第135話・そうして俺等は一生続く快楽に酔いしれるのだ(4)




 俺等獣人の特性って奴は国やら組織やらの上層部程正確な情報が伝わっている、らしい。

 何故かってぇと、獣人は基本的には人と敵対する事はねぇが、その特性故に甚大な被害を被る事があるからなんじゃねぇかと思ってる。

 特性により本能剥き出しで行動している時の獣人は簡単には止められねぇ。

 特に【主】を渇望する【性質】は獣人の中では最上位に位置付けされっから邪魔すればどんだけ被害が出るかわかったもんじゃねぇ。

 事実としてあるそれを知ってるってのも俺等が【主】の所にいける勝率を上げるための一手だった。


 言っちまえば然程分の悪い賭けじゃねぇってこった。


 実際俺等は主と【契約】を結ぶまでの間の【仮契約】を兄貴の方のオージサマと結ぶ事で処刑は取りやめになった。

 直ぐにでも破棄出来る上【従属契約】で上書きする事が可能な【仮契約】を結ぶのはかなり簡単であり、殆ど強制力なんぞ存在しない。

 いちおぉ契約してますよぉ、ただし簡単に破棄ですけどなぁ……程度のモンだ。

 獣人の俺等にしてみりゃ気休めともいえねぇ代物だった。

 それでも気に食わない奴と結ぶくれぇなら大暴れしてる所だが、まぁオージサマなら主への繋ぎの時間程度なら問題はないと判断した。

 有り得ねぇが主様の存在を知らなければオージサマと契約も考えたかもしれねぇ、程度には気に入ってるからな。

 ま、主を見つけた時点でんな可能性はゼロだが。

 

 本格的に知っている事を話すのは主と【契約】してからだが、一応事情聴取という名目で幾つか情報の開示を求められた。

 此処で有益な情報を全て出すようなら牢屋に逆戻りだろうし、話す事が少なければ無能扱いで処分されるって所だろ。

 まぁその程度の調整をしくる程俺等馬鹿じゃねぇけどなぁ。


 簡単な聴取を受けた後俺等はオージサマと一緒に主様の元へと行く事になった、って言えば分かんだろ?


 正直、俺等は本能が【主】を欲しているって事を甘くみてたかもしれねぇ。

 聴取で相手を小ばかにしつつ有利に立てていたからちょっと浮かれていたわけだが、そんな安っぽい快楽は【主】を前にして全部吹っ飛んじまった。

  

 相手が【主】であると自覚してから出逢った時の衝撃は無自覚の時とは比較にならなかった。

 もしも仮とはいえ契約を結んでいなけりゃ俺等は主の足元に平伏していたか、かっさらって人の居ない所で従属契約を迫っていたか、どれにしろすんなり契約を結べない状態に追い込んでいた可能性が高い。

 幾ら享楽的でスリルをこの上なく好んでいる俺でも多少の自重は知っていると思ってたが、どうやら俺の本能ってのはもっと自由で即物的だったらしい。

 俺等獣人は外見の美醜には然程囚われない。

 当たり前っちゃあ当たり前の事だ。

 身体の中に流れている血に引きずられる所があるモンだから、下手すりゃ人なんぞ皆同じに見える。

 獣人の中でも獣の血が強い奴は強さと引き換えに人間の価値観とはズレた価値観を当然として持ちうる。

 俺等は別に獣の血は強くはねぇが、もしかしたら多少影響されてるかもしれないとは思う。

 獣人は美醜にはこだわらない。

 美醜に拘らない獣人が最も好み気にするのは「魂」だった。

 別にそれ自体が見える訳じゃねぇが何故か獣人は相手の魂、内側を視る方法を産まれた時から皆知っている。

 ターゲットの魂を視るなんぞ無駄だからした事が無かったが、しなくてよかったのかすればよかったのか。

 もし視ていたら事件なんぞ起こせなかったかもしれねぇなとは思ってるが。

 

 主の魂は只管に「苛烈」だった。

 年不相応までに磨かれている癖に、全てを跳ね返すような輝きと共に放つ光は決して相手を焼き殺す事は無い。

 矛盾しているようで何処か調和がとれている不思議な魂だった。

 何処か歪みを持っている所まで視えて、俺は……俺と相棒は歓喜に震える体を抑える事に必死だった。

 

 俺等は平坦とは言えねぇ道を歩んできたはずだ。

 人様に言えば顔を顰められるか糾弾されるか、どっちしろ「何だよ、普通じゃねぇか」とか絶対に言われねぇ生き方をしてきたのは事実だ。

 その生き方に沿うように俺等の性格も歪みに歪んでいる、という事も理解はしている。

 それがどうしたと鼻で笑うような救いのない性格でもある事も自覚済みだ。

 今まで【主】というモンを殊更求めなかったのも、何処までも歪み今後も決して平坦な道など歩めない俺等の主に誰がなれるんだ、という捻くれた気持ちも存在していたからだった。

