第128話・次、彼女と会う時俺はどんな言葉をかけるべきだろうか?【ロアベーツィア=ケニーヒ=ディルアマート】
もしかしたら、と時々考える事がある。
まだ子供に分類される俺だが、今ここにいたるまでの色々な選択を間違えていたら……多分俺はこんなことを考えるだけの知識を与えられることなく、ただ母上の言いなりだったはずだ。
そうなっている俺は自分でモノを考えていると思っていても実際は思考を誘導され母上のいうことを絶対とおもい兄上を害するに存在になりさがっていたかもしれない。
パザミーネル嬢のようなそんざいを婚約者にもち、間違った方向に増大したプライドにふりまわされ、そのことを決して認めない男になっていたかもしれない。
今は完全に道が分かたれた母上のあやつり人形と化した自分がこの国に相応しいわけもないのに、そのことにきづかず生きていた可能性がたかかったことだろう。
そのことにぞっとすることが出来る今に感謝しかない。
「(本人たちはそのことに一切気づいてないところが面白いところなんだけどな)」
逆にいえばそんな彼らだからこそ俺は救われたのかもしれない。
最初の分岐点は兄上と宰相の会話を偶然きいたことだろう。
当時俺ははやくにはじまった教育にあき、よく抜け出していた。
この時はまだ剣術のけいこは始まっていなかったため座学が中心で余計うんざりしていたんだろう。
教える先生達が同じようなことしかいわないことにも多少うんざりしていたはずだ。
あの頃の俺は自身が次期国王だと言われてもピンとこなかった。
昔から兄上は俺がおよばない人だと思っていたからだ。――その思いは今でも変わってはいないが。
俺よりも数歳上でしかないのに大人と対等に渡り合う姿はあこがれであったし、ああなりたいのだと思う格好良い理想の姿だった。
環境がそんな兄上に育てたのだと気付いたのはしばらく後のことで、このときはただカッコイイ兄上をまねようとする日々だった。
だからそんな兄上をさしおいて俺が次期国王だと言われても何かの間違いだとしか思えないし、同じような事しか言わない先生の話にうんざりするようになった。
兄上の悪口を混ぜてくることにも腹が立ったしな。
俺が兄上と宰相の話を聞いたのは、そんな先生にうんざりし抜け出したときだったと思う。
今まで見たことがないような真剣な表情をした兄上と宰相に声をかけることが出来なかった俺が物陰にかくれて聞いてしまった母上の所業。
兄上が半分しか血がつながっていないことは分かっていたが、そのせいで母上と母上の取り巻きにされたと言っていた事は幼い俺でも悪質だと分かることだった。
聞いた直後は心の中で全てを否定した。
母上はそんなことをする人ではないと二人のあいだにわってはいりたかった。
母上とよく共にいる彼らも俺にはやさしい人ばかりだったからしょうげきは大きかった。
けれどたんたんとされたことを話していく兄上も時折確認のように口をはさむ宰相も真剣で言っていることも否定するにはあまりに話が通っていると思わされることばかりだった。
何だかんだで教育が始まっていた俺は頭ごなしに感情だけで否定することも出来ず、ただおかしいと思う点が出てこないかどうかを待っていた。
けど、結局オレも兄上たちの話におかしいと思う点を見つけることは出来なかった。
聞けば聞くほど納得し、逆に母上や母上の周囲の人間のほうから納得できる点を見つけ出してしまうしまつ。
兄上たちの話が終わりどこかに移動したあとも俺はその場から一歩も動けなかった。
あの時、俺の中にある母上たちがガラガラとくずれおちていく音がしてきたような気がする。
兄上たちのしょうげきてきな話を聞いて俺は教わった中にあった「物事は一方的に見るだけでは全てを説明する事は出来ない」という言葉を思い出した。
たしかに兄上たちの話はおどろくことばかりだった。
全てを聞くと母上たちがどんでもない人間なのだと思わされた。
けど母上たちがわから見れば何かが変わるかもしれない。
