第134話・そうして俺等は一生続く快楽に酔いしれるのだ(3)




 王城の牢屋ってのは案外快適なモンだなぁ。

 まぁいた事のある一応の組織があーだった事を考えれば当たり前と言えば当たり前かもしれねぇけどな。

 首には魔封じの魔道具を嵌められてはいるが別に拷問される訳でもなく、尋問もあんまりされてねぇし、ただ牢屋で寝転がってるしかやる事がねぇ。

 つまらねぇなぁ、おい。

 というよりも脱走する事を前提に捕まえられてるのか? と思わなくもない。

 そんくれぇ牢番の力量にばらつきがあんし、隙だらけだ。

 俺等一応王族を襲撃した極悪人なんじゃねぇの?

 ……ただあの兄貴の方のオージサマは曲者っぽかったんだよな。

 諦め癖は頂けねぇが、頭のキレそうな奴だった。

 んな奴の元がこの国のオーサマなんだろ?

 しかも黒幕のオーヒサマとは別の女の子供らしいし?

 死んだって言うオージの母親が冷徹な奴じゃねぇかぎりあの頭はオーサマ譲りってこった。

 んな奴が穴だらけで脱走できそうな甘さを見せるか?

 俺と相棒が残ってんのは目的のために今後ここに来る奴等と交渉するためだが、普通なら死罪が確定している牢から死に物狂いで逃げる事を考えるよな?

 俺等は御貴族サマと違って命よりも大切なモンはねぇし。

 んぁ? いやまぁ俺等は命よりもスリルとかの方が上からもしんねぇけど、別に死にたがりって訳じゃねぇし。

 ちょっとばかし優先順位は命よりもスリルなだけで。

 本能的には欠落してねぇからいいんだよ。


 変わりモンの俺等はともかく、他の奴はこの状況に人並みに恐怖を感じてんだろうし、人並みに死の恐怖に怯えているはずだ。

 そんな所に力量が違う牢番や脱走できそうな隙があるとすれば?

 一筋の光明に思えても仕方ねぇだろうに。

 

「(むしろそれが狙いカ?)」


 脱走すらも罠の一つって所か?

 だとすれば考えた奴は性格わりぃな。

 いやえげつない、か。

 

 ま、俺等は相棒以外は寄せ集め、足を引っ張られた記憶はあるが、忠告してやる好もねぇしな。

 罠かどうかは分からねぇが、それを考える事も無く、抜け出すならどっちにしろ命は長くねぇだろう。

 改めて死の刻限が迫っている場所に引き戻されるよりか何も感じず死んだ方がマシなんじゃねぇの?

 どっちがマシかなんて俺には一切関係の無い話だしな。

 精々短い余生を満足できるように生きて下さい? まぁ無理だろうけどなぁ。


 案の定今回の襲撃において俺等以外に生き残っていた奴等は皆脱走した。

 怪我が相当酷い奴は早々に捕まって牢屋に引きずり戻されていたが、一人、二人は逃げ切ったらしい。

 引きずり戻された奴が何やら「うまくやりやがって」だの「俺を囮にしやがって! のうのうと生き延びやがった!」だの喚ていちゃいるが、どーだろうなぁ?

 逃げ出した奴には十中八九監視が付いてる。

 依頼主を突き止めたいのか、別の用途かは知らねぇが、大方仲介人を見つけられず、使えない認定されて消されるって所だろうよ。

 運よく仲介人に会えたとしても追い払われるか、その場でソイツ等に消されるか、だ。

 金で雇われた奴の末路なんぞ、んなモンだろーよ。

 俺等みてぇに黒幕まで突き止めて脅しとかねぇと長生きは出来ねぇってな?

 王族を害するなんぞ成功しても失敗してもほぼ死ぬしかねぇ依頼を金に釣られて受けるくらいの知能しかねぇ奴等だったし、お似合いの末路なんじゃねぇの?

