第215話・年齢不相応なお茶会に不穏な空気を添えて(2)




 アズィンゲインと騎士三人組との再会はびっくりするぐらい何もありませんでした。

 あ、いや、この言い方だと少し語弊があるかな?

 ちょっとあった事にはあった。

 けど、それは修羅場と言う程騒がしもなく、小競り合いという程、大規模でも無かっただけで。

 再会直後テルミーミアス様とノギアギーツ様はアズィンゲインを見て微妙な顔をしていた。

 彼が以前何処の部隊に居て、どれだけ元隊長を慕っていたかを知っているからだろう。

 けど、私にして見ればこの御二方に関しては想定の中にもあったので、御二方の反応に対しては解くに驚く所は無かった。

 むしろ、いやだからこそかな? 

 唯一あの場には居なかったインテッセレーノ様はアズィンゲインが誰か分かった途端表情が抜け落ちた事の方が勝った。

 会った回数は少ない一対一の対面で話をした事もないが、何処か軽薄が印象の強いインテッセレーノ様の無表情には少々恐怖を抱く程だった。

 どうやらアズィンゲインに関して言えば当事者である御二方は思う所があっても口を出すには自らのやらかしが色々あり過ぎる。

 だけど唯一部外者と言えるインテッセレーノ様だけは友人であるテルミーミアス様の降格の原因である元隊長を良く思ってはおらず、同時にその隊に居たアズィンゲインも良くは思っていないのだろう。

 彼だけは因縁が無い分素直に怒りを表に出す事が出来ている、という事かもしれない。

 とは言え、私達が考えていた程、御三方の反応は然程大きくは無かった。

 その反応の大きさは、はらはらして見ていたから気づいた程度のものだった。

 むしろ反応に関してはロアベーツィア様の方が大きく、直後に私達をご心配なさって「そいつは大丈夫なのか?」とアズィンゲインの目の前でくらいだ。

 殿下の強烈な言葉にアズィンゲインは流石に厳しい顔を見みせていたが、上手いフォローの言葉がある訳でもなく、又フォローする義理があるのかも分からない私は今の所彼に何かしらの不安を抱いているわけではないという事を伝えるために「大丈夫ですわ、ロアベーツィア様」と返すに留めた。

 

 と、いう訳で先程のルビーン達とのやり取りを考えればほぼ何も無いに近しい対面となったのだ。


 ただまぁ、よく考えてみれば、あくまで御三方は両殿下の護衛であって私を守る義務は存在しないし。修羅場が起こる可能性は最初から低かったのかもなぁ。


 なんて思ったりもする。

 ルビーン達の事があったから過剰に考えていたけど、アズィンゲインの件……というよりも元隊長の件に関してはテルミーミアス様もノギアギーツ様も騎士として、隊員達よりの考えだっただろうしね。

 少々自意識過剰だったと反省するべきかもしれない。

 ただインテッセレーノ様だけは思う所があるのを隠そうともしていないから、やっぱり同じ場に居させるのは問題がありそうだとは思う。

 皆元とは言え近衛隊の騎士だったのだから、有事の際は私情を挟む事はないだろうけど、連携に甘さはでそうだし。

 ……まぁ共に危険な目に合う事がないのが一番いいんだけどね。


 各々にとって少々思う所ありの再会を終えた後、アズィンゲインを下がらせ、私達は中庭で談笑する事に。

 その後、思っていたよりも早くお兄様とヴァイディーウス様がお帰りになった。

 どうやら学園でのご用事は予定よりも早く終わったらしい。

 今、目の前でロアベーツィア様がヴァイディーウス様に楽しそうに話しかけている。

 お二人も相変わらず仲が良くて微笑ましいものである。

 ただ先程の騒動の事を話した時にヴァイディーウス様が私に意味深な視線を向けて来た事だけは気づかなかった振りをさせて下さい。

 そんなちょっとだけスパイスの効いた楽しい話題がどう変化したのか王都での「例の噂」に変わり、私は心の中で溜息をつく。

 どうやら噂はまだ鎮静化しておらず、むしろ市井まで広がり、王家としても頭の痛い問題と発展しているらしい。


 ……あの、それは公爵家の中庭で言ってお話していい事なのでしょうか?


