第109話・嵐の後の静けさは何時まで続く?




 ふっと意識が浮上したのか光差す日差しの刺激されたのか意識を取り戻した私はゆっくり瞼を開けた。

 目を開けた時最初に目に入ったのはかなり高い見覚えのないような見覚えのある様な微妙な天井だったから、私は寝起きだというのに微妙な顔になっているはずだ。

 もう少し分かりやすく心地の良い目覚めをくれませんかね?


「……あーそっか。ラーズシュタイン本邸宅の自室かぁ。そりゃ見おぼえないようで見おぼえるあるわ」

「そこは『見覚えのない天井だ』とかじゃねーの?」


 耳元の極々間近から聞こえてきた突っ込みに首だけを其方に向けると黒いのが呆れた顔で私を見下ろしていた。

 うーん、黒いのに見下ろされるってすっごい違和感なんだけど。


「(それに、茶化している割には言葉に力がないような?)」


 そもそも私はどうして本邸宅で寝てるんだっけ?

 寝起きだからか回らない思考を無理矢理起動させつつ記憶を浚う。

 えーと、今日は登城して殿下達と会ったんだっけ。

 その途中妙な胸騒ぎがしていたんだけど、原因が定かじゃなくて、一応【精霊眼】が原因かなぁとあたりを付けた所で――


「そっか。襲撃にあったんだっけ」

「やっぱり記憶が飛んでたんだな」

「記憶喪失って訳じゃないけど、自分が此処に居る理由が一瞬分からなかったかな」


 襲撃は一応私達の勝利で決着がついた、と言って良いと思う。

 とは言え途中兄殿下と『キースダーリエ』の類似性とか、見てて歯がゆい性質とか、二人の獣人のとんでもない所とか……私自身の欠落とか怒りとか。

 色々考えなければいけない事もあるし、整理するには少しばかり時間が欲しい事も多い事に溜息をつきたい。

 何より、今の私は体力的にギリギリを彷徨っている気がしてならない。


「私、どれくらい寝てたの?」

「一晩くれーだな」

「その割には回復してない気がするんだけど」

「無茶ばっかだったからだな。筋肉痛と魔力の使い過ぎだ。今すぐどーにかしたきゃクソマズイ【回復薬】でも飲むんだな」

「あーあれってやっぱマズイんだ」


 『ゲーム』御用達の【回復薬】はこの世界にも存在している。

 体力も精神力も魔力もそれぞれの薬で回復する事が出来る仕様な訳だけど、どうやら思い切りマズイらしい。

 『ゲーム』では基礎レシピはともかく改良点に「味」の項目が存在していたくらいだ。

 ギルドの依頼にも「効果よりも味を改良した回復薬が欲しい」なんてモノもあったくらいである。

 どんだけマズイのかは知らないけど、使用した事のある黒いのが思い切り嫌な顔をしていたから本気でマズイらしい。

 材料を考えれば美味しくなるはずもないって納得も出来るんだけどね。


「品質がダイレクトにでるからな。下級のうえ劣化品は飲み込むのも一苦労な代物だ。その分品質が良ければ下級でも飲めねー事はねぇんだがな」

「どっちにしろ美味しくないんだ。……うん、別に今すぐ回復しなきゃいけない理由もないし飲む必要もないんだけどさ」


 その内自分で錬成した時試してみるからその時まではいらないかなぁ。

 それに今の所私の自業自得な筋肉痛よりも心配な事がある訳だしね。


「黒いの、お兄様は無事?」

「オマエなぁ。まずそこかよ」

「最重要要項でしょう?」


 あの時兄殿下は死に直結するような傷は負っていなかった、と思う。

 から取り敢えず兄殿下の身体は心配する必要が無い。

 心の問題は全否定の上抉りまくった私が心配してどうするのさ? と言う部分であるし、そもそも心配する気もおきてこないのでパス。

 一応心配のない兄殿下と違ってお兄様と弟殿下が此方に駆け寄ったのも覚えてはいるけれど、現実感があまりなくてあの姿は半信半疑なのだ。

 思考が完全に停止していたし魔力不足で頭痛が酷く、握っていた柄は冷たくてもはや痛かったし、で結構一杯一杯だったから、倒れる直前に私が何を言って何をしたか、どこまでが現実で何処が夢かイマイチ判別がつかない。

