第9話 井戸からの生還
井戸に落ち込んでどれ程の時間が経過したのかだろうか?
雲の切れ目から瞬く「北斗七星」の移動観測で、数時間は過ぎ、午前2時前後だと予想した。
水温14~5度の中に長時間浸っていると、両手の表面が皺々になり、下腹部等の不愉快な症状に併せ体中が痒く不快感が増してきた。
私は蚊に刺されながら先刻思案した脱出計画「第2案」の作業に着手した。
幾重にも折り畳んだ偽装網の端を、着剣したカービン銃に結び、これを杭替りに壁面土中に打ち込んだ。
片方は水面上に横穴を掘りその奥に、十字にクロスした棒状の骨を擬装網の端を堅く結び穴の奥で固定、その手前を土嚢で塞ぎ補強をする。
しかし水面下に伸びるこの擬装網の上に立ち上がる事が出来るのか?
私は今はこれに望みをかけ、はやる心を抑えて静かにロープの上に立ち上がってみると、不安定ながら体重が支えられたので素早く被服類を井戸外に投げ出し、鍬形にした「円匙」を井戸端に打ち込み這い上がりながらなんとか井戸からの脱出に成功したのである。
この頃なると東の空に少しずつ明るさが増しつつあったが、何よりあの霊気漂う井戸から無事脱出できたこの事実、そして何より改めて生きている感動を覚えました。
薄明に映え流れ行く雲を眺め、私は「助かった!」と生還の喜びを感じたものの、疲労困憊、気力喪失の状態でしばらく草原に伏せていたが裸同様の身体に外気は冷たく、その場に居たたまれず、汚泥で汚れた被服を着て、「円匙」を持ち病院を目指して歩きだしました。
松林の中に有る病院・・・今の私にはまるで観光地に建つホテルのように見え、絶大な安らぎを感じ取ると共に途中、病院手前の池で身体と被服の汚れを落とし、ふらつく足取りで病院玄関に佇み呼び鈴を押しました。
足元を見ると、仮洗いした被服の水滴が、幾筋の流れを作り地中に消失していました。
玄関に看護婦が現れ、ずぶ濡れの服を着た異常な姿の私を見て驚いたのか、遠くより恐々と警戒しながら声を掛けてきました。
「どちら様ですか?朝早くから?何の用ですか!」
「訓練中の自衛官です!事故に遭ったので、少し休ませて下さい」
「何ですって!事故ですか?分かりました。直ぐに手配しますので、其の場でお待ち下さい」
事情を察知した看護婦が、素早く奥へ引き返し、毛布とパジャマを携えて来て。
「濡れた被服と取り替えてください…」
と渡した。
私はその場で被服を脱ぎ捨て、毛布で体を包み、素早くシャワー室に案内され、冷え切った身体を暖めながら、汚れと悪臭を洗い落とすことで我にかえった。
「これで助かった」と安堵したものの頭痛と軽い目眩で視力が低下していた。
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