変わったとしても別の人間がした、という場合をのぞけば母上たちのしたことを肯定など出来ないことにはみないふりをしていた。
多分俺は母上を悪役にしたくなかったんだと思う。
やさしくしてくれた人たちが悪だと思いたくなかったんだ。
俺に見せている面が全てうそだったなんて考えたくもなかった。
だから色々いいわけをして俺は母上たちがわのしてんを得ようとした。
真正面から聞けなかったのは俺の弱さだが、おかげと言うべきか、探る形になったことによって俺は母上たちの本質のようなモノを知ることができた。
今の俺がいるのもそのおかげともいえるからあの時探る方法を取ったのはいいことなんだと思っている。
探れば探るほど俺は母上たちの本質的なモノにふれ、だんだん自分の中にある感情がこおっていくのを感じた。
俺が子供だからだろう。
わざわざ探ることなどしなくてもアイツらは兄上へのいやがらせを俺に語った。
さも「俺のために」や「分を弁えろ」などと自分の正義を声高々にさえずり兄上へいやがらせにしても性質の悪いことをしでかしでかしていく。
俺に優しくしている裏で兄上をしいたげて自分の正義を疑わない姿ははっきり言ってしゅうあくの一言だった。
兄上だって王族なのだ。
カトゥークス様は側室という立場だったがカトゥークス様の前での父上が一番良く笑っている気がしていた。
あの頃にはすでに病を得てしまったために体調を崩しておいでだったから直接あったことはほとんどない。
けれど父上とともに笑んでいた姿は素直にキレイだと思った記憶がある。
父上も母上といる時よりもリラックスしていたような気がする。
今思い返してみれば、というほどささいな変化だったが。
多分父上にとって一番愛していたのがカトゥークス様なのだろう。
兄上はそんなカトゥークス様と父上の間の子供なのだ。
兄上をはいじょすることなど父上は絶対にお許しにならないだろう。
しっかりとした理由もなしに王族をはいじょ出来るとおもっていることこそ浅はかとしか言いようがない。
むしろあのいやがらせが知られたからこそ俺の周囲の人間がある時をさかいにまるっきり違う人たちになったんじゃないかと思う。
何があったかは俺は今でも分からないが、俺も兄上にいやがらせをするやからが周囲からいなくなったことにあんどしたから深くは考えなかった。
当時はいまよりもさらに幼いのだから知らされないのは仕方のないことかもしれないがな。
そんな兄上にいやがらせをした面々の中でゆいいつはいじょされなかったのが王妃である母上だった。
母上はいやがらせに加担しなかったのか? とも思ったが、ありえないことだと言うことも分かっていた。
アイツらは母上にもききとして報告していたのだから。
少なくとも母上が知らないをつらぬくことはできない。
直接手をださずともたしなめることなく時にはほめ言葉すら口にしていた母上も同罪だ。
だから母上が今回の件が明るみになるまで王妃の地位にいれたことには少しおどろいているし不思議に思っている。
ここらへんも父上たちが俺たちに気をつかって教えてくれないだけかもしれないが。
「(いや、今回は聞けば教えてくれるかもしれないな)」
キースダーリエ嬢が言った「俺たちに教えても良いと判断されたできごと」の中にふくまれるなら教えてくれるはずだ。
父上は陛下として誓ったのだから。
俺はこうして思い返しているとキースダーリエ嬢に助けられているのだと改め思った。
キースダーリエ嬢のことを考えると少しだけ心が温まり頭がさえる気がする。
理由は分からないが、少なくとも悪いことではないから問題無いか?
彼女とはちがって、とどうして思ってしまうのも悪いとは思っているが、どうしても比較してしまう。
人を比べて露骨にひかくするのはあまりよい行為とは言えないが、それでも思ってしまうんだ。
母上によって用意された彼女とキースダーリエ嬢との違いに。
一体母上は何を思って彼女を私に近づけたのだろうか?