 極度の緊張状態にナチュラルハイになっていた気がしなくも無いし、いろんな意味で「非日常」過ぎて自分が適切な言動を取っていたかちょっと自信が無かった。

 だからまず大切な事を尋ねたつもりなんだけど、黒いのに呆れられてしまった。

 見た所黒いのは全く無傷そうだからお兄様を優先したけど、もし見える所にかすり傷でもあろうものなら真っ先に黒いに傷がないか確かめていたけど、そっちの方がよかった?


「黒いはぱっと見無傷っぽいけど大丈夫なの?」

「そっちでもねーよ」


 そういわれてもねぇ。

 私の抱く優先順位を考えればこの質問の順番も仕方ないんだと思うんだけど。

 私は無言で答えを待っていると黒いのは思い切り呆れたように溜息を付きキッと私を睨みつけてくる。

 とは言え、その目に憎悪も怒りも宿っていない所怖くもなんともない訳だけど。


「ったく。オニーサマも俺もなんともねーよ! 後オージサマ達もな!」

「そっか。良かった」

「ってーか、ぶっ倒れたのはオマエだけだっての」

「あはは。それは仕方ないよ。綱渡りだったし極限状態だったもん」


 色々ギリギリの綱渡りだったし、案外あの空間を開いた時のペナルティがきつかった。

 電流が走る程度とかなんて問題じゃない。

 雷が直撃したような衝撃だったもん、あれ。……別に雷の直撃なんて受けた事ありませんけどね? ただの例えです。


「運が良かったのは私が手を鷲掴みした事で青い獣人にも電流が流れたって事かなぁ」

「あれぶっつけ本番だったのかよ……ん? “青い”ジュージン? “赤い”じゃなくてか?」

「え? だって青かったじゃん」

「いや赤かったと思うぞ?」

「えー青だって」

「いや、赤だろ」


 そこで顔を見合わせた私と黒いの次の言葉は見事に重なる。

 

「青い眸の獣人だったじゃん」「赤い髪のジュージンだったじゃねーか」


 内容は重ならなかった訳だけど。


「「あー成程」」


 次の言葉はお互い同じ言葉で重なったけど。


「いや、最初に目に入るのは目よりも髪だろ。メチャクチャ目立つ色してたじゃねーか」

「私にとって一番目立つのは目なんだから仕方ないでしょ」


 感情の高ぶりを宝石や天然石に例えてしまう程に私にとって「眼」は重要な要素だからか、私は青い髪で赤い目の獣人を「赤い獣人」として認識していたし赤い髪で青い眸の獣人を「青い獣人」として認識していた。

 別に誰かに指示する訳でもない状況だったから何の問題も無かった訳だけど……え? これって私が少数派なの?


「接近戦でもしてねー限り目なんぞ見てねーよ」

「そういうもんなの?」


 多分私はまず眼で判断するからイマイチ黒いの説明に実感が持てない。

 相手の思考や感情を読むにしてもまず眼を見るんだと思ってたんだけど。


「オマエが今後も指揮を執るなら直した方がいいんじゃねーの?」

「なら必要ないんじゃないかなぁ。私別に後ろに下がって指示する立場にならないだろうし」


 錬金術師として後方支援をするにしろ、採取にパーティーを組んで行くにしろ、前線で戦うだけの力量を持っていない私が指示を出しながら戦う事は有り得ないだろうし、参謀としてリアルタイムで指示を出す事も無いと思う。

 そういう意味では私って中途半端の器用貧乏だし。


「オマエなぁ。少なくとも俺との意識や認識に乖離があったら困るだろーが」

「……そうだね」


 びっくりして答えが一瞬遅れてしまった。

 だってさ、黒いの分かってるの?

 アンタのそれはこの先の何かがあった時アンタもいるって事になるんだよ?