 心の中で突っ込む。

 確かに防音の意味では問題無いかもしれないが、これは王家からの信頼なんだろうか? それとも試練か?

 色々思う所を感じながらも私は耳を傾ける。

 

「その件に関しては陛下も頭を悩ませています。事件の発覚が遅れた理由も理由なので」

「あの一帯に関しては長い時間をかけて解決する事ですが、こうやって問題が起こると、色々問題点が浮き彫りになってしまうのでしょうね」


 ヴァイディーウス様とお兄様の会話はまるで主従関係のようだ。

 ……いや、正直もっと年相応の会話ってのがあるんじゃないかな? とも思うんですけどね。

 いやはや神童とは凄いものである。

 それはともかく、お兄様はこのままヴァイディーウス様の側近になるのかな?


 うーん? 『ゲーム』ではヴァイディーウス様はいらっしゃらなかったし、お兄様は確かロアベーツィア様の側近候補だったと思うけど。実際問題ヴァイディーウス様がいあらっしゃると年も近いし、ヴァイディーウス様の側近候補になる可能性の方が高いよねぇ。


 まぁこういった事はご本人の御意思もさることながら親の意向が大きし、私が考えても仕方の無い事かもしれないけど。

 

「今の所警邏を増やして対応するしか手がないらしい」

「ああ。そういえば、訓練場に行ったとき、見習い騎士もけいらに参加するといきごんでいました」

「……それは随分事が大きくなっているようですね」


 ロアベーツィア様の発言は、今、それ程までに手が足りていないとも取れる。

 先生方やタンネルブルクさん達の話では噂の域を出ないようだったけれど、どうやら例の集団は本格的に「きな臭い」らしい。


「それほど民が不安になっているようだね。……そう言えば殿下。警邏の騎士が【光の恵み子】を保護したというお話をお聞きしましたが?」


 お兄様の言葉に私は目を瞬く。

 騎士が保護したという事はその【恵み子】は平民だったのだろうか?

 【愛し子】や【恵み子】が平民から産まれる事も無い訳ではない。

 神々にとっては人の決めた序列など関係はないからだ。

 とは言え、【神々の子】は皆、総じて魔力量が多い事から貴族から産まれやすいと言われている。

 

 『ゲーム』のヒロインは確か【光の愛し子】で貴族の庶子だったはず。


 この世界に『ヒロイン』がいるならば、今頃何処かで母子共々穏やかに過ごしているかもしれない。

 それはともかく平民出身の【恵み子】や【愛し子】は教会などに保護される事が多い。

 膨大な魔力量は魔力を殆ど持たない平民の親では自身の身を護る事も出来ず、本人も周囲を傷つけてしまう事を恐れて酷く臆病になる。

 そうならないように制御する術を教えるためにも教会が保護し、教会で育てられるか、最低でも家からの通いとなる。

 多分今回騎士に保護された子供もそういった道をだどる事になるだろう。


 あれ? なら何故お兄様が話題に?


 不思議に思ったのは私だけではないらしい。

 ロアベーツィア様も初耳なのか不思議そうな顔でお兄様達を見ていた。

 そんな私達を見てヴァイディーウス様は苦笑しながらも説明して下さった。


「ああ。どうやらロア達くらいの年頃の子だったらしい。助けを求めて来たとの話だけど、それ自体はその子の勘違いだったらしいね」

「では、その後教会にほごを?」


 ロアベーツィア様の質問に何故かヴァイディーウス様は苦笑を深めた。


「それが、何やら風変りな子らしくてね? 私やロアの事を心配して、年頃の子供が必要だとか? 自分は【恵み子】だから私達の気持ちが分かると言って自分を城で保護しろと迫ったらしい」

「それは……中々強烈な子のようですね」


 と、云うよりも不敬にならないのだろうか、その子供?

