第188話・水の聖域・海中神殿(2)
足を踏み入れた部屋は私が考えていたよりも遥かに天井は高く部屋自体も広かった。
中央には祭壇のようなモノが佇んでいている。
形状的にはYの字っぽい形状の広がった部分に青色の宝玉? みたいなモノが浮かんでいる。
その周囲円形に囲み、中に水が注がれている。
この際丸い宝玉が浮かんでいるのはファンタジーだという事ですますとしても、聖獣様がいる場にしては聊かシンプルな造りのように思えてしまう。
「(ま、壁の意匠やらなんやらはかなり丁寧に、しかも細かいし。そういう意味では特別な部屋って感じはするんだけどねぇ)」
さて、此処が最奥の祈り間と想定すると聖獣様がここにいるのだろうけど、どうやってお出まし願う事やら。
「(また魔力でも奉納するのかねぇ?)」
別に魔力の奉納程度は問題ないけど、一体聖獣様に会うまでにどれだけの魔力が必要なんだか、と聊か呆れてしまう。
「(ん? ある意味会える人間をそうやってふるいにかけているのかな?)」
有り得ない話でもないかな?
とは言え、複数の人いれば事足りてしまうし、方法としては然程効力はなさそうだけど。
そもそも其処までして人を篩落とす必要はないかな?
と、云うよりも【神力?】とかが存在しているなら、それで悪人とか善人とかの選別は出来そうなイメージあるけど。
「(そこまで万能じゃないんだろうか?)」
と、中々不敬な事を考えつつ歩いていると下に僅かな凹みに気づく。
「……あれ?」
思わずしゃがん覗き込むと、どうやら足を引っかける程凹んではいないが、確かに溝のよう凹んでいて、まるで線のようだった。
「ダーリエ?」
「お兄様。これは「線」でしょうか?」
床に触れないように凹みをなぞって見せるとお兄様の視線が私の指を辿る。
「確かにみぞのようだけど」
お兄様の言葉にヴァイディーウス様とロアベーツィア様、そしてマクシノーエさんが同じように私の指の辿る先に視線を向けた。
それよりも気になるのは溝がまるで祭壇を囲むようになっている事だった。
「(俯瞰してみる事は出来ないけど、これは、まさか……――)――……魔法陣?」
ポツリとこぼした言葉が思いのほか響いたのか今度は全員が振り向いた。
けれど、私の言葉はある意味で遅かった。
既に魔法陣の中に入っているアーリュルリス様や帝国の方々の足元から青い光が広がっていく。
まるで溝に水を注ぐかのように青い筋が四方に広がっていく。
偶然にも魔法陣の外に免れた私はただ幻想的でありながらも「(ここでも魔力の奉納な必要なんですね。大食らいですね)」などと聞かれては怒られそうな事を考えていた。
青い光は確かに魔法陣として構築された後浮かび上がると今度は祭壇の中央、青の宝玉に幾重にも重なり光を発している。
アーリュルリス様達の御様子を見る限り、特に大きな魔力を奉納させられた訳ではないらしい。
そこだけは少しだけ安心した。
とはいえ安心してばかりもいられない。
「……これってワタクシ達も入るべきなんですか?」
「下手をするとかくぜつされる可能性もありますよね?」
私とヴァイディーウス様の言葉に全員が顔を見合わせる。
魔力を取られると分かって足を踏み入れるのは中々億劫だ。
とはいえ、此処まで来て聖獣様に会わずに帰るのもなんとも言えない気分になる。
「(仕方ないかぁ)」
私は溜息をかみ殺すと一歩魔法陣の中へと足を踏み入れるのだった。
三度目になる強制的魔力奉納である。
今回は心構えが出来ている分、前二回よりは良いんだけど。
正直無理矢理魔力を引き出される感覚になれません。
結構不愉快なんですが?
もうちょっとどうにかならないもんかねぇ、コレ?