 アンタはまだ私と【本契約】を結んでいない。

 だから今は「仮契約」でギブアンドテイクな関係でしかない。

 私が取引を持ち掛けたのは先の襲撃事件が初めてだし、今後もそうそうにあるとは思えない。

 むしろ私と【契約】するって事はこれから色んな事件に一緒に巻き込まれると言う事。

 色々な事に巻き込まれる運命の下にあるって言うのはもう諦めつつある。

 今後はまきこまれる事を前提に色々対策を練った方が建設的なんじゃないかなぁとも思ってる。


「(けど、それに黒いのを巻き込んでもいいって事なの?)」


 嬉しさと戸惑いで言葉につまる私に気づいたのか黒いのは猫らしかぬ感情豊かな表情を浮かべつつ私を見下ろす。


「何考えてるのかは知らねーけど、俺は簡単にはオマエの思うとーりにはなんねーぞ。俺は俺の思う通りにしか動かねーんだからな。ま、オマエのびっくりする顔は見ててあきねーけどな」

「なにそれ」


 憎まれ口を叩く黒いのに私も笑う。

 憎しみに曇る事の無い金色と銀色の眸は何方も透き通るように美しいなぁと思う。

 こんな眸を真っすぐ向けられるようなっただけで私と黒いのとの関係は大分前とは違うと分かるんだけどね。

 

「あん時の答えはもうほぼ出てるから心配すんな」

「そっか」


 どんな答えを黒いのが出すかは分からないけど、少なくとも私にとって最悪の展開にはならないと、漠然とだけど感じた。


「なぁ瑠璃の」

「なに?」


 いつの間にか真剣な表情になった黒いの言葉に私は内心首を傾げる。


「オニーサマが言ってたんだが、オマエ今回の件でオーサマに呼び出される可能性があるらしい」

「あー……うん、だろうね」


 その可能性は予測していた。

 最悪襲撃者との共犯を疑われるかと思っていた。

 実際ギリギリの所で襲撃者を撃退した訳だけど、これは本来なら有り得ない。

 だって私達は四人とも子供なのだから。

 最年長の兄殿下の立ち回りで回避した、としても無理があるし、今回一番暴れたのは私だときっと皆知っている。

 あそこに居た襲撃者の命を奪ったのは私だ。

 もしかしたら兄殿下もあの中の誰かの命を奪ったかもしれないけど、戦端を開いたのは私だと誰もが答えるだろう。

 命が助かりました問題ありません、じゃあすまない事をしているのは事実だった。

 

 命がけで抵抗した結果だと言って納得してくれる人がどれだけいると云うのか。

 事実なんてどうでも良い、ただお父様達を貶めたい輩の言葉をどれだけ躱せるか。

 黒幕がどう出てくるのか。


 陛下との謁見は様々な思惑の下成されるのだろうなぁと考えると何とも言えない気分になる。

 だからと言って回避できるモンでもない訳だけど。


「謁見をするにしても、多分今回はそー悪い事にはなんねーだろうって話だ、一応な。けど……オマエさ。今回みてーにどうしようもない事故みてーな事のせいでこの国に居づらくなったらどーすんだ? 『信じ続ければ道は開ける』だとか『悲しい誤解があるだけなのです』とか言って耐えるのか? 最後は皆で笑いあえる、なんて言っちまうのか?」


 真剣な黒いの言葉を聞いて私は何となく今話しているのは黒いのではなく、勿論フェルシュルグでもなく『地球で暮らしていた男の子』なんじゃないかと思った。

 全部ひっくるめて黒いのな訳だけど、この世界で培われたモノじゃなくて『地球』で根付いた感情に基づいて話している、そんな気がしたのだ。

 だからって訳じゃないけど、私は『わたし』や「キースダーリエ」を全部ひっくるめた「私」が考えた答えを黒いのに告げるべきだと思った。

 私はしばし悩み頭の中で考えを纏めると口を開く。


「基本的にはこの国を離れる気はないかな」

「……そうか」


 暗くなった表情に苦笑して黒いの額にデコピンをした。


「だってこの国にはお父様やお母様、そしてお兄様という家族が居る訳だし、リアという親友もいる。それにラーズシュタインに仕える使用人の人達だっているんだよ? 私の大事なモノが全てあるのに何でこの国を出なきゃいけないのさ」