 その言い方ではまるで王家は殿下達の事を蔑ろにしているみたいだし、【愛し子】や【恵み子】しか殿下達の御心が分からないと言っているようだ。

 少なくとも王城の人間を見下している発言に取られかねない危険な発言だ。

 

「その後も不可思議な結果になったみたいだしね。なんでも、共にいた黒髪の子供に宥められていたら、正気に戻ったかのように顔を青ざめさせて平伏したらしい。子供に二人に平伏されたら騎士もどうにも出来なくてね。そのまま住んでいる場所などを聞いた後は解放した、との話だ」

「成程。確かに風変りな子供と言えますね」


 二重人格か? と聞きたくなる変貌の仕方だ。

 それは教会に保護したくとも出来るかどうか微妙な線だなぁ。

 というよりも最悪学園にも入学できるかどうか。


「酷な事だけど、しばらく監視が付くかもしれない。年の頃がロアと同じとなると学園で遭遇する可能性もあるからね」


 【恵み子】である時点で魔力量は学園の入学条件を満たすだろう。

 けど、性格的に問題がある平民の子供となると入学が許可されるか微妙な線かもしれない。

 特に殿下達が在学している以上、ある程度の線引きは致し方ない。

 いくら平民でも基準さえ満たせば入学できる場所とは言え、問題児と分かっている子供を入学させた結果殿下達に何かあれば、そちらの方が問題なのだから。

 貴族社会である以上、仕方ない。

 多分、数年ずらして入学する事になるだろうから最悪入学出来ないって事にはならないだろうけど。


 『地球』での考えなら論外だけど、こればっかりは社会形態が違うからなぁ。


 そういった意味では『ゲーム』の悪役令嬢は貴族だからこそ入学できたんだろうなぁ。

 性格に絶対問題あっただろうし。

 監視されるであろう【恵み子】である子供も今後改善する事を願うばかりだ。


「警邏の数が増えてからは行方知らずの子供は減ったとは聞いているが」

「無くならない限り噂は無くならい、という事ですね?」

「そうなるね」

「とは言え、大本を絶つ事は国王陛下ですら現時点では出来ない、と?」

「そのようだ。怪しいと言われている集団は存在している。けれど、決定的な証拠がなければ騎士達が動く事は出来ない」


 悩ましい顔で溜息を吐くヴァイディーウス様を心配そうに見ている護衛の三人。

 どうやら陛下も相当この問題には悩んでいるらしい。

 

「幸いなことと言えば、叔父上が教団として許可しないことで少々求心力が落ちていることぐらいかな」

「……そういえば現在の教皇は王弟殿下でしたか」

「もう継承権は放棄なさっているけれどね」


 そう。

 私も調べて驚いたけど、現在光闇の女神を信仰している教団のトップである教皇は現国王の弟君なのである。

 継承権は放棄している上、神官となった事で王家の籍から抜けているが、王族の血筋である事は事実だ。

 それも教会の上層部の腐敗を抑えている一因となっているのではないかと思う。

 

