第127話・最後には「仕方ないね」と笑ってくれるはずだから(2)




 嬢ちゃんの剣は「かたな」と命名された。

 そういや、ある地方に「カタナ」と言われる武器があるが、それに似ている気がする。

 ただ鍛冶師の中でも一握りしか作れない上一子相伝の秘伝だとか言っていたはずだから、似て非なるモノなんだろうとは思うんだけどな?

 妙に使いずらい剣だし、多分嬢ちゃんのオリジナルなんだろうと思う。

 嬢ちゃんの武器である「かたな」は刃の入り方が普通の剣とは違っていた。

 片刃ってだけでも珍しいのに、剣を抜いた時すぐさま攻撃出来る方とは反対の方に刃が収まっているのだ。

 何かを切るつける時剣を返す一動作を必要とする、冒険者としてはあまり褒められない形状だと言うしかない。

 動作が多くなればそれだけ相手に読まれてしまう可能性が出てくる。

 一動作で先手を取る事が生き残る可能性を引き上げる、というのが冒険者の一般的な考え方だ。

 そんな考え方とは逆を行っている嬢ちゃんのかたなは多分冒険者には受け入れられない代物だろう。

 嬢ちゃんが冒険者として生きていくわけじゃないから問題ないと言えば無いんだが、態々使いずらい剣を造り出した理由を知りたいと思った。

 課題として提出されたモンだから余計にな。


 嬢ちゃんはその剣を「自分の覚悟の証」だと言った。

 巡り人である事をオレとパルが知っていると言えば、自分が抱えていたモノを簡単にだが話してくれた。

 話してくれたが、理解は出来なかった、と言うのが本当の所だ。

 人を殺す事に忌避感を抱くのは人として当たり前だ。

 けど無意識が体を支配するレベルで拒否する例はあまりないと思う。

 そんな癖を持っているという事は本来なら生きていくには致命的な弱点を抱えているとみなされる。

 ココでは一歩外に出れば自分が殺さなければ殺される世界が広がっているからだ。

 貴族令嬢である嬢ちゃんなら一生触れずに生きていける世界と言えば、そうだが、嬢ちゃんは既にそんな世界を知っているし、実際自分の手で自身の命を勝ち取って来た。

 そんな嬢ちゃんが使いづらいかたなを覚悟の証と言った理由が分からない、とよくよく考えても思ってしまう。

 オレ等のそんな困惑に気づいたのだろう。

 嬢ちゃんは一瞬苦笑していたようだが、直ぐに真っすぐとオレ達を見据えた。


「ワタクシの中の意識の一部、培ってきた『倫理』が人を殺める事を酷く忌避しているのです。人の命を奪う行為の贖いに自分の命を奪われる。極論を言えば、そんな世界に生きておりましたから。勿論様々な事が考慮されるために全てがそうとは言えませんけれど。ですが『ワタクシ達』は人の死に触れる事は少ないのです。一人の死を世界中の誰もが知る事ができ、その事に驚き悼む事もある、そんな世界で生きていて当たり前と言われてきたモノは幾ら世界が変われど決して薄れる事は御座いません」

「ワタクシはワタクシです。この世界に生きている以上大切なモノを護るためには時として誰かの屍の上に立つのだという事は理解しております。けれど心の一部は共感したくないと泣いているのです。泣いている部分はワタクシの根幹の一つであるために完全に排除する事はできませんし、するつもりもありません。だからワタクシは決めました。全てを受け入れて生き抜いて見せる、と」

「この『刀』はその証ですわ。ワタクシの一部が納得する、けれどワタクシが生きていくための覚悟の証。それがこの片刃であり本来とは逆に刃がついているこの刀なんですわ」


 ココ以外に世界があるという事は理解している。

 けど実感している訳じゃない。

 だから嬢ちゃんが言っている世界がどんな世界なのか想像する事は出来てもイマイチ分からないと思う事も多い。

 オレはパルみたいに異界研究をしている訳じゃないから難しい事は分からない訳だしな。

 ただキース嬢ちゃんが生き抜く覚悟を決めた事だけは伝わった。

 全部ひっくるめてキースダーリエと言う存在として生きていくのだと言っているんじゃないかと漠然とたがオレは理解した。


「この刀こそワタクシの最善ですわ」 

「……これだから巡り人は良く分からん。お前と良いキルシュバリューテと良い、持論を展開し、強引に周囲を巻き込み自分の道を進んでいく。本当にそんな所がそっくりだ」

「それは個人の性格の問題だと言われそうですわ。ワタクシは自我が強いと自覚がありますし『前』の時は皆が其処まで強い訳ではありませんでしたから。むしろシュティン先生がそう言った方を引き寄せているのでは御座いませんか?」