「いてーんだけど」

「早とちりしてたみたいだから思わず。――居づらいなら居やすいように策を練りまくって道を切り開くよ。居場所が待っていて降ってくるわけじゃあるまいしね。誤解も何も罠に嵌められた時点で敵じゃん。敵を排除する事はあっても耐えてどうすんのさ。そんな殊勝でけなげーな事私がすると思う?」

 

 私はそこまでお綺麗に他人を信じようとは思わない。

 別に人が汚い生き物だとまで穿って見ている訳じゃないけど、少なくとも人類皆友達、みたいな思考もしていない。

 気が合う人がいれば合わない人もいる。

 人が二人以上居れば諍いは生まれるモノなんだから、誤解もへったくれもあったもんじゃない。

 自分の望む道を切り開く事が出来ると信じる事は必要だけど、受動的に信じて待つだけで物事が良くなる事なんて滅多にない。

 居場所が、自らの望む道が欲しいならば勝ち取るために動く。


「思考を巡らせて巡らせて勝利を勝ち取って見せるよ」


 それでも何処までも悪意が押し寄せてくるのなら。


「家族やリア、それに使用人達を説得して皆で国を出る。……なら国を出てもいいけどねぇ」


 お父様達が国を捨てる選択を取るというならこの国に対する執着もある訳じゃないし別に無理にこの国に居るつもりも無いけどね。

 何処までも本音で酷い事を言っている自覚はある。

 この国へに執着を持っていない、どうでも良いと言っているんだから、黒いの以外に聞かれれば問題あると思う。

 とは言え、この世界に対して執着が薄い黒いのなら怒る理由も無いから大丈夫だと思うんだけどね。

 案の定黒いのは怒っている様子は無かった。……私の人でなし発言に引いている様子も見えないけど。


「ただまぁ、お父様はこの国の宰相だし、お兄様も次期宰相だからこの国を出る事はないだろうけどね」


 これがラーズシュタインの領民と知り合いだったり、王都に友人でも出来れば話はまた変わってくるだろうけど、現時点で知り合いと言えるのは両殿下だけで、残念ながら殿下達は私の懐に入っていない。

 だから現時点では何よりも家族を身内を優先して考える事が出来る。

 とは言え、どう頑張っても黒いのが言ったような思考と言動は出来ないけどね。

 物語のヒロインやら純真無垢な聖女サマなら云うんじゃないかなぁ?

 そんな事素で言う人間とお友達にはなりたくは無いけどね。

 私とは合わなさそうだし。


「私は私の道を何処までも貫く覚悟を決めた。その邪魔を「国」がするなら容赦はしないよ? 私は自らの力で居場所を勝ち取ってみせる。――それが「私らしい」と思わない?」


 ニィと笑って黒いのを見上げる。

 キースダーリエ――貴族令嬢――としては淑やかさに欠けていて『名も無き私』――平和な日本で育った人間――としては好戦的な「私」の笑み。

 両者が交じり合い、この世界で生きる覚悟を決めた「私」らしいと言える笑みに黒いのは唖然としているようだった。

 だが私の言った事を咀嚼して理解したのか、その顔は何処か安堵したモノに変化していった。

 どうやら黒いのは――『名も知らない男の子』はそういった存在に思う所があったらしい。

 とは言え、そんな存在と私を思わず同一視してしまうような事あったっけ?

 正反対と思われるような事しかしていないと思うんだけどね。


「……そうだな。オマエはそんな女だったな。自分の決めた道を突き進んで、障害は自らの手でぶち破ってでも通る。間違っても綺麗事と他者の助けで成り立つ事なんてねぇ」


 口では酷い事を言っているのに、黒いのの浮かべる笑みは柔らかい。


「何処までも勝手な、けどおもしれ―女。俺の『同胞』はそーいう女だったな」


 黒いのの笑みを始めてみた訳じゃない。

 けど、今までとは少し違うと思った。

 何処か違うのか説明出来ないけど。


「俺の『同胞』がオマエで良かったよ――キースダーリエ」


 それは多分、黒いのが初めて「私」の名を呼んだ瞬間であり、彼がようやくこの世界を生きていく覚悟を決めた瞬間だったんじゃないかと思う。

 私が勝手に思った事なんだけど、ね。



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