第125話・掲げる覚悟(2)
最後の心の整理を終えたと言った黒いのは少しだけ落ち着いた雰囲気をしていた。
何と言えば良いのか言葉に困るけど、地に足がついたような? 不安定感が薄まった? と言えば良いのか、何処となく存在感が安定したように感じるのだ。
フェルシュルグであった時の事を考えれば黒いのになった彼は破滅的な所が薄れてはいた。
けど此処まで安定しているようには見えなかった。
騒動に共に巻き込まれる中で黒いのの不安定さは薄れていった気がしてはいたけれど、今回の黒いのの「最後」の行動は黒いのに何かしら覚悟を齎したらしい。
悪い影響じゃないし、私はそんな黒いのを素直に祝福する。
これに関しては送り出して良かったと思った。
「(まぁ寂しいと感じたのも嘘じゃないんだけどね)」
そこらへんはまぁいつの間にか黒いのを懐に入れていた私のチョロさのせいだから何とも言えないけど。
私の祝福に気づいたのか黒いのは少し照れているようだったけど、直ぐに表情を戻して何故かキョロキョロとあたりを見回しだす。
「……そういや犬っころ共はいないのか?」
「犬っころって……あの二人ならココに入れた事はないし、領地の家に帰ってもしばらくは入れないよ」
もしかしたら「ずっと」かもしれないけど。
黒いのの言う「犬っころ共」に私は苦笑する事しか出来なかった。
黒いのが言う「犬っころ共」というのは狼の獣人であり、現在私の従者となっている二人で、何と私達を襲撃した実行犯、しかも最後まで私達を追い詰めていた赤と青の暗殺者達の事である。
王族に対しての襲撃の実行者が何で生きてるんだ? という突っ込みは私もしたい。
というよりも私が最後に二人を見たのは私自身が倒れる直前で、騎士達に捕縛されている所だった。
あの時の実行犯の何人が生きているのか知らないけど、普通に依頼など全てを喋れる精神状態を保っているのはあの二人だけなのだろうなぁと、そこは納得出来る。
襲撃の要であったようだし、多分糸を引くのが誰なのかまで調べて把握していそうだと思う。
それくらい抜け目のない雰囲気だったのだ、二人の獣人は。
とは言え王族襲撃の実行犯である事実は変えられない。
しかもその襲撃で殿下は怪我を負っている。
私も何だかんだで高位貴族の娘なんだから、それもありどんなに弁護しても死罪は確定であるはずだった。
全てを詳らかにしても生き延びる事は不可能だと思っていた。
けど一つだけ、獣人だからこその抜け道があったらしい。
獣人特有の本能に【従属】というモノがある。
多くの獣人は唯一の【主】を渇望し【主】と【契約】を結ぶ事で【主】に一切の抵抗が出来ない、抵抗する気も起きない絶対服従の意識が埋め込まれる、らしい。
そういった【従属意識】を持たない獣人も存在はしているけど、例外と言える程に少ないと言われている。
ただこの【従属の儀】はそう簡単には実行できない。
獣人によって【主】に求めるモノは違うらしいが襲撃犯達が【主】に求めていたのは「強さ」
ただ自分達を凌駕する「強さ」を持つ者を【主】として求めていたらしい。
腕力だけでもだめらしいし頭脳的な賢さだけでもだめらしい。
何よりも「心の強さ」を彼等は欲していた。
本能から「この人に全てを捧げたい」と思わなければ【従属の儀】は行えない。
まぁ一度契約を結んでしまえば全ては主の意のままになるのだから本能だって警戒して当たり前と言えば当たり前である。
【従属契約】により逆らう事が出来なければ今後王族に歯向かう事は出来ない。
ならば暗殺者としてのスキルや知識、そして暗殺組織についての仕組みなど、生かしておくメリットは多い。
殿下達の何方かと【契約】する事によって二人は被害者に忠誠を誓い、今後は自分の全てを捧げる事で生き延びる事が出来る、という事である。
最初其処まで説明された時は成程と思った。
全てを調べ尽くす際襲撃事件の全容解明は必須であるし、実行犯の生き残りによってしか分からない部分もあるだろう。
最低限調べが終わるまでは生きていて貰わなければだけだという事は分かっていたのだ。
だからまぁまだ生きているだろうという事とその過程で必要な事項として殿下達と【契約】するというのは筋が通る事は通ると思って納得もしていた。
だと言うのに二人はあろうことか私が【主】なのだど宣ったのだ。
今回の襲撃の首謀者であるという意味では勿論無い。
【従属意識】が私を【主】だとかぎ分けた。
私以外の【主】は御免だと言い放った、らしいのだ。