「馬鹿か。その理論で言えば私ではなくオーヴェやコイツが中心だろう。私はあくまで巻き込まれた側だ」


 さらっとオレ達に擦り付けるパルに嬢ちゃんは苦笑している。

 まぁ嬢ちゃんにしてみればパルも含めて、って奴だろうしな。

 大方納得しているであろうパルはダメ押しのように最後の質問を口にした。

 

「お前はその「かたな」で相手を殺せるのか?」

「……ワタクシの道を阻むと言うならば容赦は致しません。何としても排除致します。……どんな手を使ったとしても」


 嬢ちゃんの纏う気配が変わる。

 修羅場をくぐった事により前よりも威圧感が増していると思った。

 パルが完全に納得したかは分かんねぇけどオレはこれだけで充分なんじゃないかと思った。

 嬢ちゃんは切れない剣を作ったんじゃない。

 自分の意志で切る事の出来る剣を作ったんだと。

 

 【愛し子】であり「巡り人」っていう数奇な運命を背負ったキース嬢ちゃんが持つに相応しい覚悟って奴なんじゃないか?

 パルもそれが伝わったのか口では「まぁまぁか」と言いながらも口元は満足そうに緩んでるのが見える。

 コイツも素直じゃない奴だよなぁ。

 言えばこっちに攻撃がきそうだから言わないけど。


 パルに合格を貰ったキース嬢ちゃんは近くに居た兄貴に嬉しそうに駆け寄っていく。

 その後ろ姿を見送りながら視線を感じたオレは視線を降ろすと、クロイノがオレ等をじぃっと見ていた。

 正式に嬢ちゃんの使い魔になったクロイノが過去「何だった」のかオレとパルは知っている。

 前例はない事らしく口止めされた訳だけど、言われなくても言って良い事と悪い事の区別くらいはつくんだがなぁ。

 クロイノの耳に輝く魔石は嬢ちゃんと正式に【使い魔契約】を交わした証なんだろう。

 対になる【契約石】を嬢ちゃんが持ってるんだろうが、そういや何に加工したのか聞いてないな。

 教えてくれるかは分からんが。

 

 クロイノはじぃっとオレ等を見極めるかのように見ていたが、ふっと視線を逸らすと嬢ちゃんの所に駆け出していった。

 産まれたての魔獣だってのに、あの威圧感は流石「巡ってきた」だけはあるって事かねぇ。

 アイツはオレ等、というかパルを警戒していたらしいが、どうやら未だに警戒は解けてないらしい。


「(後押ししたってのに警戒心の強いこった)」


 ま、後押しと言う名の脅迫みたいだった事は否定できないけどな。






 曖昧な言い方しか出来なかったオレ達の忠告を聞き入れて何かしらを感じ取ってくれた嬢ちゃんは事前の打ち合わせ通りオーヴェに呼ばれてその場を離れた。

 それはオレ等、というかパルがクロイノに聞きたい事言いたい事があったからだった。

 聞きたい事は別に対した事じゃない、が嬢ちゃんがいると少々具合の悪い事ではあった。

 まぁ嬢ちゃんと【契約】を結ぶ気があるか、ないかって話なんだけどな。

 これからの事考えれば重要とも言えるからオレも別に反対しなかった。

 暫くの間嬢ちゃんは王城で警戒しなきゃならないし、場合によっては何かに巻き込まれる可能性があるとオレ等考えていた。

 勿論、あんな大きな事件に巻き込まれるのは流石に想定外だったし無事で心底良かったと思うしかないが、小さい何かに巻き込まれた時クロイノが取る行動に予測がつかない事がパルの懸念事項だったのだ。

 オレ等はクロイノの事はよく分からんしフェルシュルグについても詳しくは知らない。

 会ったのは数える程だからな。

 だからまぁクロイノがどれだけフェルシュルグとしての記憶を受け継ぎ、其の上で何を考えているかを知る事は出来なかった。

 嬢ちゃんを含めてラーズシュタイン家は静観しているのは知っているから、まぁ其処まで心配する事は無いんじゃないかとオレは考えていたからオレ自身は其処まで心配してはいなかった。