 にしてもうるせぇなぁ。

 その餓鬼にしてやられた上大怪我して逃げきれなかった雑魚が、俺等の【主】を貶しやがる。

 【スキル】はなくても俺等はコイツを殺す事なんぞ簡単だ。

 むしろ証人はすくねぇ方が俺等の価値は上がる。

 

「(いっそのこト、殺しちまうカ?)」


 騒音は無くなるし、それもいいかもしれねぇなぁ。

 俺はそんな気持ちで隣を見た。

 ら、それなりに本能的な危機感知能力はあったらしく、黙りやがった。

 チッ! このまま喚いていれば死罪に怯えないようにしてやったってのに。

 永遠に話す事も出来ねぇが早いか遅いかだ。

 何の問題もなかったってのによぉ。

 黙りこくった奴に手を出して更に喚かせる、雑音を態々生み出す趣味はねぇから諦めるしかねぇか。

 コイツを黙らせても面白くも何ともねぇが腕が鈍らないために多少の役にたっただろうになぁ。

 雑魚の分際で運の良い奴だ。


 目的も果たされたからか牢番達の力量は均一化され上がった。

 隙も欠片も見えなくなった。

 こりゃ本気で罠だったみてぇだな。

 連れ戻された奴は二度目はないとばかりに一度脱走されたがための厳重警戒だと思ってるよぉだが、自意識過剰じゃねぇの?

 雑魚はプライドだけは馬鹿たけぇからなぁ。

 実力も伴ってねぇと滑稽でしかねぇけどな。


「(やっぱりバカ高い矜持はそれ相応の実力あってこそだよナァ。そウ、あの【主】みたいにナァ)」


 脳裏に対峙していた時の生き残ると宣言した主の真っすぐな眸がよみがえる。

 あの傲慢ともいえる高い矜持と、それを打ち立てるに相応しい実力。

 まだ幼い子供である事なんて一切関係無い。

 研磨された宝石のような瞬間を照らし焼き尽くす苛烈な閃光にも似た輝き。

 あれを前にしちまえば目の前の奴なんぞ雑魚どころか塵としか見えねぇ。

 塵は塵らしく掃除されるのもまてば良いのに合わねぇプライドを振りかざして更に笑いを誘っている。

 囮として置いていかれた事を「自分は残ってやった」のだとでも言いたいのかもしれねぇなぁ。

 逃がすために囮になってやった?

 大笑いだ。

 そんな幻想で自分を慰める事しか出来ねぇのかよ。

 だからテメェ等は雑魚なんだよ。

 考える頭も無く、先を見通す目も無く、ただ金に釣られた雑魚。

 出涸らしになっても使われてあっさり捨てられる。

 その最期の時になってようやく自分の分に気づくってか?

 幸せな最期なんじゃねぇのぉ?

 俺ならゴメンだがな。

 今なお時折脱走していった奴等が無事逃げ通したと思っている頭がめでてぇ奴に俺と相棒は内心嘲笑すると来る日を待ち望み笑った。



 待ち望んだ日、俺等が交渉できそうな奴が現れた日。

 牢屋にやって来たのは流石の俺も驚く相手……兄貴の方のオージサマだった。

 両側にそれなりの力量のキシサマを連れたオージサマは力の限り罵倒するオトナリサンを笑顔でねじ伏せると俺と相棒に目を向けた。

 その目には探るモンを感じさせるが、別に怒りやら憎しみやらは見当たらねぇ。

 どうやらコイツは俺等をこの場で切って捨てる程の憎しみを抱いてはいないらしい。

 お人よしにはみえねぇから、何か理由があるんだろうが。

 まぁ誰も死んでねぇってのもあんだろうけど。

 

「本当に逃げていないんだね」

「ンァ?」

「君達程の力量があれば脱走することなんて簡単だっただろう? あれだけの隙があったんだから」


 オージサマの言葉に思ったのは「やっぱりなぁ」だった。

 どぉやら考えていた通りあの隙は業とって奴だったみてぇだなぁ。


「スキを突いて脱走しテェ? 安心して隙だらけの姿を監視した挙句褒賞金を取りに行った所デェ? 仲介人ごと一網打尽ってカァ?」


 仲介人を見つけられれば一緒に、見つけられなければ脱走した奴等だけ。

 どっちにしろ末路は一緒だ。

 死の国に行く奴等の人数がかわんだけだろう?


 俺の言葉にオトナリサンの罵倒が途絶え、信じられないという顔で俺とオージサマを凝視してるのが分かった。

 ウケル! 本当に気づいてなかったのかよ!

 ありえねぇ、本当にありえねぇ!