話を聞いて「(何言ってんの、コイツ等!)」と内心叫んだ私は悪くないと思う。
あの襲撃事件の勝敗に関しては此方側が綱渡りすぎて、偶然が重なった奇跡のような勝利であると分かっている。
二人が慢心し隙があったが故の勝利を喜べる程私は愚かじゃない。
それに赤い獣人は目を青い獣人は腕を私によって奪われている。
そんな相手を【主】にしたいなんて罠だとしか私には思えなかった。
私にとっては当然の主張、だけど、それはどうやら私だけだったらしくて――正確には私と黒いのだけ――殿下達もお父様達も何故か獣人二人の言葉を疑わなかった。
魅了でもされてるのか? と疑心暗鬼になりそうだったけど、どうやらこの獣人の【従属】だけど「絶対」らしいのだ。
過去獣人ばかりの集落の長がふらっと村に立ち寄った旅人が【主】だと分かり【儀】を行った結果、旅人が何故か集落の長になっちゃった話や王族に値する地位の獣人が貧民街の子供が【主】だと【契約】してしまい結果子供が一気に成りあがる羽目になったとか。
聞けば「嘘でしょう!」と叫びたくなるような話がゴロゴロ出てくるらしいのだ。
むしろ今回のパターンならば平和な方なのだという。
襲撃の加害者と被害者の主従関係は平和だと朗らかに言われて気が遠のきそうだった私を慰めてくれるのは同じ感性の黒いのだけだったりする。
ほんとーに、あの時倒れなくて良かったと思う。
私の精神を慮るならば倒れたかったってのが本音だけど。
実の所、仮令【契約】を拒めば自害すると言われていたとしても私は受け入れる気はほぼ無かった。
今回の騒動でどれだけの人間が散ったか正確ではなくとも私は知っている。
直接命を散らしもした。
正直今更一人、二人増えようとも心が痛む事はないと思った。
実際これによって二人が死んでも私は多少思う所あれど心を病む事は無かったと思っている。
けど二人が事件の全容を把握している数少ない証人である事は見逃せなかった。
二人がどういった理由で私を【主】だと思ったかは知らないけど、一度【契約】さえすれば二人は私の大事なモノに手を出す事は無い。
信頼は出来ずとも裏社会という私達では手に入りにくい伝手を得る事が出来る。
利益を考えるならば【契約】する事でのデメリットが私の方は少ないのだ。
自分を殺しに来た相手とは言え私は二人を恐れている訳じゃない。
実際会っても怖いとは感じなかったし。
ただ意図せず二人の命を握ってしまう事への責任だけは重いと思った。
懐に入れた訳でもない相手まで背負う事は出来れば勘弁してほしかった。
最終的に私が二人と【契約】したのは「私が貴方方を信頼する日はこないだろう。主から一等信頼されない日々だとしても貴方方は私を【主】とする事を承諾するのか?」という問いかけに「諾」と即答しその眸に嘘偽りが見えなかったが故だ。
打算と諦めの上で結ばれた【契約】だった。
私は青い髪で赤い眸の獣人男性に「ルビーン」と名を授け赤い髪で青い眸の獣人女性に「ザフィーア」と名を授けた。
【契約の儀】は絶対的効果を発揮する魔術に等しいと理解したのはこの時だった。
【契約】と同時に私は二人と【繋がった】のだと分かった。
後でステータスを確認すると【獣人の主】と何の捻りも無い称号が増えていた。
こうして【従属の儀】によって私は二人の命を掴む事になったのである。
要らぬ責任を背負う事になった事に溜息を付くしかなかった私は多分薄情な人でなしだ。
そんな人でなしを【主】と定めてしまうなんてなんて運の悪い人を見る目のない獣人達だ、と思う。
もうヤダと言われてもどうしようもないんだけどね。
厄介事が降って来た事に私は溜息を付く事しか出来なかった。
【従属契約】について絶対的な信頼を置けない私は工房に二人を入れる事は出来ないし、今の所考えていない。
というか此処に入れるのは完全に身内だけだ。
黒いのに関しては同一の魔力だから、という理由が一番に来ていたわけだけど、多分今後黒いのが別の存在の魔力を帯びようとも、よっぽどの理由……敵対している相手と契約するなどの理由が無い限りは入れるようにしておくと思う。
そのぐらい私は黒いのを懐に入れているのだ。
まぁ未だ道が定まっていない黒いのにそんな事を言う訳にもいかないから二人の事だけを伝えると苦笑なんだか、呆れてるんだかよくわからない顔になった。
コロコロ表情の変わる黒いのを見ると外見猫なのに表情豊かだなぁと改めて思ってしまう。
特に猫好きという訳では無い私にしてみれば猫ってのは表情の見えずらい生き物のイメージだったんだけど、実は違ったのかもね?