「(それとも私の中に拒否感でもあるのかねぇ)」
自分で考えておいてなんだけど否定できない所がある。
このままだとこの世界の神様に対しても思う所ができそうです。
まぁ神様なんて、こっちの都合を考えてくれる存在だとは最初から思ってないけどさ。
私達の魔力も奉納されたのか魔法陣が更に増え、それにともない宝玉も青い光を強く放つ。
ただ閃光という程ではないので今の所見ている事が出来る程度である。
「<見た目だけなら幻想的なんだけどねぇ>」
「<強制的に魔力を吐き出させられてりゃそーはみえねーってか?>」
「<……否定できないなぁ>」
あれが強制的に引き出された魔力によって構成されていると考えると綺麗だけど何とも言えない気分になるモンである。
そんな内心を綺麗に隠して見ていると、足元の魔法陣を伝う光が弱まり、宝玉を囲う魔法陣の旋回の勢いが落ちた。
<<何百年ぶりかのう。まさか今になり此処に辿り着く者が現れるとは>>
突如此処にいる誰のモノでもない声が響き渡る。
彼方此方に反響しているので何処が出所か分かりずらいが、多分宝玉からだろう。
そして相手は聖獣様であるはずだ。
此処で違うと言われては話が進まないので是非聖獣様であってほしい所である。……姿を現していないので決定打はないわけだけど。
「(え? 聖獣様とやらは姿も現してくれない訳?)」
えー『ゲーム』ではどうだったっけ?
イマイチ『記憶』に無い。
「(あー。どの聖獣と邂逅するイベントも誰かとのルートに入らないとダメだったんだっけ?)」
いや、違うかもしれないけど、確か何かしらの条件があったはずだ。
「(とはいえ、まさか姿も現してくれないとは流石に思わなかった)」
それとも実は姿形が存在していないとか?
……なんて考えている間にもアーリュルリス様を筆頭に帝国側が跪いたので、私達も習う。
やっぱりこの声聖獣様からなんですね。
何とも言えない気分を内心に隠して宝玉を見つめる。
まさか姿形もない【声】に跪く日がくるとは。
<<此処に至るまでの魔力の奉納。まこと満たされるものであった。まさか創造神の愛し子がおるとはのう。久しい魔力に心躍ったものじゃ>>
【声】はどちらかと言えば高くあえて性別を問えば「女性かな?」と言った感じだった。
聖獣様とやらに性別があるかは分からないけど。
……ちなみに私の中では未だに「姿形が無い説」と「姿を現してない説」が争っている。
今の所「姿形が無い説」が優勢です。……心底どうでも良い話だけど。
<<其方等はリヴァッサーリア様を信仰する民であるか?>>
聖獣様の問いにアーリュルリス様が一歩前に出ると深々と頭を下げた。
「私はアレサンクドリート帝国に住まう者に御座いますが【光闇の愛し子】の方々は中央の国の者に御座います」
<<……そうか。創造神が守る地の血筋のものか。此度は驚く事が多いのう。創造神様方がご健在である事が知れるとは真嬉しい事よなぁ>>
【声】は本心なのか何処か弾んでいるようだった。
と、【声】じゃなくて聖獣様とお呼びしなければいけないのかな?
どーも声を出している宝珠に話しかけているアーリュルリス様という構図がシュールな気がしてしまう。
「(うーん。通信用の魔道具で話していると考えればマシかな?)」
とは言え、アーリュルリス様の言葉に私達に向かって何か視線のようなモノが向けられた気配を感じる。
これは、本当に宝珠が聖獣様なのだろうか?
<<【光闇の愛し子】よ。名乗る事を許そう>>
聖獣様に言われてまずはヴァイディーウス様が立ち上がり深々と一礼した。
「私はディルアマート王国に属するヴァイディーウス=ケニーヒ=ディルアマートと申します」
「私はロアベーツィア=ケニーヒ=ディルアマートともうします」
二人の殿下方に続き私も立ち上がるとカテーシーをした。
「ワタクシはキースダーリエ=ディック=ラーズシュタインと申します」
<<ほほう。この魔力は……其方が妾の悪戯を見破った者じゃな?>>
あ、女性なんですかね?