 けどパルは前例のない人から魔獣への記憶の引継ぎとそもそもフェルシュルグが嬢ちゃんを酷く憎んでいたという事実が引っかかり其処まで楽観視できなかったらしい。

 頭が良い奴はこういう時大変だと思う。

 だからパルは嬢ちゃんのいない所で真意を知りたいと言い出した時、止める気も無かったし、パルの気が済むまですれば良いと思った。

 クロイノが素直に話すかどうかは別だし、はぐらかすならばそれはそれでアプローチを変えるつもりだったらしいが、そのアプローチが物騒なモンだとしか思えないオレはクロイノが比較的素直に喋ってくれて良かったと思ったなぁと今でも思ってる。


 クロイノは【契約】の意志があった。

 あんな事が無ければもっと早く契約していたかもしれないし、あんな事があったから契約に乗り切ったのかもしれん。

 どっちかは分からないが、あの時点でクロイノは既に嬢ちゃんに気を許しフェルシュルグの憎悪は持ち合わせていなかった。

 クロイノの状態は「産まれ直した」って事なのかもしれないな。

 契約の意志があった事は素直に喜べる事だ。

 だがパルにしてみればこれから何かしらの騒動が起こるから、その前に契約を済ませたかったらしい。

 少々物騒な言葉で契約を後押ししていた。

 と言うか内容的には脅したと言った方がいいかもしれない。

 それを傍から聞いていたオレはむしろここまでパルが嬢ちゃんに肩入れしている事に驚いていた。

 オレも嬢ちゃんは嫌いじゃない。

 オーヴェやラーヤの娘である事を抜きにしても付き合いやすい相手だと思ってる。

 けどパル程肩入れしているつもりはない。……少なくともあの時はそう思ってた。

 

 まぁ今は借りが出来ちまったし、出来るだけ手助けしたいと思ってるんだけどな。

 いや、借り貸し無しに手助けしたいと思う程度には肩入れしてるかもしれん。

 そんくらい考えは変化しているって感じだな。


 そん時は珍しいパルを物珍しそうに見ていたオレだったけど、そんなオレにクロイノが真剣な、そして何処か威圧を感じる目で見据えて来た事で状況が変わった。

 正直、あの時オレは剣に手がかかっていた。

 殺気は無い。

 こちらを制する気概と覇気も無い。

 ただ強者と対峙しているような警戒心を引き起こすオーラをしていたように感じたんたオレが過剰反応した形になっていた。


「アンタ等に何を言われても俺は俺の意志でしか動かねーし、アンタ等は瑠璃のを見くびりたいのか過大評価したいのかどっちなんだよ? まぁ過保護しようとも蔑もうともアイツは全く気にしないだろうけどな。アンタ等を信用していない訳じゃねーけど、懐にも入れてねーと思うしな?」


 クロイノは軽薄な言葉で、こっちを鼻で笑っていた。

 のに、纏う威圧感は薄れていなかった。

 まだ幼い魔獣だってのに、一体この威圧感は何だったんだろうか?

 これが「人の魂を宿す魔獣」の本質だとでも言うのか?

 だとしたらオーヴェがオレ等に口止めする理由が分かる気がした。


「ま、お互い様みたいだけどなぁ? アンタ等はアンタ等で瑠璃のを通して誰を見ている事やら。まぁアイツも気づいて放置してんだか、気づいてないんだか分かんねーとこあんけど。……ってな訳で少なくとも今のアンタ等にあーだこーだ言われる筋合いはねーんだわ」


 この時のクロイノの言葉は観客を気取っていたオレにもちょっと突き刺さった。

 重ねているつもりは一切無かったけど、余裕はなかったオレが本当に重ねていないか? と自分に言うくらいには響いた。


「アイツ――瑠璃のは俺の唯一の『同胞』だ」


 クロイノの意識はオレ等には無かった。

 オレ等なんて殆ど眼中に無かった。

 さっきみたいに意識は嬢ちゃんに向かっていたんだと思う。

 だから話をぶった切ってその場を離れるのも簡単だったんだ……あの時も今もな。


「そんだけで俺達はじゅーぶんなんでね。――妙な口出しすんじゃねーよ」

  