もう『地球』で生きる事も出来なければ行く事も出来ない訳だから言っても意味が無い事ではあるけれど。
「【従属契約】なんぞ俺等にとっちゃ無防備になる理由にはならねーもんな」
「そういう事。この世界では当たり前と言われても、ね?」
「自分を殺そうとした相手を無条件で受け入れるなんぞ、それこそ警戒心の無い証拠だ。そーそー文句は言ってこねーだろうよ」
「言われても困るし。言われたら「警戒心が解けるまでは無理です」とか言っておくからいいんだけどね」
「実際何時解けるかわかんねーのにか?」
「最初からそういった契約なんだから私の心は全く痛まないよ?」
仮令私の命を狙ってきた相手だろうと懐に入ってしまえば何の問題無く無防備になるんだけど、あの二人が今後私の懐に入るかどうかは分からない。
ただ単に私の許容範囲が狭いだけだし【契約】は私の心の壁を壊す威力は持っていなかったってだけの話だ。
ま、しばらくはさっきの言葉で黙らせるつもりだけど。
「それでこそ、だ。慈愛を振りまく奴なんぞ信用できねーからな」
「あんまり外で言わない方がいいわよ、それ。心象は良くは無いだろうから」
『前』の時に何かあったのかもしれないけど、結構怖い顔をしている。
心から慈愛でもって周囲に接している聖女もそう装っている偽物も身近にいれば厄介な事この上ない。
もしかしたら黒いのの周囲に居たのかもね、しかも被害を被る程近くに。
「どこでもはいわねーよ。――あー改めて話ってーと言いづれぇんだが……」
「【使い魔契約】の事でしょ?」
すごく歯切れの悪い黒いのに私は苦笑して先に口にした。
「あぁ、そうだ」
「その様子だと決めたんだね」
「ああ。……いや、結構前から決めてはいたんだが、グダグダ余計な事を考えてたって言ったほーがいいかもな。けどまーこれでもう迷う事はねーかな」
「そっか。――そうだ、黒いのの話の前に私の話も聞いてくれる?」
「んぁ? 別にかまわねーけど?」
訝し気な黒いのに苦笑を向けた私は鍋に向き直った。
【錬成】を終えた鍋は特に爆発する事も無く、ただ成功を示していて、それは私の課題の終了も示していた。
蓋を開けると子供の私でも使える長さの剣――『日本刀』が出来上がっていた。
それを取り出して黒いのと向き直る。
黒いのは少し驚いた様子で私の手元にある剣を見ていた。
「『日本刀』か?」
「一応モチーフはね。やっぱり『日本人』だからかな? これが一番イメージを固めやすかったんだ」
黒拵えの鞘に納められた刀は私に凄く馴染んでいて、これが【専用】の武器の使い勝手の良さなんだと実感する。
今までの【汎用】とは持っただけで違いが分かるのだ。
「克服したって事か?」
「克服、とは違うけど、私なりに課題の答えが出たから、この刀はその証かな」
鞘から抜くと美しい刃が姿を現す。
そしてなにより刃が私のイメージになっている事に自然と笑みがこぼれた。
「普通の刀……じゃねーな。それだと切れないんじゃねぇ? 刃が逆についてるよな?」
「うん。普通には切れない刀。それが今の私が出せる最善の答えだから」
通常の刀とは違い本来刃がついているのとは逆の場所に刃がついている刀を私は作り出した。