……ちょっと現実逃避したかっただけです。
どうしてすんなり見過ごしてくださらないのですかね、聖獣様?
なんて荒れ模様の私の心の内など関係ないようで聖獣様はとても嬉しそうな声だった。
ついでに視線が強くなった気がしますが。
<<あの回廊は信仰に盲目な者程見つけられないと言われておる。だが、そういった者がいなければ妾の下へは来る事は出来ぬ。其方は全てに盲目にならず正しき信仰心を持っておるようじゃな>>
いえ、実の所神様自体殆ど信じていません。
「(なんて言えればいいんですけどねぇ)」
言える訳もなく、ニッコリと微笑み「過分なお言葉を頂き望外の喜びに御座います」と返すにとどめる。
この際、子供らしい猫なんてっポイだ。
ただし貴族令嬢の猫は絶対に逃がさないけど。
何処まで聖獣様は分かっているのか、声はとても弾んだモノだった。
<<そうじゃった。此処まで来れた者達に対して名乗りも上げぬのは失礼であったな。妾はリヴァッサーリア様が眷属であり使徒であるヴァッサァじゃ。其方等の来訪を心より歓迎しよう>>
此処まで言われてようやくアーリュルリス様達が少しだけ安堵したようで顔から緊張が和らいでいた。
それにしても今更だけど、こうやって理由無しの訪れって良いんですかね?
「(いや、本当に今更なんだけどさ)」
あーけど、一応歓迎されているからいいのかな?
相手も暇つぶしのおしゃべり相手が来たみたいな感じみたいだし。
その後、聖獣様は沈黙した。
けれど、何と言えばいいのかな?
検分されている?
視られている。
そんな感じがする。
<<……成程のう。昔は魔力の高い子らが大勢おったが、今の魔素濃度ではそうはいかぬようじゃな。通りで来訪者がおらぬ訳じゃ>>
「恐れながら聖獣様。それは今の時代の者達は魔力が総じて低いという事でしょうか?」
<<そうじゃのう。昔は魔素も精霊ももっとおったものじゃが。時代が移り変わり、様々な要因により魔素濃度は薄くなり精霊も数がすくなったようじゃ。それゆえ今の方が魔力の高い子が生まれにくいのじゃろう>>
「では、神殿が現れなくなったのは……」
<<一定の魔力を持つ子等がおらねば聖域への道は開かれん。これは他の場所も同じ事じゃろうな>>
「左様でございましたか。愚かしい事かもしれませんが、私共は見捨てられた訳では無かったと安堵致しました」
<<それは安心せよ。信仰ある限り、リヴァッサーリア様や創造神様達は見捨てる事はない。……見捨てていれば【愛し子】も【恵み子】もおらぬからな。それならば安心もできるじゃろう?>>
まず、思ったのは「あ、訪れる理由あったんですね」という何とも失礼な事だった。
まぁそんな私の不敬はともかくとして……。
アーリュルリス様達は魔力が高い子が生まれにくい理由に対して今の時代の移り変わりという事で納得したようだったけど、私は聖獣様の「様々な要因」の所が少しだけ気になった。
その時だけ聖獣様の声のトーンが下がった気がしたのだ。
何か、時代の移り変わりよりもそちらの方が重要な、そんな気がした。
直感に近いモノで「どうして?」と言われると答えられない類のモノなんだけど。
「<にしてもよー。おしゃべりな奴だな>」
「<いやクロイツ。【念話】はダメだと思う。下手すると聞かれる>」
「<おっと。そりゃ失礼。んじゃオレは影の中で思う存分突っ込み入れるわ>」
それはそれでズルイと思っていいですかね、クロイツさんや。
少しだけ恨めしく思いながらも私は表面猫を何重にも被って体勢を変えない。
今はアーリュルリス様が率先して話しているけど、此方に話を向けられた場合、なんと答えれば良いモノやら。
神々への信仰心なんてほとんど持ち合わせておりません、なんてバレたらまずいなんて話じゃないし。
「(出来れば此方に話しを振られないで下さい)」
心の中でそう願う事しか出来なかった。……叶うわけないと分かっていても。
<<それにしても。友が考えた悪戯じゃったが、思いの外ひっかかる者が多いものじゃのう>>
「悪戯。そう言えば先程も聖獣様は「悪戯」とおっしゃっていましたが、それはキースダーリエ様が見抜かれた無限回廊の事に御座いますでしょうか?」
アーリュルリス様! そこで私の名前を出す必要はないですよね!