 有り得なさすぎて、一周回って面白くなってきた気がするぜ。

 最後の最後に娯楽を提供してくれてあんがとよぉ。

 一秒後には忘れるだろうけどなぁ。


 オージサマは俺の言葉を一切否定しなかった。

 むしろ俺が理解した事に笑みすら浮かべてやがる。


「(あーあーやだネェ。頭の良い奴ってのはこれだかラ)」


 そういや【主】も策を考えて思考を巡らせて戦うスタイルっぽかったなぁ。

 さぞかし気が合うんだろうなぁ。

 ……後ろから歯ぎしりが聞こえんだが、俺と同じ結論に至った相棒のなんだろうなぁ。

 今の今まで欠片の感情も表に出さなかった癖に【主】の事になんとあっさり崩れる。

 それは俺等にとっちゃ“当たり前”だが、流石にここまであからさまなのは俺でもびっくりだ。

 この方が面白いからいいっちゃあいいんだが。

 ……正直言って俺も似たような心境だしなぁ。


「否定はしないけれど、君達なら追手を振り切る事も可能だったんじゃないのかい?」

「俺も否定はしねぇヨォ?」


 人を小ばかにした笑みに両側のキシサマ達の目に怒りが一瞬過る。

 が、別に抜刀する事も無く、ただ俺を不穏な眼で見ているだけだ。

 それもよぉくみねぇと分かんねぇくらいだ。

 ほぉほぉ、ほぉ?

 大した自制心だこと。

 これはこれで揶揄いがいがありそうだ。

 とまぁ普通ならこれ幸いにと娯楽を求めるんだが、今回は目的が別にあんから勘弁してやるよ。

 心の中でキシサマ達へ舌を出すと俺はオージサマに向き直る。

 相変わらずこっちは何を思ってんのかよくわからねぇ目をしている。

 コイツはコイツでまだ子供だってのに、怖いねぇ。

 が、冷静な判断力はむしろ好都合だ。


 俺等は【主】の所に行きたい。

 コイツ等は俺等から黒幕の情報を引き出したい。

 取引もできそうで良かったんじゃねぇ?


「何故だい?」


 おぉ! この年でする目じゃねぇなぁ、オージサマ?

 本当にこれで自分の身を軽んじてなけりゃ主っぽいのになぁ。

 ま、俺等にとっちゃ【主】はアイツだけだ。

 アンタに従属する奴もいそうだけどなぁ。

 会えるかどうかはしらねぇけどな。


 威圧感すら漂わせるオージサマに俺は不敵な笑みを浮かべる。

 遊び相手とはこれほどないってもんだが、まぁ今は交渉相手だ……【主】の所にいくための大切な、な。

 

「確かニィ? 【スキル】を封じられてよーガ、厳重にされてよーガ? 抜け出そうと思えば抜け出せるゼェ?」


 何処までも俺というスタンスを崩さず答えるとオトナリサンから感じる視線に恐怖が混じり込んだ。

 ウゼェけどこれからの事を考えれば我慢できる程度だ。

 俺の獲物は目の前のオージサマであって雑魚にはよーはねぇ。……まぁ最後の最後にアソバセテもらうかもしんねぇけどなぁ。


「俺等が抜け出すようニ? いヤ、違うカ。逃げ出せるようニ、ご丁寧に相棒と一緒にぶち込んでくれた訳ダ? 見当が外れて残念だったナァ?」

「別に逃げないのなら、それはそれで此方にデメリットはないからね。何の問題もないと思ってるよ?」

「どっちにしロォ、情報さえ取れれば問題ないもんナァ?」

「君達が逃げると追うのも大変だし逃げないのならその方がこちらの労力はかからないし、そっちの方が好都合だけどね。君達の口を割らせる方法も無いわけじゃないし」

「オォ、恐ろしい事さらっと言うナァ。お子様は知らなくても良い事じゃねぇノ?」

「さぁ? まぁ王族として生きている以上いつまでも子供でいられるわけじゃないけど、とは言っておくけどね」


 本当におっそろしい事で。

 オトナリサンが俺等を見て「化け物」って呟いてんぜ?

 狼の獣人だからなぁ、聞こえてるんだぜ。

 別に傷つきもしねぇけどな、その程度じゃ。

 俺は勿論の事オージサマも「そう?」と言って笑ってそうだなぁ?