何かを切るためには刀身を返す動作、つまり一呼吸を必要とするこの刀は冒険者、戦う者としては面倒な部類に入るはずだ。
もし私が鍛冶師で師匠と呼ばれる人にこれを出せば、怒られるか相手にされないと思う。
けど、私にはどうしてもその「一呼吸」が必要だった。
「オマエのことだし相手を殺さないための刀って訳じゃねーよな?」
「ええ。それは今更だもの。私の手は既に血塗れだしこれから私は私の大切なモノのためにこの手を血に染める事を厭いはしない」
私は過去に間接的に人の一生を歪めた。
そして現在に置いて、直接的に人の命の灯火を消した。
それは殺さなければ殺される、仕方の無いと言える場面だったけど、私は私の意志で「大切な人を守る」ために手を血に染めた。
あの時の事を忘れる気はないし、思う所がない訳がない。
見知らぬ、それも敵であった相手の命を背負う程甘くは無いし優しくもないけれど、自分が「誰かを殺した事」だけは決して忘れないと決めている。
だから私は「今後誰をも殺さない覚悟」としてこの刀を造り出した訳じゃない。
「私は『わたし』を消す事は出来ない。完全に昇華する事は多分一生出来ないと思う。けれどそれは仕方無いとも思ってる。だって『わたし-チキュウトイウホシデイキタワタシ-』も【わたくし-ココデイキテイルワタシ-】もあっての「私-キースダーリエ-」なんだから。何時の日か無意識の色々なモノを完全に制御できる日がくるかもしれない。けどそれは全てを昇華して消した訳じゃないから。……それに今すぐにはどう考えても無理だしね」
私が無意識を凌駕し、相手を殺そうと動くのを『わたし』が邪魔しなかった時もあった。
けどそれは私が怒りに我を忘れていた時だったから。
戦闘中は常に怒り狂うなんてバーサーカーみたいな真似は出来ないし、怒りは冷静さを奪い思考を単純化させてしまう。
戦う時常に思考を巡らせて策を練らないといけない私の戦闘スタイルとの相性は最悪だ。
今後一切戦闘に出ないという選択肢は選べない。
外に出ないで一生を過ごす事は【錬金術師】を目指す私にとっては夢を諦めるという事だ。
そんな事絶対に嫌だ。
ならどうすればよいのか。
その答えがこの刀だ。
「私の無意識が相手を殺す事を厭い私の動作を鈍らせるというなら、私は私自身を騙せば良い。初動作では絶対に相手を殺せないと私自身に教え込めば良い。そう考えたの」
「成程なぁ。その刀じゃ初撃は絶対に相手を殺せない。なんせ刃が存在しねぇんだからな。そうすりゃ相手を殺してしまうかもしれないという躊躇する必要がなくなる、って事か」
「そう。初撃さえ凌いでしまえば後は私の意志が上回る。それはもう証明されている事だしね?」
私は「守るため」という大義の下人の命を奪った。
……奪う事が出来た。
思う所があったとしても『向こう』では許されない大罪だと知っていても、私はそれら全てのみ込んで、今こうして立っている。
命の尊さを知りながらも私は必要ならばそれを踏みにじる覚悟を決め、その通りに動く事が出来ると証明された。
つまり初撃の躊躇さえ、無意識さえ抑え込めば私は「戦う事が出来る」のだ。
そう分かったから私はこの刀を生み出した。
