語を絶した程でした。


倉敷署に連行されても、三村は「軽い傷害事件だから直ぐ釈放される」と思っていたのであろう。


しかしまさか今は思い出したくない「時効寸前の」あの野井戸での殺人事件の取り調べに進むとは思わなかった。


その事情聴取は次の通り行なわれた。


「三村!ここへ連行した理由が分かるか?」


「はい、どうせ先日の傷害事件の事でしょう?」


「そうだ!被害者が示談取り消しの申し立てを言って来ている?どうする」


「今更、取り消しが出きるのですか?あの時は警官立会いで医者の診断を受けるよう言ったのに。それを本人が辞退して示談書を交わしておきながら今更ですか?」


「そう、書類上受理されたのでたしかに破談成立も難しいな。いずれにしても被害者同席でないと、話が進まないので、この件は後日改めて協議をしよう。ところで、古い話だけど昭和18年頃はどこに居ました?」


「何、急にまた?18年・・・昔の話ですなー?そう支那大陸かな?18年の何月頃ですか?」


「18年の12月から19年1月頃だ」


「18年7月に、たしか大陸から内地部隊に帰還しました。暮れ頃は体調を崩し少し休養していたと思いますが?」


「何!休養!どこの部隊でだ?嘘を付くな!お前は姫路部隊に居ただろうが!」


「たしかに休養は10月頃まででした。分かっていれば聞かなくても良いでしょう?そう思い出しました。姫路部隊にですか?出雲部隊だったような。12月頃だったかな?」


「出雲部隊ではないだろう!姫路部隊に配属になっていただろうが?!」


「そうだったかな?何ぶん古い話だから、頭がこんがらかって。そう、姫路部隊だったかな?」


「姫路部隊の所属は!」


「そう第三師団姫路野砲連隊、三大隊本部中隊に所属していました。しかしまたえらい古い話ですね?何かあったんですか?」


「だいぶん思い出してきたようだな。その中隊に『佐川清正』と言う人が居たかね?」


「佐川・・・そんな名前の人は、佐伯・・佐藤・・佐竹は居たが、佐川ね?兵隊ですか士官ですか?」


「見習い士官だよ!候補生だ」


「所属中隊には居ないな・・・大隊内の他の中隊に居たかな?何しろ野砲大隊は四個中隊から成り、大隊長以下、約600名の隊員が居たので、戦場での戦局次第で隊員の出入りも激しく、当時の詳しい所属隊員をよく覚えていませんが?」


「三村、お前は姫路士官教育隊に基幹要員として派遣された事があるだろうが?」


「士官教育隊?あっ、ありました。わずか3ヶ月間です。思い出しました。新兵の中にそれらしき名前の隊員がいたね?しかし私の班員でなく、よその班でしたが?」


「それらしきとは何事だ!お前の部下ではないか!班が違う?ウソを言うな、同じ班員だろう!」


「それがどうしたのですか?突然昔話を持ち出して、この取り調べは一体何ですか?」


「その新兵が行方不明になった事を当然知っているな?」


「行方不明?そうです、やつは隊を脱走しました。おそらく軍隊が嫌になったのでしょう?」


「この件に付き、最近新しい情報を入手したので、お前を重要参考人として今後は、姫路署に身柄を移しての取り調べとなる、良いな!」


このようにして、三村義人は別件逮捕で姫路署へ連行される事となった。

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