 最後吐き捨てるように言い切ったクロイノは振り返る事無く去っていった。

 オレ等は何とも言えない状態でそんなクロイノを見送る事しか出来なかった。





 あの時の思い返してみれば、警戒されても当たり前な気もするな。

 いや、体よくあしらわれたような気もすんな。

 パルもあの後ちょっと荒れていたしな。

 オレは兎も角パルが嬢ちゃんに肩入れしてんのは本当だし、そこにサクラは関係無いと思う。

 実際サクラへの接し方と嬢ちゃんへの接し方は違うからな。

 あの時はクロイノの何かに飲まれて抗議出来なかったのが悔しいって所だろ、多分。


 聞いた話ではクロイノはパルを苦手としているらしいけど、パルはクロイノに多少の敵愾心を抱いている感じだ。

 とは言え別に常時って訳じゃなく、時折やり込められたようなあん時の事を思い出して気分を害する、程度のモンらしいけどな。

 それだけでも珍しいと言えば珍しいんだけどなぁ。

 まぁ言ったら矛先がオレに来るだろうから言わないけど。

 

 じゃれているクロイノと嬢ちゃんは中身だけを見れば姉弟みたいだからかちょっとばかし微笑ましいモンに見える。

 実際こんな光景に至るまで色々あったのかもしれないが、こういう風に至ったんだからもうクロイノは問題は無いんだろう。

 

 クロイノと嬢ちゃんはサクラと同じ巡り人だが、巡り人にも色々いるんだと些細な対応で教えられた。

 本人にとっちゃ意図してない上そんな事か? と言われそうだが、今更とはいえ、そこらへんをちょいと混同していたオレにしてみれば結構重大な事実って奴だったんだよなぁ。

 それを教えてくれた嬢ちゃんには感謝しているし、まぁクロイノにもか? 感謝していると言えばしている。

 だからまぁ今後嬢ちゃん達に何かあればオレが培ってきた人脈を使っても手助けしたいとは思ってる。

 オレ等の因果に巻き込んじまった感じでもある訳だしな。

 はっきり言ってあの女が完全に排除された訳じゃない事に燻るモノが無い訳じゃない。

 とは言え、後始末でオレが出来る事は無い。

 後は国王のアストと宰相のオーヴェが今までの膿を全て出し切るしかない。

 手助けしたくとも高位冒険者とはいえ平民であるオレが手助けできる部分は存在しない。

 あの女を直接オレの手で殺せない事に悔しさを感じるが、アスト達なら何かしらの相応しい罰を与えてくれると理解もしている。

 だからか今オレは思ったよりもすっきりしている。

 燻るモンはサクラを愛してる内はずっと抱えていくモンだと認識している。

 というよりもオレはこれを手放すつもりはない。

 けど抱えていても前には進めるのだと知った。

 今までの状態は心に余裕が無い状態だという事もようやく理解した。

 此処まで駆け抜けてきちまったけど、少しばかり歩調を緩めて周囲を見ても良いんだと、もうそうしても良いんだという事も納得する事ができた。

 少しばかり茶化した感じでそういう風な事を言った時のパル達の顔に浮かんだ笑顔と安堵を見ればオレの考えが間違っていないのだと改めて感じた。

 

 パルが嬢ちゃんだかクロイノだかに絡みに行ったのを見送ったオレはふと空を見上げた。

 何時もと変わらない青空。

 あの時は曇天だった空が今は雲一つない真っ青な空だ。

 こんな空を久しぶりに見た、と思った。

 空を見上げる事すら忘れていた自分の余裕の無さに内心苦笑するしかない。

 サクラとの事を完全なる思い出にする事は今のオレには考えられない。

 何時かはなるかもしれないけど今は無理だった。

 けど、それでも良いのだと分かった。

 サクラは立ち止まるオレの背中を蹴っ飛ばしそうだが、自分を忘れろという程殊勝な女でも無かったんだよな。

 そんな事もオレは忘れてたみたいだ。

 空を見ていると意外と空が好きだったサクラの笑顔が脳裏に過る。

 

「(サクラ。オレは今でもオマエが好きだ。けどまぁオレは全部を捨ててオマエを追うには色々他に抱えるモンがあるらしい。そんなオレだけど見捨てずに気長に待っててくれよな?)」


 自分勝手は承知だ。

 けど勝手にオレ等の前から消えたのはサクラなんだから勝手はお互い様だろ?

 オレはサクラの呆れたような不貞腐れたような文句を思い出して一人笑うと嬢ちゃん達の輪の中に行くために歩き出した。



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