普通の武器としては最適ではない「私のための刀」を。
「まぁ元々剣士ではないし冒険者として名を馳せる事が目標じゃないから、これでもなんとかなる、とも言えるんだけどね。初撃を防がれても、そこからが私の本領発揮ってなる訳だから。一太刀で相手を切り伏せる技量は私には無いし、今後もその域に達する事は難しい。天才じゃない私は私らしい戦い方をするためにこの刀は邪魔にならない、と思ってるよ」
「「殺さずの武器」じゃなくて「確実に相手を制するための武器」って事になんのか?」
「そうね。私はこの刀に「殺さずの覚悟」を掲げるつもりは無い。ただ護りたいモノを護りぬくために確実に相手を制する事が出来る覚悟を掲げるためにこの刀を生み出したの」
私の課題の答え――それは「恐怖」をねじ伏せるのではなく「恐怖」と共存する事でもない。
私は「無意識」を許容する事にしたのだ。
一生消える事はないだろう『地球で生きたわたしの欠片』を許容して生きていく。
それで良いのだと思えた。
だって私は地球で生きた『わたし』とこの世界で生きていた【わたくし】の全部をひっくるめた「私」として生きていくのだから。
「この刀は私の覚悟――私自身を許容しながらも私自身を貫いて生きていくための覚悟の証」
私は全容が見えるように刀を掲げた。
刀身が光を弾いて煌くその様を美しいと思っちゃう所『日本人』である部分を無いモノとして生きる事は出来ないんだなぁと思う。
結局全てを否定する必要は無いんだ。
ココは道徳観も倫理観も異なる世界だけど、人としての在り方全てが違う訳じゃないんだから、私は何処までも私らしく生きていけば良い。
私はその覚悟を「この刀」に捧げたのだ。
宣言するように刀を眼前まで掲げると私は笑う。
これが私の覚悟だと黒いのに示すために。
黒いのはそんな私に何を思っているのか、じっと私を見定めるように見ていた。
「……それ、何で俺に最初に言ったんだ?」
神妙な顔で聞いてくる黒いのに私は苦笑を返す。
「私が悩んでいたのを最初から見ていた『倫理観を共有できる相手』だからかな」
「俺等は『同胞』だからな」
「そう。だから私は私の覚悟を貴方に最初に見届けて欲しかった」
それだけ私は黒いのを受け入れている、という事でもあるんだけどね。
そんな私の裏の気持ちも察したのか黒いのは呆れ以外に、色んな感情が入り交じった複雑な顔をしていた。
盛大にため息をついた黒いのは顔を上げると真っすぐ私を見据えた。
「アンタの覚悟は分かった。――今度は俺の番だ」
お誂え向きに専用の武器もある事だしな、と嘯いた黒いのは不敵に笑うと近づいてくる。
後数歩、ある意味私の刀の間合いに入った所で立ち止まると真っすぐ私を見上げて来た。
その眸に宿る真剣さに私も納刀し黒いのの視線を受けとめる。
「フェルシュルグにとっちゃ貴族で【闇の愛し子】だったお嬢様は憎しみや嫌悪の対象でしかなかった」
「…………」
私は頷く事で先を促す。
今は多くの言葉は要らない。
「だが同時にアンタは俺にとって『同郷』であり、最後には『同胞』であると認識しちまった。……そんなフェルシュルグが死に俺が生まれた」
遠い眼になった黒いのの視線の先には一体何が写っているのだろうか?