 平凡であろう主様に俺等を御せる訳もなく、持て余して死を命じられて、それでも喜びの中死んでいく……なんてクソみたいな最期を迎えるくらいなら欠けたまま生きた方がよっぽど面白れぇと思っていたんだ。

 産まれてすぐに平凡とは切り離された生き方をする事になったんだ。

 最後までそれでも問題はねぇと……この期に及んで思っていた冷めた自分が居た。

 だが、そんなアホみたいな自分も主を前にし、魂を視た途端吹き飛んでいきやがった。

 考えていた事自体を抹殺したくなる程の歓喜が身を蝕む。

 強すぎる感情に眩暈すら感じる。

 だと言うのに目の前にいる主から目を離せない。

 仮に逸らそうとするモノが居たとしたら排除したとしても主を見る事を止められない。

 

 強烈なまでの存在感に押しつぶされていると錯覚すらする。

 

 あぁ、あぁ、コイツが俺等の無二の【主】だ。

 他の誰にも決して渡さねぇ。

 横からかすめ取ろうとする奴が居るなら形が残らず切り裂く。

 主の所へ行こうとするのを止めるモンが居るならそのどてっぱらに風穴を開けてやる。


 コイツが俺等の唯一無二の【主】だ。  


 オージサマが主に俺等の事情を説明しているのが酷く遠くに聞こえる。

 目の前の主以外が色あせていく。

 どうすれば主と契約が結べる? なんて悠長な事を考えていた少し前の自分をぶん殴りたい。

 ただ渇望する。

 主のモノになるのだと本能が叫ぶ。

 オージの話を終えるのが遅いと怒りすら浮かぶ。

 俺の隣で相棒が足を踏み出そうとしているのを何とか食い止める。

 此処で相棒が暴走すれば俺も引きずられて何も考えられなくなる事がわかりきっている。

 獣人が二人とも暴走しちまえば何が起こるか分からない。

 俺等の暴走を止められる相手が今の俺等には存在しない。

 主を求めて暴走してんのに止められるのが契約後の主だけってのは流石に救えねぇ。

 

 早く! 早く! はやく! ハヤく! ハヤク!