注目されたくないし、質問されたくもないのですけれど!
心の中で叫べど、それが通じるわけもなく、ただ私の焦っている感情を感じ取っているクロイツが影の中で大爆笑しているだけだ。
こんな場所じゃなければ無理矢理影から引きずり出して肩をガクガクと揺さぶってやりたい。
「(後で絶対に八つ当たりするからね!覚えておきなさいよ、クロイツ!)」
クロイツに八つ当たりする事を決めつつアーリュルリス様と聖獣様の会話に注視する。
<<そうじゃ。周囲を見渡し、注意深く見なければ見破る事は出来ぬ回廊。友は「てんぷれ?」などと言っておったが。確かにこれは悪戯程度には面白いものじゃな>>
えーと……聞き捨てならない言葉が出た気がしたけど、取りあえず無視だ。
それよりも聖獣様、その無限回廊に皆引っかかっていたんですけれど。
私は偶々【精霊眼】があったから分かったけど、私のようなスキルの持ち主が居なかったら、そうそう見破れなくて延々と回廊を歩いていた事になるのでは?
それって悪戯の範囲を超えているような?
「(それとも昔はもっと精霊が視える人間が多かったのかな?)」
考えてみるとその可能性は高いかもしれない。
昔はもっと精霊が居たみたいだし、魔素も濃かったみたいだし。
【精霊眼】が現在スキルとして珍しいのはそこら辺にも原因があるのかもしれない。
<<勿論妾とて、御方を信仰している者達を見捨てる事はないぞ? もし誰も見つけられず一定の時間歩き続ければ自動的に扉が現れる仕掛けにしておる。此方も友曰く「救済措置」というやつじゃな>>
「聖獣様。友とは他の聖獣様の事なのでしょうか?」
<<いいや、違う>>
そこで聖獣様の声色が変わった。
何処か懐かしそうな、それでいて悲し気なモノに変わったのだ。
<<妾達が友と呼ぶのは人の娘じゃ。……ほんに変わった娘だったのう。妾達を怖がる事無く、遜る事無くも無く、ただそこにあるものとして「友」とてらいなく言っておった。あまりにも簡単に言い切ってしまうから妾達も毒気が抜かれてしまったものじゃ>>
語る声に寂しさが混ざっているのは仕方ないかもしれない。
此処数百年人の訪れが無い神殿。
そんな聖獣様方の「友である人の子」
……今その友が生きている事など有り得ないのだから。
<<友の提案も堅物などは顔を顰めておったが、妾は面白いと思ってのう。ちょっと仕掛けをしてみたのじゃ。……ああ、この結果を友――アカリにも見せたかったのう>>
「あかり……様ですか?」
アーリュルリス様が明らかに動揺するのが後ろから見ていても分かった。
それもそうだろう。
明らかにその名前は『日本人』っぽいのだから。
それは私も同じだった……いや、私はそれ以上の衝撃を受けていた。
言葉を失った私達を他所に聖獣様は懐かしさと慕わしさを込めた声で笑う。
<<そう。友の名はアカリ。アカリ・ミナヅキ。我らが認める唯一の友じゃ>>
ああ、確定だ。
神々の気紛れによってこの世界に来訪した。
私達「次代の転生者や転移者」に対して手紙と魔道具を残した。
属性を調べない事で全ての属性魔法を最高峰まで使う事が出来た人物。
この世界での名を……――
「――……無色の魔女・アカリ=シューヒリト」
思わず零れた言葉は静かでは無かった部屋でも思いのほか響いてしまう程だったらしい。
注目を浴びるつもりは毛頭なかったというのに、部屋全員の視線が集まっているのを感じる。
特にアーリュルリス様の驚愕の表情に内心苦笑するしかなかった。