あんな風に兄上をしいたげ、キースダーリエ嬢に迷惑をかけた母上は本当はあの時にこそしょばつされるべきだったのではないかと思うのだ。
あの時直接的な罰を母上は受けなかった。
だが知ってしまった俺は母上ときょりをとるこしかできなかった。
少なくとも兄上を害そうとする母上の言うことに盲目的な思いはいだくことが出来なくなってしまった。
多分あの時抜け出したあの時は一つ目の分岐点だったんだと思う。
俺が俺であるために必要な分かれ道。
その片方を選んだことを俺は今でもよき道を選んだと胸をはって言える。
だから次の分岐点につながることが出来たのだと思っている。
顔ぶれの変わった先生のこうぎを俺は熱心にきいた。
すると今までの先生とよばれていた者たちがどれだけかたよった教育を俺にしようとしていたかが分かった。
母上の指示なのだろうか?
もしあの時面子が変わらなければ俺は母上の言いなり人形になっていた可能性が高い。
血のつながった息子をあやつり人形にすることを指示する、または指示しないまでも許容する存在を「母」としたうことはむずかしかった。
だからと言って他の方を母上と思うことも難しかったのだが。
カトゥークス様は病のために体をこわされ、それから時間をおくことなく亡くなった。
もう一人の側室の方は父上との仲は悪くはないが、イマイチどんな人間なのか分からないところがある。
兄上にも聞いたが、兄上も苦笑して答えてくれなかった。
母上にいやがらせされていたんだろうが、それが平気なくらい強い女性ではあるようだが、俺が分かるのはそのていどだった。
ともかく「母」と呼べる存在ときょりをおいた自分で思っていたよりもさびしかったのかもしれない。
兄上とともに行動することが多くなった理由の一つは多分そういうことなんだろう。
母上ときょりを取った俺は兄上と共に行動することが多くなっていった。
遠まわしに兄上との付き合いをとめようとする母上に感じたのは怒りでもなく悲しみでもなく呆れに近い感情だったように思う。
俺を子供あつかいし俺の前で平然と取り巻きといやがらせの話などをしていた母上が、俺を自身のてごまにしようとしていた母上が、今更どんな理由をもってして俺の行動を止めようというのか。
しかも内容は過去に取り巻きが言っていた言葉とほぼ同一。
あぁあの思想の元は母上だったのだな、と俺が思うのも仕方ないことだと思う。
自然ときょりをとってしまうことを意識してやめることはとてもむずかしく、その気もわかなかった。
ただ相手を母上と、王妃と思わず接することをやめるつもりは流石になかった。
俺にとっては何をしても「母親」であることは事実だったからだ。
血のつながりを持った相手に対して情を完全に断ち切ることは難しいし、多分俺には不可能だ。
――それをしようとしていた時期があるからこそ分かる。
俺はそこまで器用にはなれないんだとあの時思い知った。
これは甘さかもしれないし欠点となりうるかもしれない。
けれど、この情を失ってしまえば、人としての道を踏み外さずにいることもまだむずかしいのではないかと思うのだ。
少なくとも、俺は無理だと判断した。
血のつながりを最上と思うわけじゃないが、純粋な母子としての記憶がないわけじゃない俺にとって肉親への情を完全に断ち切ることは感情を投げ捨てることに等しい。
人らしい感情を投げ捨てた存在を誰が認めるだろうか?
次期国王には兄上がいる。
もしかしたら今後弟や妹が生まれるかもしれない。
ならば情無き存在となった俺をわざわざ国王にする必要はなくなるだろう。
おんびんに排除される可能性だってあったはずだ。
俺がもう少し器用で母上だけを切り捨てることの出来る人間だったらよかったのだが、今の俺にはそこまでの技量はない。
そういう意味で器用な兄上やキースダーリエ嬢がうらやましいと思う。
何時かああなれる日が来るだろうか?
――何でだろうか?
兄上やキースダーリエ嬢に学ぼうとして止められる気がするのだが。
……こっそり見て盗むぶんには問題ないだろう。
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