 飢えが最高潮に達するかって時主の目が俺等の方を向いた。

 何処までも静かな夜を彷彿とさせる夜闇の眸が真っすぐ俺等を見据えた。

 もう限界だった。


 意識が一瞬飛び気づいた時には俺と相棒は主の前に跪いていた。

 視線が地面に向いているのをぼんやりと見ていると主の慌てた声が聞こえる。

 が、俺等はこの体勢を崩す気はない。

 少なくとも主の許しがなければ、だ。


「まさか彼等がここまでするなんてね」

「不勉強で申し訳ございません。【獣人】にとって【従属】の本能は其処まで強固なモノなんですの?」

「私も多少学んではいるが、ここまでとは思っていなかったかな」


 主とオージの戸惑いの言葉が聞こえるがどうでも良い。

 ただ早く俺等と【契約】を結んでほしかった。


「これでは話ができませんわね。せめて面を上げて欲しいですわ」


 許しを得て俺等はようやく顔を上げる。

 恐ろしい程静かな夜闇の眸がさっきなんかよりも近くに見えた。

 眸の中には疑心が、探りの色が見える。

 俺等を疑い裏を探っている事は理性では分かっているってのに、ただ主が俺等だけを見ている事に震える程の喜びを感じる。

 まだ俺等の正式な主ではないと分かっているのに、それでも主が視線を向けていてくれる事に涙が出そうだった。


 過去無二の主を見つけた獣人は狂う程の歓喜と多幸感に包まれたと伝えられている。

 狂う程? 馬鹿が。

 これはそんな甘いモンな訳がねぇ。

 このまま感情に飲まれて狂い死んだとしても俺等は欠片の後悔もしない。

 無二の主を見つけ、その前で死ねる事に喜びすら感じて逝くだろう。


 此処までは思ってみなかった。

 けど当たり前だとも思った。


 声が震える。

 だが請わなければ、という意識に思考が塗りつぶされる。

 ただ本能ままに言葉を紡ぎだした。


「永久の契約を貴女ニ。この身は魂まで貴女のモノでス。如何様にもお使い下さイ」

「全てヲ」


 困惑していても眸の奥が冷めている。

 一度は殺し合った相手だから当然だ。

 此処ですんなり受け入れる程甘ちゃんだとは思っていなかったがそれでこそとも思う。

 ただ、たとえすんなり受け入れられても、それはそれで問題はないと思うかもしれねぇが……自分の変わりように理性が鼻で笑った気がした。


「ワタクシは獣人の方々の【特性】について良くは知りませんわ。ですから幾ら契約を結んだとしても信頼する事は難しいと思っていますの」


 俺等を見据える夜闇の眸には「強い」覚悟が宿っている。

 主は今何かを決断した。

 それはきっと問いかけの答え次第では契約を突っぱねるという事だろう。

 その事でたとえ俺等が自死しようが、意見を変える事は無いのだろう。

 あの事件の時、自身の思いを貫くと傲慢までに言い放った時と同じ瞳をしている。

 だから分かった。

 だが、何を言われても俺等にとっての【主】はこの夜闇の眸を持つコイツだけだ。

 他は要らない。

 他なんぞ目に入らない。

 だから言ってくれ、一体主は何を望んでいるのかを。

 その全てに応えて俺等は主の存在こそを希うから。


「ワタクシは貴方方を一番に置く事はできませんわ。今後一番になる事も無いでしょう。……下手をすればワタクシは貴方方を一生信頼しないかもしれない。そんな人間だとしてもワタクシを主に望むのですか?」


 その何が悪いのだろうか?

 俺等は主の敵だったのだ。

 信頼は確かに俺等を幸福にするだろう。

 だが主の眸を見るだけで俺等は今こんなに多幸感に包まれているのだ。

 それだけで死んでも良いとすら感じているのだ。

 ならば信頼なんぞされていないなくとも何が問題ある。

 契約を結んだ最初の命令が「死」だとしても俺等は恨む事無く、歓喜のまま死んでいく。

 だからその程度の事でコイツが主となるのならば何を戸惑う事があると云うのか。


「何も問題はありませン。俺等はただ全てを貴女に捧げるだけでス」

「魂すら貴女に捧げまス」


 真っすぐ俺等の真意を探るために見据えてくる眸に俺等が視線を逸らす事は無い。

 俺等に嘘が無いと悟ったんだろう。

 途端主の雰囲気が和らいだ。

 ダメな子を諫めるような呆れているけれど先程まで程の強い猜疑心が薄れた、けど決して此方を完全には信じてはいない眸。


「こんな人でなしを主に、だなんて。なんて馬鹿な子達」


 それは小さい、俺等獣人の耳でも辛うじて聞こえる程の大きさの声だった。

 だが確かにそれは許容の言葉であり、まだ幼い主がまるで大人のように感じられる言葉だった。


「(人でなしで何が悪イ。俺等は人殺しのろくでなしダ。そんな俺等の主が真っ当である必要なんぞねぇヨ)」


 真っ当な人間は俺等の主はなれない。

 むしろ人でなしで何処か欠けている、傲慢な程強い人間だからこそ俺等の主に相応しいんだ。

 俺は生まれて初めて神の采配に感謝した。……主に会えた事に、そして主として全てを捧げる事が出来る事に。


「――分かりましたわ。貴方方の主になりましょう」

 

 それは俺等にとって待ち望んだ「許し」の言葉だった。


 それからはあっという間だった。


 【従属契約】がどういったモノが主が調べる前に俺等はさっさと【契約】を結ぶ事にしたのだ。

 それは詳しく知った主が【仮契約】で様子を見よう、なんて言い出しかねないからだ。

 そのぐらい主は慎重だ。


 俺と相棒は体中に魔力を巡らせると【従属の儀】を発動させる。

 