まさか私もこんな所でその名を聞くとは思わなかったのだ。
影の中からクロイツの動揺する気配を感じる。
私もクロイツと同じくらい動揺していたらしい。
けど、それ程までに私達にとって聖獣様から出た名前はまさに青天の霹靂だったのだ。
<<何故、その事? ……ああ、成程。其方が引き継いだのか>>
しばし訝し気な声が響いたが、何かに納得した聖獣様に水無月さんは聖獣様にあの【魔道具】の存在を教えていたのだと思った。
<<まさかアレを引き継ぐ者が現れるとは……少し待て。それに少しばかり魔力を貰うぞ>>
そんな言葉と共に足元の魔法陣が光り輝く。
更に本日四度目の魔力強制搾取である。
「(そろそろお金をとってもいいですかねぇ)」
……まごう事無き現実逃避である。
それなりの魔力を抜き取られた後、輝きを増した宝珠から何やら青い光の玉が発生し宝珠の頭上に収束していく。
高濃度の魔力に騎士達が思わず剣に手を伸ばすが、此処が聖域である事からか、誰もそれを抜く事は無かった。
高濃度の魔力で構成された青い光玉は見た目だけを言えば綺麗な代物だった。
だが、収束魔力の高さに恐ろしさを感じるのも事実なのだ。
そんな青い光玉を今度は何処からか現れたのか水が囲む。
グルグルと渦巻き大きくなっていく水球が突如弾ける。
はじけた水は決して私達に降りかかる事無く消え、中から何かが現れる。
大きな体躯を包んだ青い鱗。
立派なつのを持ち、尻尾まで真っ青な鱗は水をはじいている。
此方を見据える双眸も又美しい蒼色であり、理知的な光を宿している。
その姿はまさに……――
「――……せい、りゅう?」
『地球』では四神と言われた中でも水を司どる龍神。
まさに私達が思い描く「青龍」の姿そのものだった。
「(え? ファンタジーの世界なのに、いきなり『日本風』ですか? え? それとも私だけにそう見えているとか?)」
私はこっそりアーリュルリス様を見るが、彼女も同じような表情をしていた。
どうやら私だけがそう見えている訳では無いらしい。
影の中見えているクロイツからも驚きの感情が伝わってくる。
どうやら本当に見た目は『青龍』らしい。
「(え? となると聖獣様って四神な訳? えーけどそうなると光と闇は? あ、麒麟と黄龍とか? けどどっちがどっち?)」
思わぬ姿に混乱する。
根性で表情は変えないようにしているが、聖獣様にはバレているような気がしないでもない。
「(だって何処か笑ってる気がするし!)」
目まで感情を偽るのは難しいからなぁ。
<<どうやら本当に受け継いだらしいのう。その名はアカリもよく言っておったよ。……まさかあの条件を達成する者がおるとはのう>>
驚きと、何処か嬉しさ、そして寂しさが混在した聖獣様の眸に、私は取りあえず、全ての疑問と混乱を横に置く。
此処で他所事を考えながら相手する事は出来ない。
幾ら人に敵対していないとはいえ、相手は私達では絶対に勝てない相手なのだから。
心して相手をしなければいけないだろう。
<<アカリが知れば喜ぶだろうが、同時に悔しがるかもしれないのう。結局、アカリにはそのような存在は現れなんだ。本人は満足して逝っただろうが、心残りが全くなかった訳では無いじゃろうしな>>
手紙にはこの世界を愛しながらも、それでも『日本』への望郷の念を消せない事への苦しみと諦観が書かれていた。
確かに水無月さんからすれば私達は恵まれているのだろう。
『同郷』の人間が今代は三人もいるのだから。
私は跪くと深々と頭を下げた。