 全く、この程度で怯えるからテメェは雑魚なんだよ。


「脱走の本命は俺等だろウ? 俺と相棒を一緒の牢にいれたのモ? 俺等の牢を入口近くに配置したのモ? 全部が全部俺等を脱走させて黒幕の所に行かせるためなんだろウ?」


 俺等なら確実に黒幕を知っているだろうからなぁ?

 オージサマは何も言わねぇ。

 が、それは肯定も否定もしないってこった。

 笑って答えない、それが答えと思えば良いって事なんだろう?

 あー本当にやだねぇ、王族様は。

 こんな怖い奴等がゴロゴロしてやがんだから。

 王族を襲撃するって事はこういった奴等を相手取るって事だ。

 どんだけ無謀か分かるってもんだろう?

 ま、ギリギリのスリルを求めて引き受けた俺等が言うこっちゃねぇだろぉけど。

 

「やっぱり気になるな。――君達は何故脱走する素振りすら見せなかったんだい?」


 偽りを許さないと眼差しは目の前のオージサマが「強い」という事を知らしめている。

 本当に無二の主様がいなけりゃ一緒に居んのも悪くねぇ相手だなぁ。

 まぁ【主】を見つけた以上他はどーでもいい訳だけどな?


「それをどぉしてアンタが聞きに来たんダ? アンタは別に尋問も拷問もする気はねぇんだろウ?」

「ないよ? そんな権限私には無いからね」

「じゃあ答えなくても良いって事だナァ?」

「そうだね。これは私の個人的な疑問だからね。答えたくなければ答えなくとも良い問いかけだ」

「おーおー素直なこっタ」

「けど、そうだな……――」


 其処でオージサマの顔が少し変わったのが分かった。

 なんてぇか、襲撃事件の時に見た自己保身をしない、多少ムカついた顔じゃなく、自分を出す事を憂う顔でもなく、自分の我を通す事を決めた顔――少しばかり主に似てる顔をしていた。

 ……ッチ。一瞬羨ましいと思っちまった。

 俺達は人様を羨む事は殆どねぇ。

 其処まで何かに執着した事がそもそも無いからな。

 だが執着心を持っちまった俺等はそれを持っている相手を強烈に羨ましいと感じる心が芽生えちまった。

 

「(こりゃア、恐ろしいもんだナァ。強い執着心は場合によっちゃ身を滅ぼすとは思ってたガ、確かに「コレ」に振り回されリャ、身を滅ぼしても可笑しくねぇナァ)」


 これが執着心、か。

 あぁけれど。

 この気持ちすら【主】を見つけたために得られたモノだと思えば喜びすら感じる。

 

「(獣人ってのは相当イカレタ種族だネェ。まぁ人だって相当なモンだシ、マトモな種族なんぞ世の中にはいねぇってこっタ)」


 俺は胸に抱いた思いのまま薄っすら微笑みオージサマの言葉を待つ。

 多分先の言葉は、主を匂わせるモンのはずだ。


「――……私も彼女に見習って少し自分の我を出してみようと思ったんだ。……結構悪くはない気分だな?」


 あんまり主と似た所を出すのはやめて欲しいぜ。

 交渉するに値するし個人的に嫌いな訳じゃねぇが、少しばかり反抗心が芽生えちまうじゃねぇか。

 ……主の所に行けるかどうかの瀬戸際でまで遊ぶ気はねぇけどな。


「そーだナァ? 教えてやっても良いゼ? 代わりに俺等のお願いを聞いてくれるんならナァ?」


 俺の言葉にオージサマの両隣にいる奴等が武器に手をかけた。

 別にぃ? 今の俺にはオージサマを攻撃する手段はねぇんだけどなぁ?

 手枷は簡単に外れるが、別にまだ外してねぇぜ?

 動じない俺にオージサマが自分の護衛であるキシサマ達を手で制すると俺を見極めようとしてんのかこっちを見据えて来た。

 その一蹴する事の無い強い眼差しに俺も自身が高揚するのが分かった。

 これで俺等はアイツ……【主】の所へ行く事が出来る。

 あぁ、やっとだなぁ。

 脱走せず待った甲斐があるってモンだ。


 と、その前に盛大に笑かしてくれたオトナリサンに最後の娯楽を提供させてもらいますかっと。

 さぁどーいってやろーか。

 オトナリサンは気づくかねぇ?