 それでも王族として少ないんだよねぇ。


 現国王と教皇となられた王弟殿下しか子供がいないっているのは珍しいと思う。

 まぁそれを言ってしまえば現在継承権を持つのがヴァイディーウス様とロアベーツィア様だけというのも少ないんだけど。

 此方はあの元王妃の力が働いていた事を考えれば分からない事も無い。

 現在は元王妃も幽閉されているし、残っている御側室が正妃になれば、今後御子が増える可能性はある。

 ただ王位継承争いを避けるためにこのままの可能性もあるとは思うけど。


「けど、噂だけでは何時か抑えきれなくなる可能性がある。彼等のやっている事は慈善活動だけだからね」

「そういえば最近は診療所も開いているとか?」

「……随分羽振りが良いのですね。どなたか後見でもいらっしゃるという事ですか?」


 孤児院の経営に診療所の経営。

 何方かだけでも資金の問題は当然出てくる。

 慈善活動とは言っても、お金は何処からか溢れ出てくるわけではないから、最低限経営出来るだけの資金が必要となるのだから。

 それが両方となると相当資金繰りは大変のはずだ。

 だと言うのに、教団として許可されなければ支援もされないのだから、自分達で資金を調達しなければいけない。

 それが出来るだけの後ろ盾を持っているとなれば厄介さは倍増していると言わざるを得ない。


「いくつかの貴族が支援している……という噂は聞いているけれどね。それも真偽は確かではないんだ」

「聞けば聞く程怪しい、としかいえませんね」


 決定打が無い事を理由に好き勝手しているようには思えない。

 だとしてもその「決定打」が無いという事はこの場合、絶対的に優位なのだ。

 国としては「怪しいから」だけで軍は動かせない。

 貴族が支援しているかもしれない、などと言われれば特にだ。

 国民にも貴族にも分かる「瑕疵」が無い限りその推定教団を国として捜査する事は出来ない。


「本当に。噂だけ広がっている事を考えても、相手は相当上手くやっている、という事なんだろうね。……少なくとも私達子供の出る幕ではない、ということかもしれないけれど」

「国王陛下も宰相閣下も現状に甘んじる程愚かではありませんもの。近いうちにそのような噂は消えると思いますわ」

 ――勿論、噂の元凶と共に。


 私がそう言うとヴァイディーウス様は笑みを深くしロアベーツィア様は「そうでもそうだな」と頷いた。

 その後ろで騎士様三人が三者三様の表情をなさっていたけれど、サクッと無視である。


「そうだ。アールホルン。最近、【光の貴色】持ちが病にかかったり、体調を崩しているという話がある。そなたは大丈夫か?」

「え?! そのようなお話があるのですか?」


 驚きのあまりお兄様とロアベーツィア様の話に口を挟んでしまった。

 淑女としては失格であるが、お二人ともスルーして下さった。

 有難う御座います。


「ああ。ただ、少し増えたか? といったていどの話らしくてな。俺も体調に変調があればすぐに周囲に言ってほしいと言われて分かったんだ」

「そうですか。貴重な情報有難う御座います、ロアベーツィア様。僕も気を付けたいと思います」

「何か変調があったら直ぐに言って下さいませね、お兄様」

「必ず言うから大丈夫だよ、ダーリエ。だから、落ち着きなさい」

「本当に隠さないで下さいませね? ……ロアベーツィア様、情報を提供して頂き本当に有難う御座います」

「いい。アールホルンに何かあればキースダーリエも何をしだすか分からないしな」


 笑って言うロアベーツィア様の言葉に私は反論も出来ず、笑って誤魔化す事しか出来なかった。

 うん。

 お兄様達は私の『逆鱗』だと話してるもんねぇ。

 

「アールホルン自体のミスならば叱る程度だろうから大丈夫だろう? ロア。オマエもくれぐれも体調には気を付けるように」

「はい、兄上」


 そういうヴァイディーウス様は共を付けずに外に出るような迂闊な真似をなさらないで下さいね? ……言っておいてなんだけど、無いから大丈夫な気もする。

 それにしても噂の事を考えると「冒険者のキース」として王都に出るのは本当にやめた方がよさそう。

 王都周辺の地図作成は暫しお預け、かな。


 こうして私達の年齢不相応としか言いようのない、お茶会は無事? 終了したのである。

 いや、後々考えてみると本当に年齢不相応なお茶会だったよね。

 原因は私だけじゃなくヴァイディーウス様とお兄様のせいでもあると思うけど。


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