第222話・変化・対面・呪術師とは(3)




 廊下に出て先生が出てくるのを待ち、私は歩き出す。

 先を見るとお兄様達は少し離れた場所に居た。

 会話は聞こえるけれど、気配は感じない絶妙な位置に心の中で少しだけ笑ってしまう。

 先程部屋の中での、会話とも言えないあれは傍から見れば相当おかしなモノだろう。

 それこそ年齢を考えれば冷酷と罵られ化け物と蔑まれてもおかしくはないモノだ。

 だと言うのに、私は相手の態度が変わるかもしれないこの状況に対して特に危機感を抱いていないのだ。

 それはきっと、此方を見ているお兄様が常と変わらない温かい笑顔で迎えてくれるからだろう。

 結局、私はお兄様以外にはどう思われても良いらしい。……勿論この場に居る人間の中では、という意味だけど。

 ただ、殿下達も特に私に対して恐れを抱いていない事に少しだけ安堵している心がある事に自分でも驚く。

 殿下達は私の懐には入っていない。

 が、そうだとしても嫌われ恐れられる事が少しだけ怖いと感じる程度には近しくなっていたらしい。

 

 本当に今日は色々な事が分かる日だなぁ。そろそろ心労で悲鳴あげそうだけど。


 今更殿下達を遠ざける理由はない。

 このままだと将来学園に入学した後、恋愛相談を受ける羽目になるかもしれないが、それでも一緒に悩んでいるという未来を思い描く事が出来るくらいは御二方を受け入れている自分が居る事が少しだけおかしかった。

 お兄様の所までたどり着くと、私はまず振り返り先生に対して深く頭を下げた。


「先生。ワタクシの我が儘を見逃して頂き本当に有難う御座います」


 先生はきっと私を止めないといけない立場にあった。

 本当の被害者はお兄様であって私ではない。

 それに私はまだ学園に入学出来ない年の子供なのだ。

 先程の尋問じみた事などなど当然して良いはずがない。

 更に私は相手を言葉で嬲った。

 トドメまで刺したわけだし、やりすぎと言われればやり過ぎなのだろう。

 私としてはやりすぎ所か、足りないのだが、それは私の主観であって、絶対ではない。

 先生は本来は止めないといけなかったはずだ。

 ラーズシュタイン家の権威に阿り止められなかったという事も考えられるが、殿下に対してさえ態度を然程変えなかった所を見ると、そういった事に対して過剰に反応する性質でもないだろう。

 ならばそんな先生が私を止めなかった理由は?

 きっと私の心を慮ってくれたのだろう。

 その心に私は感謝しなければいけない。

 暴走した私が再び暴走しないと考えて下さって、信用してくれたのだから。――まぁ暴走しても止められるという自信もあったのかもしれないけど。

 色々な感情を込めて一度頭を下げて顔を上げると先生の何処か困った表情とかちあう。

 流石にこんな顔をしているとは思わず私は内心首を傾げる。

 だが先生は何も言わなかった。

 私は疑問に思いつつお兄様達の方に向き直る。


「お待たせ致しました。……お兄様、お体はどうですか?」

「おかえりダーリエ。大丈夫。魔力も回復してきているし問題はないよ。流石に今日はこれで帰るつもりだけどね」

「当然ですわ! 馬車に押し込んででも一緒に帰って頂きますよ!」

「分かってるよ。今の僕だとダーリエにも力負けしてしまいそうだしね」


 お兄様、それは力負けしなければ素直に帰って下さなかったという事では?

 魔力も完全に回復してなさっていないのに、そこまで無理をなさらなくとも。

 意欲が高いのはいいけれど体も少しは労わって欲しいのに。

 此処まで来ると知識欲が旺盛なお兄様を止めるのが一番の難題な気さえしてくる。

 本当に素直に帰ってくれるのかと頭を悩ませていると横から笑い声が聞こえて来た。


「本当に二人は仲が良いな」

「変わらずで良い事だと思うよ」


 殿下達も先程の事など全く関係無いと言った感じで私に対する態度が変わらなかった。

 