「内容は? 聞くだけは聞いてあげるよ。叶えるかどうかは分からないけどね?」

「だろうナァ。俺等のお願いは一つダ――俺と俺の仲間を解放しロ」


 オトナリサンから感じる視線に歓喜が混ざり込むのを感じて内心嗤いが止まらない。

 あぁ単純だなぁ、雑魚が。

 今度は助かるかもしれないという希望に目が眩んでやがる。 

 その言葉が自分を更に叩き落とす言葉でしかねぇとも気づかずなぁ。


「代わりに俺等は仲介した貴族から黒幕まで知っている事は全部話してやるゼ?」

「欲しい情報を得る方法はこちらにはいくらでもあると分かっている……みたいだね。そこまでの価値が自身にあると思っているのかい?」

「黒幕に繋がる証拠なんてぇのは其方さんも欲しぃんじゃねぇノ?」

「ふむ。けれど君達をここで解放してしまえば被害が増えることを考えればあまり分の良い賭けとはいえないんじゃないかな?」

「アァ、安心しろヨ」


 俺は俺等の勝利の確信とオトナリサンの絶望の確信に哂う。


「俺等は【主】の所に行きたいだけだからナァ。今後こんなモンとは手を切るってのはどーダ?」


 アンタの大切な国民に意味も無く手を出したりはしなくなんぜ? ――俺等の主が命じ無い限りはなぁ。

 俺の言った事が最初は誰にも通じなかったんだろう。

 誰もが俺の言っている事の咀嚼に気を取られ笑えるぐらい無防備だ。

 隙だらけ過ぎて脱走したくなくなったが、する意味もないから欠伸でもしていると最初に気づいたのはやっぱりと言うべきかオージサマだった。


「そうか。君達は【獣人】だったね。絶対の【主】を見つけた、という事か」

「ご名答ゥ! 更に更にィ、オマケで教えてやるヨ。俺等の主は黒幕やそれに与する奴等じゃねぇヨ」


 此処までいやぁ誰か分かるかもな?

 案の定オージサマは気づいた。

 俺等が「誰」を【主】としようとしているか。

 

「彼女も色々大変だな」


 オージサマ然としたツラじゃないのは素がでちまったって所かねぇ。

 俺等はあえて「誰だ」とは言わねぇが、オージサマは気づいてるからいいだろ?

 本来なら王族の誰かを主に仰がないとダメなのかもしれねぇが、もう唯一の存在を主と定めている獣人に他の奴への従属を強制すればただじゃ済まねぇ。

 過去にそれをした際に騎士団が一つ丸々潰れたりしてんだぜぇ?

 あれ、本当の話だからなぁ。

 本来なら子供、しかも女が持つには過大な戦力と言えるかもしれねぇが、現時点で敵ではない奴の上、無駄な労力を割かずに有力な情報を得る事が出来る。

 そこまで悪い取引ではねぇはずだ。

 此処で主が力を持つ事を恐れて取引しねぇなら仕方ねぇ。

 勝手に此処を出て勝手に【従属契約】を結びにいくだけだ。

 その場合オージサマ方の面子は丸つぶれかもしれねぇなぁ。


 どっちでも良い俺はオージサマの返答を待った。

 まぁ暇つぶしはあるからいいさ。


 隣から聞こえる牢を揺らす音に俺は笑みを浮かべる。

 最後の最後に俺の娯楽になってくれたなぁ。

 今までの出来事をチャラにしてやってもいいぜぇ。

 精々最後まで踊ってくれよ。


「そ、れは! それだと俺は!」

「ンー? ようやく気付いたのカァ? そうそウ。俺は獣人である俺と俺の相棒を解放しろと言ったんだゼェ?」

「だが! 仲間、と!」

「貴様と仲間になった覚えはなイ」


 相棒からのある意味で俺等にとっちゃ当たり前の言葉にオトナリサンの顔が怒りに赤くになり、直ぐに自分の行く先を知り青ざめる。

 おぉおぉ、一瞬で変わってんなぁ。

 それ芸にすればもうちょっとマトモな死に方も出来たんじゃねぇの?

 死に際に見つけるには不相応な芸だけどなぁ。


「俺等の中に仲間意識なんてぇのは無かったのを知らないとは言わせないゼェ? 特に俺等に対してんな事言えるとでも思ってんのかカ?」


 心当たりしかねぇもんなぁ。

 目が泳いでんぜ?