「アカリ=シューリヒト様……いえ、水無月灯様の意志は手紙にて拝見いたしました。ワタクシ達はあの方の意志を継ぎ、そして歩み続けると誓います。皆様の友であるあの方の意志を決して穢さぬように」
この世界で感じた喜びも楽しみも、悲しみも絶望も苦しみも、その全てを背負いこの世界で生きていく。
決して歩みを止めず、そしてこの世界を愛していく。
嘗て水無月さんがそうやって歩んでいき、様々なモノを残していったように。
その覚悟を込めて私は頭を上げると聖獣様を見据える。
緊張が部屋を包んだ。
<<ふふっ……ははははは! 其方はアカリによう似てる。あの子も其方のような強い眼差しと意志をもって妾達を見ていたものじゃ。【アレ】を継いだのが其方でほんに良かった。――――【アレ】の後継者として生き様、無様なものにしてくれるなよ?>>
「承知致しました」
……怖いのですが。
最後の台詞、完全に威圧感を感じました。
いや、もし少しでも無様な姿を晒したら聖獣様ご自身が出陣して私を成敗する気満々ですよね?
「(水無月さんや。貴女は一体聖獣様方とどんな交流関係を築いていたんですがね?)」
コミュニケーション能力チートか! と突っ込みを入れたい心を必死に押し込める。
水無月さんが苦労していなかったなんて口が裂けても言えないが、その点に関していえば私には絶対に出来ない事を簡単に成し遂げている気がしてならない。
<<それにしても……まさか其方が【アレ】を継ぐとはのう。これも又宿命か>>
突然思案気になった聖獣様に私達は顔を見合わせる。
<<ならば妾は御方の御心に沿うよう動くとしよう>>
聖獣様は高く上がると高らかに宣言した。
<<妾は水の御方が眷属・ヴァッサァ! 天命を授かりし運命の子とそれを守護する者達に加護を! 此処にいる者達には祝福を与えよう!!>>
聖獣様の力強い宣誓と同時に私達に青い光が降り注ぐ。
更に同時期、私は右手首に水が渦巻いた。
「っ!?」
幸いにも痛みが無かったから、何とか悲鳴をかみ殺す。
水はグルグルと回った後、パンとはじけて消えていった。
「これは……腕輪?」
残されたのはシンプルな腕輪だった。
中央に青い宝石があり、それを銀細工が囲っている。
華奢でありながらも何処か神秘性を感じる細工にしばし見惚れる。
だが直ぐに【鑑定】でそれを見た途端口元が引き攣る。
【眷属神の加護の腕輪】
聖獣に認められし者に贈られる腕輪。現在は水の聖獣だけだが、後々他の聖獣に認められると石が様々な色に変わっていく。
効果は認められし加護の精霊の力を使いやすくなる。また精霊が集まってくる。
認められた聖獣が増える事により効果が上がったり、新しい効果が生まれる。
「(こ、これは明らかに【レアアイテム】に属するモノではないでしょうか?)」
え? って事は天命を受けし運命の子って私!?
これから私滅茶苦茶厄介事に巻き込まれるって事ですか?!
ただでさえ【愛し子】って事で厄介事がやってくる事が決まってるのに、これ以上なんですか!?
「(あ、眩暈がしてきたかも)」
もはや気合だけで立っている気がする。
引き攣った口元を強引に笑みに変えると跪き再び頭を下げた。
今は表情を繕う余裕がない。
私の他にも頭を垂れているのはいるから目立たない……はず。
後で【ステータス】を確認しなきゃいけないのだけれど、見るのが怖い。
「(やっぱり普通の神殿詣に終わらなかったかぁ)」
それでも普通に終わってほしかったと思うのは贅沢だっただろうか?