「「【獣人を作りたもうあまねく神々に伏して願い奉ル】」」


 力を言葉にのせて紡ぐ。

 言葉に反応して俺等と主を囲むように魔法陣が敷かれる。

 赤と青の魔力が火花を散らしながら陣を引いていく。

 その魔力量に主が目を見開くのが視界の端に映った。

 此処まで大掛かりな【契約】であるとは思いもしなかったって所だろう。

 だが俺等にとっちゃこれが当たり前だ。

 【従属契約】はその獣人の生涯を縛りつける永久の鎖。

 魂すら縛る事が出来る代物だ。

 故に【契約】も大掛かりとなる。

 そして此処まで来てしまえば主は止められないし止めない。

 【契約】をキャンセルする事で起こりうる被害まで考えてしまった時点で主に取れる方法は殆ど無いのだ。

 慎重な主だからこそ不意打ちが一番効果的だった。


「「【我が生涯に唯一人の彼の人に魂すら捧げ仕える事を許したまエ】」」


 赤と青の光が強くなり俺等を包み込む。

 俺等から発生した光が主の前で明滅する。

 アレは俺等の魂の一部だ。

 【従属契約】は魂の一部を主に捧げる。

 主にとっちゃこの光が魂とは分からないかもしれない。

 が、それが粗雑に扱えないモノだという事は分かったのだろう。

 すぐさま受け取る事は無く、ただそれを見極めるために見据えている。


「「【主】」」


 俺等の呼びかけに主が此方を見る。


「「【我が魂を受け取リ 唯一とならん事を伏して願い奉ル――許しの証として名ヲ】」」


 主は少し戸惑っていた。

 だが、引き返す事は出来ないと悟っているのだろう。

 再び少しだけ呆れたような表情をしたが、直ぐにそれを覆い隠す程の強い眸で俺等を見据えた。


「【苛烈に鮮烈に閃光のように生き行く紅の眸を持つ貴方に相応しい名を授けましょう――貴方は今日から「ルビーン」です】」

「【時に静かに時に激流のような激しさで生き行く蒼の眸を持つ貴女に相応しい名を授けましょう――貴女は今日から「ザフィーア」です】」


 名を授けられその身が縛られていくのが心地よい。

 魂をそっと掴み我が身へと近づけ名を付けた主と繋がっていくのを感じた。

 魂の一部が主へと渡され、主の魔力で作られた鎖に縛られていく。

 束縛なんて御免だと思っていた俺がその鎖の存在に歓喜する。

 その身の変化に何も疑問を感じる事は無い。

 ただ多幸感に身を任せたい意志をねじ伏せる。

 契約の儀式を締めくくる、そのためだけに。


「「【我が身我が魂の全ては主のモノとなり生涯仕える此処に誓いまス――契約は今此処ニ!】」 


 周囲を巡っていた魔法陣と魔力が俺等に一気に収束していく。

 笑えるくらいの魔力が俺等に取り込まれていく。

 が、それは決して俺等や主を傷つけるモノではない。

 糧となり主を守る術となる。

 全てが収束し終えた後、主の外見には一切変化はない。

 だが俺等には変化が現れているはずだ。

 俺等を見る主のが目が驚きに見開いた。


「貴方方……顔に刺青のようなモノが」

「【契約紋】ダ」


 【従属契約】を結んだモノに現れる紋。

 多分顔から心臓まで続いている事だろう。

 これはある意味主が真の意味で俺等の主である事の証だった。

 過去に居た【主】以外と【契約】した獣人はこれが腕や足などに現れ心臓には現れなかったらしい。

 逆に真の主と契約を結んだモノは例外無く心臓と繋がり大きな紋となって現れる。

 見てみると心臓を囲むように紋が刻まれていた。

 相棒を見ると相棒も同じようだった。

 当たり前だ。

 俺等は【真の主】を得たのだから。


「此れで【契約】は完了ダ。これから宜しク――末永くナ」


 そう言いながら魂を捧げた主に向かって俺等は再び頭を垂れた。





 その日の夜俺等は夢の中で『俺等』に会った。

 『俺等』は俺と相棒を憎しみの籠った目で見ていたが、俺等は大爆笑モンだった。

 アイツ等の【契約紋】は腕に刻まれていた。

 って事はアイツ等は違う人間を主にしたってこった。

 馬鹿だよなぁ。

 どぉせ主なんて誰でも同じだと嘯いて目の前のちょっと良さそうな相手を主にしたんだろうが、大間違いだ。

 本能が欲する主を得た多幸感も充実感も一生得られない。

 馬鹿な選択の末が目の前の『俺等』だった。

 もう爆笑モンだよなぁ。

 挙句【真の主】を得た俺等を憎んでやがる。

 この様子だと【主】にあった事がねぇと言うよりも契約の後に会ったって所だろうな。

 本能が欲する【主】が目の前に居るのに契約に縛られて違う主が居る。

 そりゃぁ俺等を恨みたくなるってもんだろうなぁ。

 下手すりゃいっその事殺しちまうなんて事すらできねぇかもしれねぇしなぁ。

 【主】のうまれを考えれば有り得ない話じゃねぇ。

 【主】を得る事が出来ず【主】を殺す事も出来ない。

 もう俺等を憎む他ないってかぁ?

 笑えるが笑えない道を選んだ愚かな『俺等』

 が、俺等にしてみりゃあ嘲笑の対象でしかない。


「せぇぜぇ羨めヤ。テメェ等が得られないモンを一生噛み締めてナ!」


 あらんばかりの嘲笑を侮蔑を込めて俺等は最高で最低の嗤いを『俺等』に送ったのだった。



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