 

「一番最新の奴だトォ、脱走の時俺等には一切計画を話さずニィ、むしろ俺等を牢屋に残して囮にする気だったんだってナァ?」

「なっ!? 何故それを!?」


 コイツ本当に馬鹿だなぁ。

 認めやがる。

 オージサマはあんまり表情変わんねぇが、両隣のキシサマ達の目に蔑みがまざってんぜぇ?

 まぁこぉけつなキシサマ達にとっちゃコロコロ変わるコイツ等の思考回路なんぞ理解できねぇんだろうなぁ。

 俺等も理解出来ねぇけどなぁ、こんなバカの思考回路は。


「狼の獣人の五感の良さをしらねぇのかヨ、雑魚ガ。隣同士の牢屋で話してる程度の音量を聞き取れねぇ訳ねぇってのにヨォ」


 俺等を獣人風情と罵り、獣人の能力に嫉妬し、分け前が減る事を恐れて俺等を切り捨てる気で囮にするために脱走計画を話す事は無かった。

 その結果が抜け出せた奴等もオトナリサンも末路は一緒だ。

 逆に俺等はどっちにしろ此処を出て最高の主を得る事が出来る。

 結局テメェ等はその程度だったってだけの話だ。

 これを教訓に来世で頑張ればいいんじゃねぇの? ――まぁ覚えてらんねぇだろぉけど。


 笑ってトドメを刺した俺にオトナリサンは絶望のまま言葉を失う。

 その急激な上がり下がりに俺は嗤う。

 今なら大爆笑できそうだ。

 良い暇つぶしになったなぁ。


「その性格を見ていると解放する事を戸惑ってしまうよね」

「主にハ、んな事しねぇサ」

「本当に君達獣人にとって「主」は特別な存在なんだね」


 なんとも「人」らしい台詞だなぁ。

 俺等獣人は唯一の【主】を得る事でようやく欠けたものを補えた多幸感に満たされる。

 最初から全てが埋められている「人」には一生わからねぇモンだろぉよ。


「(まぁ欠けてる人間なんぞ何処にでもいんだろぉけどナ)」


 目の前のオージサマや俺等の主みてぇのがな。

 獣人の中では変わりモンであろう俺等と人として何処か欠けている主。

 全くもって神様は俺等に相応しい主様を用意してくれたもんだ。


「デ? 俺等のお願いは聞いてもらえるんですかネェ?」

「即答はできないよ。そんな権限を私は与えられていないからね。ただし陛下に伝える事は出来る」

「ヘェ? 伝える気あんのカ?」

「そうだね。心配しなくても伝えておくよ。後、唯一の「主」を見つけた獣人だという事もね」

「随分気前がいいナァ? 何か企みでもあんのかヨ?」

「たいした事じゃないよ。……「主」という存在に対して此処にいないのに其処までの顔が出来るなら問題ないと思ったってだけだよ」


 オージサマの言葉に俺と相棒は虚を突かれた。

 思わず相棒と顔を見合わせるとオージサマの笑い声が聞こえて来た。


「ようやく君達の素を見る事が出来たかな。……そんな顔をさせる事が出来る「主」であるのが彼女だと言うなら信じられると思ったんだ」


 オージサマはそれだけを言い残すと困惑したままのキシサマ達を連れて去っていった。

 あっさりした、潔すぎる去り方に呆気にとられた俺だったが、直ぐに何かが込み上げてくる。

 これはきっと喜びとかそういったモンだ。

 俺と相棒は引き出された感情のままに爆笑する。

 死の恐怖と絶望に彩られた牢屋に場違いともいえる笑い声が響く。

 オトナリサンは勿論の事、今回の件とは関係のない奴等までもが俺等を気味悪げに見てくるが全く持って気にならない。

 ただただ食えないオージサマにしてやられた爽快感と主と会える歓喜に笑いが止まらない。


 結局俺等が爆笑をとめた時、俺等を見る奴等の目には恐怖と拒絶しか浮かんでなかったし、オトナリサンも一切話しかけても来なくなった。

 それが気になるなら俺等は今此処にいやぁしないけどなぁ。

 不愉快な視線にイライラしなかったのは多分主とオージサマの御蔭って奴だったんだろうけどなぁ。



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