<<【加護】であろうと【祝福】であろうと自分の心に背いた時に失う。それを心得よ>>
聖獣はそう言い放つと元の高さに戻って来た。
「承知致しました。……今はまだ魔力量が到達しておりませぬ故御前に参る事はできませぬが、何時か再びお目にかかれるように精進致したいと思います」
<<そうか。ではその時を楽しみにしておこう。水の御方を信仰せし民よ、精進せよ>>
「「「承知」」」
帝国がアーリュルリス様達ご兄妹も含めて全員が跪いた。
しばしの後アーリュルリス様は立ち上がると暇を申し出る。
聖獣様はそれを笑顔で承知した。
そして聖獣様は段々その形を崩していき、最後には水となりて姿を消した。
宝玉も足元の魔法陣も光を失い、最後には入った直後の清廉さは感じるが静かな部屋と戻っていた。
それを見送った後アーリュルリス様が真っ先にたちあがあると部屋に入った時と同じように先頭を切って部屋を出ていった。
それに続く帝国の騎士達。
彼女、彼等の誰もが未練の欠片もないようだった。
きっと此処に再び訪れる事は彼女達にとって「決まった事」なのだろう。
その強さに内心苦笑しつつ、私達王国の人間も部屋を後にする。
<<――……あやつを頼んたぞ>>
部屋の扉が再び消える瞬間聖獣様がそんな事をいった気がした。
あれから回廊はループする事無く、私達は無事に城の祈りの間まで帰還する事が出来た。
流石に疲れは隠せないのか心なしか皆ぐったりしていた。
「(気疲れかもしれないけど)」
私は自らに与えられた腕輪を見て小さくため息をついた。
「(これも連絡事項かなぁ?)」
正直見なかったふりをしたいような?
外せないかなぁ? と思ったりとか?
……実際外そうにも外せないんだけどね。
自動伸縮機能くらいはついてそうな「それ」にもはや何とも言えない。
「(いやまぁ聖獣様から賜った物だし? 喜ぶこそすれ、こんな風に思う人は普通いないと思うんだけどさぁ)」
それでも好き好んで物語の表舞台に立ちたいとは、私は思わない。
ただでさえ波乱が約束されし【愛し子】なのだ。
これ以上平穏がかき乱される要因は排除したい所である。
「(誰にも共感されなさそうだけどねぇ……いや、クロイツならワンチャンあるかな?)」
後で八つ当たりをするのは確定事項だし、その時に聞いてみよう。
そんな事をしらっと考えつつ、私は令嬢の猫を被りお兄様達と部屋へと戻る。
「<これで一大イベントも終わったし。後は何事も無く滞在して帰りたいモノだよねぇ>」
「<……オマエ、今回フラグ立てすぎじゃね? いい加減やめたほーがいいと思うぞ?>」
「<え? あ、はは。まっさかぁ。……やめて下さい、クロイツさんや。そう言われるとそんな気がしてくるから>」
確かに今回帝国に行く前からフラグになりそうな事ばっかり言っている気が?
気のせいですよね?
うん、気のせいです。
私は心の中に沸き上がる疑念を力ずくで押し戻すが戻しきれず僅かに肩を落とした。
「さて、それでは一緒に来て頂けますかな?」
片手に剣を持った、明らかに普通じゃない「お願いの仕方」に私とクロイツは揃って溜息を付く。
「<こうやってフラグってのは消化されていくんだなー>」
ウルサイよ、クロイツ。
私も後悔してますとも。
「(それにしてもこんな風に物騒な形でフラグ消化されなくとも良いと、皆さんそう思いません?)」
私は声に出さず、だれというわけでもなく、内心そう呟くのだった。
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