もしかしたらそれはフェルシュルグとして生きていた道程なのかもしれないし『地球』で生きていた軌跡なのかもしれない。
「俺にとっちゃオマエは『同胞』であり仮の契約主だった。けど、そんなオマエ達と居るココは居心地が良かった。良かったからこそ正直座りが悪かったんだけどな」
苦笑する黒いの。
最初の頃の黒いのは私達に呆れてはいたけれど決してこっち側に来る事は無く一線を引いていた。
当たり前の距離を当たり前に取っていたつもりだったけど、黒いの的にはそれでも近いと感じるものだったらしい。
「無防備だし呆れちまうような事を普通にするし、挙句の果てにオマエは俺に属する事を強要しなかった。むしろ色々なモノを見せる事で俺の世界を無理矢理広げやがった。御蔭でこの世界が苦しいだけじゃなく、ふわふわとした現実感の無い御伽噺じゃねーって思い知らされた。何てことしてくれんだよ、全く」
「あら。私は死にたがりは嫌いなの。貴方の場合、その原因は現実との剥離。だから此処が現実だと突き付けるのは当たり前じゃない?」
「まんまとアンタの策に嵌っちまった訳だ。けど……それも悪くねーと思っちまったんだよ」
軽く睨んだと思ったら次の瞬間には苦笑する黒いの。
クルクル表情が動くモノだなぁと感心してしまう。
もし黒いのが人型だったら私よりも表情豊かかもしれない、とそんな栓無き事が思い浮かんだ。
「何処までも自分を貫く。人によっちゃごーまんな態度この上ねーけど、俺にとっちゃそれこそがアンタであり、フェルシュルグはそんなアンタに負けたんだ」
再び表情を正し見上げてくる黒いの。
そういえば此処まで黒いのの心を聞いたのは初めてだと思った。
こうやって話せる程に彼は自分の心を整理したのだと感じた。
「俺の『同胞』はアンタだけだキースダーリエ。――だからこれが俺の覚悟だ」
黒いのの言葉と共に私と黒いのを囲んで魔法陣が展開される。
魔法陣が何なのかは分からない。
けど私は不思議と焦らなかった。
この魔法陣が決して私に危害を加えるモノじゃないのだと直感したのだ。
黒いのが共に囲まれているからじゃない。
ただ黒いのの視線が態度がコレは悪いモノじゃないのだと教えてくれていた。
「【アンタを主として何方かがこの命潰えるまで仕える事を誓う――名をくれ。俺だけの名を】」
魔法陣から産まれた光が私と黒いのを繋ぎ、私達の間にラインが生まれる。
黒いのから私に、私から黒いのに魔力が流れ込み、混ざり合う。
私は鞘に入ったままの刀を掲げると一度だけ深呼吸をした。……黒いのに呼応する言葉を紡ぐために。
「【この命潰える時まで傍にある事を誓う――“クロイツ”】」
私が名を付けた瞬間閃光が部屋を埋め尽くし一瞬で視界が白く染まる。
けどそれは何故か目を焼く事無く、眩む事無く、収まった後も決して私達を害する事は無かった。
光が収まった後残ったのは私と黒いの――クロイツ――の間に結ばれたしっかりとした繋がりであり【契約】の証として具現化された金銀に輝く魔石と瑠璃色に輝くに魔石だった。
何時のまにか掌に収まっていた二つの魔石に【契約】の成功を確信する。
私は静かにクロイツに向かって微笑みかける。
クロイツも同じように静かに笑っていた。
「これから宜しくねクロイツ。私の唯一の『同胞』で私の使い魔」
「ああ。よろしくな。俺の唯一の『同胞』で主さんよ」
気取った言葉に一瞬の沈黙の後噴き出す私とクロイツ。
「気取ってどーすんだよ! ってかクロイツって黒いののもじりか?」
「咄嗟に色々考えるのは無理だって。いいじゃん。黒いのだろうとクロイツだろうとアンタはアンタだしね」
「そりゃそーだけどな。……じゃあ俺は瑠璃の改め「リーノ」とでも呼ぶか?」
「あーアンタは「クロイノ」私は「ルリノ」とか呼びあっている感じだったもんね。そんな感じでいいかな」
「じゃあ改めて、宜しくなリーノ」
「此方こそよろしくね、クロイツ!」
私の覚悟の証である逆刃刀とクロイツの覚悟の証である【契約石】を持ち私達は何時までも笑いあっていたのだった。
この後突然の光に驚いたリアやお兄様が部屋に乗り込んできたり、私の意志で【契約】した事に嫉妬する「ルビーン・ザフィーアVSクロイツ」の戦いが起こったり、魔獣側からの【契約】は本来有り得ないから口外するなとお父様に注意されたり。
一応の騒動が収まった割には小さな出来事は色々あって、本当の意味での平穏な日々は簡単には送れそうにはない。
けどまぁこんな騒がしい日々も愛おしいと思う日が何時か来るのかもしれない。
皆で笑いあえるならばこんな騒がしい日々も悪くない、と今ですら思っているのだから。
――けどまぁ、やっぱり静かな日常が欲しい事には変わりないんだけど、ね。
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