「それに先程までは少し余裕がなさそうだったけれど、今は戻ったようだしね。本当によかった」


 ヴァイディーウス様の言葉に私は驚いて其方を向いてしまう。

 そんな私を殿下達は変わらない状態で見ていた。

 先程の事も御二方にとっては「戻った状態」である程度の事に思われている事に驚きを隠せない。

 これは私を理解されていると喜ぶ所なのか、変わり者だと笑われていると憤慨する所なのか悩む所である。

 とは言え、私が「普通」ではない事などお二人にはバレているのだ。

 今更取り繕っても仕方ないと諦めるのが賢明である。

 それに、信号機トリオはともかく、他の護衛の方々や先生に恐れられても何とも思わない。

 つまり、此処で憤慨する理由もない、という事になってしまう。

 と、いう事で一応素直に受け取っておこう。――諦めが大半を占めている気がするけど、それは無視である。


「アールホルンもあまり無理をせずに帰った方が良い。呪いを受けたのは事実なのだから」

「……そうですね。今日は家で静養したいと思います。ご心配をおかけしました、ヴァイディーウス殿下」

「……ワタクシの言葉もそれくらい素直に頷いて欲しいのですが?」

 

 あんまりな態度のお兄様に殿下達が居るにも関わらず拗ねた様子でそっぽを向いてしまう。

 外だという事は分かっている。

 けど、お兄様が本当に大丈夫だという安堵と殿下達が私の先程の対応を知っても全く変わらない事への少しばかりの嬉しさ。

 他にも色々なモノが混ざって、少しだけど素が出てしまう。

 家に帰りベッドに入った時、今日一日でどれだけ私の外聞が物凄い事になっているのかを思い返して頭を抱える事になると思う。

 けど、それが分かっていても、どうしても今日はこれ以上被っている猫が戻ってくる事はなさそうだった。

 もう「子供なのだから」と開き直った方が良い気さえしてくるのだから重傷だ。


「ラーズシュタイン家の……キースダーリエ様、でしたね?」


 そろそろ自分のためにもお兄様と自邸に帰った方がよいと思った時、後ろから戸惑いの色を纏った声がかけられた。 

 振り返ると何とも言えない顔をした先生が立っている。

 

 そういえば、私先生の名前聞いてないや。


 何となく戸惑っている先生を見て、そんな事が思い浮かぶ。

 此処で聞いていいものだろうか? と思いつつも今更聞くのも、と思い、取りあえず振り向き先生と向き直る。


「はい。そうですわ」

「貴女は、どうして呪術師に強靭な理性が必要などと思ったの?」

「どうして?」


 えぇと。

 私としては考えればそうなるんじゃないかな? と思ったんだけど。

 けど困惑しているのは先生だけではないのを見て内心首を傾げつつ一つ頷くと口を開く。


「質問に正確な答えを出すために先生に質問をする事をお許し頂けるでしょうか?」

「……構わないわ」

「有難う御座います。……お兄様に掛けられた呪術はオリジナルのモノですか? それとも似たような呪術が存在していますか?」


 私の質問が意外だったのか、先生がキョトンとした表情になる。

 少しだけ幼ささえ感じる表情に私は「(もしかして結構若いのかな?)」などと感じてしまう。

 そういえば時折、蓮っ葉な言葉使いが無くなるけど、意外とこっちが素なのかもしれない。

 と、そんな事を考えて見ていると、我に返った先生が先程のように緩やかな笑みを浮かべてた。


「オリジナル、とまでは言えないさね。呪術の中には魔力を奪うものも存在しているからね」

「成程。では次に……お答えしにくいと思いますが――呪術の中には人の命を奪うものも存在していますか?」


 先生だけではなく、他の人が息のを呑む音も聞こえた。

 それらを無視して私は先生の答えを待つ。

 先生は少しだけ戸惑いを感じたようだが、その後しっかりと頷いてくれた。


「ならば、やはりワタクシの考えは間違ってないと思いますわ。――確かに魔法も簡単に人の命を奪う事が出来ます。もしかしたら一度に大勢を害するならば魔法の方が効率が良いかもしれません。ですが魔法はその痕跡が必ず残ります」

「そりゃそーだけどよ。けど痕跡を消す事もできるんじゃねーか?」

「出来ますわね。ですがその時間があるか、その魔法を使う事が出来るかはまた別問題ですし。言ってしまえば魔法とは比較的隠す事を前提に考えていないものが多く、派手なモノであると言えます」

「……それは。否定できませんね」

「ええ。一方、呪術はまず痕跡を見つける事が出来る人間が多くはない。……違いますか、先生?」

「そうだねぇ。呪術師になるのための条件にあるぐらいだからねぇ」

「やっぱり、そうなんですね。ですから呪術はかけられた対象となった人ですら、そうと認識できず、害する事が出来るものとも言えます」


 もしかしたら過去の疫病の原因が本当は呪術だったという可能性もある。

 けど、これに関しては呪術師の方々に失礼すぎるから言わないけど。


「つまり、言い方は悪いですが、悪用されやすいし、悪用しやすいという事になりませんか?」

「そうさねぇ。あたし達呪術師は過去に要人を暗殺するために使い潰された歴史もあるさね」

「やはり。そういった事もあると思いました。とても残念な事ですが。――ですが、そんな歴史がある呪術師が一つの職として認められている。堂々と名乗る事が出来る。それこそが強靭な理性を呪術師の方は有していると考えた理由ですわ」


 皮肉気な表情からキョトンとした表情になった先生を見上げる。


「呪術の才能を有する方は魔法を使う者達よりも多くの誘惑が存在する。蔑まれたりすれば仕返ししたいと思う事は当然ですし、自分の力を周囲に認められたいと思う心もあって当然です。ですが、自分の思うままに呪術を使えば危険視され、決して認められない」


 後ろ暗いモノを持つ者達にとって垂涎の存在である呪術師が闇から闇へと渡り、表舞台に立てず消えていく未来にならなかった。

 それは、きっと先人の弛まない努力故なのだろう。


「そんな力を持つ呪術師の方々が“今”認められているのは、過去に、そして現在もなお才能を有する方々が理性を持って正道を進み続けているからではないでしょうか? 自分達の力は決して相手を害するためだけに存在してはいないと、多くの存在に認めさせた。そんな皆様の誘惑に負けない強靭な理性があったからこそ、呪術師は一つの職として今、表舞台で堂々と力を振るう事が出来る。ワタクシはそう考えたのです」

「なるほどなー。エライ奴等の御用達の暗殺者集団になってもおかしくねーもんな」

「クロイツ。其処はせめて裏社会に名の通った、などと言って欲しかったのですが」

「んな所で言葉を濁してもしゃーないだろ?」

「……はぁ。確かにそうですけれどね」


 一応此処にいるのはお偉い方ばかりなんですけど。

 いや、クロイツならそんな事気にしないか。


「だから、ワタクシは今、呪術師として名乗り、立っている方々は皆強靭な理性を持ち、そして自身を厳しく律している。そう思っております」


 私は言葉を締めくくると先生を見て微笑む。


「……令嬢は呪術師の知り合いでも?」

「いいえ。先生が初めてですわ」

「なら……なら、どうして蔑まず、むしろ尊敬すらしているのですか?」


 先生の表情は泣いているような、困惑しているような不思議なものだった。


「そうですね。……書物を読んだ所感。そして何より先生を見て確証を得た、感じでしょうか?」


 学園の先生として、貴族という選民意識の高い集団の中にあっても自身が呪術師である事を隠さず凛と立っている姿は素直に尊敬する。

 それでいて先生は誰にも阿っていない。

 それだけ自分が呪術師である事に誇りを持っているのだろう。

 その内面がとても美しいと思ったのだ。

 私はそう感じた。

 そして私はまだ子供であり、この場は交渉の場ではない。

 偽りで自身の言葉を飾る必要は無い。

 だからこそ私は素直な言葉を語るのだ。

 そんな私の言葉に嘘偽りがないと伝わったらしく先生の表情が変わったのが私でも分かった。

 驚愕、困惑、そして最後に苦笑。

 内心でどれだけ目まぐるしく変わったのかは分からない。

 けれど、そんな先生は全ての感情を瞼を閉じる事で隠した。

 そして瞼を開けた時には最初見た時のように平静の眸に戻っていた。

 その切り替えの早さも又尊敬できる所なのだと、私は心の中で苦笑する。


「生意気な子さね。――――けど、ありがとう」


 最後の言葉にだけ暖かみが宿っていたと感じたのは私の気のせいじゃないと思いたかった。



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